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エルフ・オーク・ドワーフは宇宙人だった  作者: ふじか もりかず
第一章
3/45

パートC 支配

 今日もレインの授業が始まる。だが、今日はいつもとは大きく異なる。

 それは―――――。



「これから訓練を始めるが、今日はその前に紹介したい方がいる。エル様どうぞこちらへ」


「ありがとうございます、大黒教官。はじめましてみなさん。色々噂になっているでしょうからご存知かと思いますが、私の名前はエルと申します。このたび、日本政府との友好のため、我々エルフ族を代表してこの第14高校に特別教官として赴任することが決まりました。日本の各高校をまわりながら、レイン操作の指導をすることになります。ここに滞在する期間は短期となりますが、皆様にとって有意義な時間になるようご指導させて頂きたいと思いますので、ぜひよろしくお願いします」


 エルと名乗るエルフの女性が、笑顔を浮かべながら流暢な日本語で挨拶をする。



 フォースウルフのテロ事件から3日経ったが、騒ぎは収まるどころかより激しくなった。その原因は目の前のエルだ。

 あのテロ事件は、エルフが日本政府の要請に伴い、特別教官として各高校で指導を行うことになり、それを察知したフォースウルフが、エルフを狙って襲撃したものだと発表された。

 その現場に偶然居合わせた俺たちは、戦闘に巻き込まれてしまう。

 フォースウルフの構成員は1人を除いて死亡したらしい。俺たちと戦闘を繰り広げた構成員のうち、祐を負傷させた小柄な方は、現在も逃走中だ。


 あの時負傷した祐は、騒ぎに駆けつけてきた警察に保護され、すぐに治療を受けた。

 左腕を切りつけられ出血もひどかったが、その日のうちに傷口の再生も完了し、次の日には退院して寮に戻ってこれた。

 残った俺と隼人も警察に保護され、孤児院にいた可憐・雪・供花と一緒に簡単な事情聴取を受けた後、寮に送ってもらった。


 これで一件落着かと思いきや、そうはならなかった。

 あの時フォースウルフを撃退したエルフの女性が、その翌日から俺たちの高校に赴任してきたのだ。


 クラス毎に行われるレイン訓練に、エルが特別教官として参加し、指導をしているらしい。

 一昨日と昨日は他のクラスを担当し、今日はうちのクラスの番だ。

 すぐに学校中に噂が広まったため、いずれ自分たちのクラスにも来ることは予想していたが、いざその時が来た今でも少し信じられない……。



「すごい綺麗……」


「本物のエルフだ……」


「はじめてみた……」


「うん……」


 訓練室で整列していたクラスメイトがざわつく。

 みんなが動揺するのも無理もない。俺だって3日前に見たばかりなのに未だに信じられない。現実じゃないみたいだ。


「あらっ、あなた、あの時の―――」


 エルがこちらを見て気づく。どうやら覚えていてくれたらしい。

 俺は緊張を隠せずに少し浮ついた声でお礼を言う。


「先日は危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」


「いえ、いいのよ。こちらこそ巻き込んでしまってごめんなさいね」


 お辞儀をする俺に対して、そっと手で制しながら微笑むエル。

 クラスメイトが驚いた顔でこちらを見てくる。特に3つ隣で並んでいた可憐がジトッとした目で睨んでる。なんだよ、意味がわからないし怖い……。



 エルの挨拶が終わると、教官の指示により各自訓練を開始する。

 エルに視られながらなので、いつもと違った空気のなか、日課のブレード・ランス・シールドの型を繰り返す。


 俺はランスが得意で教官からもよく褒められる。

 先日の戦闘でも、明らかに格上の構成員相手に全力のランスを放ち、仕留め切れはしなかったが手応えは感じた。

 ブレードでのカウンターを許さないくらいの速度と強度。あの時の感覚を忘れないように、何度もランスを繰り返す。


 ふと視線を感じて辺りを見回すと、エルがこちらを見ていた。

 目が合うと微笑みを浮かべながら、うなずかれる。

 あの圧倒的なレイン操作をしたエルが、俺を評価してくれたのだろうか?

 初めてエルを見たとき、その美しさに呆然としたが、今でもその気持ちは変わらない。人智を超えた存在。エルフ。宇宙人。

 そもそもなぜエルはこの場にいるのだろう? 人類との友好のため?

 では、なぜ人類と友好を結ぶのだろう?

 エルフ・オーク・ドワーフは人類に様々な技術を提供してくれた。このレインもそうだ。

 じゃあ、我々人類は宇宙人に何かを提供しただろうか? そんな話は聞いたことが無い。そもそも提供する様な物があるのだろうか?


 訓練に勤しむクラスメイトを、温かな眼差しで見守るエル。気が付けば、そんなエルをぼーっと見つめる自分がいた。

 彼女を見ていると、段々と胸が熱くなってく。

 そして、同時に胸がざわつく。


 これが恋? ―――――いや、そうじゃない。断じて違う。そういった感情とは別のもの。


 突き動かされる激情という点は同じ、自分でもよくわからない衝動という点でも同じ―――――でも、違う。


 これは恋とかじゃなく―――――そう、不気味な気配。本能から来る恐れ。つまりは、未知への恐怖。






「それでは本日の訓練はここまでとする。それと、これから呼ばれた者はここに残りなさい」


 訓練時間が終了し、教官が解散を言い渡す。

 続いて4名の名前が呼ばれる。その中に祐と供花の名前があった。4人の共通点は―――成績優秀者か。


「お待ちください。そこの彼もお願いします」


「―――わかりました。絶斗、君も残りなさい」


「はい」


 エルに指名され俺も残される。

 おれのレインランクはD-。先に呼ばれた4名のうち、祐がD+で、供花を含めた残り3名がD。俺はその次のランクだが、俺以外にもD-は2名いた。



「君たち5人は、選抜者候補として選抜試験を受けてもらう。詳しい話は、エル様から聞きなさい。それではエル様、私はこれで失礼します」


「はい、ありがとうございます」


 エルに一礼をして教官は訓練室を後にした。

 既に他のクラスメイトも退出し、ここには俺たち5人とエルだけになる。


「先程の大黒教官からのご説明の通り、レイン技能において特に優秀な方を選抜し、ご指導させて頂く事になります」


 エルは5人の顔を一人ずつ見ながら話し始める。


「各学年、各クラスからそれぞれ候補者を選び、もう1度改めて実技を見させてもらいます。その後、見込みのある方をこちらで選び、最終的に選び出された方々を私が直接指導します」


 突然の話に状況が飲み込めず、場が静まり返る。


 しかし、その中で手を挙げる者がいた―――祐だ。


「質問してもよろしいでしょうか」


「ええ、どうぞ」


「ありがとうございます。もう1度選抜試験があるとのことですが、最終的に何人ほど選ばれるのですか?」


「本当なら1人でも多くの方を指導させて頂きたいと思いますが、各学年、各クラスから優秀な方を集めただけでも100名を超えてしまいます。私がこの高校に滞在できる期間にも限りがありますので、多くても20名くらいが限度だと考えています」


 次に、別のクラスメイトが手を挙げる。


「エル……様は、具体的にどのような指導をして下さるのでしょうか? というより……どうして私たちにレインの指導を?」


「エルでいいですよ。大黒教官や校長先生をはじめ日本政府の方々も、我々エルフ族に敬意をもって接してくださるのはありがたいのですが、私たちとしてはアース……いえ、日本人の皆さんと、もっと友人として交流していきたいと思っていますから」


 母が我が子に向けるような、温かみのある眼差しを向けるエル。


「先ほどの質問に対しても同様の考えです。皆さんが学んでいるレインは、『我々との友好の証』と考えています。―――――レインには『無限の可能性』があります」


 エルがそう言うと、レインを開放する。


 開放されたエルのレインは、床に水溜りを形成する。

 やがて、その形状が変化して、片手で持てるサイズのクマの人形へとかたどられる。


 レインで作られたクマの人形は、エルの目の前を横切るように可愛らしく歩きはじめた。


「日本の皆さんがレインを操作する上で、ブレード・ランス・シールドと3つの型に当てはめ、その精度を上げようとしていることは、とても合理的だと思います。しかし、レインとは本来、使用者の意思のままに姿かたちを自由に変え、様々な使い方ができるのです」


 クマの人形が、その場でジャンプをしたり、肘をついて寝転がったり、と自由に行動する。まるで人形劇のようなコミカルな動きだ。


「レインを戦闘のためだけに使うのではなく、様々な使い方があるのだということを知って頂くことが、よりレインへの理解を深め、私たちと共に『新たな高み』へと到達する第一歩と考え、皆さんにご協力をしているのです」


 最後にクマの人形がこちらに向かって一礼をし、話を締めくくる。


「新たな高み―――」


「ええ、そうです絶斗さん。あなたには期待していますよ。あなたは私たちの探している『特異体』なのではないかと」


「えっ、特異体……?」


 聞き慣れない単語に戸惑っていると、訓練室のスピーカーからチャイムが鳴る。


「時間が来てしまいましたね。選考の日時は改めてお伝えします。今日はこれで解散にしましょう」


 そう言って、エルは訓練室から去っていった。






 それから数日後、俺たちクラスの選抜候補者5名は、放課後に訓練室に呼び出された。


「100人以上はいるな。この中から20人くらいになるのか……」


「そうね。各クラス2~6名くらい選ばれたみたい。やっぱり3年生が多そうだけど」


 同じく候補者に選ばれた供花と会話をしながら、俺は周囲を見渡した。


 各学年、各クラス毎に整列している。

 皆、期待と不安を胸に、その時を待っているのだろう。


 そのなかに、とりわけ目立つ生徒が1人いた。

 その生徒は、3年生が整列している列の先頭にいて、周りを見下したようにニヤニヤと笑みを浮かべていた。


 俺は気になって、供花に尋ねてみた。


「あれって―――」


「ああ、あの人ね。あれが坂下竜也さかしたたつや先輩よ」


 供花が小声で耳打ちしてくる。


「坂下って学年主席の?」


「そう、3年生の中で唯一のランクC+だって。卒業までにBランクに上がるかもって噂になってるよ」


 ランクはA~Eまであり、高校卒業時にDランク到達(D-のこと)が平均とされている。


 世間一般では、Cランクに到達できる者はごく一部の優秀者と言われる。これは在学中の話ではなく、卒業後も含めてだ。


 もし、在学中にCランクに到達するようなら、その者は天才ともてはやされ、将来は約束されていると言っても過言ではない。


 にもかかわらず、あの学年主席は現時点で既にC+。

 これは、異次元の天才としか言いようがない。


 Bランク到達者は、一騎当千級のレインの達人と言われ、日本で公表されている人数は7名しかいない。世界でも100名を少し超えるくらいだ。

 もし在学中に彼がそれを成し遂げれば、我が校の誇りどころか、日本人の誇りとして歴史に名を刻むだろう。



「でも悪い噂もよく聞くよ。なんでも熱狂的なエルフ信者で、自分の考えに異を唱える人を片っ端から敵視して、闇討ちまがいのことをして怪我させてるって」


「よくそれで処分されないな」


「証拠が無いんだって。だからあくまで噂なの。本当かどうか、私もわからないわ」


 まあ、実際に処分されていないなら、やっかみで悪い噂を流されているだけって可能性もあるな。


 彼の容姿は、長髪で金髪という目立つ格好をしている。

 その姿から、エルフに憧れているってのは、間違いなさそうだ。



 それからしばらくして、エルが教官達を引き連れてやって来た。


「皆さん、今日はお集まり下さり、ありがとうございます。それでは―――選抜試験を開始します」


 選抜試験が開始され、3年生から順に10名ずつ呼び出される。そして、順次エルと教官達の前でレインの実技が行われた。




 全員の実技終了後、エルと教官達は一旦退出し、10分後に再び現れた。

 そしてすぐに結果発表となり、合格者の名前が呼ばれる。


「――――――以上の19名が合格者だ。合格者はその場に残り、それ以外の者は退出するように。以上」


 俺は祐を見る。俺の結果は―――不合格。

 エルから直々に候補者の中に入れられたことから、もしかしたら? と思ったが、そうはならなかった。


 しかし、うちのクラスの中から合格者は出た。それが祐だ。


「祐、おめでとう」


「すごいじゃん、祐。おめでとう」


 俺と供花が祝福する。


「ああ、ありがとう」


 祐は、照れて頬をかく。

 1クラス50人。1学年10クラスの総勢1500人の中の19名だ。

 しかもエルフから直接指導を受けられる。

 どんな指導かは予想も付かないが、今後のことを考えると、間違いなくエリートコースが約束されたようなもので、同じあさひ園の出身者として鼻が高い。


 他の合格者の中には、さっき話題に出た坂下竜也の名もあった。まあ当然と言えば当然か。

 不合格だった俺たちは、ぞろぞろと訓練室を後にして、更衣室へと向かう。




 着替えを終えて供花を待つ。今日はこの後、結果を待つ隼人・可憐・雪と合流してご飯を食べる予定だった。


「お待たせ。じゃあ可憐たちと合流しよっか」


「ああ、場所はどうする? というか祐はいつ合流できるかな?」


「うーん、今日はこのまま訓練ってわけじゃないだろうし、軽くミーティングでもして終わるんじゃない」


「そうだな。よし、じゃあメールしとくか。終わったら来るだろ」


「そうだね。ねぇ、今日は祐の合格記念パーティーにしようよ。ケーキとか買ったりしてさ」


「いいなそれ!」


 俺は、祐にその旨のメールを送る。

 その後、他のメンバーと合流してパーティーの準備を進める。パーティーといっても学校のすぐ近くのレストランの個室を借りて、軽い飾り付けと、ケーキを用意しただけだ。

 ただそれでも、皆笑顔でわいわい騒ぎながら、祐を祝福したい気持ちで一杯だった。



 ―――――しかし、寮の門限まで待っても祐は現れず、メールも返ってこなかった。



 仕方なく俺たちは解散して寮に戻る。

 祐のことを心配しながらも、正直たいして気にしていなかった。

 孤児院の頃から一緒に育ってきた兄弟ともいうべき仲間。

 その絆は簡単には切れはしない。おそらく今日は疲れてすぐに寝たのだろう。試験後に合流して食事に行く約束を忘れ、またメールを見るのもうっかり忘れていたのだろう。


 きっと、そうに違いないと―――――。







 翌日、教室に入ると、祐が先に来ていて席に座っていた。


「おはよう祐。昨日はどうしたんだよ」


 俺はいつものように声をかける。


「……ああ、おはよう。昨日か―――悪かったな。疲れてたから、すぐに寝てしまったんだ」


 祐がこちらに顔を向けず、まっすぐ前を向いたまま答える。


「それで―――昨日あの後どうだったんだ。合格者だけ集まって何があった?」


「……何も特別なことはないさ。今後の予定だけ聞いて終わった」


「今後の予定? 特別訓練が放課後にでもあるのか?」


「……いや、この後すぐに開始される。合格者は通常の授業が免除されて、朝から専用の訓練が始まるんだ……」


 さっきから祐がこちらを見ずに、抑揚のない声で淡々と答える。


 何か変だなと思っていると、祐が席を立ち、鞄を持って教室を後にする。


「お、おい。もう訓練に行くのか?」


「……ああ、そうだ」


 廊下を出て歩き始める祐。それを追いかけて、俺も教室を出る。


 そこへ、可憐が登校してきた。

 俺と祐を見つけて、可憐が声をかけてくる。


「やっほー絶斗、祐、おはよう。祐、なんで昨日来なかったのよ! みんな祐のことを祝福しようと思って、待ってたんだからね!」


 可憐が祐の前に立ち塞がり、腰に手を当てて怒ったぞというポーズをする。


「……そうか悪かったな。可憐、どいてくれ」


「なによっ、その冷めた感じ。祐らしくないぞっ、えいっ!」


 可憐が祐の左肩に向かって、弱々しいパンチをしようとする。


 いつものふざけただけのパンチを、祐は左手で受け止め、手を掴んだまま左へ大きく振る。

 手を掴まれたまま引っ張られた可憐は、バランスを崩して、廊下の壁に体ごとぶつかった。


「きゃっ」


「おいっ、祐、なにしてるんだよ!」


「……すまない。先を急ぐんだ」


 祐は俺たちを一瞥いちべつすらせずに、歩き去ってしまう。


 丁度登校してきてその場を見ていた供花が、走りながらやってきて、可憐を抱き起こす。


「ねえ、なにがあったの?」


「供花……。う、ううん、わかんないけど……私が悪いの……心配しないで」


 いつもと違う祐に動揺している可憐を供花に任せて、俺は祐を追いかけた。


「どうしたんだ祐……」


 祐の後を追いかけたが、見失ってしまう。


 祐が歩いていった方向は、訓練室が立ち並ぶ別棟があったので、まずはそこに向かってみる。


 200人は入れる訓練室から30人程度の小さな訓練室まで複数立ち並ぶ別棟の更衣室を、1部屋ずつ開けて中を確かめるが、祐はいない。

 このまま真っ直ぐ進めば、残るは教官の利用する休憩室のみだ。


 なにか、言い知れぬ不安が胸に押し寄せてくる。


 朝から祐の様子がおかしかった。俺たちのことを気にも留めず、いつも軽口を言い合っている可憐にあんなことをするなんて……。

 いや、そもそも昨日からだ。あの後、みんなと合流せず、メールも返さなかったことからしておかしい。


 最後の訓練室を確認しても、祐はいなかった。

 ―――――もう残す場所は、休憩室しかない。


 休憩室に歩みを進めると、休憩室の扉が開いていることに気がついた。

 さらに、何か話す声が聞こえる―――誰かいる。


 俺は物音を立てないようにゆっくりと近づき、話してる内容に聞き耳をたてる。


「まだ支配が完全ではなかったみたいね。いいわ……いらっしゃい」


 この声は―――――エル?


 エルらしき声が聞こえた後、休憩室の中は静寂に包まれていた。


 俺は休憩室の開いている扉の横に立ち、そっと中を覗き見る。


「うぐぐ……ぐっ……」


 休憩室の中には―――――祐とエルがいた。

 エルはこちらを向いて立っており、祐はエルと向かい合っている。二人の距離は近く、まるで抱き合っているみたいだ。


 そして―――――二人は、口付けをしていた。


「ぐ、ぐっ……ぅぅぅ……」


 祐の口からぐもった声が聞こえる。エルから一方的にキスをされているように見えるが、抵抗はしていない。

 ただ、それにしては何か苦しんでいるような気がするが、こちらに背を向けているので、よくわからない。


「!?」


 口付けをしている最中のエルが、こちらを見る。目が合ってしまった。


 エルがこちらを見ると同時に祐の唇から離れ、無機質な笑みを浮かべる。


「あらあら……見たのね。残念だわ……」


「エル、あなたは一体、なにを……?」


「いきなりのことでびっくりするのも当然ね。説明するから、まずはお掛けなさい」


 エルは祐から離れて休憩室の椅子に座り、こちらにも座るように促す。

 祐は立ったまま動かず、こちらに顔を向けようともしない。


 危険を感じるが、祐をこのままにしてはおけない。

 俺は意を決して休憩室の中に入ろうとする。


 部屋に入ろうとする寸前、左側から足音を感じて振り向く。


 その先には―――――供花がいた。

 どうやら祐の様子が気になって、追いかけて来たようだ。


 供花がそのまま駆け寄ろうとする。

 俺はエルに悟られないように、部屋の入り口に半身を隠して、左の手のひらを立てて供花を制止させる。

 それを見た供花は、俺から20mくらい離れた所で立ち止まった。

 供花と目線を合わせ、俺は人差し指を立てて口に当て、「シーッ」というジェスチャーをする。

 供花は困惑しながらも、頷いて言うとおりにしてくれた。


「わかりました。入ります。事情を聞かせてください」


 供花にも聞こえる大きな声で、エルに返事をする。

 俺は供花をその場に残して、部屋に1歩足を踏み入れた。


「残念ね……あなたにも期待していたのに」


 そうエルが呟くと同時に、俺のお腹がカッと熱くなった。


「ぐっ……うあ……」


 い、痛い、痛い痛い痛い………。

 俺のお腹から―――――棘が生えている。


 後ろを振り返ると、後ろの天井から緑色の棘が生えていて、それが俺の背中からお腹を貫いていた。

 斜めに生える氷柱つららの様な棘は、俺の体を貫通していて、大量の血が流れていく。


 尋常ではない熱さと痛みが、体中を駆け巡る。

 こんな状況でも、祐はじっと立っているだけで、こちらを見ようともしない。


 俺は歯を食いしばり、レインを起動する。

 レインが腕から零れ落ち、足元で血液と混ざり合う。


 朦朧としはじめる意識の中で、考える事は1つ―――――供花だ。


(今ここに供花が来たら、間違いなく殺される)


 体を貫いていた棘が引き抜かれ、エルのレインは本人の元に戻っていく。

 おそらく、俺が刺し違えようとして攻撃するのを防ぐためだ。

 出来るなら俺だってそうしたいが、残り僅かに残された時間の中で、あのエルを倒せるとは到底思えない。


 俺は1歩2歩と後ろへ後ずさり、部屋の外に出る。


 止め処なく流れ落ちる血液で、レインが赤く染まる。

 外に出て仰向けに倒れながら、全力でレインに意識を集中する。そして、供花の元へと移動させる。


 立ち止まっていた供花が、こちらを見て悲鳴を上げようとした瞬間、俺のレインが供花の口を塞ぐ。

 供花の顔の下半分に、レインを纏わりつかせ、声を出させないようにした。


 目が霞み、口を開くこともできない。それでも、仰向けに倒れたまま顔だけを供花へ向けて、目で訴えかける。


(にげろ)と。


 供花は涙を浮かべながら俺に近づこうとするが、俺はレインで供花を押すように圧力を掛ける。


「こちらに近づけさせない」という俺の意思が通じたのか、供花は涙で顔がぐしゃぐしゃになりながら、後ずさり、身をひるがえして走り去っていく。



 意識が消えかかっていくなかで、供花、隼人、可憐、雪、そして祐の無事を願った……。






「あらあら、最後に一矢報いることもできなかったのね」


 エルは絶斗が動かなくなると、しばらくしてから立ち上がり、レインを解除した。


「でも本当に残念。あの時のランスは見事だったのに……」


 仰向けに倒れる絶斗に近づくエル。見下ろす位置まで近づき、ふと気づく。



「―――――この子のレインが無い」



 エルは周囲を見回す。しかし辺りは静寂に包まれていた。



《登場人物紹介》

あさひ ゆう


17歳、男性、日本人、185cm、90kg

レインランク:D+

レインの実力は、学年でもトップクラス

ガタイのいい、短髪イケメン、仲間思い


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