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オズリーンの策略

オズリーンさんの後ろに控えていたのは、ハリスという名の長年この家に仕える執事だった。

オズリーンさんの説明によると、最近、時折大公の手の者が魔法で館の中を探る事があるらしいのだが、ハリスさんはその魔法の気配を感じ取る事が出来るのだそうだ。


言われてみれば、ここへ来る時、私も何か良く無いものを感じたような気がした。

もしかすると、あれがその魔法の気配だったのかもしれない。

いや、そんな事より、もしかしたら今この瞬間も、誰かに覗かれているかもしれないという事になる。

そう考えると、鳥肌が立ってくる。


しかし、ハリスさんの話によると、先程感じたという魔法はそこまでの精度があるものではないとの事だった。

何でも、その魔法は大規模な集会を監視する目的で使われているもので、大雑把にどこにどれくらいの人が集まっているかがわかる、というレベルのものらしい。

何処に誰がいるのかもわからないし、当然、そこでされる会話の内容もわからない。

それがわかっていた為、オズリーンさんは慌てていなかったようなのだ。


「まあ、ハリス爺の心配もわからないではないが、あまり心配し過ぎる事も無いだろう。ここには一応結界も張ってある事だしな」

「だからこそです。結界の厚い邸内に客人を招いた事になる訳ですから、それがわかれば、今度はラデアが仕掛けてくるかもしれません」


「ラデアか…。それは確かに厄介だな。けどまあ、アイツの魔法は対象範囲が狭いからな。どこか別の場所を探っている間は他は探れないから、客人がウチに泊まりに来たくらいでいちいち探って来る事もないだろう。奴が探るべき怪しい場所は、他にたくさんあるはずだ」

「ですが、うちがそのターゲットにならないとも限りません。ですから、大事なお話しは早めになされるのがよろしいかと…」


「なるほど、お前が言いたかったのはそれか。…まあ、確かにその通りではあるな」

オズリーンさんはそう言って頷くと、姿勢を正し、私の事を正面から見つめてきた。


急にそんな改まった態度を取られると、なんだか恐ろしくもなってくる。

上体を引き気味にして身構えていた私に対し、オズリーンさんは突然立ち上がり、突然、深く頭を下げた。


「シェルギ。いや、シェルギ・ドゥ・カールハリックス殿、私に力を貸して頂きたい」

「えっ? 力?」


意外な言葉に、私は思わず聞き返していた。

一対一なら誰にも負けないと豪語するオズリーンさんに、貸す程の力が私にあるとは思えない。

私がそう思っている事にオズリーンさんも気付いたようで、慌てて付け加えてくる。


「いや、別に力仕事をして欲しいっていう訳ではないんだ。それに、シェルギ本人がしなくてもいい」

「どういう事です?」


何だかよくわからないが、オズリーンさんが畏まった態度を崩してくれた事は、無意味に緊張しないで済むので有難い。

そう思い、少しホッとしたのもつかの間、今度は私の目の前に顔を寄せてくる。

しかも、私が身体を引こうとするより早く、今度は腕を掴まれた為、逃げる事も出来ない。


驚く私の耳元でオズリーンさんは蚊の鳴く様な小さな声で囁いた。

「私は近いうちに立つ事にした。わかりやすく言えば…、クーデターだ」


「なっ!」

思わず大声を出してしまいそうになり、私は慌てて口を手で押えた。

オズリーンさんは何も言わずに私の事を見つめている。


「じょ、冗談ですよね」

「いや、本当の事だ」

「ちょ、ちょっと待ってください。そんな事…、私に手伝える訳が有りません。第一、私はこの国の人間ではないのですよ」

思わず声が大きくなってしまう。


ケティとアルフェスが怪訝な顔をして私の方を見つめてくる。

オズリーンさんが小声で囁いた言葉は二人には聞こえていなかったらしい。


「何でもないの。ごめんなさい」

私はそう言って、手で二人に食事を続けるよう促した。

二人にはここは黙っていてもらった方がいいだろう。

尤も、耳を澄ませば話の内容は聞こえてしまうのだろうが…。


そうして二人に食事を勧めた後、改めてオズリーンさんの方を振り向くと、それを待っていたかのようにオズリーンさんが話し出す。

「シェルギに素性を隠す様進言しておきながら、その私がシェルギの出自を利用しようとしているようで本当に申し訳ないのだが…、湖の女神様の御威光をお借りしたいのだ」


「えっ?」

オズリーンさんが言っている事の意味がわからない。頭の中が混乱する。


その様子を見たオズリーンさんが言い直す。

「正確に言えば、事が成った暁には、この国に神殿を設ける事を許可してもらいたいのだ。そうすれば、それで民をまとめられる」


「…神殿…ですか? でも、神殿なら別に私に断らなくても…」

「いや、ただの神殿ではだめなんだ。正式にエアソルトの神官に認められた神殿でなければ…」

「そ、それは、私の一存では…」


普通、神殿を建てるに際し、特別な許可は必要ない。

そもそも地域によって信じる神は違う訳だし、例え祀るのがエアソルトと同じ湖の女神であったとしても、必ずしもエアソルトの許可が必要となる訳ではないものだからだ。

ただ、湖の女神に最も近い民とされるエアソルトの神官が祭祀を行う神殿というのは別格で、エアソルトの他にはトラスデロスとフェルドグラーツという湖の女神に対する信仰の厚い地域に其々一つづつあるだけだ。

エアソルトの神官が常駐する事になる為、女神を信奉する者達にとっては特別な存在となっている。

ヴァルパネスにも女神の信奉者は多いと聞くが、前述の二国とは違い、湖に直接接している訳ではない為か、そこまで信心深い訳ではないと聞いている。

そんな国に、エアソルトが神官を送り込むというのは、異例中の異例だ。


「だからこそだ。シェルギはこれから国に戻るのだろう? 戻ったら、司祭殿に掛け合っては貰えないだろうか? 次期「湖の聖女」の妹たるシェルギが頼めば、認められるかもしれない」

「で、ですが…」

「もちろん、事が成さなかった場合は今の話は無かった事にしてもらって構わない。というか、無かった事にして欲しい。……。私は、この国の民を救いたいのだ。その為には、民の拠り所になるものが必要だ。今のこの国の状況では、特にな…」


要するに、オズリーンさんはクーデターの後の混乱した国民をまとめるための柱として、湖の女神の力を借りたい、と考えているらしい。

そう考えたのは、オズリーンさん自身が湖の女神の信奉者である事も少なからず関係しているのだろう。

オズリーンさんが度々私の事を助けてくれるのも、その事と無縁ではないに違いない。


しかし、この国にはユルやベイオングに近い者もいるはずだ。

だからこそ、オズリーンさんは私に身分を隠す様進言してくれたはずなのだ。

私は他の神を崇める人達に対して悪い感情を持ったりはしないが、そういう人がいるからこそオズリーンさんは私に素性を隠す様にと言ったのではなかったか。


そんな事を考え、黙り込んでしまっていた私の後ろから、それまで黙っていたケティが恐る恐る声を上げた。

「あの…、私が口を出す事ではないのはわかっているつもりなのですが、それに、お世話になっておきながら申し上げる事ではないとも思うのですが…」

「構わない。言ってくれ」

ここでケティが突然話しに入って来た事にもオズリーンさんは驚いていない。

想定内だとでもいうように、普通に応じてくれている。


それを受け、ケティが思い切った様に口を開く。

「申し訳ありませんが、この国がこんな風になってしまったのには、オズリーンさん、あなたも責任があるのではないですか? あなただって、この国の指導者の一人なのでしょう?」

「ケティ!」

私は思わず大きな声を出していた。


ケティの言いたい事もわからないではないのだが、オズリーンさんにはオズリーンさんの事情があるはずなのだ。

特に、強大な権力や古い慣習の周りには、個人ではどうにもならない事がたくさんある事は私も良く知っている。

他国の住民である私達が口出しすべき問題ではない。


オズリーンさんは穏やかな表情で、思わず立ち上がりかけていた私の肩を優しく掴んで席に戻した。

「いや、いいんだ。ケティの言う通りだからな。私とて、こんな事をシェルギに頼みたくはなかった。だが、今のままではこの国の民はまとまらない。例え国のトップをすげ替えたとしてもだ」


「オズリーン様!」

オズリーンさんの口から物騒な言葉が出た次の瞬間、ずっとオズリーンさんの後ろに控えていたハリスさんが強い口調で諌めてきた。

しかし、オズリーンさんはそれを軽く右手を挙げて制した。


「わかっておる。だが、まだここは大丈夫なはずだ」

「ですが、万が一にもこの話があの方の耳に入るような事があれば、これまでの準備は全て…」

「私が立つ為には、必要な事だ」

「…わかりました。ですが、お話しはなるべく手短に。それと、あまり物騒な言葉は使われないように。万が一の場合、致命的になりますので」

「わかった。気を付ける」


オズリーンさんはずっとそこに控えているハリスさんにそう言ってから、再び私達の方に視線を向けた。

相変わらず表情は穏やかだが、見方によっては疲れている様にも見えなくはない。


「ごたごたしてしまって申し訳ない。何を話していたのだっけな、そうそう、何故私が動かなかったか、だったな。それについては申し開きのしようもない。正直、ヤツの目指す国の在り方がこのようなものとは思わずにいたのだ。ヤツのおかげで確かに国は成った。そして、多分に幸運にも見舞われ、周辺諸国に対してこの国を認めさせる事にも成功した。故にここは国をまとめるべき時だと思うのだが、ヤツは更なる野望に燃えていて、国内を治める事に興味がないように見える。国内が纏まるどころか、開戦当初よりも荒れている状態だというのに、大国エルファールへと攻め込んで、領土を増やしていくつもりなのだ。このままでは折角成立したこの国が空中分解してしまう」


「エルファールを攻めるって…。そんな事、上手くいくと思っているのですか?」

「無理に決まっている、と言うのだろう。それは私も同意見だ。ヤツは何か特別な策があるような事を言っていたが、どんな策があるにせよ、国内がまともに治まっていない状況で、他国の領土を奪うような事を考えても、上手くいく訳がない。いくら強い兵が集まっても、敵と戦うより前に内部から崩壊するに違いないからな」


「なるほど、私もこの国に入って以降、そこらじゅうに暗い空気が蔓延している事が気に掛っていました。住民達も密かに不満を溜めている、という事なのですね」

「だと思う。だからこそ私の所に本来は禁じられている陳情書がたくさん送られてくるのだろうからな」


「と言う事は、その人達の為に立とうと考えたと?」

「いや、彼等の事はそのきっかけに過ぎない。このままでは、折角成ったヴァルパネスという国が潰れてしまう。あたしはそれを防ぎたいだけなんだ。だが、その為には頭をすげ替えるだけではまだ足りない。人々の拠り所となるものが必要なのだ」

オズリーンさんの声が大きくなる。

気持ちが入っている事が伝わってくる。


しかし、ケティは納得できない様だった。

「そのために女神様を利用するというのですかっ!」

突然大きな声でオズリーンさんに噛みついたのだ。


その声に反応し、動きかけたハリスさんをオズリーンさんが素早く掴んで引き止める。

その上で、ケティの方に視線を向けた。


「そうではない。女神様の元に一致団結する事によって、民が纏まれば、この国もようやく真の国家となる事が出来ると思うのだ。幸い、この国には私を含め湖の女神の信奉者は元々多く存在する。だから、この国で勝手に建てた神殿などではなく、本家、エアソルトに認められた神殿が建てば、その者達はこぞって女神様の元に集う事になると思うのだ。そして、その者達が熱心にその神殿に通うようになれば、その者達に引きずられ、今まではそうでなかった者達も、女神様の元に集う様になる。そうすれば、女神様の下、ようやくこの国の民は一つにまとまる事が出来るようになると思うのだ。女神様をないがしろにするような者も最初はいるかもしれないが、皆の信心が厚い事を知ればやがて立ち去りいなくなる事だろう。トラスデロスで湖の女神の神殿を見た時、私はそうと確信したのだ」


確かに、もしそんな事になれば、同じく女神を信仰するトラスデロスやフェルドグラーツと状況はほぼ変わらない事になる。

しかし、それはあくまでもまともな政治がおこなわれている事が前提だ。


オズリーンさんはここで一息入れた後、再び言葉を続けた。

「私は、この国の長になろうとか、そんな大層な事を考えている訳ではないんだ。ただ、今のように妙な闘争心や虚栄心に心を煽られるような事も無く、湖の女神様の元、皆が少しでも豊かな暮らしができるよう、そして、折角できたこの国が他の国に飲み込まれて消えてしまわない様、この国を存続させていきたいだけなのだ。その為に必要な事であれば、なんでもするつもりだ。今ある枠組みを壊す事でそれが実現するのなら、私はやるつもりでいる」


オズリーンさんの発言には力がこもっている。

考えてみれば、エアソルトの神官がトロ湖から離れた場所に赴任する事自体は異例だが、神官達の中には、湖の女神の信仰を他国に広めたいと思っている者がいる事も確かなので、オズリーンさんの提案も全く可能性がない話ではないのかもしれない。

であれば、恩人でもあるオズリーンさんの力になってあげたいという思いもある。


「わかりました。姉と相談して、司祭様に掛け合ってみます。ただ、100%お約束する事は出来ません。それでもよろしいですか?」

私はオズリーンさんの頼みを引き受ける事にした。

この国の民を助けようというような大袈裟な考えからではなく、単にオズリーンさんの助けになりたいという考えからだ。


オズリーンさんの表情に安堵の色が広がってくるのがわかる。

「充分だよ。ありがとう。私も…」

その時だった。

ハリスさんが再び大きな声を上げた。

「オズリーン様! ラデアです。結界が…」

「わかった」


オズリーンさんは話しかけていた言葉を飲み込むと、すぐに状況の説明に切り替えた。

「大公の手の者の魔法がこの館をターゲットにしたらしい。悪いが話はここまでだ。これ以降は盗聴されているものと考え、先程の話は一切しないようにして欲しい。物理的な危害を加えてくる恐れはないから、それ以外は普通にしてくれて構わない」


オズリーンさんがそう言い終わるのとほぼ時を同じくして、頭の中を激しく揺らす気持ちの悪い感覚が襲ってくる。

私はその感覚に覚えがあった。

ウルオスで魔法を学んでいる時に経験した事があるものだ。


その時に学んでいたのは…、結界魔法。

そしてその結界を破る索敵魔法だ。

といっても、私の使える結界魔法は、せいぜいレベルの低いものでしかなかったのだが、他人が使う魔法を察知する事は、素養があったのか、その時の訓練で大幅に上昇した。

特に、結界を破る魔法に対する感度については、初級レベルではないというお墨付きまでその時の教官からもらっている。

だからこそ、わかるのだ。

この館を覆っていた薄い膜を何者かが突き破って入って来た事が。


ハリスさんが指摘しようとしたのもこの魔法の事なのだろう。

ハリスさんも恐らくは私と似た様な力を持っているに違いない。


気が付くとオズリーンさんは元の席に戻り、何事も無かったかのように食事を続けている。

私の目の前の皿もオズリーンさんと同様、いつの間にか新しい皿に変えられている。

ついさっき食べきったばかりなのに、と思いつつ、私は、その思いを新しい食事と共に飲み込んだ。

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