長野宇宙センター襲撃事件 5
「さぁ、こっち。急いで!」
別館で可憐と再会し、可憐を含む予備生を敷地外へ逃がそうと決めた供花。
自ら先頭に立ち、正面玄関へと誘導していた。
別館を出て、中庭を通って本館へ入り、正面玄関へと到るルート。
正面玄関さえ抜ければ、後は駐車場を突っ切って正門ゲートを越えて外に出られる。
別館から本館へは連絡通路を通るのが手っ取り早いが、さすがに目立つので中庭を迂回することにした。
中庭は木々が生い茂り遮蔽物が多い。
隠れながら行動するにはもってこいだったが、それは1人で移動する時の話で、総勢20名(そのうち負傷者が8名)では無意味に近い。
そんなわけである程度はリスクを覚悟して、さっさと渡りきってしまおうと考えていた。
負傷者とそれを運んでいる者は戦力にならず、手の空いている者はたった6人。
ただ幸いにも、井上紀子さんが所属するグループはレインランクD+以上で構成されたエリートチーム。
高校3年生でランクD+以上というのは、ほんの一握りの優秀なレイン使いだ。
先ほどの戦闘でも、教徒2人を相手にして互角以上の戦いをしていた井上さんに関してはなんとC-だという。
学生ゆえに実戦経験が無く、過剰な期待は禁物だが、相手が少数なら強引に突破することも視野に入れる。
中庭を順調につき進み、本館の建物まで到達する。
ここまでは順調。敵にも出会わずに済んだ。
だが、問題はここからだ。
この先の本館にはさすがに教徒が待ち受けているだろう。
本館へと続く非常出口を見つける。
音を立てずにドアノブをゆっくりと回す。
鍵が掛かっていない事を確認し、慎重にドアを開ける。
建物内を覗き込むと、非常灯の薄暗い光が照らす通路が見えるのみで、誰も居なさそうだった。
後ろを振り返り、傍にいる可憐と井上さんに小声で話しかける。
「少し待ってて。私が先に行って様子を見てくる」
2人がうなずくのを確認して、単身で館内へと入る。
足音を立てないようにしながら、非常通路をまっすぐ進む。
通路の終点はT字路になっていて、体を隠しながら頭だけを出して左右を確認する。
誰も居ないことにほっとしつつ、正面玄関の方角である左の道をさらに進む。
視界の先は右に折れるL字型の通路だった。
今度も体を隠して覗こうとするが、その瞬間、角でばったりと教徒に出会ってしまった。
「は?」
「誰だお前!」
相手は2人。私は考えるより先に行動に出た。
「展開っ」
即座に起動展開を行い、左腕からレインが零れ落ちる。
「ブレード!」
そして横薙ぎのブレードを放つ。
ギィィン
右にいる教徒に放った大振りのブレードは、相手のブレードに相殺される。
「絶斗っ!」
右太ももから絶斗のレインが飛び出し、ランスで追撃する。
「なっ」
ブレードで相殺し合った直後の敵は、このランスを避ける事もガードすることもできず、直撃する。
1人目が崩れ落ちるのを確認する間も無く、私は大きく後ろへ跳んだ。
もう1人から攻撃されそうになったからだ。
さっきまで私がいた位置に、もう1人の敵のブレードが空を切る。
絶斗のレインが、カバーするように敵に襲い掛かる。
相手はそれを懸命に迎撃するが、連続して襲い掛かる絶斗のレインに手を焼く。
私は自分のレインを足元に呼び寄せ、両足に絡ませた。
履いているスニーカーごと包み込むように纏わりつかせ、壁に向かって駆け出す。
レインのアシストを受けて廊下の壁面を1歩、2歩、3歩と走る。
体が地面に対して水平になるまで壁を駆け上がると、そこから壁を蹴り飛ばす。
ひねりを加えながら体を180度回転させ、レインを纏った蹴りを放った。
「くっ」
敵はとっさにシールドを展開して、私の蹴りをガードした。
―――――そう、それでいい。
フォースウルフに保護されてから、毎日訓練を積み重ねてきた。
身体能力も、レインの扱いも、著しく向上した。
でも、私は格闘家じゃない。
レインの強度も、速度も、射程も、少なくても私自身に関しては一流にはほど遠い。
私の戦い方は―――――
「絶斗!!」
呼びかけに応じて、絶斗のレインが相手の背後から急襲する。
「ぐわあああ」
2つのレインによる同時攻撃。
蹴りをガードした相手には、絶斗のレインを防ぐ術など無かった。
「はぁ……はぁ……」
レインを解除して、深呼吸する。
周囲を見回す。幸運にも増援の気配は無かった。
角を右折し、そのまま真っ直ぐ行った先にエントランスが見える。
エントランスは開けていて、ほぼ確実に教徒がいる。
でもそこまで行けば、後は出口まで一直線。
隠密行動よりも走って通り抜けたほうがいいだろう。
私は来た道を引き返し、皆を呼びに行った。
皆を呼んで確保した道まで案内する。
エントランス前まで到着し、通路の陰から様子を伺う。
体育館ほどの広さで隠れる場所は無い。
中央に受付が見えるが、今は誰もおらず、レインによる破壊の後だけが残されていた。
「おかしいなぁ、誰もいない」
後ろにいる可憐と井上さんに話しかける。
2人もそっと覗いて、中の様子を確認する。
「本当だ。建物の占拠が目的なら、ここには見張りを配置させるはずなのにね」
「そうね。でも、人がいないなら好都合よ。さっさと通り抜けてしまいましょう」
確かにその通りだ。
見張りがいないなら一刻も早く脱出するべき。
このまま戦闘をせずに済むならそれに越したことはない。
私は20人の予備生たちと最後の確認をする。
「じゃあ、このまま走って突っ切りましょう。動ける人は、怪我している人たちを取り囲むようにして守れる陣形を組んで。建物を出たら駐車場があって、その先に正門ゲートがあるわ。そこを超えれば敷地外よ」
それを聞いた各々がうなずく。
そこで可憐に問いかけられた。
「建物の外にはさすがに教徒がいるよね? それはどうするの?」
それは同感だ。ここにいないなら外で待機しているのだろう。
「ん~そうね。相手の人数次第だけど、強行突破するしかないと思う。今のところ敵が少ないのは私たちの存在を把握してないからだと思うの。だから見張りの教徒たちだって、建物内部から突破されるとは思ってないはず。その隙を狙いましょう」
続けて井上さんからも問われる。
「敷地外に出た後はどうするの? 駐車場の車両とか使うのはどうかな?」
それに関しては私も考えていた。
「それも手ね。それに、正面ゲートの管理人室にも外への通信手段があると思うし……そこら辺は出たとこ勝負になるしかないわ。そもそも今回の事件は、記者会見中に起きてテレビで放映されているの。だから日本政府も動いているだろうし、警察の増援も向かっているはず。だからまずは外に出ることを優先しましょう」
この意見を皆が納得してくれて、意識が統一された。
後は行動を起こすのみ。
準備が完了した。ここからはもう止まらない、止まれない。
「行くよっ!!」
「「「おう!!」」」
一斉にエントランスに躍り出て、そのまま駆け抜ける。
負傷者を中央に庇いながら、大きな集団が突き進む。
私は先頭に立って周囲を確認しながら走る。
誰もいない―――いけるっ!
正面玄関を通って建物の外に出る。
時刻は昼過ぎ。日差しが強く、外に出たとたん視界が白く染まった。
だんだん光に慣れてくると、外の駐車場には多くの車両が乱雑に停まっているのが見えた。
おそらく襲撃者が乗ってきたのだろう。
各車両が適当に乗り捨てられているせいで、まるで鉄の塊によるジャングルのようだった。
車両と車両の間を掻き分けるように通り過ぎる。
バスなどの大型車両のせいで視界が塞がれる。
狭い隙間を通り抜けなければならないため、陣形が崩れていく。
だけど、あと少しで抜けられる。このまま行くしかない。
ようやく駐車場を抜けた私は、
―――――想定外の光景を目にして立ち止まった。
「えっ……」
正門ゲートまで100mくらいの所で、その中央に集団がいた。
その集団は神聖アールヴ教団の教徒たちだ。
その数は30人くらいか。
だが、問題はそこじゃない。
その教徒がある集団を取り囲んでいるのだ。
あれは―――――
「あれは、人質?」
息を切らせながら追いついてきた井上さんが言う。
そう……おそらくあれは記者会見の時にいたマスコミの一部。
彼らを拘束して、目隠しをさせ、ひざまずかせている。
それらを取り囲む教徒。
さらにその周囲にはテレビカメラを配置している。
そのさらに向こうの正面ゲートには、即席のバリケードが張られており、警察が大勢待機しているのも見える。
(そういう事か!? 人質を取られて、警察の突入を阻止していたのね……)
しまった、この状況は想定してなかった。
どうする? どうしよう?
人質を盾に警察と睨み合いをしていた教徒のうち数人がこちらに気づく。
瞬く間に声が上がり、一斉に教徒がこちらを見る。
もう隠れるのも無理。
でも、突っ込んでどうなる?
人質は?私たちは?
これは私たちのみならず、教徒側、警察側、いずれにとっても想定外のアクシデント。
―――――この混乱の極致に至る状況で、最善の選択をする者が1人いた。
「今よ! 起動展開!!」
それは―――可憐だ。
可憐は状況を即座に把握すると、大声を上げてレインを解放し、教徒の集団に突撃する。
「それしかないわ。みんなっ、いくよっ!」
井上さんがそれに続く。
他の予備生も覚悟を決めて各々レインを解放し、後に続く。
「「「うおおおおおおおおおおおおおお」」」
教徒側からすれば、人質を盾に警察との睨み合いを続けて時間を稼ぐ算段だったのだろう。
警察側も、人質のせいで強引には出れず、手をこまねいていたはずだ。
そんななか、突然背後から現れた第3の集団。
混乱する教徒たちにつけ入る絶好の機会。
それをいち早く理解して実行に移したのが可憐だった。
「可憐……すごい」
私は呆然と呟いた。
可憐は言った「供花、強くなったね」と。
確かにそうかもしれない。色々あったから……。
でも、私だけじゃないよ。
可憐、あなたも―――――強くなったね。
「ごめん、フロイト、沙希さん」
左腕を掲げながら2人に謝る。
ここには多くの人がいる。テレビカメラもある。
「今まで私のことを世間から隠して、守ってくれていたのに……ごめんね」
私がこの状況で戦うとどうなるのか―――ちゃんと分かってる。
世間に特異体の存在が知られるとどうなるのか―――ちゃんと分かってる。
でも、もう恐れない。後悔もしない。
ここで力をセーブして、可憐に万が一のことがあれば……私は一生後悔するから!!!
「起動展開!」
左腕からレインが、その形状を崩し、零れ落ちる。
地面に零れ落ちたレインは、そのまま足元に移動して、両足を覆う。
前傾姿勢で一気に駆ける。
短い助走を経て、大きく跳躍する。
レインのアシストを受け、5mの跳躍。
予備生を飛び越えて、着地。
立ち止まらずに更なる跳躍。
先を行く井上さんを抜いて、さらにその先の可憐も越えて、単身で先頭に立ち、最後の大跳躍。
大きな放物線を描いて、教徒たちが待ち構える集団の中央に降り立つ。
突然の事態に驚く教徒。
それも当然だ。これはレインの愚かな使い方。
レインを足に纏わせ、走力・ジャンプ力を強化するのは一般的だ。
でも、それは非戦闘時のもの。
退却時ならともかく、この方法で敵に突っ込むなど愚か者の極み。
そんな命知らずには当然の制裁が待っている。
着地するタイミングに合わせて、周囲にいる教徒が一斉に襲いかかってきた。
レインは両足を纏っていて、シールドを張ることも、攻撃を行うこともすぐにはできない。
つまり、自殺するために突っ込んできたも同然の行為。
だが、供花だけは違う。
「絶斗おおおおおおおお」
供花のスカートが揺れる。
右太ももから絶斗のレインが飛び出す。
もう1つのレイン―――絶斗のレインが、周囲の敵を吹き飛ばす。
「――――はあ?」
「なんだこれは……」
「レインが2つ、だ……と……」
どよめきが広がる。
理解できない、こんなのありえない、と。
その隙を逃す供花ではなかった。
「いけええええええええええええ」