パートI ドワーフの招待
2083年も残すところ後1ヶ月あまり。
12月に入り、日を追う毎に寒くなり始めていた。
隼人は、カフェ「クロワッサン」のいつものテーブル席に座っていた。
いつもの6人掛けのテーブル席、そしていつもの座席。
かつては毎日のように通っていたが、最近はだいぶ頻度が落ちた。
理由は約1ヶ月前に起きた一連の事件が原因だ。
エルがこの高校に特別教官として赴任し、優秀者を選抜して特別訓練を行っていたのだ。
同じ孤児院出身で兄弟同然の親友である祐は、選抜者19人のうちの1人に選ばれていた。
訓練内容は秘匿され、通常の授業はすべて免除した上で、朝から晩まで専用の訓練室でレイン操作の向上訓練に明け暮れていた。
そして今から2週間ほど前に、エルは学校を去った。
元々短期の予定だったらしく、別の高校に赴任していたったらしい。
「はぁ……いったいどうなってるんだよ……」
隼人は深いため息をついた。
ここ最近はため息ばっかりついているな、と本人も自覚していた。
以前は6人で行動することが多かったが、今は1人になることが増えたせいか、余計に色々と考えてしまう。
エルはこの学校を離れる際、選抜者19名からさらに厳選して、最終的に3名が選ばれた。
・3年の学年主席である天才 坂下竜也、ランクC+
・特別訓練を経て2年生で唯一Cランク到達を果たした あさひ祐、ランクC-
・1年生で最も成長著しい 服部さやか、ランクD+
エルを見送る式典が行われ、上記3名がその場で発表された。
そしてこの3名は特例として卒業資格を得て、エルフが運営する専門の養成機関へと配属されたのだ。
つまり、祐はエルとともに高校を去っていった。
「いつも一緒にいた6人が、この1ヶ月で半分になっちまった……」
独り言と同時に、何度目になるかわからないため息をつく。
約1ヶ月前に校内で起きた事件により、絶斗が行方不明になった。
1ヶ月経っても事件の詳細は発表されず、憶測だけが一人歩きしている。
さらに、絶斗がいなくなった翌日に供花までもが行方不明となり、当時の高校は大混乱に陥った。
供花がいなくなった日、隼人と雪と可憐は、朝に供花と会っていて、さらに隼人と雪は訓練棟が崩壊した現場にいち早く駆けつけていた。
そこで目撃したことを、その後やってきた警察に何度も話した。
エルと坂下竜也、祐、そしてフードを被った小柄なフォースウルフの構成員のことを。
特に重点的に聞かれたのは、フォースウルフのことだ。
なぜなら反政府組織フォースウルフが、絶斗の件もあって厳重な警戒態勢の最中だった校内に侵入し、エルを襲撃したのだから。
その数日前にも、あさひ園の近くで起きた襲撃事件を、隼人は目撃している。
エルが2度も襲撃されたとあっては、警察の面目も丸潰れだろう。
下手したら、日本政府とエルフ族の間で深刻な外交問題に発展しているのかもしれない。
でもそんなことより、隼人にとっては絶斗に続き供花も行方不明になったことの方が大きい。
血まみれの絶斗を見た、と言っていた供花。
そしてその目撃者である供花を、フォースウルフはさらった。
隼人は、フォースウルフが心底憎かった。
もしまたあの小柄なフードを被ったフォースウルフの構成員が目の前に現れたら、今度こそは刺し違えてでも殺してやりたい。隼人は心から思う。
ただし、フォースウルフがすべての元凶だと確信しつつも、エルに対する不信感も拭えなかった。
訓練棟に駆けつけた隼人と雪に対して、エルは意味のわからないことを言い、敵対するような行動にでようとしていた、と思えるためだ。
それに加えて、祐の人が変わったような態度も、ずっと気になっていた。
警察の事情聴取から解放された隼人と雪は、すぐに祐と連絡を取った。
だが、祐は何度メールや電話をしても取り合わなかった。
可憐も連絡を取ったらしいが、やはりダメだったらしい。
絶斗・供花と失踪が続いたことで、特別訓練の生徒以外は寮に待機を命じられ、自室に缶詰めの状態となっていたせいで、直接会うこともできなかった。
そして待機が解除されると、すぐにエルと最終選抜者3名は学校を去る。
今では祐と完全に連絡が取れず、どこに行ったのかすら掴めない。
「本当に、いったいなにがどうなってんだよ……」
「そうね、色々わからないことが多すぎるわ」
「雪!」
独り言に対して返事があってびっくりした隼人は、いつの間にか後ろで立っている雪に気づく。
「久しぶりね」
「……ああ」
雪はいつもの席に座る。
「なにか新しくわかったことある?」
「……いや」
「そう……」
「そっちは?」
「……なにもないわ」
「そうか、可憐はどうしてる?」
「訓練室。ここ最近ずっとそう」
ほぼ毎日6人で会っていたときと比べて、今では残った3人で会うことも少ない。
会えば必ず、絶斗や供花、そして祐の話題になる。
そして進展のない状況に、深い悲しみと無力感と感じてしまうからだ。
特に可憐の落ち込みようは顕著で、いつも明るく笑顔が絶えなかった可憐が、まるで笑い方を忘れてしまったようだった。
しばらくそんな状態が続いた可憐は、数日前から訓練室に篭るようになった。
普段の授業だけでなく、空いた時間のすべてをレインの訓練に充てていた。
それで気を紛らわせているのかもしれない。
「それで、あの電話の件はどうなった?」
これも会うたびに雪に尋ねていることだ。
「進展はないわ。あの時に電話が掛かってきて以来なにもなし。着信履歴にも残ってなかったから、こちらから掛けようもないし」
そしていつもと同じ返答が返ってくる。
「たしかにドワーフって言ってたのか?」
「ええ、エルがすれ違いざまに『ドワーフ』とだけ一言……」
「ドワーフってあのドワーフだよな?」
「それ以外考えられないでしょ」
「そうだよなぁ」
ドワーフとは当然、宇宙人のドワーフのことだ。
エルフ・オーク・ドワーフの3種族が人類にコンタクトをとってきて以来、メディアに姿を現すのはもっぱらエルフだ。
エルフの外見の美しさは、画面越しであっても人々を魅了し、巷ではエルフ教なる崇拝者集団まで存在する。
それに比べてオークとドワーフは、そもそもメディアに顔を見せない。
各国政府とは定期的に連絡を取っているらしいが、映像での露出はほとんどない。そのためオーク教とかドワーフ教は、聞いたことがない。
ただし、オークは軍事関係者に、ドワーフは研究者に、シンパが数多く存在し、それらとの結びつきは強いらしい。
「ねえ、隼人。もし……ね、絶斗や供花、それに祐もだけど、それらの原因が『宇宙人』だとしたら―――あなたはどうする?」
雪は思いつめた顔で隼人に問う。
「絶斗と供花はフォースウルフの仕業だ! 雪もあの時見ただろ? フォースウルフがいたじゃないか」
「そうだけど、そもそもこんなことになったのって、エルが原因だと思うの。祐がおかしかったのは、隼人も認めるでしょ?」
「だからそのエルを狙って、フォースウルフが事件を起こして、それに絶斗たちが巻き込まれたんじゃないか」
「でも、そうだとしたら―――なんで絶斗と供花がいなくなるの? フォースウルフがエルを狙って高校を襲撃してきて、それに絶斗が巻き込まれて怪我をした状態で発見されたのなら納得できるわ。でも、絶斗はさらわれているのよ。どうしてフォースウルフは絶斗をさらったの?」
「それは、口封じのためとか……。それで目撃者の供花も狙われて、翌日また襲撃してきたんじゃないのか」
「だとしたら、なぜ私たちはフォースウルフに狙われていないの? 私たちも供花がいなくなった日にフォースウルフを目撃したわ。事件の目撃者ってことで供花が狙われたのなら、私たちも狙われないとおかしくない? でも私たちはあれから1ヶ月も経つけど、狙われた形跡すらないのよ」
「……警備が厳重で諦めたんじゃないか?」
「そもそも供花がいなくなった日だって、警備は厳重だったわ。それでも事件は起こった」
雪の疑問は理解できる、隼人はそう思った。
だが、実際に2回もフォースウルフの構成員に会った隼人には、フォースウルフが最も怪しい存在だとしか思えなった。
「じゃあ雪は、絶斗と供花が行方不明になったのはどうしてだと思うんだ?」
「……フォースウルフがさらったんじゃないと思う」
「じゃあ誰に?」
「……宇宙人」
「エルフがさらったってことか? それともドワーフ?」
「ええ、絶斗と供花は、宇宙人についての知ってはいけない秘密とかを知ってしまって―――」
「ならフォースウルフはどう説明するんだ?」
「……例えば、フォースウルフがエルを襲撃して、その現場に絶斗が居合わせて、その時たまたまエルの秘密を知ってしまった。そのせいで、エルフとドワーフにさらわれた。供花は、絶斗が失踪する直前を目撃していたから、絶斗と同様にさらわれた―――とか」
「いや、それはどうだろう。俺たちがフォースウルフを見かけたのは、供花がいなくなった日だぞ? 雪の考えだと、フォースウルフが2日連続エルを襲撃したことになる」
「それは隼人がさっき言ったことと同じでしょ。絶斗と供花がフォースウルフにさらわれたのなら、フォースウルフが2日連続で襲撃してきたことになるわ」
「……たしかにその通りだ。なあ、そんなことありうるのか?」
「絶対に違うとは言えないけど、フォースウルフが2日連続で襲撃してくるなんて考えにくいわ―――もしかしたら、絶斗の件はフォースウルフとは関係ない?」
「じゃあ『誰に』絶斗は連れて行かれたんだよ」
「―――エル」
「お、おい。ちょっと待て」
隼人は辺りを見回す。
カフェには他に客はいなかった。
エルフが犯人じゃないか? なんてことを、誰かに聞かれでもしたらさすがにまずい。
隼人は、誰にも聞かれていないを確認して安心すると、雪に顔を寄せて小声で話す。
「さすがに、エルが犯人だなんて冗談でも言うなよ」
「冗談じゃないわ。祐の異変だって、そもそもおかしいと思わない? なにもかも全部あのエルフが来てからおかしくなったのよ」
「ま、まあ、たしかに色々と不可解なことはあったけど……。じゃあ、仮にエルが犯人だとして、なんでそんなことしたんだよ?」
「……それはわからないわ。でもそもそも宇宙人なんて信用できる? エルフは人類の味方で、私たちを導いてくれる存在だと心から信じられる?」
「いや、エルフ信者みたいに宇宙人を心から信じるなんてできないさ。でも、人類の敵だと決めつけてテロ活動するフォースウルフを支持するのか?」
「そんなつもりはないわ。ねえ、改めて聞くけど、もしエルが絶斗と供花とさらったのだとしたら、あなたはエルと敵対できる? いいえエルだけじゃない、宇宙人すべてと敵対できる?」
「……あくまでも仮にだぞ。仮にそうだとしたら―――敵対するさ。宇宙人を相手にしてでも、絶斗と供花を取り戻す。雪はどうなんだ?」
「私もそうする。わからないことだらけだけど、絶斗と供花をさらった人を絶対に許さない」
そう決意する雪は、まっすぐに隼人を見る。
雪の瞳には、同じく決意をにじませた隼人の顔が映っていた。
お互いに見つめ合って、互いの覚悟を確認する2人。
そんな2人に、突然の来訪者が現れた。
「はいはいはいはい! それいいね! 待ってたよ、その こ と ば 。いいねぇ、いいねぇ、超いいねぇ! あ、ちゅーしちゃう? ちゅうしちゃうの? 僕おじゃまだったかな。お邪魔虫? ごっめんねぇええ~」
突然聞こえてきた声に、2人は寄せていた顔をがばっと離し、その声の主に顔を向ける。
声の主は―――――少年だった。
赤色の髪は少年らしく短く刈り上げられていて、無邪気な笑顔を浮かべていた。
服装はぶかぶかの白衣を着ていた。まるでお父さんから無断で白衣を借りてきて、お友達とお医者さんごっこをしているかのように。
「ん~? どうした、どうしたのぉ? 突然でびっくりした? 目玉飛び出た? で、で、で、でちゃったの~? ごっめんねぇええ~」
「い、いや、お前だれだよ」
「僕? 僕ちん? 僕ちゃん誰だか知りたいのぉ~? えへへへ、教えてあげようか? 教えてほしい? ねぇ、教えてほしいんでしょ? ん~どうしよっかなぁ~、どっちがいい? どっちでもいい? というかキスは? ちゅうは?」
「し、しないわよっ」
雪が苛立ちながら否定する。
隼人はちょっとだけショックを受ける。
「さっきまで誰もいなかったのに、いつ来たんだ? 全然気づかなかったぞ」
「そうよ、あなた誰? どうしてここに子供がいるの」
「―――ドワーフ」
さっきまでハイテンションだった子供は急におとなしくなり、聞き逃せない単語を言い放った。
そして孫を見守る老人のような目を向けながら、言葉を続けた。
「君たちをエルフから救ったのは僕だよ。そして君たちに1つ提案があるんだ。どうだろう、うちに来ないか? まあ『留学』という形になるかな。我々ドワーフが独自に作った人間用のレイン養成学校があるんだ。そこに君たちを招待したい」
そして、最後に聞き逃せないことを言う。
「もし来てくれるなら、僕たち、いや我々3種族の真の目的を教えてあげるよ」
『後に思う、この出会いは必然だったと―――』
《登場人物紹介》
坂下竜也
18歳、男性、日本人、180cm、70kg
レインランク:C+
金髪長髪、色白、エルフを連想させる容姿
史上最高のレインの天才