パートW 意志の力
「これが……エルフ……宇宙人の本当の姿なの……?」
供花は無意識に一歩二歩と後ずさる。
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ―――
絶世の美の象徴とも言える『エルであったもの』は、今や怨嗟の声を響かせる呪いのシンボルと化していた。
巨大な樹でありながらも、受ける印象は「朽ちている」の一言に尽きる。
全体的に黒ずんでおり、所々から不気味な瘴気を撒き散らしている。
悲鳴とも呪いの言葉とも取れる音を発し、レストラン内の壁に反響して木霊する。
本能が……心が……恐怖を抑えられない。
「師匠! なんだこれは!?」
里香が叫ぶ。
「…………マザーアクセス……だと………。ありえん! そんな筈は……」
クロウは、里香の問い掛けにも反応せず呆然としている。
「隊長……」
クロウ部隊の隊員も、狼狽したクロウを初めて見て困惑する。
そんな言葉も耳に入らないのか、クロウは急ぎ早に声を上げた。
「総員撤退だ! 最優先は小林総理の安全! 私が殿を勤める。供花と里香、それに麗華君、君たちも逃げなさい! 君たちをここで失うわけにはいかない」
クロウの判断に戸惑う小林総理と供花・里香。
しかし、クロウ部隊の隊員は即座に行動を開始し、小林総理とクロウの盾となるようにして前に出て防御姿勢を取る。
五条麗華も行動は早かった。彼女の最優先事項は総理の護衛。
状況の理解ができずとも、小林総理を庇いながら生き残った少数の護衛部隊と共にレストランの入り口へと駆け出す。
「供花! 里香! エルから離れるんだ! これが……あの御方がおっしゃられた開放形態であるなら……わしらだけでは手に負えない。一線級のレイン使いが50人は必要だろう」
クロウが再度声を張り上げる。
いつも冷静で余裕ある態度のクロウが焦っている。
その様子が只事ではないことを如実に表していた。
供花も里香も反論をせずに従い、エルに背を向けて走り始めた。
アアアア…に…アアア…が…アアア…さ…アアア…な…アアア…い…ィアアア、ッアアアアアアアア
供花は背後に不気味な気配を感じて、後ろを振り向く。
背後ではエルだったものが、枝を鞭のようにしならせながらガクガクとその巨体を振動させていた。
なにか……まずい
このまま逃げられるの?
どうすればいい?
わからない
響き渡る怨嗟の叫び声のなかに、なにか……なにか違う音も聞こえ始めた。
ゴゴゴゴゴ、ガガガガガ―――
なにっ? この音はなに? なんの音………?
なにかを、削る音………?
底知れぬ恐怖がこの場を支配する。圧倒的なまでに。そして無慈悲に。
叫び声と奇妙な音が一瞬止む。
そして次の瞬間、爆発音が複数発生した。
バァン、バァン、バァン、バァン、バァン、バァン、バァーン
「きゃっ」
いきなり側面から衝撃を受けて弾き飛ばされる。
「え……絶斗……?」
突然、絶斗のレインが勝手に動き、供花を突き飛ばしたのだ。
床を転がりうつ伏せに倒れる。
顔を上げると、視線の先には総理の護衛部隊の1人が、床を突き破って地面から生える根に、下から串刺しにされていた。
あの奇妙な音は、複数の根が地を這う音だった。
あの爆発音は、その根が床を突き破って地面から生える際の音だった。
土煙が舞うなか、供花はさっきまで自分がいた場所を見る。
そこにも禍々しい瘴気を纏った根が、地面から生えていた。
あのままあそこに居たら、私も串刺しにされていた!?
(そっか、絶斗が守ってくれたのね……)
供花は絶斗のレインにそっと触れ、立ち上がる。
土煙のせいで視界が悪い。
里香……師匠……隊員のみんな―――無事なの!?
土煙の向こうで誰かの苦しむ声が聞こえる。
それも1人ではなく複数。どこに誰がいるのかわからない。
微かに光が差している方を見る。それはレストランの窓だった。
最初に私がガラスを破壊して入ってきた窓だ。
でもそこからは出られない。
なぜならば、窓を塞ぐ形で、地面から根が生えているためだ。
おそらくは、レストランの出入り口も同様に塞がれているのだろう。
エルは―――――私たちを逃がす気が無いのね。
絶望が心を満たす。
人類を超越するテクノロジーを持つ
想像を遥かに超える化け物、宇宙人
絶斗を助けることもできず、可憐・雪・祐・隼人と再会することもできずに―――――私はここで死ぬの………?
膝が震える。冷たい雫が頬を伝わり落ちていく。
動けない。いいえ、動く気になれない。
みんな…………こわいよ……たすけて……。
ガァァン!
顔のすぐ近くで衝撃音がした。
同時に発生した風圧に押され、よろける。
ガァァン!
今度は逆側から生じた。
またもよろけるが、痛みは無い。身体は無事だ。
ガァァン!ガァァン!ガァァン!
衝撃音が続く。私の周りで起こっている。でも私はなんともない。
ガァァン!
見えた! 無数の枝が、私を襲っているんだ!
枝が伸びて、鞭のようにしならせながら何度も私を狙ってきている。
一発でも当たれば、私の身体なんて簡単に宙を舞うだろう。
それを―――――絶斗のレインがすべて打ち返していた。
ガァァン!ガァァン!ガァァン!ガァァン!ガァァン!ガァァン!
暴風のように迫るエルの攻撃を、絶斗のレインが、まるで絶斗の意志がそうさせているかのように、悉く弾き返して私の身を守ってくれている。
絶斗…………。
ごめんね、ずっと私を守ってくれていたのね……。
絶斗……何処にいるの?……無事なの?
ごめんね、私……諦めかけてた。
弱い私……幼い頃から一緒だったんだから知ってるでしょ?
いつもの強気な態度はどうした? って言われそうだけど、本当の私……知ってるでしょ?
弱くて寂しがり屋で素直じゃない私……知ってるでしょ?
でもね……今は勇気が湧いてくるの。なんでかな。
絶斗がそばに居てくれる気がするからかな。
私―――――あなたに会いたい。
必ず見つける。うん、必ず見つけるんだからっ!
迫りくる一際大きな枝。恐怖の化身。
絶斗のレインが私を守るように迎撃する。
私はそのぶつかるタイミングに合わせて、渾身のブレードを放つ。
「ブレード!!」
2つのレインが1つに重なり合って、同時に枝に激突し、断ち斬る。
私は一人じゃない!
ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
枝を断ち斬った瞬間、悲鳴のような声をエルが発する。
さっきまで襲い掛かってきた無数の枝が一斉に引いていく。
「里香! 師匠! みんな、生きてる~?」
返答は無い。でも、あちらこちらから物音がした。
構わず私は続ける。
「私は絶斗が生きていると信じてる! そしてあさひ園のみんなとまた会いたい。会っていつもみたいに他愛も無いこと喋って、可憐とお洋服交換して着せ合ったり、雪と小説の話で盛り上がったり、祐をからかったり、隼人の絵を見せてもらったり、そして……絶斗とはレインの模擬戦したり………だから、ここでは死ねない。死ぬわけにはいかない!」
仲間との楽しい日々を思い浮かべる。
みんなとだったら、なんでもできる気がする。
「エルは出入り口を封鎖しているわ。窓からも出られない。だから、覚悟を決めるしかない。私は生きて、絶斗を探し出す! そのために、エルを倒すわ! みんな、もうちょっとだけ無事でいて!」
意志を示す。心の力を示す。
私は迷いを振り切って駆け出す。エルに接近していく。
決意を胸に走る私の左には「私のレイン」、右には「絶斗のレイン」。
あふれる勇気にその身に帯びて、あらん限りの力で咆える。
「はぁあああああああああああああああああああああああ」