パート絶斗
朗らかな春の日、緑あふれる木々の間、周囲より少しだけ高い丘の上に一本の大きな木が立っていた。
その木漏れ日溢れる日差しのもとに腰を下ろす2人。
正確に言えば、腰を下ろすエルフと人間。
エルフの方は人間で言うならまだ17、8歳くらいだろうか。
少女から大人への階段を登る最中の幼さと妖艶さを内包した容姿をしていた。
その見た目はさすがエルフとでも言うべきか、セミロングの金髪は日の光を反射して輝きに満ち、あどけなさの残る顔立ちでありながらも1つ1つパーツは非の打ちようも無いほど整っている。
少しだけ長い耳が人間ではないことを物語っており、肉付きの無いスラリとした体に膨らみかけた胸がいい意味でのアンバランスな美しさを醸し出している。
その隣に微動だにせず座る人間の男性。
エルフの少女が先程から歌うような口調で話をしているにもかかわらず、男性は全く反応しない。
でも、それが2人にとってのいつもの日常。
代わり映えしない光景だった。
少女は言う「いつまでもこんな日が続けばいいね」と。
男は答えない。暗に否定しているのではない。
答えられない。
そんないつもの反応に少女の表情は少しだけ影を落とすが、すぐに「にぱっ」と花が咲くような笑顔に戻る。
少女が願っても得られなかった日常、仮初めの永遠、幸せな日々。
終わりはいつも突然訪れる。
まどろみの沼に光明が差す。
そんな感覚。
俺はゆっくりと目を開ける。眩しい……ただただ眩しい。
久しぶりに目を開けた気分だ。
まるで意識不明で寝たきりになっていた人が突然目を覚ました感覚だ。
でもそれと違うのは、別に体に変化は無いということ。
起き上がるのがつらいとか、自分の体に違和感があるとか……そういったことは一切無い。
試しに腕を持ち上げてみる。
やっぱり違和感は無い……いや、少し違和感らしきものがある……なんだか、俺こんなに筋肉あったか?……元々体格はいい方だったが、より体は引き締まり筋肉が増えた気がする。
そんな首をかしげる俺の横から声が聞こえた。
「あれ、祐どうしたの?」
顔を横に向ける。
そこには見たこともない美少女がいた。
「ん? 本当にどうしたの? 大丈夫……?」
そう言って、心配そうな表情をした美少女は顔を近づけてくる。
「お、おい、なんだ! ちょ、ちょっと待ってくれ!」
びっくりした俺は体を仰け反り距離を離す。
胸がドキドキして破裂しそうだ。
こんな美少女に不用意に顔を近づけられれば、誰でも慌てふためく。
「ってか、君……誰?」
俺は心を落ち着かせながら尋ねる。
しかし、この美少女の反応は予想外なものだった。
「………そう……お姉様、死んだんだね……」
彼女の目から涙が零れ落ちる。
その儚げな美しさに目が離せない。
俺は迷った末に、彼女の目元に指をそっと当て涙を拭ってあげる。
「なんというか……泣かないでくれ……昔から女性の涙は苦手なんだ……」
幼い頃の可憐の涙を思い出す。
「ねえ……少しだけ……少しだけ、じっとしてて」
「……ああ、わかった」
彼女は了解を得ると、そっと俺の胸に顔をうずめる。
そしてさめざめと泣くのだった。
俺は抱きしめるでもなく、突き放すでもなく、ただじっと動かずに胸を貸すことにした。
そして今更ながら1つの事実に気づく。
(エルフ……)
この子の耳は長かった。
木漏れ日の差す小さな丘の大きな木のもとで、俺はしばらくの間この不思議なエルフに胸を貸した。
さわやかなシトラスの香りが鼻腔をくすぐる。彼女の髪の匂いだろうか。密着した体の体温と鼓動が伝わってくる。
本来ならドキドキと緊張が止まらないシチュエーションであっただろう。
でも、少しずつ頭が冷えてきた。
冷静に今の自分の状況が見えてきたのだ。
ここが何処なのか? 彼女は誰なのか? ……さっぱりわからない。
気がつけばここにいた。
じゃあその前は?
記憶があやふやで正確にはわからないが、自分は高校にいたと思う。
そう、あさひ園から一緒の仲間と共に高校に通っていた。
変わらない日常、でも大切な日常。
絶斗・隼人・可憐・供花・雪………みんなは何処だ?……また会いたい。
やがて彼女は泣き止んだ。
顔を赤らめ、泣き腫らした目を擦りながら笑顔を向けてくる。
「ありがとう、祐……」
「俺の名前知ってるんだな?」
「もちろん!」
「……悪い、俺……記憶喪失ってやつかな。正直言うと、君が誰なのかわからない。ここがどこかも……わからないんだ」
「うん、知ってる。祐のせいじゃないよ。むしろ謝らないといけないのは私たちの方なの」
「どういうことだ?」
「んーとねー、どこから説明しようかなぁ……」
頬に指を当て顔を傾ける。
そんな可愛らしい無邪気な態度を見て、俺は自然と顔を綻ばせた。
「あー、笑ったー。もう……馬鹿にしてー」
「悪い悪い。じゃあ、まずはここは何処なんだ?」
「ここ? ここはね、エルフの月よ」
「エルフの月………」
最初の質問から予想外過ぎる回答をされた。
俺はキョロキョロと辺りを見回す。
辺りは一面森が広がっていた。
「信じられん…。というか、俺はどうしてエルフの月なんかにいるんだ?」
「それは……お姉様が連れてきたの」
彼女は少し言い難そうにしながら答える。
「お姉様?」
「うん……エルお姉様のこと、覚えてる?」
そう、そうだ。
エルという名前のエルフのことは知っている。
確か……うちの高校に特別教官として赴任してきたんだっけ……。
学校中の騒ぎになって、噂で持ちきりになったことを覚えている。
その後、どうしたんだっけ………駄目だ、思い出せない。
「ちょっと記憶があやふやだけど、エルという名前は覚えている。お姉様ってことは、君はエルの妹なのか?」
「君じゃなくて、ア・ル。わたしの名前はアルだよ!」
「ああ、アルか。わかった。改めてよろしくなアル」
「ふふっ、あなたに初めて名前を呼んで貰えたわ。やっぱり、祐はわたしのナイトに相応しい」
「な、ナイト~?」
これが俺とアルの本当の出会いだった。
「被検体ナンバー10259、日本人、男性、17歳、レインランクD-。これより起動実験を開始します」
「――――システム異常なし。被検体反応なし。実験を継続します」
「――――システム異常なし。被検体に反応あり、脈拍安定………覚醒します」
目を覚ますとそこは暗闇だった。
体が動かない。どうやら固定されているようだ。
「こんにちは、僕の声を認識できるかね?」
どこからか声が聞こえる。
「………」
「……………応答無しか。本当に覚醒しているのかね?」
「はい、脳波も安定しています」
「ふむ……。もし意識があるなら反応してくれないか?」
「………」
「――――失敗か……」
「一つ質問がある」
「!? ちょっとまて、今しゃべったぞ」
「一つ質問がある」
「なんだ? なんでもいいから言ってみなさい」
「……ここから遠く離れた場所に、俺のレインがある……なんか……変な感覚だ……」
「…………成功だ」