第五話 『365days 激闘編』 6
某月某日、十八時。貴士は樹海に到着した。
トロイアは、悪魔の問いへの返事を、一日待つといった。その約束があったのは、昨日の二十二時。
つまり、あと四時間は、どんな行動を取ろうが、ノヴァの身は無事なはずだ。そこはトロイアを信じるしかない。
――これは詭弁かも知れない。
けれども、トロイアの条件を満たす事ができない貴士にとって、こうするよりは術が無かった。
ところで、樹海に来たのは貴士ひとりではない。
まず、雨宮陶子。白い剣道着にたすき掛け、鉢巻き。カタナは秘伝の水心子。
もちろん陶子は、貴士への思いが同行の理由だが、トロイアに借りがあるという事もあった。雨宮流に、負けっぱなしは許されないのである。
次に、是清が金で雇った傭兵稼業の者が三人。彼らはそれぞれ、ハリネズミのように武装して、帯びた殺気は貴士の方が身の危険を感じる程であった。
そして、エリクサーはもう来ていた。
マスター神野教授の命令なのである。ノヴァやエステルをひどい目にあわせた張本人だが、味方となるなら、これほど頼もしい加勢もない。これでパーティは六人。
余程報酬が良かったのか、それとも戦闘のプロとはそういうものなのか、早くも傭兵三人は樹海へと進んでいく。貴士たちも、それに続いた。
そのうち、まだ危険はないと判断したものか、傭兵の一人が口を開く。
「おい……? 子供たち、無理しなくたっていいんだぜ? 要はこの訓練場のやつらを始末すればいいんだろう? 俺たちには容易い事だ。それに、かえって足手まといになる」
隊長格らしいその男は、貴士たちの若さはもちろん、武装がカタナ程度である事に、興ざめしたのだろう。視線は、心配ではなく、さげすむような冷やかさがあった。
「とにかく、どうしても来るというなら、百パーセントこっちの言う事を聞いてもらう。それと、無条件に守ってもらえるなんて思うなよ? 戦闘になったら、こっちも必死なんでな……」
これには貴士も、いささかムッとした。ポーカーフェイスな陶子はともかく、エリクサーも、反抗態度がすぐに出た。
「あーあ、うるさいったらないわね? これじゃ、谷地喜田を連れてきた方が、まだマシ。あいつら馬鹿だけど、空気くらい読めるしね――」
エリクサーが、大あくびをしながら言う、そのいで立ちは、簡単なパーカーにホットパンツスタイルで、とてもこれから戦いに赴く姿では無かった。そして、あえて空気を茶化すように、言葉が続く。
「ねえ、綾世貴士? あんた、こういうファッションが好きなんでしょ? 知ってんのよ。だから、今回は合わせてあげたってワケ。嬉しい?」
「ば、馬鹿言えっ!? ――うワッ!?」
悲鳴は、貴士の頭上を、陶子のカタナが一閃したからである。エリクサーの姿にまんざらでも無かった貴士の表情が、瞬間、凍り付いた。
「ハチよ……」
陶子は、その剣先に、真っ二つになった、あわれな蜂の半身を載せている。
「はあ……お世話掛けます……」
こんなやり取りをしながらも、足の方は進んでいたから、あたりはすっかり闇を増している。まだ日没はしていないというのに、樹海の中はとうに夜である。
そして早くも、貴士たちの行く手を遮る、得体の知れない気配が手招きする。
ソレは、全員が目にし、感じた。そして、全員が、何も言わなかった。否、言えなかった。
――あまりにも異形の、認識をかけ離れた……まさに化け物。
「ウワサには聞いていたけれど、ほんとに化け物じゃない? ニンギョウの、失敗作……」
エリクサーの言葉は、しかし銃撃音に阻まれる。
『ズガガガガガガガガガガ』
傭兵の一人が恐慌を起こしたのである。
「バカっ!? 撃つなっ!!」
慌てて隊長が制止する。無理もない。
ソレは、そうでもしなければ精神がどうにかなってしまうと思わせる程、不安定な体躯であり、見たこともない動きだった。例えるなら、二人で演じる獅子舞か。頭部にはたてがみの様な頭髪をふり乱し、眼光鋭く、牙があり、四足。そして驚くべきことに、背には刃のようなヒレが幾本か並んでいる。
まるで恐竜――剣竜というのか――のような姿なのである。
『グギ……グググギ……グギ……』
ソレは、銃撃程度では仕留めきれなかったようだ。これまた、聞いたこともない軋り声が闇にこだました。




