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『おはようございまーす!』

 目が覚める。意識が覚醒する。

 何もない無から自然と浮き上がっていく感覚。


 俺が最初に感じた外界は、シュゥーという細く長い音とそれが作り出す空気の流れだった。

 身体はまだ動かない。薄ぼんやりと見える視界を頼りに周囲を探ると、どうやら俺が居るのはひどく狭い棺桶のような空間のようだ。


 全身を覆うクッションのようなものはほんのり冷たく、まるで生きたまま地下深くに埋められていたかのようだ。もっとも、網膜に感じる光がその説を強く否定しているのだが。


『カプセル2119923解凍完了。ハッチが開きます、ご注意ください』


 不意に、世界が開いた。


『すぐに係員が参ります。起床後の行動は係員に従ってください。この度は、コールド・コールド社の冷凍睡眠プログラムをご利用頂き──』


 けたたましく何かを喋る音声はどうやら自動音声のようで、周囲に人気はない。

 ゆっくりと身体に力を入れて起き上がって周りを見回すと、丸く細長いどこか近未来的な棺のようなものがずらりと並んでいた。


 どうやら俺はそのひとつから出てきたようだ。……これは、あれか。よくSFなんかで見る冷凍睡眠というやつか。


 一体どうして俺がそんなものに入っていたのかはよくわからないが、状況証拠から考えるとそうとしか思えない。夢か幻で済めばいいのだが、ふわふわしているわりには妙に強い現実味がそれを簡単に許してくれそうにはない。



 ゆっくりとカプセルから這い出て、身体を動かしてみる。

 鈍っているかと思った身体は、ほんの少し反応が鈍いだけで、思いの外スムーズに動いた。冷凍睡眠、という説が当たっていればしばらくはベッド生活になるのではないかと思っていたのだが、未来の技術は想像以上に進んでいたようだ。



 未来──そう、未来だ。俺の記憶によると……よると? まだ地球の技術はそこまで進んでいなかった──いなかった、ような、気がする。


 記憶が曖昧だ。思い出そうとしても自分が誰だったかさえもあやふやだ。どこにでも居る学生だったような気もするし、仕事に疲れたサラリーマンだったような気もするし、はたまた引きこもりのニートだったような気もする。


 いずれかの記憶が本物で、残りはテレビや小説で見たシチュエーションか何かなのだろうが、今の俺にはどれがどれか区別をつけることができない。どの可能性も同じくらいに実感が薄く、あるいは全てが間違っているということさえもあるかもしれない。



 そんなことを考えながら周囲を観察していると、ふと俺の入っていたカプセルに表示されている数字が目に入った。


【9999:9999 致命的なエラー:エラー番号E912 担当者はすぐにエンジニアへ連絡をしてください】


 自動音声と同じく文字の意味も分からないが、点滅する沢山の9と警告を促すような文字の赤色から判断して、恐らくこれはあまりよくない表示だろう。時間のような表示がカウントストップしていて、同時にエラーが表示されている。そんな感じだ。



 ほかのカプセルはどうなっているのだろう。

 そう思って近くのカプセルを幾つか見ると、どれも俺の入っていたカプセルと同じ表示が出ていた。ひとつ違う点は、メッセージの表示面の左上にあるランプの色が周囲のカプセルは皆赤で、俺のは緑だというところだ。


 単にカプセルが開いているから緑、ロックされているから赤、なら問題は無いのだが……。

 嫌な可能性が頭をよぎる。カプセル上部の窓はどれも白く、中が見えない。あの中ではもしかすると──。



 いや、考えるのは止めよう。

 もしここが想像しているような冷凍睡眠の施設だとするのなら、それを管理している人間か、あるいはロボットなり人工知能なりが居るはず。

 とにかく事情のわかる人に連絡して調べてもらうべきだ。


 もっとも、エラー表示のカプセルが大量に放置されていて、しかも俺が目覚めたというのに誰も来る気配がない時点で、ひょっとすると望みは薄いと覚悟しておいたほうがいいのかもしれない。



 暗い想像を振り払い、身体を動かす。ドアは一箇所にしか無い。出るのならあそこだ。

 近づき、少し考え、ドアの横についたレバーを引いた。

 僅かな金属音とともに扉が開く。

 流れ込む空気。温かい。いや、中が寒かったのか。



 カプセルの表示からして想定以上の年月が経っているのではないか、という俺の予想を裏切り扉はスムーズに開いた。

 扉の先はすぐにまた扉がある。どうやら二重扉のようだ。冷凍睡眠で凍えていたためか気が付かなかったが、カプセルのあった部屋の気温は相応に低かったようだ。


 もと来た扉をしっかりと閉め、次の扉を開ける。吹き込む空気は更に温かい。どうやら俺は氷漬けにされていて、ヒトの常温というものを忘れていたようだ。


 明るい光が差し込む。廊下だろうか。清潔感のある廊下が左右にずっと続いている。さて、右と左どちらに進んだものかと考えたところで、


『おはようございまーす! ちゃんと出てきてくれて安心ですっ。というわけで──みんなのアイドルミカさんズビッと登場!』


 底抜けに明るい声とともに、なんだかやたらとアニメチックな女の子がどこからともなく飛び出してきた。

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