パートQ もう一つの戦い
隼人・雪・キャシー・マイクの4人は、ドワーフのカザドに連れられ、世界会議の行われている日本を訪れていた。
観光気分で日本を満喫する4人だったが、隼人・雪と同じ高校で学年主席として有名な坂下竜也に偶然出会う。
坂下と一触即発の事態に陥るなか、突然キャシーは呆けた声を発する。
その声の先には、空から降下する複数の物体があった。
「なんだありゃ?」
マイクが気の抜けた声で言う。
「さぁ……?」
雪は不思議そうに呟く。
「きゃああああああああああ」
落下する物体から悲鳴が聞こえる。
その悲鳴に、どこかで聞いたことのある声だ、と雪は感じた。
だが、それ以上は遠すぎてよくわからない。
よくよく見てみると、誰かがパラシュートで降下してくるようだった。
パラシュートは6つ。
ここから少し離れた所に降りていく。
「まずい、あそこにはエル様がっ!」
坂下竜也は焦った声で叫び、パラシュートの元へと駆け出す。
「エル? ちょっとまて坂下、いや坂下先輩。今エルって言いました?」
隼人が坂下を進路を遮り、問いかける。
「黙れゴミが、殺すぞ!」
坂下は即座にレインを展開し、隼人に向けてランスを放つ。
「うぐっ……」
とっさに避ける隼人だったが、完全には避けきれずに左腕を掠めていた。
隼人の左腕から血が飛び散る。
腕を押さえてうずくまる隼人に対して、坂下はなおも追撃しようとする。
「やめろっ!」
隼人を助けるため、マイクのレインが坂下に向かう。
「邪魔をするなっ、蛆虫どもが!」
坂下は後ろに飛び、マイクのレインから距離をとった。
そして今度はマイクに対してレインを向ける。
しかしそれよりも早く、マイクのレインが坂下へと襲い掛かる。
マイクのレインは、ハンドボールくらいのサイズの球体を保ちながら、坂下の側面へと迫った。
坂下は後ろに下がって回避する。が、マイクのレインは坂下を通り過ぎた後、さらに軌道を変えて、再度攻撃を継続する。
「ちっ、シュバリエか。くだらねぇ」
坂下は舌打ちをしながらマイクの攻撃を避け続ける。
前後左右と次々に軌道を変えて四方八方から攻撃を継続するマイクだったが、坂下はその都度素早いステップで回避し、避けられない攻撃は坂下自身のレインで弾き返す。
「なんてやつだ……」
怒涛の連続攻撃を全ていなす坂下に、マイクは徐々に焦りはじめていた。
客観的に見ればマイクが一方的に攻撃を仕掛け続け、坂下は防戦一方。
しかし、マイクの表情はすぐれない。
なぜなら、最初は避けるのに手一杯な坂下だったが、次第に最小限の動きで回避するようになり、明らかに余裕が生まれ始めていたからだ。
「こんなもんか。お前はシュバリエの域には到達していないようだな……じゃあ、終わらせるぞ」
坂下はがっかりした表情を見せ、マイクに向かって距離を詰める。
「くっ」
マイクは少しずつ後ろへと下がりながら攻撃を継続する。その攻撃は熾烈を極めていた。
マイクのレインの操作速度は素早く、そのほとんどの攻撃が坂下の視界外である背後などから狙ったものだ。
にもかかわらず、坂下は冷静にレインで弾き返し続け、じりじりとにじり寄るように距離を詰めていった。
マイクと坂下の戦闘が継続する中、キャシーと雪は、隼人の傷の具合を見ていた。
「大丈夫だって。少し掠っただけだ。それより、相手はあの坂下だ―――マイク1人じゃ無理だ」
痛みで表情を曇らせながらも、隼人はマイクの心配をする。
「大丈夫じゃないでしょ! 血がかなり流れてるわ。ああ、なんでこんなことに……」
雪はタオルで隼人の傷を押さえながら嘆く。
「とにかく、坂下を止めないと!」
隼人は雪からタオルを取り上げると、強引に腕を縛り、ふらつく足取りで起き上がろうとする。
真っ白だったタオルは、すぐに血で赤く染まる。
「待って、その体で何するの?動かないで!」
キャシーは慌てて立ち上がろうとする隼人を止める。
だが、隼人は自分の事よりも、坂下竜也の危険性を訴えた。
「坂下はやばいんだ。あいつはレインの天才で、高校3年生にして既にランクC+に到達している怪物なんだ」
「えっ、ランクC+って……」
隼人の言葉にキャシーは愕然とする。
ドワーフのカザドにスカウトされる程の才能を認められたキャシーでも、ランクはD+(キャシーの出身国であるアメリカは世界的にもレイン後進国で、キャシーの年齢でランクD+というのは異例の事だった)。さらにマイクはその上をいくランクC-。
隼人・雪という例外も存在するが、ドワーフからスカウトを受けてアトランティスにいる面々は、その誰もが各々のコミュニティでは天才ともてはやされたエリートである。
だが、それすらも凌駕する天才―――坂下竜也。
キャシーからすれば、同年代でそこまでの領域に到達している坂下竜也という存在は、信じられないものだった。
「マジかよ。道理でおかしいわけだ……。たいして年齢も違わないのにこんなにも俺の攻撃を捌ける奴なんて、イギリスにもいなかったぞ」
それを聞いていたマイクは、冷や汗をかく。
攻撃を継続しながら下がり続けるマイク。
その攻撃を捌きながら前に進み続ける坂下。
ゆっくりとだが、確実に両者の距離は縮まっていった。
「雪、隼人をお願い!」
意を決したキャシーは、隼人を雪に任せると、レインを展開して坂下に向かって駆け出す。
「ま、まて! キャシー、来るな!」
マイクがキャシーを制止するが、キャシーは止まらない。
坂下は横目でチラリとキャシーを見たが、無視してマイクへの歩みを進める。
キャシーは坂下までの距離が3mくらいの所まで近寄ると、そこで立ち止まる。そして、自身のレインを体の前に浮かび上がらせた。
さらに浮かべたレインに対して、勢いよく拳をぶつける。
この攻撃は―――ショットガンというものだ。
ショットガンとは、レインの導入に遅れ、かつての世界的な地位を追われたアメリカ合衆国が、その地位の復権を目指して生み出した攻撃形態。
キャシーのレインが拳に触れた途端、突如として爆発し、レインが飛び散る。
飛び散るレインは、1つ1つがビー玉くらいのサイズとなり、無数の弾丸となって坂下に襲い掛かる。
その一粒一粒の威力は大したことないが、数え切れないほどの弾丸となったレイン群を、さながら散弾銃を撃つかの如く対象に浴びせ掛けるのだ。
瞬間火力を求めたが故の射程の短さと、攻撃後の隙の大きさといった欠点こそあるものの、避けることが困難な破壊力のある攻撃方法として、世界的にも評価されている。
キャシーの得意とする一撃必殺のショットガン。
マイクも覚悟を決めて、決め技を放つことにした。
「くっ、ディス―――――」
2人が同時攻撃を仕掛けようとするのを受け、坂下が先に動く。
「はっ、させるかよっ」
マイクのレインに対して、坂下は先んじて攻撃をする。
「ブレード!!」
非常に滑らかで綺麗な斬撃線を描く坂下のブレードが、頭上へと浮かび上がり大技を繰り出そうとしていたマイクのレインを打ち付ける。
マイクのレインは強い衝撃を受け、吹き飛ばされてしまう。
続いて坂下はブレードを即座に解除すると、今度はショットガンを放ったキャシーに対してシールドを展開する。
ガガガガガガガガ、ガ、ガ、ガガ、ガガーン
「えっ、うそーっ」
坂下のシールドは、数多の衝撃音を響かせながらも、キャシーのショットガンを完璧に防ぎきった。
シールドが解除され、無傷の坂下がおぞましい笑顔をキャシーに向ける。
「手加減しないんだったな? じゃあ俺もそうするとしよう」
そう言ってキャシーに手を伸ばす。
キャシーは驚きと恐怖で固まり、動けない。
ショットガンを撃った直後で、レインのコントロールもできないでいる。
ゆっくりと迫る坂下の手がキャシーに届く直前、マイクが体ごと間に割り込んでキャシーを庇う。
「やめろっ」「マ、マイク!?」
「邪魔すんじゃねぇ、雑魚が!」
坂下はマイクの腹に強烈な蹴りを叩き込む。
「ぐっ」
よろめくマイクに、坂下はレインで追撃しようとする。
「やめて―――――」
目の前に起きたマイクのピンチに、今度はキャシーが硬直から解けて、マイクに覆い被さるようにして一緒に倒れこむ。
マイク諸共倒れるキャシーの上を、坂下のランスが通り過ぎた。キャシーが動かなければ、マイクの胸をランスが貫いていたであろう。
「はっ、おもしれえな、お前ら」
マイクを押し倒して上に覆い被さっているキャシー。
その背中を、坂下は足で踏みつける。
「うっ、ぅぅ……」
キャシーから苦悶の声が漏れる。
「や、やめろ……」
坂下はあえてトドメを差さずに、苦しむ2人を見ながらニタニタと笑みを浮かべる。
マイクのレインは15m以上も離れた所に飛ばされていて、流体金属の水溜りを作っていた。
これは、マイクのレインが操作範囲外にあることを示している。
支配可能距離を越えたレインは、使用者のコントロールを失う。それを再び得るには、支配可能距離まで近づいて精神を集中させる必要がある。
つまり、キャシーごと坂下の足に押し潰されているマイクは、レインを操作できる状況でない。
キャシーのレインは近くで水溜りを作っているが、これもショットガンを放って以降動きに変化がない。
ショットガンは一度放つと、一旦コントロールを失うという欠点を持つ。故に一撃必殺の大技だった。
そして、一度コントロールを失ったレインの再接続には、精神を集中させる必要がある。
坂下は足に体重を乗せて、キャシーの背中を思いっきり踏み締める。何度も、何度も―――。
「ぅぅ……ぐっ……」
その度に、キャシーが呻き声を上げる。
こんな状態では、精神集中などできるわけがない。
意志の力で自由に操作できるレインにも欠点が無いわけではない。
その最たるものが『集中できない状況下では、操作能力が著しく低下する』という短所。
そのため、『痛覚』は、単純かつ確実なレイン操作における妨害手段である。
よって、戦闘では先に有効打を与えた方がほぼ勝利を収める。
かすり傷程度ならともかく、苦痛に苦しむ程のダメージを負ってしまうと、その後のレイン操作が困難になるか、若しくは不可能になる。
まさに今のキャシーがその状態であり、それを理解しているからこそ、坂下は勝利を確信して余裕の笑みを浮かべているのだ。
「ま、待て、待ってくれ。もう勝負は着いた……。だ、だから―――」
負傷してふらふらになりながらも立ち上がった隼人は、坂下に降伏を宣言する。
もうこれ以上はやめてくれ、と。
そんな隼人を坂下は一瞥すると、無視して踏んでいる足にさらに力を込める。
「ぃ……ぅぅぅ……」
痛みで苦しむキャシーの呻き声が、強まる。
キャシーの下に倒れているマイクは、意識が朦朧としたまま、力の入らない両手で坂下の足を持ち上げようとする。少しでもキャシーの苦痛を和らげようとして。
「お、おいっ」
隼人がフラつきながら近づこうとするが、それを雪が止める。そして代わりに坂下に言う。
「坂下先輩、ここは世界会議の会場となっている埋立地です。そこら中に監視カメラがあって、間違いなくここの様子もチェックされています。もうすぐ警察が駆けつけて来るはずですよ」
雪は努めて冷静に状況を伝える。
マイクとキャシーが簡単に敗れてしまった今、無力な自分に出来る事はこれだけ。
雪は力の無い自分が悔しくて、唇を噛む。
(力さえあれば―――)
そんな雪の感情を知ってか知らずか、坂下は雪の体を舐め回す様な視線を向けた。
「確かにそうかもな……。俺としても、エル様のもとへ一刻も早く向かわなければならないし……ここで無駄な時間を使う暇は無い」
「じゃあ―――」
坂下の口からエルの名が出る。
裕の状況が気になる雪としては、無視できない言葉だったが、倒れているキャシーとマイクそして怪我をしている隼人の方が今は大事だ。
坂下がこのまま立ち去ってくれることを、心から望んだ。
「だが……俺に歯向かってきたクズどもを、このまま許すと思うか?」
「えっ」
「そうだな……お前、その場で脱げ。裸で土下座したら許してやるよ」
坂下が髪を掻きあげながら言う。
「ふ、ふざけるなっ!」
突拍子も無い物言いに、隼人が叫ぶ。
そしてふらつきながらも、雪を坂下の視線から遮るようにして前に立つ。
「―――じゃあ死ね」
坂下は待機させていたレインを操作し、マイクとキャシーの体の上に浮かべる。その形状は真下に先端を向けるランス。
そのランスをそのまま振り下ろそうとする。その一動作で真下にいる2人は簡単に死ぬだろう。
「ま、待って……わかった、言う通りにするからやめて!」
雪は慌ててそれを止める。
そして、上着の―――ブラウスのボタンを1つ1つ外していく。
そのままブラウスを脱ぎ捨て、次はスカートに手を掛ける。
そんな状況を黙って見ていられる隼人ではない。
「や、やめてくれ……。お、おい、俺が何でもする。だから雪にはなにもしないでくれ!」
隼人が坂下に詰め寄って懇願する。
「黙ってろ、お楽しみを邪魔すんじゃねぇ!」
坂下は、近寄ってきた隼人を殴り飛ばす。
「隼人!」
スカートを脱ぎ終えて下着姿となった雪は、殴り飛ばされて倒れそうになった隼人を受け止める。
しかし、衝撃と重みに耐えきれず、隼人を抱きしめながら一緒に倒れてしまう。
坂下はそんな雪と隼人に近づく。そして、雪の髪を掴んで強引に立たせた。
「ほら、早くしろ。俺の気が変わらないうちにな」
「うっ……」
髪を引っ張る坂下の手を、雪は両手で掴み振りほどこうとするが、ビクともしない。
そんな雪の目に、カザドから貰ったブレスレットが目に留まる。
『もしも力が欲しいと思った時が来たら、そのブレスレットを壊して中の液体を飲みなさい』
カザドの言葉が聞こえてくるようだった。
金色のブレスレット。
そこには赤いルビーが、はめ込まれている。
でも―――このルビーは装飾品ではない。端的に言えばキャップだ。
キャップの様にねじれば外れる。そしてその中には赤い液体が入っている。
―――――力が欲しい。隼人を守りたい、キャシーを守りたい、マイクを守りたい。
―――――私には力が無かった。レインの才能が無い。
―――――力があれば守れた。そう、絶斗も祐も供花も守れた。
―――――力が欲しい。
―――――例え、何を代償としても。
雪は髪を掴まれた状態のまま、ブレスレットのルビーを外し、赤い液体を口に含んだ。
血のような液体が喉を通った瞬間、カッっと体が熱くなる。感覚が無くなる。意識が途切れる。
ワタシの中のナニカが、変わった気がした。
それと同時に、ワタシという存在が消失した気がした。
そう―――世界が変わって、ワタシが終わった。