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エルフ・オーク・ドワーフは宇宙人だった  作者: ふじか もりかず
第二章
37/45

嵐の前の静けさ

 あさひ可憐かれんは暗闇をひた走る。

 暗闇の向こうに光が差しているからだ。

 光を求めて懸命に走る。

 少しでも歩みを止めると、光が遠ざかっていくからだ。

 だから走る。けして足を止めてはならない。

 光の先には2つの影が見える。

 一人は男性、もう一人は女性。

 はっきりと顔が見えるわけではないが、可憐にとって馴染みのある人物のシルエットだ。


 あれは―――絶斗ぜっと供花きょうかに違いない。


 2人が行方不明になってから半年。

 幼い頃から同じ孤児院で育ち、兄弟同然の関係。

 物心ついた時からずっと一緒だった。

 可憐にとっては、顔も知らない両親なんかよりも、大事で大事で本当に大事で欠かすことのできない存在。

 そんな2人の元へ走り続ける。


 でも、追いつけない。


 息を切らして、鼓動がパンクしそうなほど脈打ち、両足が鉛の様に重くなっても、追いつけない。

 むしろだんだんと2人の影が遠ざかってしまう。


「待って!」


 心から願う。会いたい。


「ねぇ、待って!」


 声を張り上げる。反応が無い。


「お願い、待ってぇ―――――――――」




 可憐は、がばっと顔を上げる。

 ここは、ホテルの一室。体はベッドの上にいた。


「夢……か」


 どうやら夢にうなされていたらしい。

 ここは長野県にあるホテルの一室。

 現在、第一回目の警察予備生試験の期間中だ。

 一週間に渡り行われる試験を兼ねた合同訓練も今日が最終日。

 警察官になるために集められた学生たちは、警察組織の仕組みや警察官としての心得などを学ぶ座学に加えて、体力向上のための基礎訓練に明け暮れていた。

 特に重視されたのは、やはりレイン操作に関する訓練だ。

 今や国の軍隊としての性質を持つ警察官に必要不可欠な資質は、レインの実力に他ならない。

 初日にレインランク毎に班を分けられ、それ以降は他の班とは全くの別メニューが組まれていた。

 一緒に応募した同じ高校出身の井上紀子とは、この一週間で一度も会っていない。

 紀子はランクC-と優秀な成績であったため、おそらくは将来の幹部候補として特別待遇を受けているのではないだろうか。


 紀子は順調に警察官への道を歩き始めている?

 じゃあ、私は……?

 ちゃんと、歩めている?

 絶斗と供花を救い出せる道を――――。


 可憐は逸る気持ちを落ち着けて、最終日の訓練の準備に取り掛かることにした。


(そういえば、今日は当初の予定を変更して急遽決まった実地訓練をするって言ってたなぁ……。何をするんだろう?)







 ――――――きぼう 俊之。


 この名前は日本のみならず世界中に知られている。

 理由は単純明白。

 日本で公表されている僅か7人のBランクレイン使いの一人だからだ。


 レインランクはAからEまで存在し、さらに各ランク毎にプラス、中間、マイナスの3段階に分けられている。C-、C、C+といった具合に。

 このレインランクは宇宙人側から提供された専用の測定器により計測されるため、世界共通の基準である。


 測定基準は3要素から成る。


 強度――レインをどれだけ硬く鋭くさせられるかを示し、これが勝るとレイン同士が衝突した際に相手のレインを断ち切ったり、衝撃で吹き飛ばしたりできる。「硬度」とも言われる。また単純に「パワー」と表現されることもある。


 速度――レインの移動スピードのみならず、形状変化をスムーズに行えるかを示す。そのため実際は「速度」及び「早度」である。


 射程――使用者の意思により操作するレインを有効に扱う事のできる距離限界を示す。またレインというものは、使用者から離れれば離れるほどに強度と速度が低減する性質を持つ。この射程のことを「支配(可能)距離」とも表現される。



 これらレイン操作における基本スペックとも言える3要素を総合的に判断して、レインランクが決定される。


 レインランクの差は実力の差に直結する。

 もちろん、実際の戦闘の勝敗はランクが高い方が必ず勝つなんてことはない。

 その日の体調や戦闘時のメンタルなどによりパフォーマンスは変化するし、相手の短所を突いたり自分の強みのみを生かすような戦い方の工夫や、戦闘経験の豊富さなどの戦術面での巧拙により戦いの結果は幾らでも左右される。


 だが、レインランクという客観的に測定されるカタログスペックが高い方が有利であることも事実だ。

 またレインランクの各アルファベット毎の差は大きいと言われている。

 つまり、E+とD-の間には大きな差があり、D+とC-、C+とB-も同様だ。

 特にC+とB-の差は顕著であり、Bランク到達者(B-以上のこと)は一騎当千級と言われており、圧倒的なその実力は世界のパワーバランスにも影響を与えるほどだ。


 このことから各国政府は協定により、Bランク到達者を公表する義務を負っている。

 この協定により公表された者は、世界から注目される。

 自国においてはしばしば英雄視され、力の象徴として歓迎される。

 他国からは敬意と畏怖をもって扱われ、場合によっては敵視される。


 このような状況から、きぼう俊之に注目が集まるのはいつものことだったが、最近はより注目の的となっている。


 理由は2つ。


 1つは、オリンピアだ。

 3月末に行われた世界会議において、エルフ・オーク・ドワーフの3種族が宣言したオリンピア。

 6年後の2090年に開催されるこのレイン競技会の出場選手はまだ誰も決まってはいないが、現時点で最有力候補者とされるのがBランク到達者であることは間違いない。

 日本で7名、世界でも100名ほどしか公表されていない彼らは当然出場されると予想され、各陣営の勝利の鍵を握ると考えられている。

 オリンピアのルール上、3種族から100名ずつ出場するため、合計して300名が選ばれる。

 6年後までに世界で何人のBランク到達者が現れるかは不明だが、少なくても現時点でBランクに到達している者はオリンピアにおける各陣営の主力として活躍するだろう。

 故に、きぼう俊之がどの陣営に参加するのかは人々の関心事でありメディアでも度々報道されている。


 2つ目は、彼が最近『統率者』に就任したことだ。

 統率者とは警察内における1グループを率いる長であり、強大な権力を持つ。

 その統率者にきぼう俊之の名が連ねることになった。

 元々きぼう俊之は「警察官の象徴」といわれるほどに有名な人物だった。

 日本人離れした長身に、精悍な顔立ち、服の上からでも分かる屈強な体躯。正義感に溢れた心持ちに謙虚な姿勢、そしてなによりもBランクに到達しているという確かな実力。

 僅か24歳にして異例の出世を重ね、ついには統率者にまで就任した彼は、兼ねてよりマスコミに報道されていた。

 警察組織としても、警察官のイメージアップ繋がると判断して、利用していたのだ。






 都内にある警察署。

 その最上階にきぼう俊之の執務室がある。


 統率者に就任してから日も浅いため、その主は未だ慣れず、どこか居心地の悪さを感じているようだった。

 スクリーンに映し出されたテレビでは、飽きもせずに特集番組が組まれていた。

 もちろんその内容は―――――。


『―――――なるほど、ありがとうございます。となりますと、やはりエルフ族の優位は変わらないということですか?』


『そうですね。世界的に見てもエルフ族が我々人類にして下さった貢献は計り知れないものがあります。もちろんオーク族とドワーフ族の方々の貢献もすばらしい物がありますが、常に我ら人類に最も寄り添ってこられたのはエルフ族ではないかと言われています』


『しかし、先日報道にありましたが、エルフ族が日本の学生に対して不当な勧誘を行い、その結果200名近い学生が連れさらわれたという事件が起こりました。この件が今後のオリンピアに向けてエルフ族側に悪影響を及ぼすのではないかという意見もありますが……』


『はっはっは、それはありません。あれは些細な誤解です。日本政府もその後に出した声明により「帰国希望者の受け入れを行う。なお、日本とエルフ族の間になんのわだかまりもない」と表明しておりますし、帰国を希望した学生が近々帰国することも決まっています。なんの影響もありませんよ。実際にあの「きぼう俊之」氏も「エルフ族がこれまで行ってきたことは、人類にとってマイナスになることは何一つ無く、心から感謝している」と述べていますし―――――』


 いつものオリンピアについての特集番組が続くなか、きぼう俊之はため息をつきながらテレビを消した。

 統率者の地位と権力を示すかのような豪勢なデスクに座る俊之に対して、目の前に立つ女性は呆れた顔をして話しかける。


「まったく……都合の良いように名前が使われていますね」


「そうだね。あんなことを言った覚えが無い」


 毎度のことながら、自身の知名度を悪用されることにウンザリしている様子だった。


「これじゃあ、俊之さんがエルフ側に付いているみたいじゃないですか。オリンピアでは俊之さんがエルフ陣営に入るなんて噂も流れてますし……」


「僕がどの陣営に属するかなんて決定権は無いよ。全ては政府が決めることだ」


「わかってます! でも、噂って怖いですよ。勝手に一人歩きして、気づけばそれが既定路線にされちゃうことだってあります」


 まるで我が事のように怒る部下に、俊之は思わず微笑む。


「んー? なんですか? だいたい俊之さんは、危機感なさすぎです。今やあなたは統率者ですよ! 統・率・者! 内外の妬みを一身に浴びてる身だってことを少しは自覚―――」


「わかったわかった。代わりに怒ってくれてありがとう」


「そ、そんな……わ、私はただ、俊之さんが心配で―――」


「ああ、分かってる。注意するよ。麗華さんもそうゆうのに晒されて随分苦労しているようだったしね。僕も気をつけるよ」


 俊之は同じBランクで日本最強の実力を持つ五条麗華のことを思い浮かべながら、部下の心配を受け入れた。

 俊之にとって五条麗華は尊敬すべき先輩であると同時に、思いを寄せる人物だった。


「………なんでそこで麗華さんの名前が出るのよ。この朴念仁……」


「ん? 何か言ったか?」


「いーえ、なんでもありません」


「そうか? まあ、ならいい……」


 目の前で何か言いたそうなジトッとした目で睨みつけてくる部下に少々押されながらも、俊之は本能的に話題を変えることにした。


「ところで、さっき話題になっていた学生返還の件だが―――、その後どうなったか知っているかい?」


「あっ、そうでした! その件について報告があったんです。エルフ側からの申し出を受けて、政府が受け入れることになりました。帰国予定の学生156名は既にエルフの月を出発しているらしく、到着は明日の正午を予定しています」


「そうか、それでなにか問題でも?」


 この件に関しては、俊之も公式発表以上のことをあまり知らない。

 エルフが不当に勧誘した学生を返還すると通達を発したが、そもそも「不当な勧誘」というものが何なのかを聞かされていない。

 統率者として強大な権力を持つことになった俊之だが、それはあくまでも警察権としての国内での治安維持に関するものであり、エルフと政府間における高度な外交関係などに干渉できる立場でもないし、そのつもりも無かった。


「それがですね……、なんというか少し引っかかるというか……気のせいなのかもしれないんですけど―――」


「―――どうしたんだい? 勘違いでも構わないから言ってくれ」


「は、はいっ。それが―――妙なんです。今回の学生返還が行われる場所は長野宇宙センターなんですが……」


 長野宇宙センターとは宇宙船の発着場所として開発されたもので、宇宙人が保有する宇宙船の受け入れ先としての役目を果たしている。

 発着場とされてはいるが、実際は受け入れ専門である。

 宇宙人側から宇宙船に関する技術は現在提供されていない。

 人類側から勝手に月へ行けるようになってしまうと、3種族の住む月の安全が脅かされるためだ。


 以前にある国が起こした事件により、人類側の宇宙開発は停止している。


 今回のエルフによる学生返還が行われるなら、当然その場所が長野宇宙センターになるのはおかしなことではない。


「それがどうしたんだい?」


「はい、実は明日の長野宇宙センターの警備がですね。現在同県で行われている警察予備生試験の生徒たちが実地訓練として配備される予定になっているんです」


「………それは本当か?」


「はい―――」


 俊之は愕然とした。

 現在全国各地で予備生試験が行われているのは知っている。

 まさに今話題となっている長野県の試験初日に俊之はその場におもむいていた。

 そして、一週間に渡る試験を兼ねた訓練期間において、実地訓練が行われるのもそう珍しいことではない。

 将来警察官を目指す学生が、実際に警察官の施設警備の任務を体験することなんて当たり前のことだからだ。


 だがそれは平時における警備任務であって、わざわざエルフによる学生返還の日にその警備を予備生が行う………?

 万が一のことを考えれば、明日の警備は警察内の精鋭部隊か、特殊部隊を配備するのが通例だ。

 よりにもよって、警察官ですらない予備生が配備されるなんて………。


 なにかおかしい。


 俊之はこの不可解な事態に対処すべく、即座に行動する。


「君はこの件について直ぐに調べるように手配してくれ。それと同時に政府にも連絡を」


「はっ」


「それと―――君以外の俊之班を集めろ。場合によっては班を動かす」


「えっ、それは―――」


「分かっている。できれば政府の承認なしに動かしたくはない。だが、この件がなにかしらの陰謀によるものなら、最悪承認を待たずに出動させる」


 そう答える、きぼう俊之の顔色は優れなかった。



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