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エルフ・オーク・ドワーフは宇宙人だった  作者: ふじか もりかず
第一章
8/45

パートH 特異体

 開け放たれた扉の向こうには―――――夕日が差す街並みが続いていた。


 郊外にそびえるクリアビル郡、その地下深くに存在する巨大都市。アンダーリゾート。

 地下に存在しているにもかかわらず、夕日が差し込むこの風景は、異常な日常ともいえる。



「供花、これがなにを意味するか……わかるか?」


 フロイトに問われる。


「えっ、どういうこと?」


 私は、フロイトがなにを言っているのか、わからなかった。

 フロイトはそんな私に向かってため息をつくと、「いや、いい」と言って、歩き始めてしまった。

 私は頭にハテナマークを浮かべながら、後を追う。

 さらにその後ろについてくる里香に、小声で尋ねてみた。


「ねぇ、さっきのフロイトの言葉、どういう意味なのかわかる?」


 フードを被る里香の目が、チラリとこちらを向く。

 そして、そっけない声で答える。


「普通の反政府組織が、アンダーリゾートみたいな地下都市を拠点にしていると思う?」


「……いえ、信じられない。っていうか、地下都市があるなんて聞いたことないよ。ここはなんなの?」


 さらなる私の問い掛けに、里香は面倒そうな顔をする。


「さぁ、よくは知らない。でも、これだけは言える。フォースウルフはアンタが想像する以上に、この世界に深く根付いている」


 そう言うと、里香は会話を拒絶するように、私を追い越してフロイトの隣へと並んだ。


「なんで、フォースウルフに入ってるのに知らないのよ……」


 私の独り言は街の喧騒にかき消された。



 フロイトと里香が歩く後ろを、ついて行く。

 今歩いている所は、アンダーリゾート内の大通りらしい。

 周りには大小様々な建物が立ち並び、地上の街並みとなんら変わらない。

 10階建て以上の大きなビルもちらほらとある。

 地下にいるはずなのに、なぜか空が見える。

 空は赤みが差していて、まさに夕暮れ時。

 車道には車が走っていて、歩道には人も多い。

 町ですれ違う人は様々で、スーツを着ている男性や、子供連れの母親もいる。

 ここにフォースウルフのアジトがあるとは到底思えない。


「ここは本当にフォースウルフのアジトなの?」


 私は前を黙々と歩くフロイトに問いかける。

 フロイトはそんな私を一瞥すると、無視した。


 ここは別世界。まるでファンタジーの世界だ。

 でも、周りの光景はザ・日常そのもの。

 私は空を見上げる。夕焼けに染まる綺麗なあかね色。

 その綺麗な空は、私に普段の日常を思い起こさせると同時に、日常と非日常は表裏一体であることを暗示させる。

 私の生きるこの世界は、たった1歩でも道を踏み外すと、異様で奇妙な世界に迷い込んでしまうのではないか。

 そんな不気味な感覚に囚われていた。



「ここだ」


 フロイトは古ぼけた雑居ビル前で足を止める。

 そして建物の横にある階段へと向かう。

 古びた雑居ビルは、レンガ造りの外壁をした5階建てで、外付けの階段が2階部分にだけ続いていた。


 階段を上り2階に着くと、そこには喫茶店があった。

 窓から喫茶店をのぞくと、狭いカウンター席とテーブル席が6つ見える。


 喫茶店に入ると、カウンターの奥から声がかかる。


「いらっしゃい。おや、フロイトか」


 声の主は、白髪が少し混ざった品の良さそうな初老の男性だった。

 痩せているが背筋は良く、喫茶店のマスターというより映画に出てくる執事のようだった。


「リーダーはいるか?」


「ええ、いらっしゃいますよ」


 それだけ言葉を交わすと、フロイトはカウンター席に座る。

 初老の男性はこちらに笑顔を向け、「いらっしゃい」と言うと、そのまま店の奥に引っ込んでしまった。


 私は、店員のいなくなった店内で「お邪魔します」とだけ呟いて、フロイトの隣に座った。

 里香は私の隣に座らず、カウンター席の一番端に座る。


 喫茶店には私たち3人以外客はいない。

 クラシックが流れる店内には、コーヒー豆を炒る独特な香りが漂っていて雰囲気は良かった。



「やあ、いらっしゃい」


 店の奥から別の人物が姿を現す。


「フロイト、この子が―――例の子かしら?」


「ああ、そうだ」


 妙齢の美しい女性が、私を笑顔を向ける。


 年齢は30前後で、暗めの茶色い髪を後ろで纏めている。

 体にぴったりと張り付く白いブラウスに、細いジーンズの姿で、薄めの化粧と相まって清潔感のある印象を受ける。

 長い睫毛と色素の薄い瞳がとても魅力的だった。


 本当に―――――魅力的だった。その目が、その瞳が。


「はじめまして。私がフォースウルフ関東支部のリーダー。みんなには沙希さきって言われているわ。よろしくね」


「………」


 なんだかおかしい。妙にドキドキする。

 目が離せない。

 目を合わせた途端、魅了されたように惹きつけられ、目が離せなくなってしまった。


 同姓なのに、本当に魅力的に感じるのだ……。


 これは―――――オカシイ、ナニカガ、オカシイ。



「チッ」


 カウンターの端で大人しくしていた里香が、舌打ちする。


「やめろ」


 フロイトが、沙希をたしなめるように言う。


「あら、ごめんなさい」


 沙希は私に向けていた視線を逸らし、可愛く舌をちょこんと出して謝る。


 すると、さっきまで感じていた胸の鼓動が、まるで波が引くかのようにすっと収まった。


「本当にごめんなさいね。大丈夫?」


「……は、はい。大丈夫です」


「そう、よかった。それで、あなたのお名前、聞いていいかしら?」


「あっ、はい。私は、あさひ供花と言います。よろしくおねがいします」


「ええ、よろしくね、供花さん」


 沙希はニッコリと微笑む。

 その笑顔は、年上の綺麗な女性そのものだったが、先程までの妙な胸の高鳴りは生じなかった。

 さっきのはなんだったんだろうと、私は首を傾げる。


「じゃあ早速、これまでの経緯を話してもらってもいいかしら」


「ああ、まずは―――――」




 フロイトが中心となって、これまでの出来事を沙希に聞かせる。

 その間、沙希は腕を組み、静かに聞いていた。

 経緯を説明し終えると、沙希はしばらくじっとなにかを考えていた。

 その後、私に顔を向けると、やさしい口調で話しかけてきた。


「供花さん、フォースウルフはあなたを保護したいと考えています。どうかしら?」


 私は、沙希さんにいれてもらったコーヒーに口をつける。

 口の中にツンとした苦味が広がる。

 いつもは可憐ほどではないにしても、コーヒーには砂糖とミルクを結構入れる派だったが、今はブラックで飲みたい気分だった。


「えっと、2人が助けてくれなかったら、私はどうなっていたかわからないし、あのまま学校にいたらきっと危ない目にあっていたと思うし……だから、それは感謝しています。でも、その―――」


「フォースウルフは信用できない?」


「え、えっと……その……」


「まあ、普通ならそう思うわね。でもね供花さん。私達フォースウルフがなにを目的としていて、どんな活動をしているのか、知ってる?」


「い、いえ……」


ちまたでは、宇宙人と敵対する反政府組織と言われているわ」


「そうですね。数日前も、エルフを襲撃したとニュースに出ていました」


 私はあの時、孤児院に留まって子供たちを宥めていたが、絶斗と祐と隼人は外で直接目撃していた。

 さらに、フォースウルフの構成員と戦闘になったと聞いている。


「ああ、あれね……」


 沙希は里香に視線を向けるが、里香はそれを無視する。


「あれはね、世間ではフォースウルフの犯行とされているけど、実は私たちがしたことじゃないの。なんて言えばいいのかしら―――勘違いの模倣犯、まあそんなところね」


 沙希の続く言葉を待ったが、これ以上詳しく話す気はないのか、唇に薄い笑みを浮かべたまま黙ってしまう。

 もっと詳しく聞きたかったけど仕方ない。

 私は別の質問をすることにした。


「では、フォースウルフの目的はなんですか?」


「そうね……端的に言えば、人類の平和を守ること」


 なんとも壮大な物言いだな、と供花は思った。


「人類の平和を守る? なにからですか?」


「あらゆるものからよ」


「例えば―――宇宙人から、とか?」


「そうね」


 宇宙人と敵対しているのは事実のようだ。

 もう少し突っ込んで、質問する。


「エルフ・オーク・ドワーフの3種族と人類は、友好関係を築いていますよね? 人類よりも遥かに進んだ文明を持つ宇宙人を警戒するのは、たしかに理解できます。でも、だからといってむやみに敵対するのは、それこそ人類の平和を乱すことになりませんか?」


 その問い掛けに対して、沙希は「そうね」とだけ、あっけらかんと言う。


 この人は説明する気ないの?

 素っ気無い返事をする沙希に、私は少しムッとした。

 それでも、聞かなければならないことがある。

 それは―――――絶斗のことだ。


 私は気を取り直して、質問を再開する。


「私の高校にエルという名前のエルフが赴任してきました。レインの指導をするといって優秀者を選抜し、私の友人が一人選ばれました。ところが、その友人が人が変わったようになってしまって……。そして別の友人が昨日失踪しました。それについてなにか知っていますか?」


「ええ、知っているわ。ねえ、供花さん。『特異体』って言葉、聞いたことある?」


「とくいたい? なんですか、それ?」


「レイン操作に関する異能ともいうべき存在よ。通常のレイン操作では不可能なこと、または不可能に近いこと、それをできてしまう人を特異体と呼んでいるの」


「……レインに関する特別な才能を持つ人ということですか?」


「平たく言えばそういうことね。ねえ、もう一つ質問。レインランクはどうやって決めているのか知ってる?」


「……知ってます。専用の測定器で測りますよね」


 なんだか話の方向がズレている気がする。

 でも、とても大事な話のようにも感じて、渋々続ける。


「そういう意味じゃなくて、レインランクってA~Eまであるわよね? さらに各ランク毎にプラス、中間、マイナスと3段階に別れている。例えばC+、C、C-といった具合に。それって誰が決めたと思う?」


「うーん、世界共通の基準ですよね? なら、各国政府が協議して決めたとかじゃ……あっ、もしかして宇宙人が決めたんですか?」


「そう、その通り! この基準はレインを人類に与えた3種族の宇宙人が定めているの。専用の測定器もわざわざ提供してきてね」


 沙希は自分用に用意したコーヒーを口に運ぶ。

 飲み終えると、カップに付いた口紅を指でそっと拭い、音を立てずにソーサーに戻した。

 そして、少しだけ身を乗り出すような姿勢で、私に顔を近づける。

 まるで、私を品定めでもするかのように見つめながら、話の続きをする。


「現在、Aランクに位置する人がどれだけいると思う?」


「さ、さぁ? 聞いたことがありません」


「各国政府はBランク到達者を公表しているわ。Bランクともなれば一騎当千級と言われている。これを公表することで、対外的に力を示せるから。でもAランクを公表している国はまだないわ」


「Aランクは、まだ人類が到達していない領域ってことですか?」


「いえ、僅かながらAランクに到達した人はいるわ。噂を含めれば、私が知っているのは3人。そのうちの1人は確実に到達している。ランクはA-」


「へぇ~、すごいですね」


 私は素直に感心した。

 AとかBとか、私にとっては次元が違う話だったので、どれだけ凄いのかは想像もできないが。


「あはは。まあ、だからこそ問題なんだけどね。ところで、あなたのランクは?」


「Dです」


「高校2年生でDかぁ、優秀ね」


 確かに平均と比べれば、私は優秀と言える。

 高校卒業時にDランク到達(D-)が平均で、私は現時点で既にDランク。

 クラスの中では、唯一のD+だった祐が一番で、私はその次で同率2位。

 でも、さっきの話を聞いた後では五十歩百歩な気がする。


「宇宙人は様々なテクノロジーを人類に提供したけれど、すぐに兵器運用可能なものは提供しなかったわ。そして戦争を辞めるよう提案した。元々戦争の原因なんて飢えや貧困が下地にあって、それにイデオロギーや宗教がオブラートのようにコーティングされていたにすぎない。宇宙人からもたらされたテクノロジーによって飢えや貧困が解消されれば、土台が崩れて戦争なんて起こらないのよ。少なくても表立ってはね。まあ、思想の対立は根深く残ったけれど、それだけでは戦争は起こらないと歴史が証明したわ」


「今のところはな」


 静かに聞いていたフロイトが口を挟む。

 沙希は「そうね」と苦笑いを浮かべ、ゴホンとわざとらしく咳をした後で、話を続ける。


「こうして宇宙人のおかげで人類は平和を手にいれましたとさ、ちゃんちゃん。でもね、それならなぜレインを人類に提供したの? レインはどうみても殺傷兵器よ」


 確かに宇宙人が提供した技術の中で、レインは異質な存在だ。

 主に自衛のためにレインは必要だ、と言われているが、かつて自衛目的で個人が銃を所有することを認めていた国がある。

 そして、現在では個人が銃を持つことは間違った政策だったと評価されている。

 銃は対象を殺すための道具だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 結果的に人を殺せる道具は他にもある。例えば料理で使う包丁とか。

 でも包丁と銃では製造目的も所有目的も根本的に異なる。


 であるならば―――――レインはそのどちらだろうか?


 私にはどう取り繕っても、銃などの武器と同じであって、レインはその延長線上にあるものだと思える。


「宇宙人は、人類にレインを与えてなにをさせたいの? 私たちを、争わせたいの?」


「争わせたいかぁ……。ある意味そうかもね。でも、そう単純な話でもないの。レインは人類に必要よ。これは間違いのない事実」


「レインは人類に必要……」


「ええ、そして宇宙人にとってもね」


 沙希さんは、私を見ているようで、私を見ていない。

 遥かその先の未来を見ているような、そんな感じがした。


「レインは争いの道具なのに、必要? 私にはわかりません……」


「……ええ、今はそれでいいわ。でも、これだけは覚えておいて。宇宙人は才能のあるレイン使いを集めている。特に、『特異体』を血眼になって探しているわ」


「なるほど……」


「なるほど……って、供花さん、あなたを探しているのよ」


「えっ、私?」


「……そう、あなたが特異体」


「ほえっ」


 いきなり予想外なことを告げられ、私は間の抜けた返事をしてしまう。


「私? 別に特別な力なんてないですけど……?」


「普通の人は―――『レインを2つ』も持っていない」


 ミシリと空気が凍りつくような気配が、喫茶店の店内に充満する。

 気が付けば、正面の沙希だけではなく、隣に座るフロイトも、離れた席の里香も、鋭い目で私を見ていた。


 さっきまでの穏やかな空気は霧散して、明らかに私を警戒している。

 私の出方次第では……って顔をしているように見えるのは、気のせいだろうか。


 私の緊張が伝わったのか、右太ももに巻き付いている絶斗のレインが僅かにキュッと締まり、そして熱を帯びはじめる。


 絶斗のレインが暴走するのではないかと不安になり、スカートの上から手で押さえる。


 そんな私の行動を見て、フロイトと里香は警戒をさらに強める。


 しまった。敵対行動に思われた?

 誤解を解きたいが、張り詰めた糸のような緊張状態のなか、身動きが取れなくなってしまった。

 どう言っても、どう動いても、悪い方向に向かいそうな気がしたからだ。


 そんな空気を、沙希が助け出してくれた。


「フロイト、里香、やめなさい。供花さんも落ち着いて。はじめに言ったでしょ、フォースウルフはあなたを保護したいの」


 沙希の言葉で、さっきまでの緊張が嘘のように霧散していた。


「わ、私は、どうしたら……」


「あなたはここで自分の能力を調べる必要があるわ。そして本当に宇宙人の探している特異体であるなら―――その能力を開花させるべきね。ここにいればしばらくは安全だけど、それもいつまで隠し通せるかはわからない。万が一の時に備えて……ね?」


「……わかりました。よろしくお願いします」


「ええ、安心して。後であなたにレイン操作を教える人を紹介するわ。会ったらびっくりするわよ。なんてったって、あのシュバリエですもの」


「ええっ? シュバリエって! あの!?」



 こうして、私のフォースウルフでの生活がはじまった。



《登場人物紹介》

沙希さき

55歳、女性、165cm

レインランク:不明

フォースウルフ関東支部のリーダー

見た目は30前後の清潔感のある容姿

その瞳は特別な力を宿している


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