第三話 『限時戦場 twenty-four hours』 4
ようやく朝日を受けつつある、疲れた街の、更に吹き溜まりのような公園で、汚れたボロボロのスーツを着た男が、毛布をかぶって一斗缶の火で暖をとりながら、ぼんやりと高層ビル群を眺めている。
男は誰かを待っている風にも見えたが、何もかもをあきらめきったようでもあって、要するにホームレスの一人である。
男はよくよく見ると端正な顔立ちをしており、身ぎれいにさえすれば、十分にあの高層ビル街の住人としてやっていけるようにも見える。
そんな彼のもとに、一人の少女が現れた。
少女は全身白い恰好で、しかし可愛らしさや弱々しさはまるで匂わせない。
確固たる目的を持ってここに来たことは、その引き締まった表情が物語っている。
「あなた、マスターね。出しなさい、あなたのニンギョウ――。殺してあげるから。そうすればあなたはまた、あなたの住む世界へと戻れる――」
男はその唐突な申し出にも、まるで驚かなかった。
いつかはこんな日が来るだろうと悟っていたような表情で、しかし、何の反応も示さなかった。かわりに、彼のくるまった毛布の胸元から、小さな頭がのぞく。
頭は、女子のものだった。
「しばらくね、ミル。あたしがじきじきに殺してあげるから、ありがたく思いなさい?」
「エリクサー様――。マスターの事は助けてくださいっ!? 私はどうなってもいいからっ!!」
もう《ミル》なるニンギョウは立って、自分のマスターをかばうように両手を広げている。
それを背中から抱きしめると、マスターの男は言った。
「こいつ(ミル)を拾ってからこっち、ロクなことは無かったよ。離婚して、会社を辞めて、今やホームレスだ。その代り、俺はこいつと四六時中一緒に居られる。いずれはこいつと田舎に行って、畑でもやりながら暮らすのさ。だから、こいつは渡さん――」
「マスターっ!! ほんとうっ!?」
ミルはエリクサーに背を向けて、マスターの男に飛びついた。男も、もうミルを殺しに来たエリクサーのことなど、どうでも良かった。
そして、エリクサーはアホらしそうに一言。
「め・ん・ど・く・さ・い」
エリクサーが伸ばした手には、小さなマッチ箱があり、「シュッ」と擦られると、今射す朝日よりもまばゆい光が一瞬起こって、ミルと男はその場に折り重なって倒れるのだった。
エリクサーは、擦ったマッチ棒をたき火の中に放り込むと、さっきより多少上ずった声で、二人に告げた。
「人間が作ったガスだけど、ニンギョウにも効くのよね……。苦痛がない分、ありがたく思いなさい」
エリクサーが使用したのは、無力化ガスの一種だろう。苦痛はないとはいえ、意識のあるままじわじわと死に向かう、おぞましい悪魔の気体。
「きさま……それでも……人間か……」
男は、体の大きなぶんガスへの耐性があったが、残った力は全て、自身のニンギョウを抱きしめるために使っている。それが面白くなかったのか、エリクサーは足で二人を引き離してから、男に言う。
「あたしは、あんたたちが面白半分に創りだしたニ・ン・ギ・ョ・ウ――。人間じゃないわ。でも、人類には違いないわね? 絶対にあんたたちとは交らないけど――」
エリクサーはそれだけ言うと、歩み去っていった。
男は、不思議な事だが、これでやっとミルと永遠に居られるのだと、救われたような気持になっている。
最後に聞こえてきたのは、エリクサーの独り言だった。
「次は、ノヴァ。容姿偽装タイプはめずらしいわね。マスターは男子高校生、綾世貴士」




