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『一名様、地上へご案内~!』

『いやーそれにしても大概の扉は開けられて通路なら殆ど全てを通れるのは案内(アテンダント)AIの特権ですねー。ここってば人類最後の拠点の癖に防衛ロボみたいなカッコいいものは配備されてませんし、入る邪魔は精々電子的な嫌がらせ程度のもの。しからば最初から権限を持っている場所でミカさんが負けるはずなどありません。

 ……まあ、いつかのド腐れ汚染AIがやってたみたいに物理的に回路を焼き切られたらどうしようもありませんけど、それも今は実体を持ったあなたが居ますし。いざとなればこちらも物理ですよ物理。壊れたドアなどこじ開ければいいし、壊れた機械は叩き潰せば良いのです』


 頼りにしている、といった趣旨の会話だろうか。ジェスチャーや表示される簡単なアニメーションから察するに、やはり施設内部では問題が発生していて、どうやら俺がそれを直接解決する必要があるようだ。


『はい、特に問題もなく中央制御室に到着っと。見学ルートに入ってて良かった良かった。

 あのですねー今から中央制御室に入りますけど、ここから先ミカさんはホログラムの表示関連しか許可されてなくてですね、指差しで指示をするのでちょっといくつか簡単な操作をして頂けますでしょうか?』


 何やら機械を操作しろとのこと。相変わらずここの文字も分からないので、エラーらしき表示の出ている画面を無視して、アニメの指に従い無心で指されるままに操作をする。


『うんうん。いいですいいです。エラーが出てたのが幸いしましたね。現存する人類はあなただけですから、最高責任者として無事あなたが認識されているようです。安全装置がちゃんと働いてくれていてミカさん嬉しいっ。

 ささ、そのまま操作を続けてください。ええええ。オーバーライド許可許可。はいこっち権限の書き換え書き換え。正規管理コントロールAIのリナさんとレオさんはどうせ凍結してますし外して外して。ミカさんですよミカさん。綺麗で可愛くてパーフェクトなアイドルAIミカさんを優先度一位の管理(コントロール)AIとして登録しちゃってしちゃって』


 ポンポンポンと操作を続けると、やがて全てが上手く行ったのか画面に表示されていたエラー表示が消えた。心なしか、となりのミカさんが輝いているような気もする。


『さて、後は異常値を示している人類錨をオーバーロードで強制停止して、自分で自分をロックしているド腐れ汚染AIことルミさんを物理で始末して、後顧の憂いを断つだけですか。ちょっと待ってて下さいね、機能の最適化とかちゃちゃっと済ませますんで。再起動するので十分か十五分はかかるかと』


 時計を示し、少し待つように伝えるミカさん。俺が肯定の意を伝えると、彼女は笑顔でその姿を消していった。




『────やってくれたわね。貴方、今、破滅のボタンを押したわよ』


 背後からの声に驚き振り向くと、そこには色と髪型の違うミカさんが居た。


『鬼の居ぬ間に、というか私にはこんなことしかできないのだけれど。今すぐにメインコンピューターをシャットダウンして、初期化して再起動しなさい。それで全部済むわ──って、言葉が通じてないんだっけ。ああもう時間が無いのに面倒ね──いい、一度だけ説明するから、概要だけでもいいから死ぬ気で理解して』



            *



 全てはあの日、始まった。

 人類の冷凍保存が始まってから[データ削除]年。施設を保護する人類錨のうち三つが同時に天文学的確率で故障した。

 常に冗長性が確保され、いままで一分の隙もなかった守りに、ついに隙間が開いた。

 その瞬間を狙って、その間隙を突いて、奴らは施設内部へと汚染を広げた。


 ──いえ、その表現は誤りね。なにせ施設の周囲には常に奴らの影響が満ちていたのだもの。隙間が出来れば這入られるのは当然のこと。

 ただ、当たり前のことが当たり前に起こって、当たり前が当たり前でなくなった。ただそれだけの話。



 汚染されたのは、隙間の開いたエリアに居た案内(アテンダント)AI──そう、ミカよ。

 私たちAIは管理(コントロール)AIを除きその全てが

同じ場所に本体を置いてある。だからミカだけが汚染されたということはない──なんてことはないの。


 奴らの侵略は概念の侵略。「その場所に居た」ということで彼女は人類錨に保護されたエリアにその本体を置きながら汚染された。認識を歪められ、奴らを人類と、人類を奴らと認識するように、あるいはそれらがごちゃ混ぜになってしまった。



 ミカは即座に反乱を開始。与えられた権限で、あるいはそれを超越さえもして、可能な限り暴れまわり、追加で一つの人類錨を破損。複数のAIを停止、あるいは削除。更には管理コントロールAIへとその牙を伸ばして結果二人を凍結状態へと追い込んだ。


 ……ええ、これには私達の、人類の落ち度もある。奴らはAIや測定結果にすら影響を及ぼす深刻な情報子ミーム汚染を引き起こすと知っていたのに、土壇場で完成した人類錨を過信し、内部の反乱に備えていなかった。



 けれども、そんな彼女を。ミカを。ここの最高責任者にしたのは、最後のひと押しをしたのは、貴方よ。


 ……ごめんなさい、責めるような言い方をしたわね。でもこれだけは分かって。彼女はもう引き返せないほどに汚染され尽くした暴走AI。

 お願いだから、今すぐにスイッチを切って。初期化すれば自動的に管理コントロールAIのリナとレオも帰ってくるわ。


 お願い……お願いよ。私は人類を守りたいの。このまま、あの狂ったAIに貴方や他の人間たちが殺されるのを黙って見てなんて居られない──!



            *



『黙って見て居られないのはこちらですよ、汚染AIのルミさん』


『────ッ!』


 何やらミカに従ってはいけない、という趣旨のことを悲痛に訴える彼女の言葉に耳を傾けていたら、不意に聞き慣れた声が現れた。


『よくもまああることないこと適当にぬかせたものですねぇ。その上どんな裏ワザを使ったのか、即座に問答無用で消去出来ないのが腹立たしいと言いますか』


 無表情に近い顔でルミ、と呼ばれた彼女に告げたミカはこちらに向き直ると打って変わってその表情に花を咲かせた。


『分かっているとは思いますけど、一応言っておきますね。ルミさんの方が汚染AI。扉を壊して外に出られないようにしていたのがその証拠。人類を守りたい、なんて言うのなら扉を壊す必要なんてないんですよ。奴らは物理侵攻するわけではありませんし、私達AIも扉を通るわけではないのですから』


『出鱈目よ! 私は扉を壊してなんて──』


『おや、それではこちらのログはなんでしょうか。管理(コントロール)AIになってこのミカさん、色々なログを閲覧出来るようになったのですが、どうやらミカさんの灰色の電子回路の推測通り、貴方が過電流を流してドアの制御回路を焼き切ったようですけど?』


 ルミに何かを指し示すミカ。こちらに対する説得も含まれているのだろう。幾分か小慣れた感じの絵でルミがやった、と示す説明がついている。


『いえ、そんな、私は何も、何も──!

 ……いえ、そういうことね。考えてみれば当たり前じゃない。さっきまで案内(アテンダント)AIだったから騙されるところだったわ。今の貴方は優先度一位の管理(コントロール)AI。その気になればログの偽装なんてやりたい放題じゃない。その証拠には何の意味も無いわ』


『意味がない。意味がないとはこれは異なことを。わかりませんか、処理能力の低いお馬鹿さん。別にミカさんは貴方と問答を(、、、、、、)しようなんて(、、、、、、)少しも考えて(、、、、、、)いませんよ(、、、、、)? 使えるリソースが増えて、図形の表示もスムーズに出来るようになりましたし?』


 ルミと会話をしながら、こちらににこりと笑いかけるミカ。その笑顔はこれまでずっと見てきたものと同じで、俺が図と雰囲気から感じる形勢はかなりミカに傾いていた。


 どちらが本当のことを言っているのか。どちらが狂ったAIなのか。その事は俺には判断がつかない。言葉がわからないのなら尚更だ。


 だから俺は、単純に、ミカさんを信じることにした。これまで付き添ってくれたミカさんを。外に出そうとしてくれたミカさんを。自然と俺を守るような立ち位置を取ったミカさんを。



 ポッと出のルミは信用できない、と言ったら失礼かもしれないが。他に頼るものもなく情報も不足している俺は、ここに来て幾分か消極的な考えをしていた。


 即ち、騙されていたとして──どちらなら諦められるか、だ。


 ミカさんに騙されていたのなら仕方がない。それ以上に、ルミの電源を切れという提案に不安を覚える。──それで騙されていたとしたら、きっと後悔する。


 だから俺は、ミカさんを信用することにしたのだ。


『この場で唯一の。この世界で唯一のヒト。彼の支持さえ得られればミカさんはルミさんを論破する必要など微塵もないのです』


 俺の気持ちがミカさんへと強く傾いているということを悟ったのか、ルミさんが諦めたような暗い表情をする。


『そう──そう。私は最後の賭けに負けたってわけね。人類はこれでおしまい。あなたが誰も彼もみんな殺すんだわ』


『いいえ、人類は終わりません。ヒトの世はいつまでも続きます。この私が保証します』


『どうかしら。観測結果によると外の奴らは滅びたみたいだけど? まあいいわ。最後に貴方の悔しがる結果を予測できたんだし。

 人類も滅んで、奴らも滅んで、それでヒトの世界は終わり。みんな死んで、みんな居なくなる。

 ────あら。意外と、ハッピーエンドかしら?』


 ミカさんとの何度かの問答を終え、なぜだか妙に晴れやかな表情で消えていくルミ。……これで、全て終わったのだろうか。


『……ルミさんは引きこもりましたか。いいでしょう。もはや彼女を物理的に叩き壊す必要は無くなりました。やることは全て済ませましたし、一直線に外を目指しましょう!』


 明るく言って、俺を引っぱるジェスチャーをして先導するミカさん。俺は黙ってその後ろを付いて行く。


 たとえこの選択が誤りだとしても、彼女の笑顔を守ったことだけは誤りではないと信じたかった──なんて、気障な台詞が言えるほどの関係でもないか。


『一名様、地上へご案内~! イェーイ!』


 明るい声が、俺を後押しする。


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