第三話+ 『谷地と喜田の事件簿』 3
谷地と喜田、それにニームの三人は、下水道の爆発事故現場に、いよいよ立ち入ろうとしている。
そこは、彼らの頭領、エリクサーが居るばかりではない。傷ついた綾世貴士と、天に帰ったノヴァ、そして鬼朽是清のエステルが、未だ動けないでいるのである。
下水道の中には、すでに複数名のGSSが潜入していたが、まず三人が発見したのは、何者かによって斃されたGSS隊員の無残な姿であった。それは無造作にいくつか捨て置かれ、あるものは焼け焦げ、あるものは冷凍化している。思わず目を覆う、溶けたような遺体もあり、谷地と喜田は、とんでもないところに入り込んだものだと、今更後悔した。
――しかし、もう遅い。
二人はせめてと、手になじまない拳銃を持ち、薄暗い下水道をゆっくり進んだ。
その姿はニームによって透明化しているから、三人とも、発見される心配はしていない。
「こちらG-9。エリクサーらしき影を発見」
そんな声が聞こえてきたのと、ひとすじの光線が見えたのが同時だった。GSSが新開発した、携行型レーザー兵器である。三人はその場に伏すしかない。
「おいっ、なんだありゃ? SFか?」
「GSSのレーザー銃です。あんなものまで……」
「おれらも、たいがいスけどね」
レーザーの軌跡は、三人とは違う方向に走ったから、きっとそっちにエリクサーが居るのだろう。ここでニームが、二人に断りを入れた。
「エリクサー様がここに居た理由は、おそらく他のニンギョウでしょう。エリクサー様はニンギョウ廃滅者ですから」
これに、谷地が問い返す。
「じゃあ、どうしてエリクサーが追われてる? 同じガバナンス社だろうに?」
喜田が、それに推察を加える。
「反エリクサーとか? 大企業によくある派閥スかねえ?」
ニームは、二人の問いにまとめて答えようと、少し沈黙した。そして、ひとこと。
「ソレ、あってます」
そのときまた、レーザー光が、闇に走った。今度は何かに命中したのか、人くらいの重みのあるものが、叩きつけられる嫌な音が響いた。
「こちらG-9。エリクサーを仕留めた。G-2、G-5は確保にまわれ。こっちは他のニンギョウと綾世貴士の方に回る――」
三人は、レーザーの男に数メートルの場所に、息を潜めていたから、その言葉をはっきり聞いた。エリクサーはわかる。別のニンギョウも居るのだろう。そして、綾世貴士。
――あやせ、たかし。
谷地も喜田も、その名を明確に覚えている。
エリクサーやニームと初めて会ったあの夜、二人が補導した兄妹の、兄の名前だ。その名は、妹によって発声された。
――妹の名は確か綾世美亜と言った、が《ノヴァ》とも言った事を、二人は覚えている。
ともあれ、なぜ、あの時の少年がこんなところに居るのか、谷地も喜田も混乱した。同時に、エリクサーと綾世貴士、どちらを先に守るべきなのか――? 二人は迷う。
その迷いを払ったのは、まさかのエリクサーの声。
「ナメんじゃないわよっ!? あたしはまだ死なないっ!!」
エリクサーは、スーパーガンで二名のGSS隊員を斃すと、そのままニーム達の方に走り込む。そして、姿が消えた。無論、ニームの能力である。
「今回はほめてあげる……あんたたち……ッツ!?」
「エリクサー様!? 早くここを出て手当てを――」
エリクサーは外傷がひどく、人間ならとても耐えられなかったろう。さすがに安堵したのか、白目をむき、なかば気を失いかけている。そんな状態でも、よほど気になるのか、ある名前を連呼している。それは、谷地と喜田も気にしている名前――。
「綾世貴士」そして「ノヴァ」
これで、谷地と喜田の心は決まった。二人はニームの手をほどくと姿を現して、言うのだった。
「綾世貴士を救出する。それが刑事の役目だ。行くぞ、喜田」
「ニームはエリクサーと逃げろ。おまえなら大丈夫。ねえ、谷地さん」
そんな二人に、ニームは今まで感じたことのない気持ちに見舞われてしまう。そのポカポカした心に割り込んで、エリクサーが言う事には――。
「スーパーガンを持っていきなさい――。綾世貴士は絶対、あ・た・し・の獲物なの。やつらには渡さないで――」
谷地と喜田は、無言で虚空にうなずくと、下水道の更に奥へと、先を急いだ。




