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エルフ・オーク・ドワーフは宇宙人だった  作者: ふじか もりかず
第二章
39/45

長野宇宙センター襲撃事件 1

 2084年4月25日。

 時刻は正午に迫ろうとする頃、日本政府がエルフの申し出を受け入れる形で日本人学生の返還がなされようとしていた。


 長野宇宙センターでは、外務大臣及び外務省高官がエルフの到着を歓迎するための会場の準備を完了させた。

 報道各局は返還される学生たちのプライバシー保護のため会場には入れず、別室に用意された記者会見用の席で待機していた。


 当日は周囲の警備も厳重で、敷地内部には多数の警官が配備され、宇宙センターへの唯一の道路も封鎖しており、一般の人は近づくことすら許されない。


 今回の出来事は「エルフによる日本人学生の不当な勧誘」に端を発したものであったが、エルフ族及び日本政府が円満な解決をアピールしているため、このまま無事に学生が戻ってくれば平和的に済むはずであった。


 ―――だが、物事は両者の予想を裏切る形へと変化する。







 地表から約200km離れた軌道上に到着したエルフの宇宙船は、予定ポイントを維持したまま長野宇宙センターに向けて信号を発する。

 宇宙船といっても、実際は宇宙要塞と言った方が適切で、着陸する機能は有していない。

 そのため、大気圏近くまで接近した後は宇宙エレベーターにより行き来する。

 応答の信号を受けた宇宙船は、地表に向けてナノ連結ワイヤーを射出し、長野宇宙センター側に設置されている連結器具との結合が完了する。

 一連の作業に異常が無いことが確認され、宇宙船よりシャトルが出発した。


 到着までの所要時間は30分。

 宇宙人が地球へ訪れる際に利用されるこの技術は、彼らが人類に提供していない技術のうちの一つで、宇宙人の空における絶対の優位性と、埋めがたいテクノロジーの差を表すものだった。


 ナノ連結ワイヤーを伝って時間通りにシャトルが地上へと到着する。

 到着したシャトルの入り口に、日本政府関係者が急いで向かい、整列して出迎えの態勢を整える。


 やがてシャトルの入り口が開き、中から10人のエルフが現れた。

 エルフの性別は全員女性で、皆同じ外見をしており、服装は統一されていた。

 それらが左右に別れ整列すると、さらに2人のエルフが姿を見せる。


 1人は黒いスーツを身に纏って縁なしのメガネをかけている妙齢の女性。

 周囲を見渡して安全を確認した後、一歩後ろへ下がる。


 入れ替わるように前を歩くもう1人の少女。

 純白のドレスに包まれて気品のある所作とは裏腹に、まだあどけない顔立ちであることとのギャップが、高貴さと愛らしさを両立して醸し出していた。


 ゆっくりと優雅に歩いて外務大臣の前まで進むと、ドレスの端をつまんでカーテシーに近い挨拶をする。

 外務大臣は深々とお辞儀をすると、緊張した面持ちで出迎えの挨拶を述べた。


「アル様、ようこそ日本へお越し下さいました。我々日本国民を代表して心より歓迎いたします」


「お出迎えありがとうございます。今回のことは、私たちエルフ側に過ちがあります……謝って済むことではありませんが、大変申し訳ありませんでした」


 アルは悲しみの表情を浮かべて頭を下げる。

 そんな様子にいたたまれなくなったのか外務大臣が慌てて言葉を掛ける。


「お、お顔を上げてください。今回こうやって無事に学生たちも帰国するのです。また、帰国を望まずにエルフの月に残留を決めた者も、エルフ族を信じてのこと。今後ともよろしくお願いします」


「はいっ。エルフの月に残る学生さんたちは私が責任をもって安全を保証します。どうぞご安心下さい」


 そう言うと、アルはやわらかく微笑む。


 以前から外交の場に度々顔をみせていた絶世の美しさを誇るエル。

 その妹にしてエルフ族4大王家の1つフレイ王家の女王アルが公式の場で初めて姿を見せた。

 姉とは異なり人間にして17,8歳の未だ成長途中にいるアルの容姿は、エルとは別の魅力を発揮していて、人知を超えた美しさと守ってあげたくなるような儚さを兼ね備えていた。

 そんなアルの微笑む姿に、男女問わずこの場にいた政府関係者は魅了される。


 弛緩した空気を打ち消すように、アルの後ろに控えていたエルフが話を進める。


「では、アル様。学生を引き取ってもらいましょう」


「そうねリーヤ。皆さんをまず安心させてあげないとね」


 その言葉を受け、外務省の役人もせわしなく動き出す。

 外務大臣も今後の流れをアルに確認した。


「それでは、学生たちを受け入れて別室で名簿と照合させて頂きます。帰国希望者は156名とのことですが―――」


「155名です!!」


 突然外務大臣の台詞を遮り、アルが大声を上げる。

 可憐なエルフの少女が物凄い剣幕で大声を上げたのだ。

 日本政府の役人は一斉に時が止まったように動きを止める。


 場が静まり返るなか、リーヤがアルをなだめようとした。

 いや、火に油を注いだ。


「アル様、帰国希望者は156名です」


「違う、155名よ!」


「―――アル様、あの者も名簿に含まれています」


「ダーメ! ぜったいダメ!! 祐は帰らないもん。祐は私のナイトなんだからっ」


「ア・ル・さ・ま。我侭を言わないで下さい。本人の意思を尊重しましょう」


「嫌、嫌、嫌っ。祐は返さない。私とずっと一緒なんだから」


 駄々っ子とそれを宥める母親のような状況を見せられ、外務大臣は呆気に取られていた。

 しかし、いつまで経っても2人の言い合いは終わりそうにないため、意を決して話しかける。


「えーと、お取り込み中のところ失礼します。その、アル様……何か問題でも?」


 その返答にアルとリーヤが同時に答える。


「一人手違いがあったんです! 祐は帰りません!!」

「何も問題ありません! さっさと156名全員連れて行ってください!!」


 板ばさみになった外務大臣は、助けを求めるため後ろを振り返る。

 控えていた外務省の側近は大臣と目が合うと、さり気なく目を逸らした。


 部下に裏切られ失意のどん底に突き落とされた外務大臣は、再度仲裁を試みる。


「……な、な、なにか、手違いなど、ございましたでしょう………か………?」


「「ありません!!」」


「ひぃ、で、では、ひゃくごじゅう―――」


「ご!!」「ろく!!」「ひぃぃぃぃぃ」


「リーヤ! 女王命令よ、祐は帰国しません!!」


「アル様! たかがアースひとりにご執心など、フレイ王家の恥に御座います!!」


 政府関係者を他所よそに言い争いが続くなか、外務大臣は引きつった顔で絶望の淵に立たされていた。


(あーこれで外交問題に発展したら、責任取って辞任だな……私のキャリアもここで終わりか―――)


 人類と3種族の宇宙人が接触して以来34年。

 公式の場で宇宙人同士が言い争いをするなど、初めてのことだった。






 その後なんとかアルとリーヤの言い争いは収まり(この時に何があったかは、以降その場にいた政府関係者は口を固く閉ざした)日本人学生156名は名簿の照会と簡単な健康診断を受けるため役人に連れて行かれた。


 アルをはじめとするエルフ族と日本政府関係者らは、別室にて用意されている記者会見の場に移動する。


 到着してまもなく記者会見が開かれ、世界中から集まったマスコミと無数のカメラにより中継が始まった。


 初めてメディアの前に姿を晒したエルフの女王は、その類い稀なる美貌とコロコロ変わる可愛らしい表情の豊かさにより、人々を魅了していた。



 やがて会見も終盤へと差し掛かる頃、一人の記者が手を挙げる。

 事前に記者の順番も質問内容も審査の上決定していたため、予定通りの行動であった。

 安全のため報道陣はレインの携帯を許可されておらず、レインを装着しているのは、エルフ族と警備のために待機している警官のみ。


 万全の態勢で行われている会見で、決してあってはならないイレギュラーが起こる。


「アル様、本日は地球にお越し下さいまして誠にありがとうございます。私からの質問は1つです。アル様は―――姉君であられるエル様を日本政府に殺された件をいかがお考えでしょうか?」


 その質問に会場が凍り付く。


 先月行われた世界会議の期間中に生じた一般には知られていない戦い―――日本国首相 小林健二とその護衛部隊及び反政府テロ組織フォースウルフによるエル討伐。

 日本政府のごく一部と宇宙人の中でも一握りの者しか知らない『絶対に知られてはいけない出来事』を、生中継の記者会見でバラされたのだ。


 質問を投げかけられたアルは小さく震えながら固まる。


 アルと同じ壇上にいる外務大臣は眉をひそめて首をかしげる。彼には知らされていなかった。


 他の記者は、突然の荒唐無稽な質問に混乱しながらも、アルの様子がおかしいことに気づいて状況を伺っている。


 なんにせよ、この質問はまずい。

 エルフ族と日本、いや人類全てとの友好に水を差す質問だ。

 外務大臣は席を立ち、大声を上げた。


「なんだ君は! 警察官、その記者を退出させろ!」


 待機している警察官に指示を出す。


 しかし―――――警察官は微動だにしない。


「お、おい、どうした? こいつをつまみ出せ!!」


 再び上がる大声、しかし結果は変わらない。


 ―――――なにかがおかしい。


 他の記者も事態の異常さにざわつき始める。

 そのなかで、当の記者が不気味な笑みを浮かべながら発言する。


「まあまあ大臣、落ち着いて。私は全人類を代表してアル様に質問しているんですよ。よろしければお答え頂けませんか。女王の守護神であったフレイ王家栄光の象徴たる騎士エル様……そんな麗しき存在を暗殺した日本政府とフォースウルフのゴミ虫ども。かかる状況においても、我々アースに救いの手を差し伸べて下さいますか?」


「ゃ……やめて……」


 アルは虚ろな表情で、自身の震える体を抱きしめる。


「アル様、お気を確かに」


 リーヤが記者からアルを隠すように前に出る。

 そして記者を睨みながら言う。


「貴様、何のつもりだ? これ以上妄言を吐くなら、ただではおかないぞ!」


 今にも飛び掛らんとするリーヤを前にしても、記者の態度に動じる様子がない。

 それどころか、さらに言葉を重ねる。


「これはこれはリーヤ様、失礼しました。私もこれ以上アル様を苦しめるつもりはありません。我々はアル様に安心して頂きたいのです」


「―――誰だお前は?」


「私は……神聖アールヴ教団、ナンバー1、アル様の新たな騎士となる者です。さあ、教徒たちよ! つるぎを持て! 我らの信仰を神に捧げるのだ! 総員―――起動展開!!」


 記者は自らをナンバー1と名乗り、左腕を掲げる。

 起動展開の言葉とともに、左腕からレインがその形状を崩し床に零れ落ちる。

 会場内の至る所から立ち上がる者が現れ、同様に起動展開を完了させていく。

 また先ほど大臣からの命令を聞かなかった警察官たちも起動展開を済ませていた。


「この場にいる記者とカメラマンに告げる。抵抗するな。カメラを止めるな。言う通りにすれば危害は加えない。世界に今日この日の出来事を伝えるのだ!」


 この場で教団以外にレインを携帯しているのは、エルフ族のみ。

 警察官もグルとあっては、政府の人間も会場に詰掛けた記者たちも抵抗のしようがなかった。



 リーヤは震えるアルを引っ張りながら会場の扉へと向かう。

 その行く手を阻むのは警察官に扮した教徒たち。

 リーヤは叫ぶ。


「従者たちよ。道を作りなさい!」


 叫び声に従い、10人のエルフの従者は教徒たちに襲い掛かる。


 同時にナンバー1も教徒に指示を出した。


「従者はただの人形だ、エルフ様ではない。保護するのはアル様とリーヤ様のみ。それ以外は邪魔するなら、すべて殺せ!」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおお」」」


 一瞬にして穏やかな会見は、地獄絵図と化す。


 従者の果敢な突撃に、教徒の数人が血しぶきを上げながら一瞬で倒れる。


 しかし、その勢いはすぐに失われた。


 教徒側の命をいとわぬ激しい暴力とその数に、1人、また1人と従者が散っていく。

 ある者は首を切断され、またある者は4方から体を貫かれ、美しい造形品とも言うべきエルフの体が、見るも無残な赤いオブジェクトへと変わっていく。


「どけええええええええええええええ」


 その中で一際目立つ存在。

 輝く美しき髪を取り乱しながら、強引に教徒の群れをなぎ払い、手を引くアルを守りながら扉へと到達するリーヤ。

 そのまま扉を開いて、アルとともに会場からの脱出に成功する。


 残った従者が扉の前に立ち、最後の力を振り絞って時間を稼ぐ。


 ―――――――それから2分も経たずに、会場での戦闘は終了した。


 人類にとって初めて目にする光景。


 エルフの死、エルフの死体。


 カメラマンは脅迫され、片時も放送を中止できない。

 ナンバー1の指示により、局側で放映も停止できない。

 もし停止させれば、ここにいる報道陣が全員死ぬと脅されては。


 ナンバー1は生き残った教徒たちに新たな指示を与える。


「アル様はシャトルに向かわれただろう。お前たちはそれを追え。取り囲むだけで決して手は出すな」


 指示に従い、教徒たちが扉から出て行く。

 それ以外の残った数人は報道陣を見張っていた。


 ナンバー1は会見が行われていた壇上に登ると、カメラの方を向き、高らかに宣言した。


「さぁ全世界の皆様方、これから始まる我らの宴にあなた方をご招待します」


 ―――優雅な一礼とともに悪夢の宴が開始された。




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