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エルフ・オーク・ドワーフは宇宙人だった  作者: ふじか もりかず
第二章
44/45

世界に知れ渡る存在―――特異体

 バリケードを隔てて、警察の増援が集結していた。

 そしてその中に、きぼう俊之の姿もあった。


「俊之さん!」


「ああ、わかってる。場合によっては突入する」


 部下に言われるまでもない。きぼう俊之は状況を注視していた。


 バリケードの向こうで人質を取る教団側に変化が生じている。


 神聖アールヴ教団による長野宇宙センター襲撃事件。

 きぼう俊之の悪い予感は的中し、未曾有の事件が起きてしまった。

 政府承認のもと、きぼう俊之率いる精鋭部隊を第1陣として投入。

 この通称「俊之班」が現場に到着した時には、既にバリケードが張られ人質が用意されていた。


 睨み合いの膠着状況に陥り30分が経過した頃、状況に変化が訪れる。


 人質を盾に取るグループのさらに後方から、別の集団が現れたのだ。

 敵の増援かと思われたが、人質グループの反応から彼らにとっても予想外の存在のようだ。


 奥にいる集団から1人の女性が人質グループへと駆け出す。それに他の者も続いていた。


 この集団は―――警備服を着ていた。


「あれは、警備兵?」


「どうでしょうか……変装した教徒かもしれません」


「……そうだな。人質を取られている以上、迂闊には行動するな」


「はい……。ですが、もしかしてあれは予備生である可能性もあります」


「………」


 もしあれが予備生であるならば、突然の襲撃にも懸命に対処しここまでやって来た勇敢な者たちだ。

 これ以上の犠牲はできる限り避けたい。


 静観か、突撃か……。


 きぼう俊之は重大な決断に迫られていた。



 固唾を呑んで見守るなか、人質グループと第3の集団が激突する。

 双方ともレインを展開し、入り乱れての乱戦。

 つまりは―――敵の増援ではなく、予備生の決起。



 この期に及んで静観などありえない。

 今がまさに警察の突入すべき絶好の機会。


 きぼう俊之は声を張り上げた。


「総員、起動展開! バリケードを突破し、人質を救助せよ!」


 警察が誇る精鋭部隊、俊之班。

 屈強な部隊員らが、待ってましたとばかりに一斉にレインを開放する。

 目の前には教団が設置した即席のバリケード。

 万が一の場合でも、それなりの時間を稼げる算段だったが―――そんなものは、このきぼう俊之には通用しない。


 きぼう俊之が先陣を切って走る。

 既にレインは開放済み。

 日本で7人しか公表されていないBランク到達者。

 その圧倒的なまでの力を示す。


銀光ぎんこうよ……ブレード!!」


 俊之のレインが銀色に光り輝く。

 他の追随を許さぬ強度! 満ちる閃光!!


 ゴォォォォォォォォオオオオオオオオオン


 光を纏い、光そのものとなった巨大なブレードが、バリケードをただの1撃で粉砕した。


 砂埃の舞うなか、切り開いた道の上に立つ男が1人。


 その男―――きぼう俊之が、背後の部下に指示を飛ばす。


「突撃!」


「「「うおおおおおおおおおおお」」」


 次々と俊之班の精鋭が敷地内へと突入していく。


 人質を取っていた教団の教徒と、供花及び可憐らの予備生グループとの戦闘の最中、その戦場にバリケードを突破した警察官が介入してくる。


 この状況では人質の意味は既に無く、たちどころに教徒側が打ち倒されていった。


 その状況は、くしくも教団側が用意したテレビカメラによって世界中に放映されている。

 滅多に見ることのできないレインによる本格的な戦闘、すなわちレインによる殺し合い。

 画面の向こうで、世界中が見守る殺戮劇。



 そのなかには、当然のことながら各国の要人の姿もあった。






 ―――――中国、某所


 スクリーンに映し出される戦闘を見守りながら、女はグラスを傾ける。

 その女が座るソファーの後ろには、直立する人物が1人。


「これで無事解決か……。なかなか面白かったわね」


「そうですね。きぼう俊之が動いたのなら、すぐに鎮圧されるでしょう」


「それで……どう思う?」


「どう、とは?」


「分かってるでしょ? 警察が動く前に現れた集団……そこにいた女の子……」


「………」


「あなたも見てたでしょ? あの最初に突っ込んでいった子………あの子は『レインを2つ使っていた』……そうよね?」


「……ええ、そう見えました」


「言うまでも無く、普通の人間にはレインを2つ同時に使うことは不可能。でもあの子は使ってた……それの意味するところは―――」


「特異体……」


「先月の世界会議が終わった頃から聞こえ始めた噂。日本にデュアルマインドと呼ばれる特異体能力者がいる、と。あなたはどう考える?」


「……現時点では断定はできないでしょう。ただし、あれが本当に特異体であるのなら、見過ごす事はできません」


 静寂が2人の間に訪れる。

 スクリーンの向こうでは、今なお激しい戦闘が繰り広げられていた。


「ねぇ、あなたなら―――我が中国が誇るBランク到達者のあなたなら、あの特異体を倒せるかしら?」


 ソファーに座る女が言う。

 その背後の人物は間髪入れずに答えた。


「問題ありません。ついでにきぼう俊之も仕留めてご覧にいれましょうか?」


「ふふふっ、そうね……イーファン、あなたに任務を与えるわ。内容は―――――」






 ―――――イギリス、円卓の王座


 その場に集う者たちは、スクリーンに映し出される光景に驚きを隠せなかった。

 当初は、日本で起きたテロ事件にさしたる興味も示さなかった面々だったが、突如映し出された1人の少女に目が離せなくなったのだ。


「これは……これが特異体……なのか?」


「信じられん……レインを2つ同時に操作しているぞ!」


「そんな馬鹿な事があるか!?」


「だが、実際にレインを2つ操っている! それが真実」


 皆驚きを隠せないでいる。

 その場にいる誰もが、ありえない物を目の当たりにしているのだ。


 収集のつかない会場で、1人の者が冷静な分析を語り始めた。


「2つのレインを同時操作。しかも使い方が上手いな。1つは足に装着させて機動力を確保し、もう1つを遠隔操作して攻撃と防御に用いている。遠隔操作の方は―――我々のシュバリエに通ずるものがある」


 この分析に周囲の者は愕然とする。


 イギリスにて生み出された最強のレイン操作方法。そしてその使い手―――シュバリエ。

 このスクリーンに映る少女は、そのシュバリエを再現しつつ、さらにもう1つのレインを使えるとするならば―――それはシュバリエの上位互換に他ならない。


 レインが人類にもたらされてからイギリスが頂点に君臨し続けてきた地位。その象徴、シュバリエ。

 レインによって他国を圧倒する軍事力を保有する現在の情勢にヒビを入れかねない存在。

 それがこの特異体と思われる少女だった。


「確かに看過できない存在ではある。だが、あの特異体の実力はどれ程のものなんだ? 俺には―――」


 別の者が皆に問いかけた。


「……そうだな。やっかいなことに変わりないが、見たところ……強度や速度に難があるように見える」


 また別の者が言う。

 それらの意見を受けて、各々が口々に考えを言う。


「手加減してるんじゃないか? 実力を隠すために」


「この状況で? 本当にそうか? そうには見えないが……」


「同時操作の代償か? 1つ1つのレインの精度が下がるという」


 この場にいる者はイギリス国内でも指折りの実力者。

 シュバリエの称号を得ている者も少なくない。

 彼らからすれば2つのレインを操っていることにこそ脅威を覚えてはいるが、個々のレイン操作においてはむしろ未熟さを感じていたのだ。



 意見が飛び交うなかで、王座に座る人物が口を開いた。


「遠隔操作のレイン……あれは妙だ」


 その発言にその場にいた者全員が注目する。

 シンと静まり返る会場で、王座の近くに立っていた者が真意を問う。


「キングよ。それはどういう意味ですかな?」


 その言葉を受け、キングと呼ばれた者は続ける。


「先ほどから、あの遠隔操作のレインは少女の死角であっても正確に攻撃と防御を行えている」


「!?」


「まるで―――勝手に動いているように見える」


「そ、そんな……もしおっしゃる通りなら、特異体という存在は我々の想像以上のものになりますな……」


 この場にいる者は特異体という存在がどういう物なのか誰も知らない。

 故に、あの少女の本当の能力も理解できていない。


 理解できないということほど、恐ろしいものは無い。


「………日本に調査員を差し向けろ。こちらも日本政府に圧力を掛ける。多少手荒になっても構わない。あの少女を―――特異体を探れ」






 ―――――日本、首相官邸


 エルフによる日本人学生返還の日。

 本来であれば、つつがなく行われるはずだった。

 しかし事態は急変し、神聖アールヴ教団による襲撃事件が発生する。

 この事態に対応すべく、首相官邸にて対策会議が執り行われていた。


 首相はじめ閣僚らもスクリーンに映し出されている光景に固唾を呑んで見守る。

 そこに映し出される1人の少女。

 2つのレインを同時操作するその姿に、この場にいる人々も困惑するしかなかった。


「一体あの子は誰なんだ?」


「現在予備生のリストと照合していますが、該当者なしです」


「ではなぜあの場にいる。あれも神聖アールヴの教徒なのか?」


「しかし、あの少女は予備生と一緒になって教団側と戦闘をしています」


「エルフの月から帰国してきた学生では?」


「それも考え難い。学生たちは現在施設の内部で篭城戦をしているはず……。1人だけ突破してきたとでも言うのか?」


「ええその通りです。返還予定者リストとも照合していますが、そちらにも該当しません」


「そもそも2つのレインを同時操作しているんだぞ! その点からして異常すぎる」


 日本の政府関係者ですら把握できないイレギュラー。

 そもそもあの少女は誰なのか?

 そして2つのレインを同時操作する特異性。

 この異常事態を理解できる者など、この場にはいなかった。


 ―――いや、実は理解している者はいる。それは、小林総理だ。


 小林総理はこの少女が誰であるのかを知っている。

 そう、先月の世界会議において、エルを討伐する際にフォースウルフが投入させた切り札が彼女であった。


 エル討伐は、小林総理がエルから狙われているというフォースウルフ側からの進言を基にやむなく立案された極秘作戦であり、政府関係者でもこれを知る者はごく僅かであった。


 これを公にできないのは当然だ。


 なぜなら、エルフを含む宇宙人は、人類に多大な貢献をしてくれた恩人であり友人である。

 宇宙人の持つテクノロジーは人類を超越しており、争うという選択肢はありえない。

 さらにエルフは宇宙人のなかでもとりわけ人気のある存在で、エルフ教などのエルフを崇拝する存在すらある。まさに、今回の事件もそのエルフ教の過激派の仕業だ。


 つまり、いかなる理由があろうともエルフと敵対するなど言語道断であり、エルを殺した事実は絶対に知られてはならないものだった。



 対策会議では、今なおこの正体不明の少女―――あさひ供花の話題で持ちきりだ。

 エル討伐の件を知らない者からすれば、供花は不気味な存在以外何者でもない。


「この少女が誰なのかというのも問題だが、今考えなければならないのは『この少女の扱い』についてではないですか?」


 この発言を受けて、小林に緊張が走る。

 現状で最も重要なことは、まさにそれだった。

 議論の流れ次第では、あさひ供花と日本政府が敵対する可能性が生じてしまう。

 それは絶対に阻止しなければならない。


 小林が様子を見守るなか、他の者が口々に意見を交わす。


「断定はできないが、おそらくこの少女は例の特異体であると考えられます。世界でも未だ報告例の無い特異体が日本人から発見されたのであれば、確実に確保する必要があるかと」


「そうだな、あれが敵でも味方でもこの際関係ない。特異体を日本政府が入手することが最優先事項だ」


「ええ、今回の襲撃事件は、犯行グループによって世界中に放映されています。当然、彼女の存在は世界中に知れ渡ってしまった。他国の介入の手が及ばぬうちに保護すべきかと」


「きぼう俊之に指示を出しましょう。彼ならあの少女を生きたまま捕らえられる」


 あさひ供花を捕らえるという意見が多くの賛同を得たところで、小林は動き出す。


 小林は注目を集めるため、机をコンコンと叩いた。

 皆の視線が集まると、口を開く。


「皆さんのご意見はおっしゃる通りです。私もその意見に賛成します。直ちにきぼう俊之君にその旨の指令を伝えてください。さらに、この件に関しての追加の増援を送ります。私の護衛部隊の主任を務める五条麗華君を派遣します」


「おお、あの五条麗華をか」


「なるほど、それは名案ですな」


 小林の発言を受けて多くの者が支持する。


 その一方、その発言を不審がる者もいた。


「総理、五条麗華は総理の護衛主任。あなた直属の私兵と言っても差し支えない。そんな人物をわざわざ派遣するとは、何か別の考えがあるのですか?」


 小林とは潜在的にライバル関係にある閣僚が言う。

 これに対し、小林は心を悟られぬよう努めて平静に返答する。


「総理の護衛部隊は私の私兵ではありませんよ。単純に戦力の問題です。五条麗華君はわが国の誇る最大戦力。この緊急事態に戦力の温存はおろかであると考えたまでです」


「ですが、五条麗華は……総理もご存知の通り特殊なレイン使いです。1対1では世界でも最強格の1人と言われていますが、彼女自身の特性から今回のような事態には不向きな戦力です。また、総理の護衛という重要な役目を負う者をそう易々と前線に投入するのはいかがなものかと」


 この閣僚の言うことはもっともだ。


 五条麗華は他のBランクをも圧倒する実力を持つ一方で、全力では2、3分程度しか戦えないという致命的な欠点を持っている。

 限定状況での1対1など限られた場面でしか、彼女のポテンシャルを発揮できないのだ。

 故にその扱いが非常に難しく、気軽に前線に投入すべき人物ではない。


 無理な使い方をして、万が一にも五条麗華を失うことにでもなれば、その損失は計り知れない。

 そのため日本政府としては、伝家の宝刀として、また最後の防壁として、総理大臣の護衛という役目を与えている存在。


 小林もそれは十分に理解している。だが、これは譲れない。


「ええ、もちろん分かっています。今回のテロ鎮圧には五条君は使いません。あくまでも、あの特異体を保護する任務についてのみ彼女にも手伝ってもらいましょう。きぼう俊之君はテロ鎮圧に専念させるべきだと考えます」



 最終的に小林総理の案が押し通り、会議は一時休憩に入った。


 小林はすぐに執務室へと戻り、五条麗華に連絡を取る。

 実は、小林はフォースウルフ側からあさひ供花が介入する知らせを事前に受けており、万が一に備えて五条麗華を現地に向かわせていたのだ。


 現地に向かっている麗華と繋がり、指示を出す。


「麗華君、到着次第あさひ供花を救出せよ」


「はっ、お任せ下さい」


「場合によっては、きぼう俊之君にだけなら事情を伝えても構わない。なんとしてでも、あさひ供花を確保するんだ」


「……狼側としては、あさひ供花を政府が保護するのを了承しているのですか?」


「いや、今から話を纏める。だが、事態は急を要する。例え狼が反対しても、あさひ供花の安全を最優先とすべきだ」


「了解しました。では、場合によっては現地で狼との戦闘も―――」


「それも許可する。だが、君を失うことは許容できない。よって、君の任務はあさひ供花の保護のみだ。神聖アールヴ教団との戦闘はできるかぎり避けろ。テロ事件への介入は認めない」


「そ、それは……」


「この命令は絶対だ。いいな?」


「……はっ」


 通信を終えて、小林は執務室の椅子に深く腰掛ける。


 あさひ供花―――特異体の存在が世間に知られてしまった。


 今後は、世界中の政府機関及びエルフ・オーク・ドワーフの3種族から日本政府に対して特異体への追求が始まるだろう。

 それは何も公式な物だけでは済まされない。裏からも様々な手段でその手が及ぶだろう。


 それらからどうやって特異体を守るか。果たして守りきれるのだろうか。


 未だ解決のしていない今回のテロ事件も含めて、今後の世界が大きく変動していくことに、小林は恐怖に近い不安を感じていた。




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