パートY オリンピア・持たざる者
「終わったか……」
エルの死を確認したドワーフのカザドは、瞑っていた片目を開け、感情の篭っていない声で小さく呟く。
「何かおっしゃいましたかな?」
カザドを取り囲んでいた内の一人が問いかける。
「いえ、なんでもありません。それにしても……ホスト国である日本のトップ…小林総理のお姿が先程からお見えになられませんが、いかがされましたかな? 体調でも崩されましたか?」
小林総理の所在など百も承知のカザドだが、意地の悪い質問で返す。
「い、いえ……もうすぐ参られると思います……なにか総理に御用でも?」
「ええ、事前にもお伝えした通り、この後我々3種族から人類の皆様に重大な発表が御座います。その折にはぜひ小林総理にも直接お聞きして頂きたいと思ったのですが……」
「……畏まりました。申し訳ありませんが、少々席を外してもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとうございます」
そう答えると、日本政府の外交官は深々と一礼して急ぎ早に去っていく。
カザドのいる場所は、エルと供花達の戦闘が行われたレストランから少し離れたパーティー会場であり、懇親会と称して3種族の宇宙人と世界会議に出席している各国政府の要人達が立食パーティーにのぞんでいた。
各国には事前に一つの通達がなされていた。
この懇親会にて3種族側から重大な発表がある、と。
新たな技術の提供などの人類にとって明るいニュースの可能性、或いは内政干渉などの宇宙人による静かなる侵略の第一歩となる事を提案されるのか……。
各国政府の要人は期待と不安を胸に、この懇親会に出席していた。
世界中から1000人を超える人が集まっている会場だが、十分なキャパがあるため広々としている。
そんな会場を上から俯瞰すると大小様々なグループに分かれているが、一際大きなグループは3つ。
当然言うまでもなく3種族の宇宙人をそれぞれ取り囲むグループだ。
エルフのグラーを取り囲み、不敵な笑みを浮かべるグラーに対して周りの人々は口々に媚びへつらう姿が見てとれる。
オークを取り囲むグループは、各国の軍関係者が多い。
オーク族は人類との交流は少ないが、高潔で誇り高く、力を持つ者に敬意を払う傾向があると言われている。
取り囲む人々は自国のレイン技術の素晴らしさを自画自賛し、オークの関心を引こうと必死だった。
ドワーフのカザドを取り囲むグループは、主に各国の研究者や技術者が多い。
3種族の中で最もテクノロジーが進歩していると言われているドワーフは、何気ない発言一つであっても決して聞き逃せない。
実際に過去にはドワーフのアドバイスで人類の科学技術が進歩した例がある。
それも一度だけではなく幾度も。
カザドは自身を取り囲む有象無象の言葉を聞き流しながらエルフのグラーとオークに目配せをする。
(さて、そろそろ頃合かのお)
「皆様、そろそろお時間も迫ってきた事ですし、我々3種族からの発表をさせて頂きたいと思います」
「「「おおお―」」」
取り囲んでいた人々が一斉に声を上げる。
「ご希望通りの用意はできております。警備の関係上、記者はこの会場に入れませんが、あちらのカメラを通じて各メディアで全世界同時生中継されます」
新たに配置された日本の外交官が申し出る。
「ありがとうございます。今回の世界会議、日本政府の皆様には大変お世話になりました。心から感謝しております」
「あ、ありがとうございます」
「「………」」
宇宙人からの感謝に恐縮する外交官。それに嫉妬の目を向ける他国の要人達。
3種族はカメラの設置してある会場の上段へと向かう。
人々の群れは波が引くように彼らの通り道を作る。
カザドはゆっくりと歩きながら向かう。そして立派な髭をさすりながら口角を上げる。
(さあ、いよいよじゃ。いと小さきアースどもよ、わしにその輝きを見せてみよ)
今まさに3種族による人類に向けての重大な発表がなされようとする頃、あさひ可憐は日課の訓練を終え、シャワー室から出てきたところだった。
「可憐、お疲れ様」
「ありがとう紀子。そっちこそお疲れ様」
可憐は同級生の井上 紀子からタオルを受け取り礼を言う。
紀子とはクラスが違うため交流は無かったが、最近訓練所で一緒になる事が増えて友人となった。
「ねえ、聞いたよ。ランクD-に上がったんだって?」
「うん、紀子に比べればまだまだだけどね……」
「そんなことないって、おめでとう!」
「ありがとう。でも私、紀子みたいな凄い人たちに追いつけるようにもっと頑張らなきゃ」
「そんな……私なんて……全然大したことないんだから……」
紀子はうつむきながら答える。彼女の癖である左耳のピアスを触りながら。
可憐は紀子を傷つけてしまったと悟り後悔する。
友人となり一緒に訓練をする仲となった二人だが、可憐が紀子について知っていることは少ない。紀子は自分のことをあまり喋りたがらないからだ。
2年7組 井上紀子(可憐は2年5組)。
レインランクはD+で半年程前にエルが特別教官として高校に赴任した際に、祐と同様に選抜者試験に合格した内の一人。
両親とも優秀なレイン使いとして警察官を務めており、将来を期待されるサラブレッドと見られている。
元から才能アリと評価されていたところに、さらにエルからも選抜者に選ばれたとあって、彼女の将来は約束されたと言ってもいい状況だった。
しかし、エルは最終的に3人の優秀者のみを選び、この学校を去る。
坂下竜也・あさひ祐・服部さやかの3人を。
選抜者19名に選ばれたにもかかわらず、最後の3名に選ばれなかった者はどうなったのか。
エルが去った後、残りの16名は皆精神が不安定に陥り、ちょっとした問題となった。紀子もその残された者の内の一人だった。
ある者は夜中に突然発狂し始めて騒ぎになったり、寮の部屋に閉じこもって出てこなくなってしまったり……。
この事態を学校側は重くみて心理カウンセラーを呼び、彼等の心のケアに勤めた。
今ではだいぶ落ち着いて、彼等も授業に参加して普通の生活を送れるようになってはいるが、まだ完治はしていないのかもしれない。
「紀子……」
紀子に言葉を掛けようとした時、学校の校内放送のアナウンスが突然流れる。
「全校生徒にご案内します。全校生徒にご案内します。日本政府の要請により、これから重大な発表があるとのことです。全生徒は速やかにお近くのメディア端末が見れる場所へと移動し、必ず放送を見るようにしてください。全校生徒にご案内――――」
唐突なアナウンスに驚く可憐と紀子。
二人のいる更衣室には他にも生徒が何人かいて、その内の一人がテレビをつける。
スクリーンの先には、エルフ・オーク・ドワーフの3者が映っていた。
可憐は着替えの手を止め、固唾を呑んで見守る。
映像の中では、中央に立つドワーフが温かみのある笑顔で話し始めた。
『全世界の人類の皆さん、はじめまして。この放送は現在日本にて行われている世界会議の会場にて、各国政府のご協力のもと、我々3種族から皆さんに向けて一つのご提案をさせて頂きたいと思います』
可憐は呆然とする。エルフ・オーク・ドワーフの3種族の宇宙人が現れて30数年。今まで宇宙人達は各国との間で協議などを幾度と無く行ってきたであろうが、人類全体に向けての直接の放送などは一度も無かった。
この放送がただ事ではないと理解する。
可憐からしてみれば、宇宙人にいいイメージなど無い。
エルフは祐を連れて行き、隼人と雪はドワーフが連れて行った。
絶斗と供花は行方不明。これはテロ組織フォースウルフの仕業と言われているが、そもそもエルがこの高校に来たせいでフォースウルフの事件に巻き込まれた可能性が高い。
幼い頃からいつも一緒だった兄弟とも言える仲間が皆いなくなって、この高校に残されたのは私一人………。
唇を噛み、ぎゅっと手を強く握る。
これから宇宙人たちは何を言うのだろうか?
胸に不安が押し寄せる。
『これより6年後の2090年において、我々3種族がそれぞれ人類の皆さんと協力して3つの陣営に別れ、レイン戦闘による勝者を決める大会「オリンピア」を開催したいと思います』
オリンピア開催の宣言を受けて、映像の向こうでもどよめきが起こっているのが聞こえてきた。
『細かいルールなどは後ほど確認して頂きたいと思いますが、ここでは基本的なルールをご紹介します。まずレイン戦闘に秀でた方々を我々3種族が勧誘し、いずれかの陣営に属して頂きます。我々が用意する専用の広大なフィールドにおいて、各陣営毎に100名の選手が出場します。彼らによる世界最高峰のレイン集団戦により優勝陣営を決めます。優勝した陣営に属する方々には最大級の栄誉と、我々が保証する特権的地位をお約束します。また、その方々の属する国々にもその人数に応じて格別の配慮をさせて頂きます』
説明が続くにつれ、どよめきがさらに大きくなっていく。
それは画面の向こうだけではない、この更衣室内においてもだ。
そしておそらくは世界中でも同様のことだろう。
「特権的地位? 宇宙人が保証する特権的地位だって?」
「えーすごすぎない? わくわくしちゃうな~」
「選手個人だけでなく、その者が属する国にも配慮があるって……世界のパワーバランスが一転するぞ!」
「……なんか怖くない? 大丈夫かなぁ……」
更衣室にいた生徒達の反応も様々だ。
純粋に大会を待ち望む者もいれば、優勝の恩恵に恐れを抱く者。
可憐は予想外の事態に驚きを隠せない。
それでもこれからのことは大体予想できる。
今後6年間はこの話題で持ちきりとなること、そしてオリンピア後の世界はその結果によって凄まじい変化が起こることだ。
『今後オリンピア開催までの間、我々3種族は世界各地を巡り、各国のご協力のもとレイン技能に秀でた方の発掘・育成に努めたいと考えております。同時に各々の陣営に属して頂ける方の勧誘も平行して行いたいと思います。ぜひご協力をして下さいますようお願いいたします』
ドワーフが話を終えると、盛大な拍手が巻き起こる。
中継が終わって画面が切り替わり、驚きの色を隠せないアナウンサーがオリンピアの内容を改めて話し始める。
「可憐……もしかしてさ……祐君って―――」
「そうね……祐はエルフに選ばれたのかもしれないね……」
「そう、そうだよね……私は『選ばれなかった』のね……」
「紀子……」
紀子は自身を抱きしめながらうつむき、小さく体を震わせる。
やはりエルに選ばれなかったことが紀子にとってトラウマになっているようだ。
私は紀子の体をそっと抱きしめながら別の事を考えていた。
(祐はエルフ陣営に、隼人と雪はドワーフ陣営。3人は争うの……? 絶斗……供花……)
変化する世界に、置いていかれた気分だ。
なんの力も無い私はそれに抗うことすらもできない。
―――――いいえ、違うわ。
今の私はかつて幼い頃に泣いてばっかりで絶斗の後をついてまわった私じゃない。
希望は捨てない。今できることを一生懸命に頑張って、いつかまた昔みたいにみんなと一緒に笑い合うんだ。
諦めない。絶対に。
「ねえ、紀子。来月から私達3年生ね」
「……そうね」
「3年になったら、警察官の予備生の募集が始まるわ」
「うん」
現在の日本では軍隊を兼ねる警察官。
人気の職業で、高校卒業後に警察官を目指す人も多い。
特にレイン技能に秀でた者にとってはエリートコースだ。
高校3年生になると、将来の警察官を目指す者に対して予備生の募集が開始される。
在学しながら警察の仕事を学び、同時にいくつかのテストを受ける。
そのテストの結果により警察官になれるか否かが決まり、また合格者の中から、さらにいくつか設定されているコースへの配属が決まる。
つまり、高い成績で合格すればエリートコースの警察官へとなれる。
可憐は絶斗と供花の失踪後、警察官を目指すことを決め、日夜訓練に明け暮れていた。
「私、予備生に応募する。応募して必ず合格してみせる。今の実力だと厳しいって教官に言われているけど、絶対見返してやるんだから!」
「可憐……」
「紀子も前に言ってたじゃない。両親が両方とも警察官だから自分も警察官目指してるって。ねえ、一緒に頑張りましょ。あなたならきっと立派な警察官になれるわ」
「………うん、私も頑張る。可憐には負けないんだから」
「レインランクで負けてるのは私の方なんだけどね~」
二人で「ふふふ」と笑い合う。
祐・隼人・雪、私……あなたたちにがんばって追いつくわ。
絶斗・供花、私が必ずフォースウルフから救い出してみせるから無事でいてね。
世界が大きく動いた2084年3月25日。
あさひ可憐は改めて決意を胸に秘めるのだった。
― 才能が無いにもかかわらず ―




