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エルフ・オーク・ドワーフは宇宙人だった  作者: ふじか もりかず
第一章
4/45

パートD 受け継がれる遺志

 供花は走る。


 訓練室の立ち並ぶ別棟を抜け、校舎に入らずに並木道を通り、校門へと一心不乱にひた走る。

 校門の横に設置されている警備員室に駆け込むと、息を切らせながら叫んだ。


「ぜ、ぜ、ぜっ…とをっ…絶斗を、助けて下さい!!」


 待機していた警備員が、供花の姿を見て驚く。


「き、君、その血はどうした……大丈夫か?」


 供花は、警備員に言われて自分の体を見る。

 制服が、絶斗の血で赤く染まっていた。


 あの時―――――絶斗が血溜まりの中で倒れ、その血溜まりの中からレインが飛び出して、私の口を塞いだ。その血塗れのレインから血が伝って、制服を汚したのだろう。

 その赤い血が、この血の匂いが、絶斗に起きた出来事が夢や勘違いではなく、リアルな現実だと理解させられる。


「そんな、どうしてこんな……」


 足に力が抜け、膝から崩れ落ちて座り込む。

 すると、首に巻かれたマフラーが外れたような感覚がして、首が軽くなる。

 制服のブレザーの上を、流体金属が流れ、地面へと落ちていく。これは―――絶斗のレインだ。


「絶斗……」


 涙が再び溢れる。

 私は血と涙でぐしゃぐしゃになりながら、警備員に絶斗の救助を求めた。






 話を聞いた警備員が慌てて部屋を出ていくと、私はある異変に気づく。


『絶斗のレイン』が、ゆっくりと動き出したのだ。


 私のスカートの中に入った絶斗のレインは、右足の太ももに巻き付いてきた。そして私自身のレインと同様に、待機時の形態へと移行する。


(えっ、どうして…?)


 突然のことに驚いた私は、その場で立ち上がり、太ももに巻きついた絶斗のレインに触れる。

 右足に違和感はあるが、きっちりと固定されているため、簡単には取れそうにない。

 訳がわからず途方に暮れていると、大勢の警備員と教官が入ってきた。最初の警備員が呼んでくれたのだろう。


「大丈夫ですか? すぐに警察が来るから、それまで保健室に行きましょう」


 指示に従って、保健室に連れられる。


 保健室までの道中、絶斗のレインは外れることなく、私の太ももに張り付いていた。







 時計の針が夜7時をさす頃、私は寮の部屋にようやく帰宅した。

 保健室に着くと、保健医が私の姿を見て血相を変えて駆け寄ってきたが、私に怪我が無いことを知ると、そのまま待機を命じられた。

 その後やってきた警察から事情聴取が始まり、この時間までかかったのだ。

 事情聴取を受けている間は、絶斗の安否と、私の太ももに巻き付いている絶斗のレインのことで、頭がいっぱいだった。


 この時間まで事情聴取が長引いたのには理由がある。


 ―――――絶斗が居なかったのだ。


 私が最後に絶斗を目撃した別棟には、彼の血溜まりが残されていた。

 しかし絶斗の姿はどこにもなく、敷地中を手分けして探したが見つからなかったという。

 ただし、残された血液の量から、致死量に相当する出血は確認されたらしい。

 唯一の目撃者である私は、警察から事件当時の状況を幾度となく問われたのだった。


 部屋のベッドに腰掛けて一息つく。

 心も体も疲れ果てた私は、そのままベッドに倒れこむ。

 静まり返った室内で、お腹がぐぅと鳴った。

 ダイエット中で、朝食を抜いていた。取調べ中も、食欲がわかず断った。つまり、今日一日なにも食べてない。

 体は空腹を訴えているけど、なにも口に入れる気が起きなかったので、私はシャワーを浴びることにした。


 洗面所に入ると、ゆっくりと服を脱ぎ始める。

 血の付いたブレザーは、保険医が預かってくれた。クリーニングして明日には届けてくれるらしい。

 顔や手に付いた血は、タオルを貸りて拭いたが、完全にはぬぐえてなくて、ざらざらとした感触が残っていた。

 ブラウスやスカートには、固まった血が所々残っていた。

 それらを脱ぎ捨て、裸になる。


 洗面所の鏡を見る。裸になった私が鏡に映る。

 美容に気をつけて、お手入れを欠かさなかった肌が、なんだがやつれてみえる。


 後ろで纏めた髪紐をほどいて、髪を下ろす。

 ちょっとだけ自慢だった栗色の髪は、今日は黒ずんで見える。背中まで伸ばした少しクセのある髪の毛を、今から洗って乾かすのも億劫だ。


 鏡に映る裸の私に、2つある異物。

 1つは、左腕に装着されている、私自身のレイン。

 もう1つは、右太ももに張り付いている、絶斗のレイン。


 結局警察には、絶斗のレインのことを言わなかった。

 太ももに張り付いた絶斗のレインは、スカートの内側だったので、外からは見えない。そのお陰で誰にもバレずに、隠すことができた。

 警察に言わなかった理由は、このことを言えば、必ず取り外されると思ったからだ。


 本当はきちんと話すべきなのは、わかっている。でも、言えなかった。


 なぜなら、なんとなく絶斗のレインが「離れなくない」と、私の肌を通して訴えかけている気がするからだ。

 気のせいかもしれない。でも、そう感じるのだ。


 行方不明の絶斗。現場に残された致死量の血痕。

 絶斗は無事なの? 今どこにいるの?


 そして、絶斗のレイン。

 レインは使用者の意思の力で操作するもの。

 どうして―――――絶斗がいないのに、この絶斗のレインは勝手に動いたの?


 受け入れることができない事件。理解することができない現象。

 そんななかで、絶斗のレインは、微かに残る繋がり。絶斗が生きているという希望。

 その希望を、警察に渡したく無かった。だから言えずに黙ってしまった。


 もしかしたら、「離れたくない」と訴えているのは―――――私の心の方なのかもしれない。



 私は心の中で「解除」と念じた。それに呼応して、私のレインが形状を崩して地面に落ちる。そして正方形の箱になる。これが解除形態。

 絶斗のレインはどうしよう? と考えていると、こっちも同様に解除形態へと移行した。


 今日何度目かの涙が、頬を伝う。

 私は高ぶる感情を抑えるため、浴室に入る。

 立ったまま頭からシャワーを浴びる。

 シャワーの温度を上げ、すべての不安を取り除こうと全身を洗い流す。


「絶斗……生きてるの……?」


 その問い掛けに返す声は無く、シャワーの音だけが響いていた。








 コンコン……コンコン……


 部屋のドアを叩く音が聞こえて、目を覚ます。


 私はベッドの中から、上半身を起こす。ぼーっとした頭が、少しずつ覚醒されていく。

 突然、最後に見た絶斗の姿が頭をよぎる。

 昨日の出来事を思い出し、全身から悲しみが溢れそうになるが、涙は流れない。とうに枯れていた。

 昨日はシャワーを浴びた後、軽く体を拭いただけで髪も半乾きのままベッドに入ってしまった。

 ボサボサになった髪を触りながら、ため息をつく。


 コンコン


 ドアのノック音がまた聞こえた。

 誰か訪ねて来たのだと悟り、慌ててベッドから飛び降りてドアへと向かう。


「はい、誰ですか?」


 ドアスコープを覗きながら尋ねる。


「おはよう。2年7組の井上です。保健の先生からブレザーを預かっています」


 ドアスコープの先には、小柄で髪の短いボーイッシュな印象を受ける女の子が立っていた。知らない顔だ。

 2年7組なら同級生。でも、5組の私とはクラスが違う。私の記憶が正しければ、会話したことすら無いはず。


「あ、はい。ちょっと待ってください」


 私は急いで服を着て、髪を簡単に纏めてからドアを開ける。


「はい、これがブレザーね。これとは別に、あなたに聞きたいことがあるの。ちょっといいかしら?」


「そう、ありがとう。私に聞きたいこと……?」


「ええ、昨日の事件、話してもらいたいの」


 最初は地味な印象の井上さんだったが、一度目を合わすと、その印象は大きく変わった。

 眼力が強いとでも言おうか、切れ長の細い目が、私を捉えて離さない。

 気の強そうなはっきりとした声に圧倒され、言葉に詰まる。


「……えっと、どうして……?」


「エル様が昨日の事件をよく知りたいそうなの。平和を心から愛していらっしゃる方ですから」


 地味な印象を吹き飛ばす要因がもう1つある。

 井上さんは、緑色のピアスをしていた。

 オシャレに興味なさそうで、軽めの化粧すらしていないのに、ピアスだけしている。なんだか不釣合いに思えた。


「少しお邪魔するわね」


 そう言うと、了承も得ずに勝手に部屋に入ってくる。

 そして、部屋の壁に背を預けて腕を組み、私をジッと見据える。


「ちょっと―――昨日の件は、警察にも何度も話したし―――そっとしておいて欲しいんだけど……」


 少しムッとしながら拒絶する。


「時間は取らせないわ。昨日なにを見たの?」


「ねぇ、聞いてる?」


「ええ、教えてくれたら直ぐに帰るわ」


 まるで尋問を受けているみたいだ。

 この様子じゃあ、このまま帰ってはくれなそうだ。

 仕方ないから、簡単に説明して出てってもらおう。


「………昨日の朝、訓練室の別棟に行ったら、絶斗が血を流して倒れてて―――それで、警備の人を呼びに行ったの」


「その時、犯人を見た?」


「いえ、見てないわ」


「犯人の後ろ姿とか、なにか見たんじゃないの?」


「見てないわよ! 私が見たのは、倒れてた絶斗だけ!!」


 あの時の光景―――――血塗れの絶斗が、目に浮かぶ。

 立っているのが辛くなり、ふらふらとした足取りで椅子に座る。


「………そう、嫌なことを思い出させてしまってごめんなさい」


「もう十分でしょ、帰って」


 井上さんは椅子に座る私の前を横切って、玄関へと歩きだす。

 ドアの前でふと足が止まり、私に背を向けたまま尋ねる。


「これが最後の質問。あなた―――――彼のレインがどうなったのか、知らない?」


 予想外の質問に、私は体をびくりとさせる。


(絶斗のレイン……なぜそのことを知っているの? もしかして―――この子は、絶斗のレインを探している?)


 私が黙っていると、井上さんはこちらに振り返る。

 椅子に座る私に近づき、目の前で中腰になって、目を合わせながら再度尋ねてくる。


「ねえ、どうなったの?」


 私は平静を装って答える。


「いえ、絶斗のレインが『どこに行ったか』なんて知らない。私が知るわけないでしょ!」


 互いに動かず目を合わせたまま時が過ぎる。

 しばらく続いた静寂の後、井上さんはゆっくりと立ち上がると、なにも言わずに去っていった。




 井上さんが去った後も、私はしばらく動けなかった。


 なぜ井上さんは、私の所に来たのか。

 なぜ井上さんは、昨日の話を聞きたかったのか。

 なぜ井上さんは、絶斗のレインを探しているのか。


 昨日の話を目撃者から直接聞きたい、というのは理解できる。自分たちの学校で起こったことだ。他人事ではないから。

 それにしたって、野次馬根性丸出しで、交友関係のない相手に翌日の朝から訪ねてくるのは、あまりにも非常識だと思うが。


 それよりも問題なのは、なぜ絶斗のレインを探しているのか、だ。


 私は洗面所に向かう。

 そこには、脱ぎっぱなしの制服と一緒に、解除形態のレインが、2つ。

「装着」と念じる。すると、2つのレインが、私の『左腕』と『右太もも』にそれぞれ装着された。


「どうして!? こんなの……ありえない……」


 解除のみならず、装着すらも、絶斗のレインは反応した。

 レインは製造過程で、使用者の血液を加えて作られる。

 ゆえに、血液を提供した者にしか扱えない。

 なぜ、私が絶斗のレインをコントロールできているのだろうか。

 昨日からわからないことだらけの連続で、パニックになりそうだ。

 ―――――誰かに相談したい。

 そこで可憐達の顔が頭に浮かぶ。そうだ、昨日から何も連絡してない。

 私は急いで端末を手に取る。

 端末には、可憐・雪・隼人からの着信とメールが大量に届いていた。






「供花!」


 可憐が私を見つけるなり抱きついてきた。


 皆と連絡を取ると、すぐに会うことになった。

 事件後から学校は休校になり、敷地外へ出るのも禁止された。私たちは、いつものカフェテラス「クロワッサン」に集まる。


「可憐、心配かけてごめんね……」


「ううん、いいの。供花が無事で良かった」


 可憐がぎゅっと抱きしめてくる。

 私も安心からか全身の力が抜け、可憐に身を預ける。


「供花、その―――絶斗は……?」


「………」


 なにも言えずにいると、可憐の目は絶望の色を深めていく。

 よく見ると、泣き腫らした跡が見てとれる。

 いつもの向日葵が咲いたような笑顔はなく、憔悴しきっていた。


「供花」「供花……」


 隼人と雪も、駆け寄ってくる。

 普段の雪は、感情の起伏が少なくクールで、黒くしなやかなロングヘアーをなびかせながら格好良く歩く姿が印象的だったが、今は寝てないのか、足取りがふらふらとしていた。

 私のもとまで来ると、私と可憐を包み込むようにして、そっと優しく抱きしめる。




 いつもの6人掛けのテーブルに行き、席に座る。

 そこには、いつもいるはずの絶斗と祐の姿が無かった。


「そういえば、祐はどうしたの?」


 祐からは連絡が無かった。この場にもいない。不審に思って、尋ねる。


「さあ、わからない。昨日、可憐にきつく当たったらしいな。

 電話にもメールにも反応なしだ。いったいどうしたんだよ……」


 隼人が拳を握り締めながら言う。


 昨日私が登校した時に、祐が可憐の手を振り払って、可憐が倒れこむ現場を目撃した。

 そしてそのまま立ち去った祐を絶斗が追いかけ、私も可憐を起こした後で追いかけた。

 そして、あんなことに―――――。


 まさか、祐が絶斗を? いいえ、それはありえない。そんなことはない。

 絶対に、祐じゃない。


 そういえば絶斗は、あの時近づこうとする私を手で止めて「事情を聞かせて下さい」と言って、部屋に入っていった。

 そしてすぐに血塗れになった絶斗が部屋から出てきて、倒れた。

 あの部屋は教官用の休憩室。その中に絶斗を傷つけた犯人がいた。

 もし部屋の中にいたのが祐なら、絶斗は「事情を聞かせて下さい」という言葉使いはしない。

 犯人は教官? そこまでは断定できないけど、少なくても目上の人である可能性は高い。


「ねえ供花。学校側は絶斗が負傷して行方不明としか発表してないの。辛いのはわかるけど、私たちにも詳しく教えて欲しい」


 雪が私の手を取って言う。

 私は心を奮い立たせて、ゆっくりと知っていることをすべて話した。




「そんな、絶斗が血塗れだったなんて……それじゃあ、絶斗は―――」


 可憐が今にも泣き出しそうな顔をする。


「可憐、まだ絶斗が死んだと決まったわけじゃない。俺は生きていると信じてる。必ず生きているさ」


「そうね、私も信じているわ。きっと生きている。それに不可解なのは、供花の足に装着されている絶斗のレインね。こんなことってあり得るの……?」


 雪は、私の右太ももを見ながら疑問を口にする。


「私もそれが不思議でならないの。一応私のレインと連動しているみたいで、解除と装着はできたわ」


「ね、ねえ供花。絶斗のレインが作動するってことは、絶斗が生きているってことよね?」


 可憐が縋り付くように、私に問う。


「……ええ、絶対そうよ。そうに決まってるわ」

 私は強く頷く。自分にも言い聞かせるように。


「それにしても祐は本当にどうしたんだ? あいつらしくない。誰よりも仲間を大切にする奴だと思ってたのに」


 隼人が、怒りを隠しきれない表情で言う。


「昨日から様子がおかしかったのよね?」


 雪が、私と可憐に確認する。私と可憐は、互いに頷く。

 雪は少し考える素振りを見せた後、続けた。


「………というより、一昨日から―――かしら? 祐は、選抜試験に合格した。その後のパーティーにも結局来なかった」


 確かに、雪の言うとおりだ。

 今考えれば、一昨日から祐らしくない。

 選抜試験の結果発表後、私と絶斗は不合格だったのですぐに退出したが、合格した祐は残った。


 ―――――あの後、なにがあったのだろうか?








 私は皆と別れた後、1人で訓練室の別棟へ向かった。


 事件現場なので入れないかと思ったが、自習をする生徒用に開放されていた。


 私はどうしても『確認したいこと』があって、中に入る。


 中は静まり返っていた。さすがに、事件の翌日に利用したい人などいないのだろう。

 奥まで進むと、教官用の休憩室に着く。しかし、今はその手前で「立ち入り禁止」のテープが張られていた。

 もう血のあとは無く、綺麗になっていた。


 私はきびすを返して、そこから20mほど来た道を戻る。

 そして20mほど戻った所で止まり、再度振り返って休憩室のある方へと体を向ける。


(うん、だいたいこの位置だ)


 昨日、この位置から絶斗が倒れるのを見た。


 ―――――やはりおかしい。


 この位置から絶斗の倒れた地点まで、20m。


(どうして、絶斗のレインがここまで届くの?)


 レインは、起動すると体から離れ、自由に動かせる。

 要は、意思の力で遠隔操作できる。でもどこまでも自由に動かせるわけでない。

 使用者から離れて動かせる範囲―――『射程』が存在する。または『支配(可能)距離』ともいう。

 射程は個人差が激しい。一概には言えないが、まだ学生の私達程度では、2m~7mくらいか。

 レインは、支配距離を超過すると、コントロールを失ってただの流体金属に戻る。


 だからこそおかしい。普段の絶斗では、どうやっても届かない距離。

 なのに、なぜあの時――――――。




「供花」


 突然名前を呼ばれ、振り向く。


「祐!」


 そこには祐が立っていた。


「どうして、祐がここにいるの……?」


「エル様の特別訓練を受けに来た」


「エ、エル……様? なにそれ……」


「どうした? エル様は、愚かな人間を導いて下さる偉大な御方だ」


「………『エルフ信者』みたいな台詞ね。祐……なにがあったの?」


 『エルフ信者』とは、エルフを神格化して崇拝している人をいう。


 祐は、私を無視して、通り過ぎようとする。


 私は行く手を遮り、両手を大きく広げて立ち止まらせる。


「待って、なにか変だよ。ねえ祐、どうしたの!?」


「邪魔だ、どけ」


「駄目、行かせない―――」


 そこで、信じられない物を見つける。


「そ、その、ピアス……」


 祐が、緑色のピアスを着けていた。

 今朝、井上さんが着けていたピアスと、同じモノ。


 こんな偶然ってある? いいえ、ありえない。

 それに祐は、貴金属とかチャラチャラしたもの、昔から嫌いだもの。


 そこで私は、一昨日の選抜試験を思い出した。


 うちのクラスからの合格者は、祐だけだった。

 でもあの時、2年生の他のクラスからも合格者は出ていた。

 そう、微かな記憶のなかで、『井上さん』も合格者として呼ばれていたのを、思い出した。


 つまりは―――――。


「もう一度言う。どけ供花」


「絶対どかない!! ねえ祐、エルの目的はなに? エルになにされたの? 答えて!」


 大声で叫ぶ。すべてが誤解であって欲しいと願いながら。




「私になにか用かしら、お嬢さん」


 後から声がした。振り向くと、そこには―――――エルがいた。


「……休憩室にいたのね。そっちへはテープが敷かれて、立ち入り禁止なはずだけど?」


「あなたは誰かしら? アースの顔はみんな同じに見えるから、覚えるのが難しいわ」


「ねえ、答えて! どうして休憩室にいたの? 祐や井上さんになにをしたの?」


「祐、そこのお嬢さんを知っていますか?」


「はいエル様。あさひ供花。2年5組のランクDです」


 噛み合わない会話は、祐への問いかけで終止符が打たれる。


「祐と同じ苗字―――ああ、同じ孤児院出身ね。ランクD……なかなか優秀ね。2年生でランクDなら、選抜試験にも呼んだはず。合格には至らなかったようだけど」


「エル! 私の質問に答えて!」


 私の問い掛けに、エルは冷めた笑みを浮かべるだけで、取り合おうともしない。


「エル様、こいつですよ。例の目撃者は」


 休憩室から1人の男が姿を現す。

 私はその男を知っている。エルフを真似て、髪を金髪に染めて長く伸ばした、その男を。


「……坂下竜也」


「あ? おい、ゴミの分際で俺の名前を呼ぶな。犯すぞ」

 坂下は右手を挙げて、私を睨みつける。


 そして、耳には緑色のピアス。


「そう、この子が昨日の目撃者ね。ちょうどよかった。あなたに聞きたいことがあったの」


 エルの口角が上がり、美しくも冷酷な笑みを浮かべる。


「!? エル、もしかして―――ぜ、絶斗を―――――」


「あなた、『彼のレインがどうなったのか知らないか?』と問われて、『どこに行ったのか知らない』と答えたそうね。ねえ―――――なぜ『レインが無い』ことを知っているの?」


 エルの瞳は、まるで獲物を見つけたかのように、嬉々としていた。


「捕まえなさい。ただし殺してはダメ」


「はっ」


 坂下が、両手を広げてこちらに走ってくる。


 私は意識を集中し、レインの起動展開を行う。

 左腕からレインが零れ落ち、床に流体金属の水溜りを形成する。

 右太ももにある絶斗のレインは、反応を示さなかった。


 坂下との距離は10m、まだ坂下は起動展開をしない。

 どんどん距離が縮まっていく――8m――6m――。

 相手は3年の学年主席、ランクはC+。ランクDの私とは天と地の差。


 私を格下だと思って、あなどってる? 舐めるなっ!


 残り5mを切ったところで、坂下が広げていた右腕を前に突き出す。

 その瞬間、背筋がゾクリとして、反射的にブレードを放ってしまう。

 私のレインが下から上へと弧を描く。

 私のブレードの射程は3m。5m先にいる坂下に届く距離ではない。

 焦ってやらかした、とんでもない失敗。

 もっと引きつけてから放つべきの、当たるはずのないブレードは―――――結果的には正解だった。


 坂下の右腕から、細長いランスが、物凄い速度で撃ちだされる。

 5mの距離を即座に詰める、速度と射程。

 なによりも驚くべきは、起動展開を一瞬で終わらせたこと。

 予備動作なしで、起動展開と同時に射出されるランス。


 こちらの意表を突いた奇襲は、本来ならその1撃で勝負が決まっていた。

 がしかし、幸運にもフライングして放ったブレードが、ランスと衝突し、ランスの軌道を大きく逸らす。


「ほお、やるじゃねえか! 後でケツ振りながら泣き叫ぶ姿が楽しみだ」


 坂下はレインを戻すと、今度はブレードを水平方向に繰り出す。

 私は、先程の攻撃で頭上に移動したレインを、そのまま下に向かうブレードとして、振り下ろす。


 双方のレインが、十字を描くように交錯し、ガキィンと甲高い金属音が鳴り響く。

 次の瞬間、私の身体は横に吹き飛ばされ、壁に激突した。


「きゃっ」


 完全なパワー負け。2度目の奇跡は起きなかった。


「エル様の命令だ。殺しはしない。が、洗いざらい吐かせる前に、お前には教育が必要だなぁ。おいおい―――――優しくしてもらえると思うなよ? 俺は無理やり犯るのが趣味なんだ」


 壁にぶつかった衝撃で意識が朦朧とするなか、坂下は醜悪な笑みを浮かべながら、私の服に手をかける。


「い、いゃぁ……や、やめて……」


 目を瞑って恐怖に耐える。

 坂下が覆い被さろうとするタイミングで、突然それは起きた。


 ドゴォォォォン


 けたたましい破壊音とともに、天井の壁が崩れる。


 天井から降り注ぐ破片は、幸運にも私に直撃しなかった。

 いや、そうじゃない、坂下だ。

 坂下が、自身を守るためのシールドを頭上に展開し、私も含めて、落下してくる破片から身を守ったのだ。


 平屋建ての別棟の天井が崩れ、太陽の光が廊下を照らす。見上げると、そこには誰かが屋上にいた。


「おい、そこの乳デカ。助かりたかったら登ってこい」


 屋上の人物がそう言うと、1本のロープが私のもとに垂らされる。


「早く掴まれ」


 私がロープを掴むと、ロープの先端が伸びた。

 これは―――――ロープの形状をしたレインだった。

 伸びた先端が、私の腰に巻き付いて固定される。

 今度はロープ全体が縮み始める。それに伴って体が持ち上がり、屋上へと引き上げられていく。


「ま、まて、メス豚がぁあああ」


 坂下がシールドを解除して、攻撃姿勢をとる。

 私を持ち上げているロープ状のレインを切ろうと、ブレードを放ってくる。


「……させない」


 屋上にはもう1人いた。フードを被った小柄な女性が、飛び降りる。

 そして、小柄な女性は空中で体を回転させた。

 その動きに合わせて、彼女のレインが小さな半円を描く。


 両者のレインが空中で衝突し、互いの威力を相殺する。


「なにっ」驚く坂下。


 その坂下の一瞬の隙を、小柄な女性は逃さなかった。


「はっ!」「ぐ、はっ」


 空中からのとび蹴りが、坂下の胸に綺麗に決まる。

 豪快に蹴り飛ばされた坂下は、仰向けに倒れて意識を失った。


 体を引き上げられ、後もうちょっとで屋上へ、というタイミングで、瓦礫の奥からエルの声が聞こえた。


「祐、供花を捕まえなさい!」


 その指示を受けて、砂埃の舞う中から祐が現れる。

 祐はレインを展開し、空中で無防備な私に急速に接近する。

 そして、ジャンプと同時にブレードで斬りかかってきた。


「そんなっ、祐、やめて!」


 祐のブレードが私に迫る瞬間、突然、私の右太ももからレインが飛び出す。

 なんと―――――絶斗のレインが動き出したのだ。


 絶斗のレインがシールドを展開し、祐のブレードを防いでくれた。


 その隙に屋上に登りきると、屋上には背の高い男がいた。この人が、私を屋上まで持ち上げたレイン使い!?


 男は、私に「ついてこい」と言い、走り始める。

 私は後を追いかけながら、あふれ出す涙を堪えるのに、精一杯だった。



「ありがとう、絶斗」




《登場人物紹介》

あさひ 供花きょうか


17歳、女性、日本人、163cm

レインランク:D

栗色ポニーテール、胸が大きいのが悩み

普段は気の強い性格だが、気を許した相手には愛情深い一面も


「絶斗のレイン」とともに、過酷な運命を切り開いていく


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