ジャラジャラ
森の中の青い屋根のおうちに、猫の小説家が住んでいます。
本名はミーシャ。ペンネームはジャスミン。
ミーシャの冒険という小説が、人気です。
でもこのことは、編集者の青森秋斗以外には秘密です。
飼い主の茉莉花にも内緒にしています。
ある日、ミーシャの冒険の編集者の青森のもとに、段ボールいっぱいの荷物が送られてきました。
箱を開けると、青森が学生時代に使っていた品々とともにある手紙が添えられていました。
【秋斗へ
実家を改装することになりました。いるものかいらないものかわからないので、とりあえずあなたの荷物を送ります。
母より】
「母さん…。」
青森は困惑しながらも、荷物を整理し始めました。
すると、後ろのほうから、ジャララ…と聞き覚えのある音が聞こえてきました。
振り返ると、飼っているウサギの空斗が、荷物から出したそろばんを鳴らして遊んでいました。
空斗は、目が見えにくいので、音が鳴るそろばんに興味を持ったようでした。
青森は、すぐ空斗のそばに座りなおすと、空斗にそろばんの使い方を教え始めました。
「空斗、これが一の玉でね、これをはじいて、こうすると、二になるんだよ。それからね…。」
気が付くと、青森がやったのと同じ手順で、空斗はそろばんをはじいていました。
「よしよし、いい子だね。空斗は賢いね。」
しばらく、懐かしさと、空斗がまねをする面白さに、青森は難しい計算までそろばんでやっていました。
「ここまでくると空斗も真似できないか…。」
秋斗は、空斗から目を離すと、また荷物の整理を始めました。
その間ずっとそろばんをはじく音が流れていました。
一か月くらいしたころ、そろばんはすっかり空斗のおもちゃになっていました。
空斗は、そろばんの音が心地いいのか、ケージから出されると、すぐにそろばんを探します。
それを察知して、青森はそろばんを空斗の隣に置きます。
すると、空斗は、そろばんをはじいて遊びだすのです。
その日も、そろばんで遊んでいた空斗の横で、青森は、家計簿をつけていました。
ふう、とため息をついて計算し終わると、ダンっと、ウサギが足を鳴らす音が聞こえました。
空斗のほうを見ると、空斗は青森の目をじっと見つめていました。
「どうしたの空斗。」
青森が声をかけると、空斗はそろばんに顔を近づけ、鼻をひくひくさせていました。
そろばんを覗くと、何かの計算をした後のようでした。
「空斗は計算が上手だね…あれ?」
ただいたずらに計算のまねごとをしていると思っていた空斗のそろばんが、家計簿の最終計算値と同じことに、青森は気づきました。
ドキドキしながら、そろばんを写真に撮り、先月分の家計簿の読み上げを始めると、空斗は、サーっと、そろばんを元に戻し、計算を始めました。
最後にそろばんを覗くと、やはり計算は合っていました。
青森は、涙を流して、空斗を抱きしめました。
「頑張ったね、偉いよ空斗。」
それからいろんな計算をさせてみましたが、どれもこれも計算は合っていました。
青森は、空斗がそろばん算のできるウサギだと確信しました。
ミーシャは、その日、執筆のネタを探して、ネットサーフィン中でした。
メールボックスにメールが届いたのに気づき、メールを確認しました。
メールは青森からでした。
【ジャスミン先生へ
うちの空斗が、そろばんで計算できるようになりました。
僕は、目の見えない空斗を可哀そうと思っていましたが、間違いでした。
空斗は素晴らしい才能をもったうさぎでした。
今も教育番組の算数のテレビを聞きながら、楽しそうにそろばんをはじいています。
空斗の才能をどうにか生かしてやりたいです。先生、アドバイスをお願いします。
青森秋斗】
ミーシャは、少し考えて、返事をしました。
【秋斗へ
空斗は、なんでそろばんを覚えたんだい?秋斗が教えたからじゃないのかい?
だったら答えは簡単だよ。たっぷり褒めてやるといい。
多分空斗は、覚えたら秋斗に褒められると思って覚えたんだよ。
才能があってもなくても秋斗は空斗の親なんだから、秋斗が認めてあげればそれでいいんだよ。
ジャスミン】
ミーシャからのメールを見て、秋斗はハッとしました。
そうだ、空斗は、計算ができてもできなくてもうちの大切な子供に変わりはないじゃないかと、空斗を抱きしめ、
「可愛いな。」
とつぶやきました。
ミーシャの冒険の執筆を進めるジャスミンことミーシャには、連日、白いフワフワのウサギがそろばんをはじく写真が送られてくるようになりました。
呆れつつも、愛されて育つ空斗を思い、ミーシャの冒険も筆が進むのでした。
おしまい