帰還5
「ヘンタイ」
出会い頭、罵られる。
………はぁ?
俺は状況が理解できずに固まる。
アルは明らかに怒っていた。
「ヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイ、ワープラ」
変態、変態とうるさい。……最後のワープラってなんだ?
「とりあえず落ち着け。そもそもここは俺の部屋だぞ。どうやって入ってきた?」
「そんなの簡単よ。エルフの月で私に開けられない扉なんか無いんだからっ」
オーケー、オーケー、俺にプライバシーが無いことはわかった。
「それで、なんの用だ?」
「今日は私と一緒にいる約束でしょ。それなのに祐ったら知らない女の子と楽しそうにしゃべって……このぉ、ど変態ぃ!」
「いや、アルと一緒にいる約束なんてしてないし、勝手に組まされたスケジュールだってキャンセルしただろ。というか、どうして俺が服部といたことまで知ってるんだよ?」
「そんなの簡単よ。私に―――」
「ああ分かった分かった。もういい。はぁ……頭痛くなってきた……」
こめかみを押さえながら「はぁ」と溜息をつく。
するとアルは怒った顔から一転し、心配そうな顔をしながら尋ねきた。
「え、大丈夫? 病院行く?」
アルが顔を近づけてくる。美しきエルフの切羽詰まった表情が視界を埋め尽くす。
俺は一瞬で沸騰してしまったかのように熱くなり、あわてて距離をとった。
「ちょ、まて。そんなに近づくな!」
「なによ、頭痛いんでしょ? それに顔も赤くなってるわ」
「こ、これはちがう。いや、そうじゃなくて、とりあえず動くな。落ち着けよ」
「落ち着いてないのは祐の方でしょ。とりあえず病院の手配するね」
「しなくていい、大丈夫だ」
「だーめ。ちゃんと診てもらわなきゃ」
「いや、本当に大丈夫だ。頭痛くないから! 全然痛くない」
「そう……? ならいいけど。じゃあ、行こっか!」
「だから病院には―――」
「そうじゃなくて、お・さ・ん・ぽ。お散歩行きましょ」
「………わかった」
アルの無邪気で無防備な笑顔の前に、俺は降伏を宣言した。
アルに連れられた先は、小さな丘の上だった。
そこには1本の大きな木が立っていて、その木陰に二人で腰をおろす。
そう、ここは俺がこのエルフの月で始めて意識を取り戻した場所だった。
アルはこの場所がお気に入りのようで、その後も何度か二人で訪れていた。
大きな木に背中を預け、肩が触れそうな距離で並んで座る。
「んーっ、気持ち良いね」
アルは両手を組んで、それを頭の上へと挙げて背伸びをする。
時刻はお昼過ぎ。雲一つ無い快晴のなか、ゆっくりと時間が過ぎていく。
俺とアルはほとんど会話をすることもなく、丘の下に広がる森林を見つめる。
人間とは異なる存在であるエルフ。それもとびきりの美少女が横にいるのに不思議と緊張を感じない。
会話の無い状態が気にならない。
まるで何年も前から親しくしている友人のような、そんな空気を感じる。
こんな気持ちになるのは絶斗たちと一緒にいる時だけだった。
普段とかけ離れた状況にいるにもかかわらず、今この瞬間だけは平穏な日常を感じていた。
(ここにいるのも悪くはないな)
そんな考えが一瞬よぎる。
だが、それは違う。違うに決まっている。
絶斗・隼人・可憐・供花・雪の顔が浮かぶ。
あいつらに会いたい。あいつらの元に帰りたい。
その気持ちが強くなる。
明日にはここを離れ、日本へと帰れる。
(いろいろあったけど、ようやく元の生活に戻れるんだ)
そんな事を考えていると、アルがずっとこちらを見ていたのに気がついた。
「ん? どうした」
「んーとねっ……」
神妙な表情のアルは、おそるおそる尋ねてくる。
「ねえ……祐は時々そんな顔をするね」
「……どんな顔だ?」
「んー、なんて言えばいいかな。悲しそうな顔?」
「そうか? 別に悲しくなんかないぞ」
「ねえ……今までずっと聞けなかったんだけど、祐は……お姉様のこと嫌い?」
アルの姉であるエルのことか……。
そりゃあ当然―――。
「まあ、記憶に無いが、エルに精神支配されてここに連れてこられたからなぁ……好きになるのは難しい」
「うん、そうだよね……ごめんなさい……」
「アルが謝ることじゃないだろ」
「でも、お姉様がしてたことを知ってて止めなかったから、私にも責任があるの」
「そうなのか……。なあ、エルはどうしてこんなことをしたんだ?」
この際だから、かねてからの疑問をぶつけてみた。
「だってそうだろ。オリンピアのために将来性のあるレイン使いを集めてる、ってのは聞いたが、それなら普通に勧誘すればいいだけだ。世間的にも人気のエルフからの勧誘なら、勝利報酬もあいまって魅力に感じる人は多いはずだ。わざわざ精神支配なんてする必要は無かった気がするぞ」
俺だって普通に勧誘されれば前向きに考えてただろう。
なぜこんな強引な方法で集めたんだ?
「それはね……お姉様は人間のことを信用してなかったんだと思うの」
「信用? 信用してないから精神支配して操り人形にしたのか?」
「うん。お姉様はアース―――いえ人間にね……裏切られた記憶があったから、支配して導くのが良いと考えたんだと思うの」
裏切られた記憶? なんだか妙な言い方だな。
それに―――。
「『導く』ってどういうことだ?」
「この状況でこんなこと言っても信じてもらえないと思うけど、お姉様はお姉様なりに人間を守ろうとしてたの。でも、やり方は間違っていた……。だからごめんなさい……」
アルは微かに目に涙を浮かべて謝罪する。
そんなこと言われたって、エルに対するわだかまりは消えない。
でも、少なくてもアルは心から申し訳なく思っているように感じられた。
今日がエルフの月に滞在する最終日。
明日の今頃は帰途につくために宇宙船に乗っている頃だろう。
アルと話すのもこれで最後かもしれない。
振り回されてばかりの日々だったけど、今思えばアルのおかげで不安を感じずに楽しく過ごせた。
だから最後くらいは気持ちよく終わろうと思う。
「もういいよ。少なくても俺は許す。だからもう謝らないでくれ。これからは前を向いて歩いて行こうと思う。だから、お前―――いやアルもそうしないか?」
「祐……ありがとう」
アルはそう言って、涙を拭いながら笑顔をみせる。
その笑顔は可憐がよく見せる、向日葵が咲いたような美しくまぶしい笑顔だった。




