第三話 『限時戦場 twenty-four hours』 1
ここは上空一万メートル。
巧妙に偽装された旅客機に、三人掛けの座席を独占して眠る、長身痩躯な男が一人。
彼は名を、鬼朽真清と言う。
彼の素性ははっきりしないが、生業はわかっている。
――ニンギョウ処理請負人――
だが、そんな職がある事どころか、《ニンギョウ》の事ですら、知るのは上部階級のごく一部の者だけである。
鬼朽真清は、今、眠っている。
彼は空へと飛び立つ前、ある《ニンギョウ》を一人、夜の街へと放った。
《ニンギョウ》は勿論、廃棄対象の欠陥品である。
しかし、他の《ニンギョウ》もそうであるものか、それは道すがらの少女の姿を模り、反作用のように少女の自由を奪った。
現在は色々あって、その少女の兄と共にある。兄は、綾世貴士と言った。妹思いの彼は、《ニンギョウ》に本能的な嫌悪を感じながらも、拒否する事が出来なかった。ばかりか、彼の心は一秒ごとに《ニンギョウ》を受け入れようとすらしている。
そこにどんな心理が秘められているか、知るのは綾世貴士のみである。
その、見方によっては悪魔のような《ニンギョウ》の名は、ノヴァと言った。
エンゲージ・スタイル・ノヴァ。
性愛処理型の、人格もなにも全てがはく奪された、悲しい人形のうちの一人である。
ノヴァは、なぜ自分が捨てられたのか、なぜ綾世美亜なる少女の全てをコピーしてしまったのか、自分でもわかっていない。
ただぼんやりと思うのは、綾世貴士が自分に向ける視線の心地よさを、失いたくないと言う事。それは、貴士の本当の妹が受けるはずだった、優しい視線だろう。だから、妹が戻れば、それを失わざるを得ないことなど、とうに分かっている。
矛盾するのだが、ノヴァは貴士が妹――美亜――を取り戻すことを、命がけでも叶えたいと思っている。ただ、綾世美亜は現在、あの鬼朽真清と共にある。
ノヴァにとっても鬼朽は、全てが不可解な存在であり、それでも信用したのは鬼朽と共にある《ニンギョウ》のためであった。
トラヴァース・スタイル・アマンダ。
エンゲージ・スタイルのノヴァより数段格上の《ニンギョウ》。
同族意識というよりアマンダへの畏怖が、鬼朽への信用となったのである。
だからその日まで、ノヴァは貴士の優しさに甘えていようと思った。
これまで一度も優しくされたことのない《ニンギョウ》の悲しき願いである。
いったい、あと幾日、続いてくれるのだろう。
必ず終わりの来る幸せの中、ノヴァはただ静かに暮らしたかっただけなのである。
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(『ああ、夢かぃ? ボクにしてはめずらしい……』)
鬼朽真清がぼんやりした頭を振ると、近くの席に横になっている綾世美亜の寝顔が映った。
(『このお嬢ちゃんを通して、ノヴァの思考が流れ込んだのかねぇ?』)
鬼朽真清は、その手の事に感動を覚える性質ではないが、一笑に付するわけでもない。彼なりに、真面目には考えるのである。
だから彼は、傍らに立つアマンダに尋ねてみた。
「アマンダ。下界の様子はどうだい?」
あくびと伸びをしながらの、おかしな質問ではあったが、彼の知りたい事は、この一言で事足りるのである。
それに答えようとするアマンダは、先にコーヒーを手渡した。
アマンダにとっても、この質問は予想通りであったし、そうでなくては困るという、絶妙の問いだったのである。