パートX 意志を束ねる
「はぁああああああああああああああああああああああああああ」
供花の咆哮が、2つのレインを躍動させる。
禍々しい樹となったエルに向かって、供花の魂が、意志が、一筋の希望の光となって突き進む。
ァァァァァ………アアアアアアアアアアアアアァ――――
エルもまた、叫び声を一段と高く響かせた。
しかし、先ほどとは少し異なる声色を発していると供花は感じた。
なんだか少しだけ……戸惑うような……恐怖を感じているような……。
もしそうであるならば、それは供花にとって好都合。
未知の敵に、その真価を発揮させることなく倒しきる。
供花の足元が揺れる。床から2本の根が生えてきた。
同時に上からは3本の枝が襲い掛かる。
「シールド!」
供花は下から迫る2本の根に対してシールドを展開する。
衝突時の衝撃にシールドが大きく揺さぶられるが、破られずに防ぎきる。
上から迫る3本の枝は、絶斗のレインがすべて弾き返した。
(いける!)
攻撃が止んだ隙に供花は距離を詰める。
アアアアアアアアアアアアアアア――――
更なる攻撃が供花目掛けて押し寄せる。
今度は根が3本に枝が5本。
「はぁああああああああああ」
が、それもまた供花は見事に弾き返す。
そしてさらに距離を詰める。
アアアアアアアア―――ア、ル………ヲォォォ―――ユルサナイィイイイ
巨大な樹となったエルの体全体から、黒い瘴気が溢れる。
樹全体を覆い隠すような瘴気のなかから、大量の枝が襲い掛かってくる。
その数はすぐには数え切れないほど……少なくても20はあるだろうか。
「お、多い……」
供花は思わず後ずさろうとするが、根の残骸に足を取られ尻餅をついてしまう。
「っく、シールド!!」
とっさにシールドを展開する。
しかし、到底防ぎきれるとは思えない。
迫りくる無数の枝。次の瞬間に起こるであろう自身の惨劇に目を瞑る。
ガン!ガン!ガン!ガン!ガガガ、ガン!ガン!ガン!ガン!ガン―――
夥しいほどの衝撃音が木霊し、おさまりかけていた土煙が再度舞った。
供花はゆっくりと目を開ける。
目の前には所々へこみながらもシールドが残っていた。
(助かった……どうして……?)
無事だったことを疑問に思いながらも、シールドを解除して急いで立ち上がる。
そこには、球体を保ちながら浮かぶレインがあった。
「供花、無事か?」
「師匠!!」
土煙ではっきりとは見えないが、後方からクロウの声がする。
「よかった、無事だったようだな。わしはちと動けなくてな……」
「だ、大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫だ。レインでお前のサポートをする。供花……お前が、終わらせなさい」
「はいっ!!」
師匠のレインが私に寄り添うように位置する。
両親のことはよくわからないけれど、まるで父親が寄り添ってくれているみたいだ。こんな状況なのに思わず笑みを浮かべてしまう。
断続的に複数の枝が供花を襲う。
その数と威力は、近づくにつれ次第に増していく。
エルが供花を脅威とみなしているのだ。
しならせて鞭のように迫るものは、シールドで防ぐ。
細い槍のように伸びてくるものは、ブレードで迎撃して軌道を逸らす。
供花1人では捌ききれないものは、師匠のレインと絶斗のレインが弾き返す。
1つも油断できない攻撃に晒されるなか、それでも一歩二歩と少しずつ歩みを進め、確実に距離を詰めていく。
後10mくらい……もうすぐだ。
そこへ頼もしい援軍がやってきた。
「やああああああ」
1本の枝を弾きながら里香が姿を現した。
「わるい遅れた。供花、大丈夫?」
「里香ぁ! って、その頭……そっちこそ大丈夫なの?」
里香は頭を強く打ったのか血を流していて、顔にはべっとりと血が付着していた。
「こんなのどってことない。アンタが絶斗を救いたいように、私は純にぃを救うためにここにいるんだ! さぁ、いくよっ」
「うん!」
私と里香は最後の疾走に入る。
もう止まらない。エルが姿を変える時に見えた結晶……あれがおそらくエルの本体。必ず破壊する。
「「はぁああああああああああああああああああああああああ」」
迫りくる枝を悉く打ち落とし、ついにエルの目の前に辿り着いた。
「私がやる! 供花はサポートをお願い!!」
「了解!」
里香がジャンプするため、腰を沈めて足に力を入れる。
いざ跳躍しようとした瞬間、2人の頭上に無数の枝が集結し1本の巨大な枝の集合体が現れた。
それは今まで打ち払っていた枝とは比較にもならないほどの大きさだった。
「里香!」
「供花、逃げろっ」
今にも振り下ろさんとする枝から避けようとするが、同時に地面から根が生えてきて行く手を阻まれる。
左右を根の壁で封鎖され、前か後ろにしか行けない。
後ろに下がったところで、あの巨大な枝から逃れられるとは到底思えない。
こうなったら、振り下ろされる前に結晶を破壊するしかない。
前へ進むんだ。
チラりと里香を見る。里香も私を見ていて、目が合った瞬間に同じことを考えていたと理解する。
「いくぞおおおお」
「ええ!」
里香が先頭、私がすぐ後ろにつき最後の距離を詰める。
頭上から巨大な枝が振り下ろされるのを感じる。
その圧倒的なまでのスピードと力強さに、嫌でも理解してしまう。
(だ、ダメ……間に合わないっ)
「ラアアアアアアアアアアアンス!!」
背後から光が満ちる。光り輝く閃光が一瞬で私たちを追い越して、瘴気と土煙の全てを吹き飛ばしながら巨大な枝へと突き刺さる。
私たちを易々と捻り潰す筈だった枝は、それを遥かに上回る閃光によって粉々に粉砕された。
「後は頼んだぞ、フォースウルフ……」
後ろで人が倒れる音がする。
おそらく今のは、五条麗華さんだ。
師匠の銀光よりも数段輝きが強かった。
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――
エルがかつてない叫び声を上げる。
皆のおかげで得たチャンス。私一人では絶対に不可能だった。
必ず倒す、倒してみせる!
「バンカァ――――」
理香が幹に左手を合わせる。左腕の下から里香のレインが刺突槍の形状を保ち、勢いよく射出された。
里香のレインは幹の表面を削り大穴を空けるが、まだ足りない。
「ラアアアアアンス」
入れ替わるように私が全力のランスを打ち込む。
里香の空けた穴をさらに深く削り、広げる……が、まだ足りない。
結晶が見えない。
「二人とも離れなさい! ディス・インテグレート!!」
師匠の声を聞き、幹の左右に飛び退く2人。
銀光を纏ったレインが、広がった穴に突き刺さる。
直撃した先には……結晶が見えた。
しかし、結晶が損傷している様子がない。
「まだだ! まだ、後一撃足りない」
里香が悔しそうに叫ぶと、再度接近しようとする。
だが、近くの根から生えた蔦が里香を拘束した。
その蔦は私にも絡まり身動きが取れなくなる。
そうしている間にも、開いた穴が少しずつ塞がっていってしまう。
「くそおおおおお」
里香が懸命にもがくが、拘束は緩まるどころか徐々に強まっていく。
そんな絶望的な状況のなかで、私は勝利を確信していた。
「エル、これでトドメよ。いけええええ―――――――――――」
絶斗のレインがその形を槍へと変化させる。
塞ぎかけていた結晶の見える幹の穴に、最後の一撃を突き刺す。
ズドオオオオオオオオオオオオオオオン
絶斗のランスが、結晶を木っ端微塵にぶっ壊す。
結晶に絶斗のランスが突き刺さる瞬間、少しだけ光った気がした。
結晶が砕かれた途端、樹全体が霧散する。
枝も幹も根も蔦も、すべてが幻想であったかのように崩れていく。
まるでなにもなかったかの如く、閑散としたレストランの室内に戻った。
唯そこには、夥しいほどの破壊の後だけが残っていた。
土煙が止むと、幹のあった場所に横たわる裸の女性がいた。
身体中がひび割れていて、砂のように崩れ落ちていく。
これがエルの……宇宙人の最後だと理解した。
「エル、純にぃ……ひかり純はどこ? アンタが支配して無理やり連れて行った人はどこにいるの? 答えなさい」
里香が問う。
「……………無事よ。エルフの月にいる……」
エルは、安らかな顔をしながら答えた。
私も尋ねる。
「あさひ祐もエルフの月にいるの? それとあさひ絶斗はどこ? あなたが絶斗も攫ったの?」
「……祐はアルに……」
「アル? ……絶斗はどこ? 知ってるの?」
「…………オーク」
「オーク……? 絶斗はオークの所にいるの?」
「マザー……ア……ル……ご……め……」
エルの体が崩れる。
そこにはもう、なにも無かった。