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エルフ・オーク・ドワーフは宇宙人だった  作者: ふじか もりかず
第二章
30/45

帰還3

 今から34年前、月は4つに増えた。

 元から存在した月と同じ外観・規模の月が3つ出現したのだ。

 それは人類が初めて遭遇した宇宙人の住む星だった。

 エルフ・オーク・ドワーフの3種族がそれぞれの月を住処すみかとし、それらの月は単純にエルフの月・オークの月・ドワーフの月と呼ばれている。

 月には地球の様な大気が存在しないため地表に住むのではなく地中に拠点があると言われているが、詳しい事は分かっていない。

 3種族の人口や普段の生活の様子なども不明だ。なぜなら、それらの情報を話す事を彼等は嫌うからだ。

 3種族の月を訪れた人間は存在せず、長い間謎のままだった。


 しかし、それは過去の話となる。





 不思議なメロディーが流れる。

 心地良いリズムを刻みながらも、どこか引っかかりを覚える音調。

 途中途中で挟まれる電子音の様なものに違和感を感じる。

 その違和感が強引に意識を覚醒させる。


 あさひ祐は目を覚ます。


 寝起き直後のまどろみは、今も鳴り続けるメロディーにかき消され、無理やり起こされてしまった。

 ベットの傍にあるテーブルに手を伸ばす。

 置き時計のボタンを押すと音が止まり、静寂を取り戻す。

 二度寝する気には全くならなかった。あのメロディーのせいだろうか。

 俺はベットから起き上がり、洗面所へと向かう。

 寝室もそうだが、ここはかなり広い。

 廊下を歩く途中にいくつも扉がある。寝室、リビング、客室が2つ、洗面所付きの浴室、トイレも2つ、サウナ室、トレーニング室、物置部屋に着替え専用の部屋まである。

 宿泊したことは無いが、一流ホテルのスイートルームでもここまでのものはそうそう無いのではないか。

 この部屋すべてが自分専用らしい。

 らしいというのは、まだ実感が無いからだ。

 4,5ヶ月ここに住んでいたらしいが、その記憶がない。

 何もかも覚えていないにも関わらず、部屋の配置を知っている。設備の使い方も分かっている。

 実感が無いくせに理解しているため、ここ何日かは奇妙な感覚を何度も味わっている。


 顔を洗い終えてリビングに入る。


「コーヒー、ブラックで」


 俺の声に反応してコーヒーが注がれたカップが現れた。

 カップを受け取り、一人掛けのソファーに座る。

 俺は頭の中で「アクセス」と唱える。

 すると視界の左側にメニューウィンドウが展開された。

 気づけば耳に付けられていたピアス。

 それを付けているとこの機能が使える。そのせいで外せない。

 視線をメニューに固定しながら、「今日の予定」とイメージする。すると今日一日のスケジュール画面が表示された。


 7:00   アルと朝食

 8:00   アルとお散歩

 12:00  アルと昼食

 14:00  アルとお昼寝

 19:00  アルと夕食

 20:00  アルとの自由時間


「なんじゃこりゃ……」


 俺は頭を抱えたくなる衝動に駆られる。

 自由時間が自由じゃない……。

 スケジュールは当然自分で編集することができるが、権限があれば他人が介入することも出来る。

 こんなスケジュールを組んだ覚えは無い。誰が組んだかは考えるまでもない。

 俺は「時刻」をイメージする。現在の時刻が表示された。


「間に合わん……」


 今から急いで着替えて食堂に向かって走っても5分程遅れるだろう。

 無視することもできるが………仕方ない、行くか。

 俺はメニューウィンドウを消してソファーから立ち上がり、出掛ける準備に取り掛かった。


 ここはエルフの月。宇宙人が住む星。

 エルの精神支配から意識を取り戻した後、2週間くらいが過ぎた日のことだった。





「おっそーい! 男の子はね、レディを待たせたらいけないんだから」


 食堂の入り口に着くと、そこには腰に手を当てて「怒ってるぞ」のポーズをするアルが待っていた。


「……ああ、悪かった。でもな、勝手に予定組んだのはそっちだろ」


 とりあえず謝っておくが、悔しいので反論もする。


「祐は私のナイトなんだから当然でしょ」


「だ・か・ら、俺はお前のナイトじゃない」


 このやり取り、これで何度目だよ。勘弁してくれ。


「アールー、お前じゃなくてアルって呼んでよ。このやり取りこれで何度目?いい加減覚えてよ!」


 おいおい、それはこっちの台詞だ。


「はいはいアルアル。とりあえず飯食おうぜ」


 そう言って俺は食堂に入り、空いている席へと向かう。


「アルアルじゃなくて、アルだってば~」


 後ろが騒がしいが気にしない、気にしない。


 食事の入ったプレートを受け取り、アルと向かい合って座る。

 今日の朝食は……焼き魚を中心とした日本の一般的なものだ。品数も多くボリューム満点、栄養バランスもきちんと考えられているようだ。

 育ち盛りの身としては、本来は嬉しい。

 だが、実際はそうじゃない。

 料理を一口食べる。うん、やっぱりだ。


(しょっぱいなぁ)


 別の料理は極端に酸っぱかったり、甘かったり、辛かったり……。

 エルフの月で出される料理は美味しくない。

 食事の見た目はちきんとしている。香りも問題ない。ただし、味付けだけがおかしい。


「うーん、おいしい~。日本食って最高だね、祐!」


 目の前のアルにはこれが美味しいらしい……。

 エルフと人間の味覚の差なのだろう。

 少し憂鬱になりながらも、なんとか我慢して腹に収めていく。


 ここにいる人間は俺が知る限り全て日本人だ。この食堂も含め周辺の施設はすべて人間向けに造られていて、快適に過ごせるように配慮されている。

 食事にだけ目を瞑ればここでの生活は悪くない。

 しかし、ここで生活している人間はみんな疑心暗鬼になっていて表情も暗い。

 それもそうだ。なぜなら、エルによって精神支配されて無理やり連れて来られたからだ。

 今から2週間ほど前、俺を含めたここにいる人間は突然意識を取り戻した。

 俺の場合は隣にアルがいて、そっちの事が気になって気が紛れていたが、他の人達は相当混乱したことだろう。

 気が付けば知らない場所にいて、前後の記憶が無いなんてパニックにならない方がおかしい。

 その後、俺たち人間はエルフによって医療施設に連れて行かれる。

 そこで治療を受けながら、大体の事情を説明された。



『エルという名のエルフが、約200人の日本人の学生を精神支配してエルフの月に連れてきた。

 その目的はオリンピアというレイン競技会で、エルフ陣営の勝利のためだった。

 連れて来た人間はレインの才能があると判断された者で、この地で訓練を受けていた。

 そして、エルが精神支配という不当な方法を用いていた事を知ったグラーというエルフが、エルを粛清し、俺たちを解放して保護した』

 さらにオリンピアの詳細な説明もなされ、「改めて君達をエルフ陣営の出場候補者として勧誘したい」と言われたのだ。

 この勧誘を受ければ、改めてエルフ側の陣営に加入することになり、この地で訓練を継続する。滞在中の好待遇と勝利時の報酬も約束される。

 逆に勧誘を断る場合、直ちに日本への帰還を手配すると言われた。


 俺は日本に帰りたい。おそらく他の者の多くもそうだろう。

 元々はエルフに悪いイメージは無かったが、今はそうじゃない。

 エルフに洗脳されて拉致されたようなものだ。今は不信感しかない。この状況で「はいそうですか」とエルフ陣営に加わる気など起きない。たとえオリンピアの報酬が魅力的だとしても。

 ここがエルフの支配するエルフの月であるため、表立って反発して騒ぐ者はいないが、今すぐにでも日本に帰りたいと皆願っているのではないか。


 絶斗、隼人、可憐、供花、雪、あいつらは無事だろうか。はやく会いたい……。



 物思いに耽って箸の止まる俺に、アルが話し掛けてくる。


「あれっ、祐どうしたの?」


 アルは顔を近づけて心配そうな目をする。

 エルフだから当たり前なのかもしれないが、アルは桁外れの美人だ。じっと見つめられるだけでドキドキしてしまう。


「いや、なんでもない。ちょっと考え事してただけだ」


 俺は気を紛らわすように食事に集中する。


「ふーん、考え事ねぇ……。なるほど~そうゆうことね!」


「なるほどって……なんだよ?」


「今日はね~、フレイの森にいっきまーす」


「……なんだそれ?」


「えーっとねー、フレイの森って言うのは―――」


「いや、そうじゃない。何の話をしてるんだ?」


「あれっ、お散歩の話じゃないの?」


 確か今日のスケジュールに「アルとお散歩」ってのがあったなぁと思い出す(勝手に組まれただけで、そんな約束してないが!)。


「散歩か……悪いがちょっと一人になりたいんだ。それは断る」


「えー、わがまま言わないの!」


 どっちがだ!


「他を当たってくれ」


「私、明後日から用事があって、しばらく会えなくなるんだよ。当分一緒にいられなくなるんだから……」


 明後日から用事? 初耳だ(興味ないが!)。

 というか、明後日は希望者が日本に帰還できる日だ。俺もその日にここを離れるつもりでいる。

 アルはエルフで、俺はただの人間の学生。今後はもう二度と会うこともないだろう。

 アルはあのエルの妹……。正直あまり関わりたくない相手だ。

 だが、姉の罪が妹に及ぶわけではないし、アル自体が嫌いなわけでもない。

 むしろその無邪気さと明るさは好感が持てる。

 何故かは分からないが、妙に気に入られてるしな。そんな相手を邪険に扱うのも間違っている気がする。

 俺がエルに支配されていた頃にアルと何かあったのだろうか。記憶が無いからどうしようもないけどな。


「……わかったよ。散歩行くよ」


「やったぁ。今日一日ずっと一緒だね!」


「は? いや、そんなこと言ってな―――」


「何着ていこうかな~。ほら! 早く食べよ!」


 アルは満面の笑みを浮かべながらデザートに手を伸ばす。

 その笑顔は卑怯だ。何も言い返せなくなる。



 俺は「はぁ」と溜息をついて、このおいしくない食事を片付けることにした。




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