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エルフ・オーク・ドワーフは宇宙人だった  作者: ふじか もりかず
第二章
35/45

吸血鬼

 あさひ雪は隼人たちと別れ、病院へと訪れていた。


 診察室の椅子に座り、診察を受ける。

 カザドから与えられた液体を飲んでから、2~3日に1度の割合で診察を受けることになっていた。

 いつものように特に問題も無く診察は終了する。

 担当の医師にも最初は警戒心を抱いていたが、今ではすっかり慣れていた。

 何事も慣れればどうと言うことはない。

 例え目の前に座る医師がドワーフであったとしても。


「うむ、問題無し……と。きちんとコントロールできているようだね」


 ドワーフのアルメイダは言う。


 アルメイダは背丈が人間の子供程度しかなく、椅子に足が着いていない。

 全体的にずんぐりとした体型で、眉を隠すラインで切り揃えられた前髪とパッチリとした大きな瞳が特徴的だ。

 女性なので髭は無いが、その見た目はまさにドワーフのイメージ通りと言える。


「ありがとうございます。吸血衝動も今はないです」


 雪は上着を羽織ながら言う。


「それはなにより」


 アルメイダはニッコリと答える。


「ただし、いつもの薬は欠かさず飲むんだよ。あれがないと吸血衝動は抑えられないからね」


 アルメイダの言葉を受け、雪が頷く。


「まったく、カザドは何を考えているのやら……。本当なら今すぐにでも除去するべきだよ。君の気持ちが変わってくれるなら、今すぐにでもだ」


「それは……」


 雪が答え難そうにしているのを見て、アルメイダはため息をつく。

 そして雪を諭すように言い聞かせる。


「何度も言っているが、カザドが君に飲ませた液体は『吸血鬼の涙』と言われる物だ。これは様々な感情を『吸血衝動』に置き換える効果を持つ大変危険なものなのだよ」


「ええ分かっています。でも―――」


「でも、吸血衝動に置き換わることで心の弱さを克服し、レイン技能を飛躍的に高めてくれる。だから完全に除去はしたくない……だね?」


「はい」


「………そんなにレインが大事かね?」


 アルメイダは神妙な顔をして問い掛ける。


「力が欲しいんです。力が無いとなにも守れない」


 アトランティスに来てからずっと感じていた気持ち。


 無力感。


 力が無いと大切な人たちを救うことも守ることもできない。

 この力を手放すことは、無力な昔に逆戻りしてしまうということ。

 それだけは絶対に受け入れられない。

 たとえ何を代償にしてでも―――――。


「……わかった。それじゃあ、この薬を飲んで。これを飲んでいれば当面は吸血衝動を抑えられるから」


 説得を諦めたアルメイダがコップを渡す。

 その中には赤い液体が入っていた。


「はい、ありがとうございます」


 雪はコップを受け取ると一気に飲み干す。


 その液体は血の味しかしなかった。


 何度飲んでも嫌な味。

 でも―――体が、本能が、この味を求めている。


 そんな感情を、雪は見て見ぬふりした。







 診察後、アトランティスにてドワーフから提供された住居へと戻る。


 この住居は学生の身分には分不相応ともいえる環境だ。

 壁一面がガラス張りで、そこから大きな庭が望めるメゾネットタイプの2階建て。

 そしてリアという専用の世話係付き。

 これを雪と隼人の2人だけで利用している。

 雪としては、こんな好待遇を受けて良いのか困惑していたが、リア曰く「それがドワーフに選ばれるということ」らしい。


 リアは身の回りのことをなんでもしてくれる。

 特にリアの作る食事は絶品だ。

 年齢はそう変わらないはずなのに、和洋中すべてに精通していて、一度たりとも外れが無い。


 今日も美味しいリアさんの食事を食べられる。

 雪はそう考えると少し気が紛れた。


「ただいま」


 家に入ると、リアが玄関で待っていた。


「お帰りなさいませ、雪様」


 深いお辞儀とともに迎えられる。


「いつもありがとう。出迎えなんていいのに」


「そうは参りません。雪様と隼人様のお世話をするのが私の役目です」


「―――本当にありがとう」


「……なにかございましたか? 最近、雪様のお元気が無いように見受けられます」


 リアは表情を変えずにじっと見つめる。


「大丈夫、なんでもないの。それよりも今日の夕食なんだけど、キャシーとマイクもうちに来ることになったの。手間をかけさせて申し訳ないけど、2人の分も用意してもらっていいかしら?」


 自身のことでリアさんに心配かけさせまい、と雪は強引に話題を変えた。


「はい、既に隼人様から伺っております。問題無くご用意できます」


「そう、急でごめんなさいね。それじゃあ、私は着替えてきます」


 再びお辞儀をするリアさんを後にして、雪は部屋へと向かった。






 日も暮れる頃、キャシーとマイクが家にやってきた。


 雪と隼人は2人を向かえ、リアが用意してくれた食事にありつく。

 いつもはリアも含め3人で食卓を囲むのだが、今日は客人がいるとのことでリアは給仕にまわる。

 そんなことをしなくていいから一緒に食べよう、と言ってもリアは「それはできません」の一点張りだった。


 強引にリアを席に着かせることもできたが、それをせずに彼女の意向に従ったのは、この島におけるリアたち使用人の地位の低さにあった。


 ――――――――――


 この島には数多くの使用人がいる。そのそれぞれが、ドワーフに招かれてここに滞在する人々の世話係を務めている。

 キャシーやマイクにもしかり。


 そしてそれらの間には、明確な身分の差が存在する。

 ドワーフにレインの才能を見込まれた才気豊かな者と、ドワーフの命令でその者たちを世話する人。

 さらに、リアたちはなぜかレインが使えない。

 この状況が生み出す関係は、あまり良くない方向に帰結する。


 つまりは、ドワーフに選ばれた側は使用人を低く扱う傾向にある。


 当初はそのつもりがなくても、自然とそういう風になっていくのだろう。

 結果、リアと同じ食卓で一緒に食べようとすると、おそらくキャシーとマイクは「え、なんで?」となるのは想像に難しくない。

 別にキャシーとマイクがおかしいわけでも、性格に問題があるわけでもない。


 それがここでの普通なのだ。


 雪と隼人はそんな空気が嫌で、普段はリアを説得して一緒に食べることにしているが、そんな状況をむしろリアが困っているのも事実だった。


 ――――――――――


 リアさんが後ろで控えるなか、4人で食事が進む。

 美味しい食事に舌鼓を打ちつつ、他愛も無い話に花が咲く。

 そんななかでマイクが思い出したように話題を振ってきた。


「そういえば聞いたか? なんでもエルフ族が勧誘に失敗したらしい」


「勧誘に失敗?」


 初耳だった隼人が問い返す。

 雪も初耳だった。が、勧誘というのが何の勧誘かはわかる。

 当然オリンピアの勧誘だろうと。


「ああ、なんでもエルフが日本人の学生を対象にオリンピアの勧誘をしていたらしい。多分、俺たちと同じケースだな。ドワーフが勧誘に動いていたように、エルフも勧誘活動をしていた。おそらくオークもな」


 それは理解できる。というより身をもって知っていた。

 なぜなら祐こそまさにそれだった、と今ならわかるから。


「それでそのエルフが、『不当な手段』とやらで勧誘していたらしくてな。それが明るみになって、既に勧誘していた人たちを日本政府を通して返還するらしい」


 その話を聞いた雪と隼人は、顔を見合わせる。

 互いに思うことはただ一つ。もちろん祐のこと。


「それって本当のことなの? 不当な手段って何? いつ返還されるの?」


 雪は居ても立っても居られない様子で矢継ぎ早に尋ねる。


「おおう、えっと、どうしたの雪タン?」


 雪の冷静さを欠いた態度にマイクは困惑する。


「雪、どうしたの。なにか気になることでも~?」


 キャシーも心配そうに声をかける。


「大丈夫なんでもないから。それよりマイク、お願い教えて」


「あー、えっと、酒場で他の奴が会話しているのをたまたま聞いただけだから詳しくは知らないんだが―――外では結構話題になってるみたいだぜ。日本政府は受け入れの準備をしているってさ」


 マイクの話を聞くと、雪は突然席を立ち、自分の部屋へと向かって行った。


「お、おい雪」


 隼人が慌てて追いかける。


 雪は部屋に入ると端末を起動させる。そして可憐に電話を掛けた。


「雪―――」


「可憐にも知らせなきゃ」


「そうだな。いや、というより外で話題になってるなら、可憐は知ってるんじゃないか?」


「そうかも。なら連絡してくれればいいのに」


「確かにそうだが―――あっ、可憐って今警察官の予備生試験の最中じゃないか? 俺たちも最近忙しくて連絡してなかったしな……」


「あっ、その通りね……」


 雪自身、自分のことで精一杯で、ここ数日可憐と連絡を取っていなかったことを後悔した。


 可憐への電話は、呼び出し音が繰り返されるのみで一向に繋がらない。

 雪は仕方なく電話は諦めて、メールで伝えることにした。


「祐……無事に戻ってくるといいな」


「ええ……」


「なぁ、雪。もしかしてさ……おまえ、祐のことを―――」


 隼人は言い掛けた言葉を飲み込んだ後、ぎこちない笑顔を見せる。

 そして、「先に戻ってる」と言って食卓へと帰って行った。



 雪はそんな隼人の心の内に気づかないフリをして、メールを送り終える。


 選抜者に選ばれてから明らかにおかしかった祐。

 そして絶斗が行方不明になり、次の日には供花までも。

 さらにその後、祐はエルと共に去っていく。

 高校に一人残してしまった可憐、そしてさっきの隼人。


 私の気持ち。


 期待と不安、それ以外にもいろんな気持ちが浮かんでは消える。


 そんな言葉に出来ない様々な感情は、一つのモノへと変化する。


 ドクン――、ドクン――。


 自分の心臓の音がはっきりとわかる。

 感情の高まりは既に無く、あるのは溢れ出す衝動。

 まるで呪いのよう。


 いいえ、これは呪いそのもの。


 ドクン――、ドクン――。


 血が……血が、ノミタイ。


 胸に手を当てながらうずくまる。

 大丈夫、まだ大丈夫。必死に自分を騙そうと繰り返す。


 まだ大丈夫―――――。



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