パートA 最後の日常
2083年の秋も過ぎようとしている10月。
高校進学が義務教育に定められている現在。
都内のとある高校では、いつもの授業が始まろうとしていた。
その科目とは―――――「レイン」である。
「それでは訓練を始める。全員、起動展開」
教官の落ち着いた声が室内に響き渡る。
俺こと あさひ 絶斗 は、教官の指示に従って、左腕に意識を集中する。
左腕に包帯のように巻かれた「レイン」が、その形状を崩して、流体化し、床へとこぼれ落ちた。
こぼれ落ちたレインは、流体金属の水溜りを形成する。
俺の「意識」と「レイン」との間に、繋がる感覚―――パスが通る。
この一連の動作が『起動展開』だ。
「よし、まずは『ブレード』の訓練だ。まだ強度は弱くていい。できる限り軌道を綺麗に保てるように集中しなさい。では、始め!」
教官が合図すると同時に、クラス全員が『意思の力』でレインを操作しはじめる。
「……よし、ブレード!」
レインを左下から右上にかけて弧を描くようにイメージする。
そのイメージにそって、レインがさながら刀剣の剣先をなぞるような軌道を描いた。
この斬撃線が『ブレード』だ。
『レイン』と呼ばれる流体金属は、その形状を使用者の意思の力で変化できる。
つまり、頭の中で、思い描いた通りに、動かせる。
例えば、テーブルの上にあるコップを持ってくるイメージをする。
すると、レインがその意思に反応して、第3の手のように形状を変化させ、コップを掴み手前にたぐり寄せる、といった流れだ。
レインの操作能力は、才能と熟練度により個人差が生まれる。
ゆえに、日頃の訓練は欠かせない。
「課題は強度と速度だな」
そう呟きながら何度もブレードを繰り返す。
野球のバットを軽く振り回すくらいの速度で動かせてはいるが、強度はせいぜい大根を切れる程度か。
「絶斗、相変わらずブレードはイマイチだな。お前のランスは実践レベルだって、教官のお墨付きなのに」
隣で練習していた祐が、笑いながら話しかけてくる。
「まあ、取り柄があるだけ良いだろう。俺はどれも中途半端だしな……」
さらに隣の隼人が、頭を掻きながら言う。
隼人はレインの上達が芳しくないようで、最近よく落ち込んでいる。
俺は慰めることにした。
「隼人の操作技術は高いから見込みはある、って教官もよく言ってるだろ。レインは意思の強さとイメージが大事だ。あんまり焦らないほうがいいと思うぞ」
「そうそう。隼人は力み過ぎなんだって。ほら、こんな感じにっ、なっ!」
祐も隼人を慰めつつ、ブレードを披露する。
祐は、肩の力を抜いた状態から、右手を上へと振り上げる。
その動きに合わせて、祐のレインが下から上へと綺麗な半円を描き、その斬撃線は刀のように細く鋭い。
ちなみに、本来レインの操作に身振り手振りは必要ない。
だが、身振り手振りを伴ったり、またはヒーローが技名を叫ぶみたいに実際に口に出した方が、大抵の場合強力になる。
なぜならその方がイメージしやすいからだ。
訓練終了後、急いでシャワーを浴び終える。
さぁ、昼休みだ。
俺は、手早く制服に身を通して更衣室を出る。
廊下を早歩きで移動し、学校併設のカフェテラス『クロワッサン』へと向かう。
よし、いつものテラス席を確保できた。
今日は俺が席を取る番だったのでほっとしつつ、いつものメンバーを待った。
しばらくすると、可憐が大声を上げながら駆けて来た。
「やっほー、絶斗くんありがとね~」
その声に周りの注目が集まる。
注目を集めるのは大声だからというだけではなく、可憐が嫌でも目立つ容姿だったというのも大きい。
可憐はパッチリとした大きな瞳が特徴で、可愛らしさと活発さを合わせ持っている。
「早かったな可憐。ちゃんと先に行って席取ってるんだから、ゆっくりしていればいいのに」
「えへへ、今日もいっぱい動いたからお腹空いちゃって、早く着替えて来たの」
お腹をさすりながら笑顔を向けてくる可憐に、思わずどきりとしてしまう。
手早くシャワーを浴びたためか、まだ髪が半乾きで、シャンプーのいい香りがする。
それにお腹をさする動作のせいで、制服越しに体のラインが強調されていた。
幼い頃から一緒に育った身としては、成長過程にある最近の可憐になぜか戸惑いを覚えてしまう。
可憐と世間話をしながら、2人で他のメンバーを待った。
5分ほど待っていると2人の男子がやって来た。祐と隼人だ。
「お待たせ。雪と供花はまだ?」
「おっそーい。男なんだから着替えなんて早くしなさいよ」
「はいはい、腹減ってるからって俺に当たるなよ」
祐と可憐は、軽口を叩き合う。まあ、毎度のことだ。
さらに2、3分して残りの2人もやってきた。
「待った? ごめん」
「雪、別に謝る必要は無いでしょ。女の子は時間掛かるんだから」
口数少なく謝る雪に、開き直る供花。
ようやくこれで『いつもの6人』が揃った。
「遅いぞ2人とも。可憐がぎゃあぎゃあうるさくて何とかしてくれ」
「そんなことないもん! もう祐なんか放っておいて、注文しよっ」
可憐は席を立って、雪と供花を連れて昼食を買いに向かう。
残された男3人も慌てて追いかけた。
皆で昼食買って食べていると、供花が気になる話題を振ってきた。
「ねえ、そういえば明日から新しい教官が配属されるんだって。しかも、あの『エルフ』が来るらしいよ!」
「えっ、その話……本当なの?」
普段は冷静で大人しい雪が、珍しく驚きながら聞き返す。
「新しい教官が来るって話は、俺も聞いたぞ。でもエルフなんて初耳だ」
隼人が答える。どうやら新しい教官が赴任するのは本当らしい。
ただし、あのエルフが高校の教官をするなんてにわかには信じがたい。
――――――――――
21世紀を迎えた地球は、2050年を境に大きく変革した。
なんと、突如として『月が4つに増えた』のだ。
それにより世界中が混乱の渦に飲み込まれる。
―――なぜ何の前触れもなくこんなことが?
―――これから地球はどうなるのか?
―――これこそ、かの大預言者が示す終末論か?
連日テレビやネットで様々な報道が流れ、天文学者や科学者、さらには宗教家までもがコメントを求められた。
各国政府も対応に追われるが、そもそも誰も予測すらできなかった事態だ。国民への明確な説明もできるわけがない。
この混乱に乗じて各地で暴動や戦争が起こるのではないか、と危惧された。
そして―――――宇宙人が現れた。
新たに出現した3つの月から、それぞれエルフ・オーク・ドワーフが、人類に対してコンタクトを取ってきたのだ。
この宇宙人は、自らをエルフ・オーク・ドワーフとそれぞれ名乗った。
彼らの容姿は、まさにファンタジー作品などで語られるそれそのものだった。
長身で、すらりとした体型に、長い耳のエルフ。
2mを超える巨大な体躯に、豚のようなずんぐりとした顔のオーク。
子供くらいの背丈でありながら、屈強で、男性は長い髭を生やすドワーフ。
なぜ突然現れたのか。しかも3種族が同時に。
目的は? ―――――友好? または侵略?
3種族の代表と、人類の代表が、会談に臨む。
まずエルフが言葉らしきものを発したが、それは虫の羽音を連想させる奇妙な音にしか聞こえなかった。
当然といえば当然だが、言葉が通じない。
しかし、それはすぐに解決する。
エルフは首にチョーカーを着けていた。
それをそっと触ると、次に発した音は流暢な英語だった。
これだけで、誰が見ても理解できるテクノロジーの差。
人類の代表者たちは、人類の未来は閉ざされたものになる、と戦慄を覚える。
だが、蓋を開けてみればその暗い予想は杞憂となった。
宇宙人側が示したのは、地球人への敬意と友好。
侵略の意思はなく、数々の発達した技術の提供。
お互いの領分を侵すことなく共に地球を中心とした4つの衛星で共存したい、との申し出だった。
その後もたらされた数々のテクノロジーにより、人類は飛躍的な進歩を遂げる。
特に生産分野と医療分野の発展は顕著で、人々の生活は目に見えて向上した。
そして、提供された技術の中で最も重要なのが『レイン』だ。
レインとは、レイン鋼という特殊な金属を原料とし、これに使用者の血液を加えて作られる。
使用者自身の血液を加えることにより、その「使用者のイメージ通り」に操作することができる流体金属だ。
熟練者が扱えば、銃などの既存の兵器を遥かに超える。
3種族の宇宙人は、皆このレインを扱えるという。
そして、人類にもレインを普及させて欲しいと要請してきた。
各国政府は当初レインの普及を躊躇した。
しかし一部の国家が国民全員への普及を決めると、その動きは世界中へと広がる。
なぜなら、レインの実力は、その使用者の「才能」と「熟練度」によって大きく左右されるためだ。
レインという強大な力は、今や世界のパワーバランスに大きな影響を及ぼしている。
ゆえにどの国家も他国より優位に立つために、「レインの才能のある者の発掘」及び「育成ノウハウの確立」は、今や最優先の国家プロジェクトである。
その結果、レインの習得は義務教育に組み込まれ、全国民に普及している。
――――――――――
エルフが教官として高校に赴任してくるなんて、にわかには信じがたい。
だが、もし本当にそうなら、俺は楽しみだなと思った。
「各国でもレインの訓練方法はかなり違うって聞くしな。日本は型に重点を置きすぎてるって批判もある。そういう意味では、エルフはどうレインを扱うのか興味あるな」
俺がそう言うと、供花が反応した。
「あら絶斗は日本のやり方に反対なの? 私はいいと思うけどなぁ。ブレード・ランス・シールドは合理的よ」
「確かに合理的だとは思う。型を決めた方がイメージしやすいしな。でもさ、本来レインという物は、イメージ通りに姿かたちを変化させられるだろ。だから、本当は型に囚われずに自由であるべきなんじゃないのか? って思うんだ。なんというか……型を重視しすぎて、可能性を消してしまっているような気がするんだ」
「可能性ねぇ……。なんか絶斗ってヘンなの~。私はそんなこと考えたこともなかったよ」
供花がそう言って笑う。
俺自身、なんとなくそう思っただけで、確固たる信念とかがあるわけじゃない。
ただ―――宇宙人はどう考えているのだろうか。
宇宙人は、レインを人類に教えて、何をさせたいのだろうか?
ふと、そんな疑問が頭に浮かんだ。
だが、その疑問は可憐の提案によりかき消される。
「ねえそんなことよりさぁ、今日の放課後にあさひ園に顔ださない? 久しぶりに先生に会いたいなぁ~」
可憐はエルフのことなんてどうでもいいらしい。
あさひ園とは、俺たち6人が育った孤児院だ。
俺たちにとっては大切な場所で、寮生活をしている今でも定期的に顔を出している。
「久しぶりって―――1週間前に行っただろ。先生に迷惑かけるなよ」
祐が可憐につっこむ。
「む~っ、迷惑なんてかけてないもん。祐は昔っから迷惑ばかりかけてた問題児だけどね~」
「俺がいつ迷惑かけたんだよ」
「だって7歳くらいまでおねしょしてたじゃない」
「ばっ、してねーよ。おねしょなんて3歳で卒業したわ! い、いや2歳だよ2歳」
祐が必死に反論する。
今では体も大きくなったが、当時はひ弱で泣き虫な甘えん坊だった。
物心ついた頃から一緒に育ってきたので、いつも先生に泣きながらへばりついてた姿が目に浮かぶ。
「一番最後までおねしょしてたよね」と供花。
「してた」と俺。
「してたな」と隼人。
「うん、してた。キモイ」と雪。
「ぐはっ」
雪が最後にトドメを刺すと、祐はテーブルに倒れこむ。
いつもと変わらない日常。いつもと変わらない仲間。その日々が永遠に続くと思っていた―――。
《登場人物紹介》
あさひ 絶斗
17歳、男性、日本人、175cm、70kg
レインランク:D-
ランスを得意とする、正義感の強い人物