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エルフ・オーク・ドワーフは宇宙人だった  作者: ふじか もりかず
第一章
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パートN デュアルマインド

 2084年3月20日。明日より始まる世界会議に向け、日本の玄関口「新羽田空港」は熱気に包まれていた。



 東京湾を埋め立てて作られた「新羽田空港」。

 空港のすぐ近くには大小様々なホテルが立ち並び、各国の要人が集ってもなお余りある巨大な式典会場や会議ホールなどの施設が続いている。

 この埋立地及び関連施設は全て世界会議の開催地が日本に決まってから建てられたものだ。

 世界中に日本の威信を示すため、専用の場所を揃えるのは当然のことだった。

 また、警備上の観点からもこの地は相応しい。

 埋立地自体を陸地から切り離して造り、北と西にそれぞれ1本しかない橋を渡らない限り中には入れない。

 そして埋立地内に空港を備えることにより、埋立地内で全てが完結するという徹底ぶりだ。

 空港には当然だが管制室が存在し、この管制室が備えるレーダー設備は空から海中に至るまで埋立地内の全域をカバーしている。


 万全の状態で迎えられるなか、空港に続々と航空機が着陸していく。




『皆様、ただ今入りました情報によると、どうやらエルフ族の方々がご到着されたようです』


 テレビのレポーターが新しく渡された原稿を片手にせわしなく中継する。

 厳戒態勢が敷かれるなか、特別に許可を受けた各国のメディアが空港内の一角を占有し、目の前の通路を通る世界会議の参加者たちを、先ほどからひっきりなしに映し出していた。

 なかでも目玉はやはり3種族の宇宙人だ。

 普段あまり表には姿を見せないエルフ・オーク・ドワーフの3種族だが、世界会議には毎年参加し、ファンタジーの世界がそのまま現実に出てきたかのような容姿を人前に見せる。

 テレビカメラが入り口のゲートを映し、限界までズームしながら、今か今かとエルフの姿をカメラに捉えようとしていた。



『あっ、来ました! エルフです! あれは―――情報によるとエル氏です。エル氏を先頭に人間もいますね……だれでしょうか? 情報がまだこちらに入っていないので不明ですが、エル氏と共に人間の姿も見えます』


 エルが報道陣の前に姿を現すと、「おおお」という歓声と共に嵐のようにフラッシュがたかれる。

 エルは人間の従者を1人従えて、世界会議に参加していた。


 そしてさらにその後ろにも、エルフの男性と2人の人間がゲートを通る。


『あれは―――グラー氏ですね。グラー氏も人間を2人連れての参加です。今回の世界会議では、エルフ族はエル氏とグラー氏のお二方が来日されました』


 画面にエルとグラーの姿が大きく映し出される。

 その姿は神秘的で幻想的で、現実のものとは思えないほど美しさに溢れていた。








「予想通り、エルと一緒に来日したエルフはグラーだったわ。これなら心配ない。あの二人は仲が良くないから。世界会議の期間中、一緒に行動することは少ないでしょうし、おそらくエル襲撃の障害にはならない」


 スクリーンに映し出された映像を見ながら、沙希はいくらか安堵した表情で言う。


 供花と沙希は、フォースウルフのアジトがあるクリアビルの地下、通称「アンダーリゾート」内にある喫茶店で、テレビ中継を見ていた。

 画面には、興奮した様子でリポートを続けるアナウンサーの声と、いつまでも止まないフラッシュを浴びるエルとグラーの姿が映っていた。


 供花は沙希に淹れてもらったコーヒーを飲む手を止め、スクリーンを凝視する。


 そこには供花の知る人物が映っていたからだ。


「あれは―――坂下竜也」


 エルのすぐ後ろを歩く人間の男性、その人物は高校の先輩であり学年主席の坂下竜也だった。


「あら、供花ちゃん。あの人を知っているの?」


 沙希は供花の呟いた言葉を聞き逃さず、尋ねる。


「あ、はい。えっと、エルのすぐ後ろにいる人は、私の高校の先輩で坂下竜也といいます。学年主席でランクはC+。我が校きってのレインの天才と言われていました……」


 供花は坂下を褒めたてる台詞とは裏腹に、かつて彼がエルに従って自分に襲い掛かってきた過去を思い出し、表情を曇らせる。


「そう……。きっと祐君と同じようにエルに支配されているのね……。高校生でランクC+だなんて……、あの五条麗華さんだって高校在学時にはそこまで到達してなかったはず……本当に惜しいわ」


 沙希は画面に映る坂下に同情の目を向けつつ、ため息をつく。


「でも、坂下先輩は違うと思います。あの人をよく知っているわけではないけど、元々エルフ信者だったと思いますし……」


 それは彼の姿を見れば一目瞭然だった。

 エルフを真似て髪を金髪に染め上げ長く伸ばし、画面越しに見える彼の表情は、優越感に浸り周りを見下しているようだった。


「………だとしたら彼には注意してね。もしかしたら襲撃の際、彼とも戦う必要があるかもしれない」


「そうですね……。わかりました。師匠にもそう伝えておきます」


「ええ、お願い。ところで、時間はいいの? 今日はこれから訓練所に行くんでしょ?」


 沙希は壁に立て掛けてある時計を見ながら言う。

 時計の針が予想外な時刻を指しており、私は飛び跳ねるように席を立った。


「うそっ、もうこんな時間!? 沙希さん、もう行きますね。コーヒーご馳走様でした!」


 私は大急ぎで喫茶店を出る。

 その後ろからは、沙希さんが笑っている声がした。






 喫茶店を出て、アンダーリゾート内の歩道をひた走る。


 巨大なドーム型の地下空間には、地表の街並みと同様に建物が立ち並び、車道には車が走っている。

 天井にはホログラムにより空の映像が映し出されていた。

 空の映像は時刻により変化し、夕焼けや夜空も現実の時間に合わせて再現されている。

 今はお昼過ぎ。空は快晴で、用事が無ければこのまま芝生でお昼寝でもしていたい天気だった。


 喫茶店から走って3分程の平屋建ての大きな建物に入る。

 ここはフォースウルフがレインの訓練に使っている施設だ。

 着替えのため施設内の更衣室に駆け込む。

 そこには、着替えを丁度終えた里香が訓練室に向かうところだった。



「はぁはぁ……里香こんにちは。今日もよろしくね」


 肩で息をしながら里香に挨拶をする。

 里香はそんな私を一瞥いちべつした。


「おそいデュアルマインド。先に行くよ」


「ま、待ってよ。まだ後2分あるでしょ? すぐに着替えるから、一緒に行こうよ」


 そんな私の提案に里香はプイと顔を背け、先に訓練室に入ってしまった。


「はぁ、もう少し仲良くなりたいんだけどなぁ……」


 私はがっくりと肩を落とし、急いで着替えをはじめる。

 上着が胸に引っかかって悪戦苦闘しながらもなんとか脱ぎ捨て、今度はスカートに手を掛ける。


 スカートが右太ももにある絶斗のレインに引っかかり、脱ぐのに苦労する。


「もうっ、絶斗邪魔~。外れて!」


 思わず絶斗のレインに八つ当たりをする。

 すると、絶斗のレインは私の文句に反応して形状を崩し、足元で待機形態へと変化した。


 ――――――――――


 私はフォースウルフ内で、特異体能力者と認定された。


 その原因がコレだ。

 絶斗が行方不明になったあの日から、私は絶斗のレインと共にいる。


 ここに来た当初は、まだ絶斗のレインを使いこなせてはいなかった。

 せいぜいできたのは「装着」と「解除」。

 しかし、ここで師匠と出会い、その指導のもと徐々に絶斗のレインを動かせるようになっていた。

 とはいっても、自身のレインとは異なり絶斗のレインは大雑把にしか操れない。

「相手を攻撃しろ」とか「私を守って」とか。

 また今みたいに「邪魔~」と願えば、素直に言う事を聞いてくれる。


 そんな私を見て、師匠は私が特異体であることを確信した。

 師匠が付けた私の二つ名は「デュアルマインド」。

 本来レインは一人一つしか操作できない。それは当然のことだ。

 なぜなら、レインとは使用者のイメージ通りに操作するもので、人間は同時に2つのことをイメージできないからだ。

 できるという人がいるかもしれないが、それは2つを同時に考えている風に見せかけているだけ。

 実際は交互にしかできない。

 形状を、動きを、強度を常にイメージしながらレインを操作する。

 操作中はかなりの集中力を要し、ひと時も意識を切り離せない。

 意識を一瞬でも切り離せば、その瞬間にコントロールを失ってしまう。


 1つのレインを2つ以上に分割するイメージを持ち、分けることはできる。

 その例として有名なのは、アメリカ合衆国で開発された「ショットガン」。

 これは無数の弾をイメージし、散弾銃のように標的に対して細かいランスを打ち込むという型だ。

 アメリカは今やレイン後進国としてかつての栄光は没落している。

 その後、過去の反省を生かし、レイン先進国からレイン技術を積極的に取り入れ、応用に努めた。

 そんなアメリカで開発されたのがショットガン。

 これは強力な攻撃方法として世界的にも評価が高い。


 だが、ショットガンは『個々に』複数のレインを操作しているわけではない。

 あくまでも1つの集合体と捉え、1つのレイン群を操作しているに過ぎない。


 つまり、『複数のレインを同時に操作することは不可能』というのがレインの常識だ。

 その常識の埒外らちがいにいるのが私。

 よって私は「通常のレイン操作では不可能又は不可能に近いことをできる者」すなわち「特異体能力者」だと言われている。



 でも私は、なんとなくだが確信している。

 おそらく私が特異体なのではない、と。

 本当に特異体だったのは―――――。


 ――――――――――



「遅い! いつまで着替えに時間を掛けているの!」


 里香が更衣室に戻ってきた。

 しまった。絶斗のレインを見つめながら物思いに耽ってしまっていた。


「ごめんごめん。すぐ行くから」


 下着姿のまま固まっていた私は、急いで脱いだ服をたたみ、トレーニング用のウェアを着る。

 里香は訓練室に戻らずに更衣室の壁に背を預け、私に対して苛立ちを隠さずに言う。


「しっかりしてよ。そんなんでエルを殺せるの?」


 私は髪を纏めながら答える。


「そんな……殺すって……」


 里香は私の返答に心底呆れた表情を浮かべた。


「アンタねぇ……エルが憎くないの? アンタも私と同じでしょ?」


「う、うん。わかってるわ」


「本当にもう……デュアルマインド……供花、足を引っ張るようなら承知しないからね」


 里香はそう言い放つと、訓練室に戻っていった。


 ――――――――――


 ひかり里香。年齢は私と同じ17歳。

 里香の境遇は私と似ている。

 彼女も私と同じく孤児院出身。彼女の育った孤児院の名前は「ひかり園」。


 3種族からもたらされたテクノロジーにより、人々の生活は大きく向上した。

 そして生活の向上は風紀に変化を及ぼす。具体的には『家族のあり方』。

 ほぼ全ての生産活動が機械により自動的に行われ、貧困が無くなり、生活を維持するために働く必要もない。

 従来はお金が無いからと結婚・出産が困難な時代もあったらしいが、今ではそれらの心配など無用だ。

 男女が愛し合った結果生まれた子供は、当然の如く社会に歓迎される。

 生まれた子を育てる義務? そんなものは無い。

 もちろん愛する我が子を育ててもいい。

 しかしそれ以外の選択肢もある。

 それは―――――『孤児院に預ける』ことだ。

 飢えや貧困が無く、物で溢れかえっている現在では、生まれた子供は国が責任を持って育ててくれる。

 子供を孤児院に預ける親を非難する声など存在しない。

 子供は国の宝だ。親に関係なく、生まれてくる子にはその子の人生がある。

 そういった風潮が醸成され、現在では孤児院が数多く存在し、そこで何不自由なく生活できる。

 私もその一人。絶斗・祐・隼人・可憐・雪と同じ孤児院「あさひ園」出身。


 里香は「ひかり園」出身で、私と同様にそこで何不自由なく育った。

 しかし里香に転機が訪れる。

 それは里香と同じ孤児院出身で彼女より2つ年上の「ひかりじゅん」という兄貴同然に慕っていた人物が、エルに目をつけられ連れ攫われたことに発端する。

 ひかり純はレインの才能に優れていたらしい。

 里香にとっても自慢の兄だった彼は、エルから勧誘を受けた。

 その求めに対し、純は当初拒絶していたらしい。

 しかしある日、純は人が変わったようにエルを信奉しはじめる。

 そしてエルと共に里香の前から去っていった。


 里香は純の心変わりに不審を覚え、独自に行動を起こす。

 フォースウルフという反政府組織は、知名度が高いため、しばしば他の組織がその名前を騙る。

 そんな模倣犯とも言えるグループの1つに里香は参加し、エルを襲撃した。

 その結果は返り討ちに終わる。

 襲撃したメンバーのうち唯一の生き残りであった里香は、その後本当のフォースウルフに保護され、正式に加入を果たす。

 そしてエルに対する復讐と純を取り戻すことを目的として今に至る。


 ――――――――――


 この話を聞いた時、私は里香に共感を覚えた。


 ひかり純の状況は、あさひ祐に起きた出来事と似ているからだ。

 沙希さんが「エルは人間を精神支配する術を持っている」と断言したのを受けて確信へと変わる。

 祐はエルに精神支配されていた。

 なら、私は祐を取り戻すためにエルを倒す。



 着替えを終えて、絶斗のレインを右太ももに装着する。

 左腕と右太ももにある『2つのレイン』。

 私は2つのレインを軽く触りながら決意を新たにする。



 エルを倒す。絶斗、力を貸して!




《登場人物紹介》

ひかり 里香りか


17歳、女性、日本人、150cm

レインランク:D+

小柄、機敏で身体能力が高い

兄のように慕うひかり純を救うためエルを狙う


強度・速度に類まれな才能を発揮する一方、射程が1mしかないという致命的な欠陥を持つ

そのためランクはD+とされるが、至近距離ではCランク帯とも五分以上に渡り合う

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