警察予備生
エルフ・オーク・ドワーフの宇宙人が人類と接触して34年。3種族からもたらされた発達したテクノロジーにより、人類は大きな変革を遂げた。
医療・産業・食料自給などが劇的に改善されて人々の生活が向上する一方、生活に余裕が出来た事により思想の違いや価値観の違いが表面化し、それらが帰属意識へと繋がる。
この帰属意識の向かう先は国家という大きな枠組みはもちろんのこと、企業グループや宗教団体などの個人が所属する団体へと帰結する。
そんな世界情勢の中、日本のとある団体も大きな変革と強化が行われていた。
その団体とは―――警察だ。
元々警察権という治安維持のための巨大な公権力を保有する組織であったが、今日においてその権力はより絶大なものへと強化される。
そうなったのには様々な要因があるが、特筆すべきはレインの存在だ。
レインが現在の軍事力の大部分を占め、優秀なレイン使いが多く所属する警察の権力が増すのは自明の理だ。
さらに日本の特殊な事情もあった。それは軍隊の存在だ。
かつての日本は形式的には明確な軍隊を保有しておらず、実質的な国防組織として自衛隊が存在していた。
しかし3種族の宇宙人との接触後の世界は、ミサイルや戦闘機などのかつての近代兵器はその存在感を失う。
なぜなら、地上の遥か上空に存在し、人類を遥かに超えるテクノロジーを持つ宇宙人に監視されている現在では、その有用性が損なわれてしまったからだ。
その代わりに登場した新たな力「レイン」。
これが各国の軍事力を示す指標となったため、自衛隊はその存在意義を失う。
優秀なレイン使いを保有する警察と、前時代的な兵器しか持たない自衛隊。
さらに自衛隊は憲法上の理由により元々他国より制限されていた歴史がある。
その結果自衛隊は解体され、警察に吸収される形となる。そして警察は国防をも担うこととされた。
これが日本の警察が絶大な権力を保有している理由。
また、警察の組織構造も大きく変化した。
従来のピラミッド型の組織から、アメーバ型の組織として変容したのだ。
警察内部に存在する大小様々なグループがそれぞれ独立して運営されるようになり、各々が一定の裁量権を持って治安維持に努めている。
この状況を『中央集権体制から戦国時代に逆戻りした』と揶揄する声も聞かれるが、今のところ表立った問題は起きていない。
なぜなら、技術の進歩により貧困が無くなり金銭欲という概念が存在しない現在では、賄賂などの不正が起こり様が無いからだ。
あるのは権力欲と名声欲。そして帰属意識。
そのため、レインの才能がある者の多くは警察官を目指し、国家及び市民の安全と平和のために従事する。
そして栄誉を受ける事により、これらの欲を満たそうとするのだ。
1984年も4月に入り、高校では新学期を迎えていた。
2年生だった あさひ可憐も3年生へと進級し、いよいよ最終学年として高校生活最後の1年を送ろうとしていた。
高校3年生がそれまでと異なる点は、将来に向けての準備が本格化することだろう。
研究者などの進路を希望する一部の者を除いて、大学は行く価値の無い世の中だ。
その反面、高校までが義務教育とされている。
故に高校3年の一年間は将来を決める上で重要な期間とされるのだ。
可憐にとってもこの1年は重要だ。
物心ついた時からずっと一緒だった絶斗と供花。
この二人の行方不明事件を解決し、昔のようにまた一緒に平和な日々を過ごすため、警察官を目指しているからだ。
警察官になるためには予備生試験を突破する必要がある。
予備生試験とは高校3年から始まる警察官になるための訓練と試験を兼ね備えたもので、卒業までの1年を通して様々な訓練が実施され、その評価によって合否が決まる。
4月某日、その第一回目の合同訓練が行われようとしていた。
可憐の通う高校を含めた20の学校から予備生約2000人は通常の授業を免除され、長野県にあるリゾート地区に集められる。
周辺のホテルは全てこのために貸し切られ、予備生及び警察関係者に割り振られる。
各校から集まった予備生たちは、期待と不安を胸に、今まさに将来の分岐点に立っていた。
「すごい人数。これが全て予備生なの……」
可憐は長野国際競技場のグラウンドの上にいた。
人工芝で綺麗に整えられたフィールドは、様々なスポーツの大会が行われてきた神聖な地とも言える。
しかし、今日は予備生のためだけに貸し切られていた。
この地に各校から総勢500名ほどが集められていた。
「ここにいるのはほんの一部よ。今頃日本中で同じように予備生が集められているわ」
隣に立つ 井上紀子が言う。
可憐と同級生である紀子もまた予備生に応募していたのだ。
「警察官になれるかしら……」
思わず弱気になる可憐。
このご時勢で振るいに掛けられるほどの人気の職業など、警察官くらいだ。
「それは大丈夫。可憐のレインランクはD-でしょ。D-なら落とされることなんてそうそう無いわよ」
そう答える紀子。
学校での評価はレインランクが重視される。特に実力が必要な警察官ならなおさらだ。
高校卒業時の平均的なレインランクはD-。
高校3年生になったばかりで残り1年ある可憐が現時点でD-ならば、他の予備生達にも引けをとらない立場だ。
「うん……。私、頑張る。絶対に―――警察官になるわ」
「そう、そう調子よ。一緒に警察官になろうね」
「うん!」
周りに圧倒されないように気を引き締める可憐。
一方紀子は可憐を励ます言葉とは裏腹に、これから先の展開を懸念していた。
紀子の両親は、両方とも警察官として優秀な人物だった。
その血を受け継いで優秀な成績を収める紀子のレインランクはD+。
そんな紀子は、この予備生試験が始まる前に両親からアドバイスを受けていた。
曰く、「予備生試験は警察官にとって最初の関門。ここで高い評価を受けないとエリートコースから外される」と。
実際、警察官になるだけならそう難しくない。警察という組織は、少しでも多くのレイン使いを求めているからだ。
しかし、同じ警察官でもその内部では相当の格差があるらしい。
完全実力主義の警察官。
ここで言う実力とは、言うまでも無く「レインの実力」だ。
この予備生試験は最初にして最大の「振るい分け」の場となる。
高い評価を受けて輝かしいエリートコースを歩むのか、はたまた―――。
紀子は隣で決意を胸にする可憐に、そのことを言えないでいた。
『これより予備生試験に向けた説明会を始めます。説明会は各グループ毎に別れて行われます。まずグループ分けを行いますので、順番にレインランクの測定を行って下さい』
会場にアナウンスが流れる。
予備生として集められた学生が静まりかえる。
整列していた列の端から順に、係りの指示に従って移動を開始する。
中央に複数設置されたレイン測定器にて、改めてレインランクが測られるのだ。
可憐の順番がやってくる。
可憐の並んでいた列とは別の列では、丁度同じタイミングで紀子の順番が回ってきていた。
可憐は紀子に向かってガッツポーズを取る。
それを見た紀子も親指を立てる。
しばらく見つめ合って互いの健闘を祈ると、それぞれ測定器の前に向かっていった。
「それではレインランクを計測します。段の上に登ってください」
係りの指示を受け、可憐はレイン測定器に設置されてあるステージへと向かう。
人ひとりが立てるほどの小さなステージの上に登ると、ステージが赤く点滅する。
「では、起動展開をしてください」
次の指示を受け、起動展開を開始する。
可憐の腕からレインが零れ落ち、足元にレインの水溜りを作る。
その範囲が徐々に小さく、狭くなり、綺麗な円を形成した。
その状態で数秒が経過すると、ステージが緑色に変化する。
「―――――はい、計測結果が出ました。もう戻して大丈夫ですよ。『あさひ可憐』のレインランクは、『D-』です。では、あちらのD-と書かれたゲートを通って下さい。そして、その先にいる係員の指示に従ってください」
可憐はD-と書かれたゲートに向かう。
ゲートは複数設置されていて、それぞれのゲートには「E以下」「E+」「D-」「D」「D+」「C-以上」と書かれていた。
D-と書かれたゲートを通ろうとした時、後ろでざわつく声が聞こえる。
可憐が気になって振り返ると、その声の中心には紀子がいた。
「レインランク、C-!!。あっ、し、失礼しました。そ、それでは井上紀子さん。あなたはC-以上と書かれたゲートを通って下さい……」
測定をしていた係員の言葉を受け、紀子は周りの学生や他の係員の注目を一身に浴びていた。
「まじかよ……」
「C-だってさ」
「いるところにはいるんだな」
「卒業前にCランク帯だなんて―――凄すぎる」
そんな周囲の驚く声を受けながら、紀子はそさくさと
「C-以上」と書かれたゲートに向かって走っていく。
どうやら先日までD+だった紀子は、いつの間にかCランク帯に到達していたようだ。
ゲートの表示からもうかがい知れる通り、Cランク帯というは文句なしの優秀なレイン使いの証だった。
特に卒業前の学生でCランク帯に到達できる者は極僅か。
そもそも卒業後だって、大抵はDランク帯で成長が止まる。
卒業時に平均的なD-だった者が、その後もレインの訓練を積み重ねて、レイン使いの全盛期と言われる30歳前半頃にD~D+くらいが平均だ。
一部の才能ある者だけが卒業後も訓練を積み重ねてようやく到達できる領域が、Cランク帯だった。
(紀子、C-なんてやっぱりすごいわ……。私も負けないんだから!)
可憐は友人のそんな姿に驚きながらも、改めてやる気をみなぎらせるのだった。
長野国際競技場にて予備生が次々とレインランクの測定をするなか、その競技場の観客席1つ、いや1室。
ここは一般の観客席とは異なり、限られた者にしか入ることの許されないVipルームが存在する。
そのVipルームにて予備生の様子を眺める者たちがいた。
「今年は―――不作もいいところだな」
不機嫌そうに言い放った声の主は、煌びやかな調度品が飾られる豪華な室内で、年代もののワインが注がれたグラスを片手にソファーに深く腰掛けていた。
部屋の一面は全てガラス張りになっていて、競技場のグラウンドが一望できる造りになっている。
眼下に広がる光景及び左右のスクリーンに映し出される映像では、この競技場と同様に各地で予備生達がレインランクの測定を行っていた。
「仕方ないだろう。これもすべてあのエルフのせいだ」
室内にいる別の人物が応える。
この場には8名の有力者が集っていた。
その者たちは―――警察の『統率者』と言われる存在。
アメーバ型の組織運営が行われる警察において、各グループの頂点に君臨するのが、この統率者だ。
彼らがここに来た理由は1つ―――優秀なレイン使いの獲得のため。
いやむしろ、獲得競争と言ってもいい。
各グループ毎に一定の裁量権が与えられている現在の制度では、統率者の権力は絶大である。
時代は変われど、人の欲には際限が無い。
それら統率者のほとんどは、現状に満足することなく、より強大な権力を得るために、その駒となる優秀なレイン使いの勧誘合戦に興じていた。
しかし、今年は以前と違い、少し事情が異なる。
「エルフか……。まったく、はた迷惑な奴らだ! 我が国の逸材ばかりを連れ去りをって」
「日本政府にも困ったものですな。いくら友好のためとはいえ、エルフの要求に応じて優秀者をみすみす引き渡していたなどと……」
「仕方なかろう。小林総理程度では、エルフに逆らうには荷が重い」
「あの3種族どもがオリンピアなどというお遊びを始めたが―――そうなれば、より獲得競争が激化するというもの」
「ふん、忌々しい。我々の組織内部から選ぶというのなら喜んで差し出すが、あのエルフどもは高校生に直接手を出したのだぞ!」
「だがそれも返還されるのだろう? あやつらはあのエルフに才能を認められた逸材ばかり。ここにいる『選ばれなかった者』とは違うぞ」
室内で会話をしていた1人の老人がガラス越しに下を見る。
その眼は、集められた予備生をまるでゴミのように捉えていることを物語っていた。
「それだって問題がありますわ。なぜなら返還されるのは、日本への帰還を選んだ者のみ。オリンピア出場を希望する者はエルフの提案を受け入れ、エルフの月に残ってしまいました。私たちが本当に欲しかったのは、そういった『将来オリンピアに出場する可能性が高い者』ではありませんか?」
その言葉を受けて、室内が静まり返る。
女性が言った内容は、まさにその通りだった。
6年後に行われるオリンピアにあたって、統率者の面々の最大の関心事は、オリンピアに出場するほどの逸材の確保。
権力をより増大させるためには、自らが率いるグループ内から出場者を輩出させることだった。
そうゆう意味では、エルフの月に残ることを希望した者こそ真っ先に確保したかった人材。
そんななか、一人の若い男性が口を開く。
「皆さん、オリンピアは確かに今後の世界情勢を左右する重要な出来事ですが、まずはこの場所や各地にいる予備生の教育を重視しませんか? 彼らは今後の日本を支える将来ある若者たちです」
その言葉を聞いた他の統率者達は失笑を漏らす。
「君は随分と行儀がいいようだね」
「さすがは―――といったところかしら」
「おおかた統率者になったばかりで調子に乗っているのだろう」
「これだから若造は……。この場でそんな建前を言って説教してくるとはな」
口々に罵倒と嘲笑の声が上がるなか、若い男性はそれらを無視して言い返さなかった。
そんな態度が気に食わなかったのか、別の女性が言う。
「まあ、あなたは特別よね。さすがはBランク到達者の一人、 きぼう俊之。散々メディアにはやし立てられて『警察官の象徴』と言われるだけあるわ。あなたは当然オリンピアに出場が決まっているようなもの……。有象無象のことなんてどうでもいいのかしら?」
「そんなことはありません。私はただ―――いえ、何でもありません」
きぼう俊之は反論を止めた。
これ以上何を言っても無駄だと考えたからだ。
レイン先進国である日本が公表するBランク到達者7人の内の1人、きぼう俊之。
そのレインランクはB-。
日本最強とも呼び声の高いレインランクB+である 五条 麗華 と同等の知名度を誇る彼は、ガラス越しに予備生の今後の健闘を祈ることにした。




