パートM エル抹殺計画
「総理、お疲れ様です」
「あ゛ー疲れた……。麗華君、午後の予定は全部キャンセルで!」
「ご冗談を……」
護衛主任の五条麗華が一礼する。
現日本国内閣総理大臣 小林健二は、先ほどカメラの前で見せていた凛々しき姿は影を潜め、一部の者のみが知るフランクな態度を取った。
そんな姿でも小林の整った容姿は崩れることなく、さわやかな印象を周囲に与え、「結婚したい有名人ランキング」で5年連続トップを勝ち取り、殿堂入りを果たした見た目は伊達ではない。
かくいう麗華も容姿端麗で、大和撫子という表現が実によく当てはまる美女だった。
綺麗な黒髪を本人が「邪魔だから」と短くまとめ、よく睨みつけていると誤解されがちな眼つきも、整った顔立ちのおかげでその美しさを引き立たせ、相手に悪い印象を与えるどころか、世の男性すべてを虜にすると噂されている。
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五条麗華が一国のトップの護衛を勤めるのは、容姿によるものではない。
五条麗華。その卓越したレイン使いは、かつて日本代表として「世界レイン競技会」でベスト3に入った実績によるものだった。
各国の猛者が集まるこの大会は、4年に1度行われ、前回は3年前に行われた。
当時26歳だった麗華は、厳しい予選を勝ち抜き、総勢500名ほどしか出場できない本戦に駒を進め、そこからさらに64名までに絞り込まれる決勝トーナメントにも勝ち進み、最終的に3位という日本初の快挙を成し遂げた。
日本が現在保有するレインランクB到達者は7人のみであり、麗華はその中でも唯一のB+に位置する。
名実共に日本最強のレイン使いと言われている麗華は、その容姿も相まって絶大な人気を誇っていた。
ただし、当の本人には人には言えない悩みがあった。
それは結婚相手がいないということだった。
現在29歳の麗華は、大会で活躍する以前から星の数ほどの縁談が持ち込まれ、元々結婚願望の強かった彼女はこれを喜んだが、問題が一つ生じた。
それは、あまりにも縁談の数が多く、一人一人とお見合いをするのは不可能であり、また家のしがらみから断りにくい縁談もあったのだ。
そこで麗華は「私とレインで模擬戦を行い、実力を示した人と結婚する」と宣言し、あまたのレインに自信のある男性と模擬戦を行うことにした。
その結果は予想外の方向へと向かってしまう。
そもそも麗華に勝てるものなどおらず、本人も勝敗は関係なく、好意をもてるくらいの実力があればいいと思っていたのだが、周りはそう考えてはくれなかった。
模擬戦に挑む男性は「麗華さんを倒した人が、あの方と結婚できるんだ!」と勝手に解釈し、麗華が「この人、レインも強いし誠実そうでいいな」と思った相手に模擬戦後正式に交際を申し込むと、その相手が「模擬戦で負けた以上、私はあなたに相応しくない」と逆に断られてしまう顛末となった。
メディアはこの状況を勝手に解釈し、麗華が一言も言っていないのにかかわらず「私と結婚したくば、私に勝ってみろ!」というフレーズが大流行し、その年の流行語大賞を受賞してしまう。
その流行語大賞の授賞式に麗華が呼ばれ、受賞の感想を求められた際に「私はそんなこと言ってない! 尊敬できる方と結婚できればと思います」と否定したが、その発言を世の男性はさらに曲解し、「麗華さんに勝たないと尊敬してもらえない……。くそっレインの訓練を頑張って、いつか認めてもらうんだ!」と日々レインの鍛錬に励む男性が急増するのだった。
今なお人気の衰えぬ麗華だが、最近は皆が萎縮して全く模擬戦を申し込まれなくなり、不本意な独身生活を貫いていた。
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「冗談じゃない! まったく……俺は国のトップだよ? 総理大臣だよ? なんでこんなに忙しいのさ」
「失礼ながら、総理だからこそ……かと」
「総理権限で今日は休暇にしよう! ―――いいね?」
「よくありません!」
「いや、ジョークだよジョーク。そんなんだから麗華君は彼氏ができないんじゃないか?」
「………」
「あ、いや……ごめんなさい」
オンとオフを明確にされる方で、実際は数々の国内政策で結果を残し、外交問題でも成果を挙げている素晴らしい方だ、と麗華は日頃から敬意を感じている。
なので、ただ表情を無くし怒りを抑えて小林総理を見ただけだったのだが、
その眼つきのせいで日本のトップから謝られるのだった。
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小林 健二。42歳。
彼がその若さで総理にまで上り詰めたのには2つの理由があった。
1つは、彼はいわゆる2世議員で、彼の父 小林龍一は約30年前に総理大臣を務めていた。当時3種族から提供されたレイン技術を国内に広めるか否かの判断を各国が迫られ、いち早く導入したイギリスの成功を予見し、世論の反対を押し切って日本にも導入を決めた経緯がある。
総理在籍時は支持率の急降下及び耐えぬ批判の的にされたのだったが、退陣後の世界情勢を見るにつれ、彼の判断は英断だったと評価は一転した。
今や高い評価を受けている元総理の息子。その恩恵により初当選時から絶大な人気を誇っていた。
2つ目は、恵まれた容姿。学生時代は優秀なレイン使いとして名を馳せ、すらりとした体型ながら一流のアスリートを思わせる身体能力、そしてテレビ栄えする目鼻立ちの整った甘いマスクは、老若男女問わず人目を惹きつけるものだった。
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そんな小林総理が日々忙しいのは彼の地位からすれば当然と言えば当然だが、特に2084年を迎えてからの小林総理のスケジュールは分刻みで組まれていた。
理由は明確だ。
今年の3月に行われる世界会議に向けての準備と調整に追われていたからだ。
毎年行われる世界会議だが、その開催地は毎回異なる。
今年は日本で行われることが3年前から決まっていたのだが、3年という月日は事前に準備する側としてはあまりにも短すぎる期間であった。
世界各国の代表者及び各国の重要な地位にある者が勢ぞろいし、1週間かけて様々な式典や会議が執り行われる。
その中でも最も気を使う相手は、大国イギリスのトップでも中国、ロシアのそれでもない。
エルフ・オーク・ドワーフの宇宙人だ。
3種族も参加者に含まれるがゆえに、この世界会議を軽視する国など存在しない。
突然、小林の元に人がやってきた。
「総理、急ぎの用件とのことで、お電話が掛かってきております」
総理付きの秘書官があわてた様子で伝える。
「……誰からだ?」
小林はさっきまでのひょうひょうとした態度を一変させ、訝しがりながらも電話の相手を尋ねる。
過密スケジュールのなか突然の電話など、本来ならば門前払いされる。
他者が用件だけ聞いて、必要なら後で時間をつくり対応するのが通常だ。
であるにもかかわらず、秘書官がわざわざ確認しに来る時点で、その電話の相手が相当な人物である証拠だった。
「その……『狼』です」
「………わかった。すぐに出る」
「はい。ではこちらへ」
小林は傍聴対策が万全に施された執務室に入り、電話に出る。
「お忙しいところ申し訳ありません、総理。至急お伝えしなければならないことがあります」
電話のモニターに出た相手は、落ち着いた雰囲気の女性だった。
「いやいや、君からの電話だ。例え3種族との面会中でも中断して出るよ」
「ふふっ、相変わらずお上手ですね」
「デートのお誘いなら、他の全ての予定を差し置いて時間を作ろう」
「とても光栄なことですが、今はお忙しいでしょう?」
「なんのなんの。今夜7時にベイホテルの最上階でいいかな?」
「まあ! とても魅力的なご提案ですわ。あのレストランへは限られた地位の方しか入れないですから。でも、そろそろ本題に入らないとお時間が無くなってしまいますよ」
「今のも僕にとっては本題だったんだがね……。まあ残念ながら確かに時間が差し迫っているのは事実だ。それで、本日はどういった用件で?」
「ええ、3月に行われる世界会議についてです。期間中、エルフのエルから個別の面会の予定がございますでしょう?」
「さすがによく知っているな……。そうだ、あちらから申し込まれた。エルフからの面会の申し出に応じないわけにはいかないからね」
「私どもの情報により、そこで小林総理は『エルから精神支配を受ける』可能性が高いと判断いたしました」
「……精神支配? 宇宙人はそんな技術も持っているのか?」
「これがエルのみの能力によるものか、エルフ全体もしくは3種族全体が保有する技術かはわかりません」
「……それで? 面会をキャンセルしろということかな?」
「それも一つの手です。ですが、それでは今後のリスクが減るわけではないとも考えております」
「ふーむ……。仮に君の言う通りに本当に狙われているのなら、確かにそれでは問題の先送りにしかならないな」
「はい。ですので―――『エルを始末する』のがベストかと」
小林は愕然とした。
この執務室は傍聴対策が万全に施された場所だ。
他国のスパイにも傍受されていない自信がある。
だが、宇宙人は別だ。
3種族の保有する技術は人類を遥かに凌駕する。
なので小林からすれば例えどんな対策を施したとしても、宇宙人側に知られるのは仕方ないと最初から諦めている。
それを前提として、あえて時には宇宙人の悪口を言ったりして、自分が傍受されていることを気づかれていないふりをしながらも、宇宙人を実際に貶めようとする話などは絶対にしないのだった。
しかし、今のはまずい。
エルフを殺す相談など冗談でもしてはいけない。
モニターに映し出されている通話相手の女性だってそれはわかっているはずなのに、画面の向こうの女性は真剣な面持ちでこちらを見据えている。
「ご安心ください。この話は既にオーク・ドワーフの許可を得ております」
「なんだって!」
戸惑う小林に対して告げられた言葉は、想像を絶するものだった。
「オーク・ドワーフがエルフを殺すことを認めたと言うのか?」
「厳密に言えば、エルのみです」
「あいつらは……3種族は争いでもしているのか?」
「ある意味そうかもしれません。ただ、今回の件については事情が異なります。エルはオーク・ドワーフの2種族曰く『ルール違反を犯した』と。そして、そのような状況であるならば、エルを殺害することを黙認する……と」
「………やれるのか?」
肝心なのは「殺せるのか?」という一点に尽きる。小林はそう考えた。
「はい、必ず仕留めます。うちのクロウ部隊をお貸しします」
「あのシュバリエか!? だが、もう彼は全盛期は過ぎたはず……。彼の部隊だけで可能なのか?」
「ふふっ、実はうちに特異体と思われる子が加入しました。彼女にも参加してもらいます」
「なに!? 特異体だと……。3種族が血眼になって探しているという、あの特異体が実在したのか……」
「ええ、まだその才能を完璧には使いこなせてはいませんが、彼女の能力は相手が1人なら確実に仕留めるだけのポテンシャルを持っています」
「………わかった。君に任せよう」
「ありがとうございます。つきましては、五条麗華さんにもご協力頂くことになると思いますが宜しいでしょうか? 麗華さんは我が国の最大戦力ですから」
「もちろんだ。麗華君とその護衛部隊、それにフォースウルフのクロウ部隊との合同でいいのだな?」
「はい、では詳細はまた後日に。私たちは世界会議において、エルを排除します」
「わかった。ではまた―――沙希君」
小林は沙希との通話を終えた後、椅子の背にもたれかかり、ため息をついて目を閉じる。
そしてゆっくりと目を開ける。
その瞳は覚悟を決めていた。
《登場人物紹介》
キャシー
16歳、女性、アメリカ合衆国、158cm
レインランク:D+
赤毛ショート、大食い
雪とは対照的な明るく、暢気な性格