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エルフ・オーク・ドワーフは宇宙人だった  作者: ふじか もりかず
第一章
22/45

パートV マザーアクセス

 左腕を失い、首筋からはおびただしいほどの出血が続くエル。

 これが人間ならばもう助からないだろう。

 ショック死をしていてもおかしくないレベルだ。

 しかし、エルはそんな自身の致命的な怪我になど気にも止めず、呆然と供花を見つめていた。


「レ、レインが…2つ……え……そ、そんなことがありえるのか!?」


 驚愕の表情を浮かべ呆然と立ち尽くすのはエルだけではない、五条麗華もだ。


「こ、これは……」


 小林総理も目の前の事態に理解が追い付いていない。


 一方、クロウ隊長とその部下たち及び里香と供花は、慌てることなくエルの動向を伺っていた。


「…………特異体。あさひ供花は特異体能力者だったのね……」


 エルは誰に確認するまでもなく、自分自身に言い聞かせるように独白する。


 返答を期待していなかった独り言に、あえてクロウは答えた。


「そうだ、供花は特異体だ。わしらは『デュアルマインド』と呼んでいる」


「『デュアルマインド』……思考を切り離せるのかしら……? そんなことがアースに可能だとでも?」


「普通の人間には無理だな。だが、現に供花はそれをやってのけている。2つのレインを同時操作できる特異体能力……さあ、どうするエルよ。あの子に世界の常識は通用せんぞ?」


 そんなクロウの挑発にも眉一つ動かさず平然とするエルだが、視線は供花とその「2つのレイン」に固定され微動だにしない。


 突然エルの体に変化が訪れた。


 今なお続く首筋と左肩からの出血は突如止まり、地面に流れ落ちた大量の血液と切断された左腕はその形を流体金属へと姿を変え、エルに元へ再び戻り始める。


 そしてエルの体が一瞬光ると、傷一つない美しい身体へと戻っていた。


「!? 師匠!」


 供花が叫ぶ。


「………うむ、そう易々と決着はつかんか……」


 師匠と呼ばれたクロウも、苦虫を噛み潰した表情をしながら自身のレインを足元へと呼び寄せる。

 そこに麗華が声をかける。


「私の時もそうでした。フォースウルフの皆さんが到着する前に一戦して胴体を両断しましたが、気づけば元通りに……クロウ隊長、エルは……いえ、宇宙人は、不死身なのですか?」


「………いや、不死身はない。やつらも不老不死は否定している」


 クロウは断言する。

 その会話に里香が横から口を挟む。


「そんなこと言ったって、今実際に致命傷を負わせたのに、すぐに回復した。これじゃあ手の打ちようもないだろ!!」


 そんな会話をしていた面々に対し、エルは無表情のまま動いた。


「供花!」


 里香が叫ぶ。

 エルは他の者など目に入らない様子で供花のみを見つめ、供花に襲い掛かる。

 エルの足元から細い枝のような形状をしたレインが伸びていく。

 その先には供花。

 細い枝はまるでランスのように鋭く尖っていた。


「絶斗!」


 供花は大声を上げ、体はエルの正面を向きながら後ろへと飛ぶ。

 供花の両足の近くに待機していた2つのレインのうち、右の1つがエルのレインとぶつかる。

 エルのレインは大きく勢いを削がれたが、それでもまっすぐと伸び続け、供花へと迫った。


「ブレード!」


 供花は左側にあったレインを操作し、ブレードを放つ。


 ギィィィィン


 横から打ち付ける形となったブレードがエルのレインの軌道を変え、供花の横を通り過ぎていく。


「行って!」


 供花の声に従うかのように、最初にぶつかったレインが地を走り、エルに向かっていく。

 そして、エルに1mまで近づいたタイミングで、上へと突き上げるようなランスへと変化した。


「……」


 エルは下から突き上げてくるランスに対し、両腕で胸を守るように交差させ、横にジャンプすることで冷静に避ける。

 が、その際に完全には避けきれずに供花のランスがエルの横腹を掠め、血が飛び散る。


 それでもエルは自身のレインを戻さず、供花に再度攻撃を仕掛けた。

 供花の左斜め後ろにあったエルのレインが、その形状を太い棒へと変化し、供花の体をなぎ払うようにスウィングする。


「くっ」


 供花はシールドでは防ぎきれないと直感的に判断し、回避を選択する。

 ブレードを放った後のレインを自分の両足に移動させ、まるでスニーカーのように踝から下全体を覆う。


 そして、横に向かって大きく跳んだ。


 跳躍の際、体の筋肉だけではなく足を覆うレインの補助も得ることで、5m近い距離を一瞬で跳んで見せたのだ。


 さっきまで供花がいた場所を、エルのレインが通り過ぎる。

 回避に成功したのだ。


「きゃっ」


 しかし、エルの攻撃を避けようと全力で跳んだため着地に失敗し、レストランの床にゴロゴロと転がってしまう。


 エルからすればさらなる追撃のチャンスだったが、クロウのレインが供花を守るように間に入ってきたため、攻めを断念して足元へと戻し、そのままエルに更なる攻撃をしようとしていた供花のレインを打ち払う。


 供花はゆっくりと起き上がり、自分を守っていたレインとエルを攻撃していたレインの2つを両サイドの足元へと戻し、待機させる。


 これで振り出しに戻った。

 一連の戦闘を眺めていた麗華は驚きが隠せなかった。


(信じられない……これが特異体なのか………。本当に2つのレインを同時操作している……)


 2つのレインを交互に操作するのではなく同時に操作することなど常識から考えてありえない。

 しかし目の前の現実に納得せざるを得ない。


(まだ1つ1つのレインの操作能力には甘さがあるように見える。速度も強度もエルには及ばない。しかし、片方のレインで相手を攻撃し、もう片方で自分を守る使い方は、考えようによってはシュバリエを超える可能性を秘めているのではないか……?)


 特異体能力者「あさひ供花」の大器の片鱗を見せていた。



「………なるほどな」


 クロウは目を細め独り呟くと、小さく頷いた。

 そして麗華に問う。


「五条麗華君。私たちが到着する前に君がエルと戦闘を行った際、君がエルの体を両断したと言ったね?」


「はい。それがなにか?」


「両断したのは胴体で間違いないね?」


「え、ええ。そうです」


「その時、エルはどういう行動をしていたのかね?」


「どういう行動? すみません、何をおっしゃっているのかわからないのですが……」


 麗華にはクロウの突然の問い掛けの真意がわからなかった。


「これはわしの予想なのだが、君がエルの胴体を両断した時、エルは胸を守ろうとしていたんじゃないのか?」


 クロウの予想に麗華は驚く。

 そういえば、確かにエルは―――――。


「そ、そうです。確かにエルは胸の前に両腕をクロスさせて自分自身を抱きしめるような態勢を取りました。なので私はがら空きの胴体を狙ってブレードを放ちました」


「やはりそうか………。供花! 里香! そして皆も聞きなさい。エルの胸を狙うんだ。宇宙人が不死身の肉体を持っているなら、そもそも防御などする必要はないはずだ。にもかかわらず、先ほどからエルはある程度レインを防御に使用していた。おかしいとは思わんかね?」


 クロウの言葉にこの場にいた全員が驚く。

 それと同時に納得もしていた。

 エルは胴体を切断されようが、腕を落とされようが、首筋を斬りつけられようが、すぐに何もなかったかのように再生してみせた。

 痛覚も無い様子で苦しんでさえいなかった。

 普通の人間ならどれも致命傷であるこれらのダメージすらエルには効果が無いのであれば、エルは防御など一切する必要は無く、唯ひたすら攻撃のみに専念すればいいはずである。


 でも実際は、エルは防御にもレインを使用している。


 その答えは―――――。


「宇宙人に心臓があるのかは知らんが、まずはそうゆう物があると仮定して狙ってみようか。さあ、どうするエルよ」


 クロウの台詞に、麗華は突破口を見つけた気がした。

 麗華は胸に手を当て、大きく深呼吸をする。


(まだ万全にはほど遠いけど少し回復してきた。全力の一撃を一発程度ならいける!)


 クロウ・供花・里香も改めて構えを取る。


 狙うはエルの胸部。


 エルは、クロウと麗華の会話を表情を変えずに静かに聞いていた。

 そして今にも再開されそうな戦闘を前にして、ふいに天井を見上げそっと目を閉じる。


 この予想外な隙だらけの行動に、逆にクロウたちは動けないでいた。


 なにかがおかしい―――――。


 レストランの室内なのに風が吹いた気がした。


 なにかがおかしい―――――。


 人智を超える美の結晶。エルフ。

 そのガラス細工のようなか細く美しいエルの喉が、唇が、少しだけ動く。

 まるで木漏れ日溢れる木々の奥から妖精が軽やかに歌う姿が頭の中に浮かぶ。


『真実と向き合う覚悟はあるか?』


 供花には何処からかそんな声が聞こえた気がした。



 エルが声を発する。奇妙な一言。決定的な一言。



「マザーアクセス」



「フレイの森。2682991-8653345

 女王の騎士にして栄光の象徴エル

 されど心は憎しみに染まり、すべてを破壊する復讐者」



「マザーアクセス」



「モード―――――カオストレント」



 突如エルの体が弾ける。

 美しき体が見るも無残に破壊され、バラバラになった肉片が辺りに飛び散る。

 体のあった場所に残るのは、宙に浮かぶ1つの小さな結晶。丁度、胸の辺りに位置していた場所だ。

 散らばった肉片は、まるでレインのような流体金属に姿を変える。

 その流体金属が結晶に引き寄せられるように徐々に集まっていく。


 新たに再結成される塊は、予想外なものだった。



 1本の巨大な樹。


 レストランの床を破壊して地面に深く根を張り、幹が結晶を覆い隠し、枝がレストランの天井を突き破る。

 無数の枝が生えるがそこには葉は一つも無い。

 エルだったモノは、樹齢1000年は超えるであろう巨大な1本の樹へと姿を変えていた。



 そこには美しさも壮大さもなく、禍々しさのみがあった。



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