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エルフ・オーク・ドワーフは宇宙人だった  作者: ふじか もりかず
第二章
40/45

長野宇宙センター襲撃事件 2

 長野宇宙センター襲撃事件。


 後にそう名付けられた凶悪事件は、日本で起きたテロ事件史上最大の死傷者数を記録することになる。

 この事件は、エルフ教過激派に属する神聖アールヴ教団内の一派が首謀者とされる。

 エルフ族が人間により襲撃されたこと及び最初の衝突でエルフ側に死者が生じた映像がそのまま放送されたというショッキングな始まりからなる。

 この時点で、今後の宇宙人との外交関係に深刻な懸念を呼び起こす恐れがあった。


 がしかし、解決に至るまでの過程のなかで、まだあくまでも始まりでしかないことを後の人類は知ることになる。


 そう、この狂気じみた凄惨な事件は―――まだ始まったばかりだった。






 長野宇宙センターの記者会見場で起きた最初の衝突、それと時刻を同じくして、同センター内の入り口―――山奥に造られた陸の孤島の唯一の玄関口において、不審な車両が複数目撃された。

 最初に気が付いたのは、当日警備を担当していた予備生。

 第1回目の警察官予備生試験の最中であり、1週間に渡り高校3年生500名が訓練と試験を積み重ねてきた最終日でもあった。

 実地訓練として長野宇宙センターで警備任務に従事するため召集されていたのだ。

 本来であれば、施設内の各所に配置され、事前に説明されたマニュアル通りに警備任務を果たせばいいだけの安全なもの。

 しかし、現在封鎖中であるはずの道路から、多数の所属不明車両が続々と押し寄せて来たのだ。

 正面玄関を警備していた予備生が異常事態に気づき、すぐさま無線で報告する。

 警備本部からの返答が来るまでの間、事態を飲み込めない予備生が対応に困り次第にざわめき始める。

 1分くらいだろうか、現場の予備生にとってはそれ以上に長く感じたであろう時間を経て、本部からの応答があった。


『それらの車両は予定通りのものだ。気にせずにその場で引き続き警備任務に従事しなさい』


 事前には聞かされていなかったが、予定通りのものと言われ安堵する予備生たち。


 しかし、事態は急変する。


 ゲートに到達した車両が、止まらない。


 そしてそのまま遮断ゲートに衝突し、破壊しながら敷地内に侵入してきた。


 予備生はすぐに無線を通じて、本部に報告する。

「ゲートを突破してきた」「あれは、本当に予定通りの車両なのか?」「絶対におかしい」「あれは、何かしらの襲撃に違いない」と。


 今度は間髪入れずに応答があった。


『だから予定通りなんだよ。さぁパーティーの始まりだ!楽しめよヒヨコども』


 この通信が聞こえるや否や予備生たちはパニックに陥る。

 ある者はうずくまり、またある者は持ち場を離れようと駆け出し、他には呆然と立ちすくむ者や、「これは訓練の一環さ」と言って持ち場を維持する者など様々だ。


 統制を失って現場が混乱している最中も、刻一刻と事態は悪化する。

 遠くに見えていた多数の車両は、今や次々に敷地内に進入して来る。

 そして、車両から20代~40代の男女が続々と姿を現わした。

 皆一様に胸元を開けた服を着ており、そこから弓の様な形をした刺青が彫られているのが見える。

 その刺青に見覚えのあった予備生が声を上げる。


「あ、あれは―――神聖アールヴ教団の証だ!!」


 それを聞いた予備生は、さすがに理解する。


 大量の人員を乗せた車両。

 意味不明な本部からの通信。

 神聖アールヴ教団の信徒たち。


 これはエルフ教過激派による襲撃であると。そして、想像以上に事態は深刻であると。


 続々と集まる教徒達。

 その先頭に一際目立つ3人の男女。


 小柄な体躯に異様に盛り出た筋肉。タンクトップに半ズボンと身軽な格好で、首を傾けながら目を見開いてニヤニヤとする30代くらいの男性(ナンバー2)


 中肉中背の白い肌に、明らかにエルフを意識した金色の長髪が特徴的で、全てを見下したような視線をむける20前後の男性(ナンバー3)


 修道服を着て、短く切り揃えられた黒髪と切れ長の目が特徴的な20代らしき女性(ナンバー4)


 その中の一人(ナンバー2)が、突如走り始める。


 正面玄関を警備していた予備生の集団に突入する。

 未だ統制の取れていない予備生は止める事もなく、自然と通り道を作ってしまう。

 そして何事も無く中央までやってくると、男は笑いながら大声を上げた。


「あっはっは、さぁパーティーの始まりだ! 早い者勝ちだぜ~」


 男はいつの間にか起動展開を済ませていて、取り囲む予備生の一人を指差す。

 その瞬間、指を差された予備生の胸が、レインで串刺しにされた。

 胸を貫かれた予備生は、驚愕の表情を浮かべながら声を発する事も出来ずに倒れる。

 倒れた瞬間、周囲の予備生から悲鳴が上がった。


 悪夢はそれだけでは終わらない。男は止まらない。

 周囲の目に付く者から順々に襲い掛かる。

 これを皮切りに、教徒たちも動き出して暴徒と化す。


 数と狂気の暴力に、統制の取れない予備生たちは飲み込まれていく。


「おらあ、死ねええええ」

「待てよ~遊ぼうぜええええ」

「た、助けて……いやっ、やめ―――」

「に、逃げろおお。邪魔だ、どけっ、おい、どけよ、う、うわあああ―――」

「い、痛いよおおお。お、お母さ―――」

「あーっはっはーっ、少しは抵抗、して、みせたら、どうだよっと」


 叫び声と泣き声、笑い声に怒号、狩る者と狩られる者との無慈悲な追いかけっこ。

 吹き上がる血飛沫に、崩れ落ちる体、積み重なる人であったモノ、この世の地獄が現界したかの如く、若く将来ある者たちが無残にも散っていく。


 その波が大きなうねりとなって、建物内へと雪崩れ込む。


 容易く突破された正面玄関から施設内の各所へと教徒が押し寄せ、いたる所から叫び声が木霊する。


 その日の実地訓練を受けていた予備生の数は約500人。

 それ以外に警備任務に従事していた警察官はわずか50人。

 さらにその50人のうち30人は教徒側であり、正規の警察官は既にそのほとんどが襲撃直前に不意打ちにより死亡していた。

 神聖アールヴ教団は警察内部にまで浸透しており、この日の警備を予備生に変更させていた。


 そして、予備生はこの襲撃の生贄とされたのだ。


 施設内各所に配備された予備生の多くは、非常事態に気づかぬまま突然現れた教徒に襲われ、又叫び声などから気づいても既に破壊された本部との連絡を取り続け、組織的な対処が出来ぬ間にその命を落としていく。


 ナンバー1とその先遣隊は、報道陣を押さえ、警備本部やコントロールルームなどの要所を制圧済み。

 その動きと並行して、ナンバー2を先頭に各所を制圧する教徒たち。


 今や長野宇宙センターは陥落寸前までに追い込まれていた。


 脅迫されて放送を止めることができず、テレビカメラはそんな絶望的な状況を世界に発信し続ける。






 放送され続けるテレビを通して世界中が固唾を呑んで見守るなか、日本政府もすぐに行動を起こしていた。


 緊急テロ対策チームを結成し、事態の収拾に取り掛かる。

 第1陣として、きぼう俊之をリーダーとする精鋭部隊『俊之班』が出動済み。


 また、施設内部で抵抗勢力がどれだけ残っているかも調査が進められていた。


 現在予想される生き残りは―――


 1、シャトルに乗り込みドアをロックしたものの、コントロールルームを押さえられて宇宙船に戻れなくなったアルとリーヤ。


 2、エルフの月から帰国してきた学生達156人。


 3、施設内部で未だ襲撃を受けていない予備生たち。


 4、人質に取られている報道関係者及び政府高官。


 彼らの救出を最優先事項とし、内部の情報収集に努めている。






 そんななか―――神聖アールヴ教団にも、日本政府にも把握されていない存在が、1つあった。


 俊之班の現場到着まで後10分程というところで、政府のレーダー設備にも映らない輸送機が1機、現場に到着しようとしていたのだ。


 輸送機内では、操縦者以外に3人の人物。

 到着直前にも係わらず話し合いという名の説得は続いていた。


「いい加減にしろ。この事件には介入するべきでない。下手をすればお前の存在が世間にばれる」


「こんな状況でじっとしていられるわけないでしょ! 止められても絶対行くからっ」


「そうだ。このまま何もせずに純にぃが死んだら、一生後悔する」


 2人の女の子を止める一人の男性。

 しかし2人の意思は固く、説得は困難を極めていた。


「冷静になれ! お前たちが行って何になる? ただ死にに行くようなものだぞ!!」


「冷静よ!」

「右に同じ!」


「……おい、何とか言ってくれ」


 男は通信機の向こうで話を聞いている人物に助けを求める。


『そうねぇ。本来ならこの件は私たちには関係の無いこと。政府が対応すべき事件で、下手にフォースウルフが介入すれば状況がより混乱する可能性が高いわね……』


「ならフォースウルフ抜ける」


「私はまだフォースウルフに加入してない!」


『…………はぁ、言っても無駄ね。フロイト、悪いけど供花と里香の面倒見てあげて頂戴。政府には私から連絡しておくわ。それと回収部隊も出発させるから』


「お、おい。こんなじゃじゃ馬の面倒なんて見きれないぞ」


『仕方ないでしょ。勝手に輸送機出しちゃうんだもん。出発前にあなたが気づいて乗り込んでくれただけでもマシと考えるしかないわ』



 フォースウルフのアジトで記者会見を見ていた供花と里香は、事件が発生するや否やすぐに行動を起こし、偵察目的で出発予定だった輸送機に勝手に乗り込んでしまったのだ。

 出発直前でそれに気づいたフロイトは、2人を止めるために一緒に乗り込むハメに。

 おかげで当初乗り込む予定だった偵察部隊は乗りそびれてしまい、アジトで待ちぼうけを食らっている。


 供花と里香は、話の流れを受けて互いにうなずく。

 そんな2人を見て、フロイトは頭を抱えるのだった。


 供花は通信相手の沙希に礼を言う。


「沙希さん、ありがとう。それと、ごめんなさい」


『もぅ、まったくしょうがないわね。絶対無茶はしちゃ駄目よ』


「うん、無茶はしませんっ」


『はぁ、本当かしらねぇ。そ、れ、と、わかってるわね?』


「ほぇ?」


『手加減しちゃ駄目よ。やるからにはデュアルマインド―――特異体能力者として戦いなさい。あなたは他のレイン使いとは違う。相手のルールで戦うんじゃないの、「あなたのルール」で戦うの。いいわね?』


「うん……」


 フォースウルフ関東支部リーダーの沙希は念を押して言う。

 今まで何度もあったやり取りだ。


 沙希は知っている。いや、沙希だけではない。

 ―――ここにいる全員が知っている。


 あさひ供花の特異体としての能力を。

 あさひ供花のポテンシャルの高さを。

 ―――本当の化け物が誰であるのかを。



 輸送機が長野宇宙センターの上空に到達する。

 地上では、現在進行形で神聖アールヴ教団による襲撃が進んでいるだろう。凄惨な虐殺が続いているだろう。

 この地に降り立てば、もう引き返せない。

 命を賭けなければならない。

 仮に命が助かっても、供花には別のリスクがある。


 世界に供花の能力がばれてしまうかも知れないというリスク。


 そうなれば、もう普通の生活に戻れない。

 一生追われる身になるだろう。

 そういったことも含めて覚悟を決めなければならない。


 しかし、供花に迷いは無かった。


 あの場所には―――祐がいる。

 エルに精神支配を受けエルフの月に連れさらわれた祐が、自我を取り戻して帰ってきたのだ。


 もう、誰にも邪魔はさせない。


 供花は輸送機のハッチを開く。

 外気に触れ、眼下を見下ろす。


「おい、もう少し先で降りるぞ。状況を見ながら施設に潜入する」


 フロイトの制止を供花は拒否した。


「フロイトと里香はそうして。私は先に行くわ」


「ふざけるな! 言う事を聞け!」


「待て供花、私も連れてって」


「ん~、無理。2人分支えて降りれる自信ないよ」


「勝手に話を進めるな! 俺の指示に従え」


「ん~、それも無理。もう降りちゃうし」


 供花はそう言うと、輸送機から飛び降りた。


 フロイトは里香を後ろから抱えあげると、ボタンを叩いてハッチを閉める。

 里香が抱え上げられながら足をジタバタさせて文句を言った。


「フロイト、放せ! 私も行く!」


「駄目だ、自分で降りられないなら言う事を聞け!」


「ずるいぞ! 供花だけ先行きやがって」


「くそっ、とんだお転婆娘たちだ……」



 供花は上空から急降下する。

 風を全身で受け、髪をなびかせ、体を大の字にして姿勢を安定させる。


 そして―――レインを起動させる。


「起動展開」


 普段はアームガードとして腕に巻かれたレインが、その形を崩し、使用者の意思の力によって変化する。

 起動展開と同時にレインが腕を伝って胴体にまで移動し、しっかりと体を固定する。

 薄く広がったレインは、体を固定しながらパラシュートの形状へと変化していった。

 レインにより作り出されたパラシュートにより、落下速度が下がり、ゆっくりと降下していく。


 レインが存在する現在では、パラシュート装置は必要ない。


 パラシュートは自分で作り出せばいいのだから。





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