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ヴァルパネスの内情

オズリーンさんの家は、ヴァルパネスの旧市街の中でも特別に区切られた一角にあった。

その一角だけ特別な兵達に守られている特別なエリアだ。

これでは、例え予めオズリーンさんの家を知っていたとしても、その家の前まではとても到達できなかったにちがいない。

ほぼ間違いなく地区(エリア)の入口で引き返させられた事だろう。


あの後、アルフェスと合流した私達は、有難くオズリーンさんの招待に応じ、オズリーンさんの家に一泊させてもらう事となった。

アルフェスが宿を取れずに戻って来たからだ。

といっても、別に空き室が無かったわけではない。

アルフェスの目で見て安全に泊まる事が出来そうな宿が見つからなかったらしいのだ。


それを知ったオズリーンさんが、自身の館に泊めてくれる事になったので事なきを得たのだが、オズリーンさんと出会えていなければ、今頃は寝床を探すのに苦労をしていたに違いない。

下手をすると、危険な夜間の移動を強いられていた可能性もある。

そう考えると、少々危ない目にあったとは言え、オズリーンさんと再会するきっかけをつくってくれたあの男達にも少しくらいは感謝していいのかもしれない、と思えてくる。

もうあんな怖い思いをするのはごめんだが…。


オズリーンさんの御屋敷は、市街地の北側の小高い丘の斜面にあった。

丘の一番上にはお城があり、そのお城を守るように取り囲んでいる三つの御屋敷の中の一つに当たる。

これだけ城に近い場所に屋敷があるという事は、それだけ力のある家だという証拠だろう。


実際、オズリーンさんの御屋敷は城に近い荘厳な雰囲気を醸し出している。

ただ、それにしては屋敷の中は意外に質素で、召使いや奴隷の数も意外に少ないようにも見受けられる。

豪華で美しい装飾品などもたくさん飾られているのだが、その全てがことごとく寂しげに見えるのはなぜなのか。

良い品に囲まれているにもかかわらず、少しも楽しげな雰囲気がない。

何というのだろうか、全てが冷たく見えるのだ。


とはいえ、そんな事を口に出して聞ける訳もなく、ただひたすらオズリーンさんの後ろについて行くと、オズリーンさんはとある大きな部屋の中へと私たちを導いた。

そこは、どうやら食堂の様だった。

部屋の真ん中に、片側に五~六人が並んで座れる大きくて立派なテーブルが置かれていて、そのテーブルの一番奥の一角に、四人分の食事の用意がされている。

片側に一人分、それとは反対側に三人分だ。

オズリーンさんに促され、その三人分用意された側の一番奥の席に着くと、どこで見ていたのか、待ち構えていたかのように、すぐに食事が運ばれてきた。


出された食事はどれも温かく、とても美味しいものばかりだった。

正直、もう何年も食べていない久方ぶりの豪華な食事だ。

しかも、抜群のタイミングで次の皿を持ってくる。

始めは戸惑っていたケティとアルフェスも、オズリーンさんが細かな作法を気にしない事がわかると、次第に自己流でむしゃむしゃと食べ始め、出て来た皿を次々と平らげていった。

特にケティは随分と嬉しそうだった。

恐らくは初めて食べる物ばかりなのだろう、無我夢中で次々と食べ物を口の中へと運んでいる。


そんな風にして、食事もそろそろ終わりに近づいたと思われる頃、私のすぐ隣に小さな椅子がそっと差し込まれ、オズリーンさんがすっとそこへ移動してきた。

どうやら一足早く食事を終えて来たらしい。


「我が家の夕餉はいかがでしたかな?」

オズリーンさんがそのタイミングを見計らって話しかけてきたということなのかもしれないが、実は私もちょうど食事を終えようとしていた所だった。


なるべくにこやかに振る舞うよう気を付けながら、素直にお礼を言う事にする。

「泊めてもらえるだけでも有難いのに、こんなに美味しい食事(もの)まで頂いて、本当にありがとうございます」


しかし、オズリーンさんはそれには構わず、声を潜めて言ってきた。

「すまんな。今はあまり大きな声で話したくないものでな。近くまで寄らせてもらった。この屋敷の中は安全なはずなのだが、念のため、という事だ」


これはつまり、彼女は自分の屋敷の中なのに、盗聴を気にしている、という事なのだろう。

街中もかなり物騒だったと思うのだが、それはここでもあまり変わりがないらしい。

そんな事を考え、引き気味になっていた私を見て、オズリーンさんが少しおどけて言ってくる。


「なあに、この屋敷に私に無断で入り込む様な命知らずの野郎は、まずいないだろうから、そんなに心配する事も無いんだけどな。わざわざ大きな声で話す必要もないだろうし、近くで話した方がシェルギの可愛らしい表情も良く見えるから、と理解してくれればありがたいな」


そして、言い終わるとすぐに、わざとらしく私のすぐ近くまで身を乗り出してくる。

そうするとオズリーンさんの美しい顔が私のすぐ目の前にくる事になる。

彼女の顔は近くで見てもやはり美しい。

きちんとドレスアップさえすれば、並大抵の姫君では太刀打ち出来ない位のレベルだ。

とはいえ、その厳しい目つきだけは普通の姫君のものとはかけ離れている。

例え笑っていても、目の奥には獲物を狙う鷹の目が隠れているように私には見える。

それがまた彼女の魅力なのかもしれないが…。


「ちょ、ちょっと、そんなにまじまじ見つめないでくださいよ、オズリーンさん。わかりました。っていうか、私もこんな大きなテーブルを挟んで話すよりは、こうしてお互いの体温を感じるような位置で話した方が嬉しいですからね」

「おおっ、嬉しい事を言ってくれるねえ。なら、もう少し近寄っちゃおうか」


更におどけて、オズリーンさんが椅子ごと近くにずり寄ってくる。

その口調が意外に自然で可愛らしい。

思わず見惚れてしまいそうにもなるが、とはいえ、これではいくらなんでも近すぎる。


「ちょっと、近すぎません?」

「そうか? あたしはお前のような女は好きだからな。構わないぞ」


オズリーンさんが、流し目で私の手を握ってくる。

それはそれで随分と妖艶な美しさだ。

男なら一発でメロメロになってしまうのかもしれないが、しかし、残念ながら私は男ではない。

私は意図せず身体を後ろに引いていた。


「ふふふふ、可愛いなあ、シェルギは。冗談だよ、冗談。ケティもそんなに怒るなよ」

振り返ると、ケティが精一杯恐い目をして睨んでいる。

といっても、迫力で言えばオズリーンさんの足元にも及ばないのだが、ケティも私の身を守るのに必死だという所だろう。

オズリーンさんもそれを察し、ふざけるのをやめた。


だが、それ以前に、私は、オズリーンさんが私に何か悪さを仕掛けてくるとは思っていなかった。

ちょっとふざけて、ちょっかいを出して来ただけだろう。

もしかしたら照れ隠しのようなモノなのかもしれない。

なので私は本題を促す事にした。


「で、私にどんな御用がお有りなのでしょうか?」

「あ、ああ。まあ…、なんだ。その件については後でするとして…」

すると、これまで何事にも明快に結論を下してきたオズリーンさんにしては珍しく、急に歯切れが悪くなった。

何か言いずらい事でもありそうだ。


「何なら、私だけ別の部屋に移りましょうか?」

なので、私がそう提案すると、オズリーンさんは慌ててそれを拒絶した。


「い、いや。そんな気遣いは必要ない。っていうか、ここの方が都合がいいんだ。ケティも、もう一人の連れもいてくれて構わない」

オズリーンさんの目的が何処にあるのかはわからないが、オズリーンさんがそう言うのなら、きっとそれでいいのだろう。


ケティは、私が軽く頷きかけるのを見て、まだ途中だった食事を再開させた。

アルフェスは無関心を装っている。

とはいえ二人とも、こちらの話に耳を傾けている事は間違いない。

それはオズリーンさんもわかっているはずで、それで構わないと解釈していいのだろう。


少し間を置いてから、オズリーンさんは姿勢を改め、私に向かって問いかけて来た。

「シェルギは今のこの国の状況をどう思う?」


「どうって?」

「さっきも我軍の兵どもに難癖をつけられていただろう?」

どうやらオズリーンさんが話したいのは、この国の現状に関する事らしい。

それは私もこの国に入って以降、ずっと気になっていた事でもある。


「うん。確かに、以前に比べて随分と物騒になったような気がするけど…、この三年くらいの間に、何かあったの?」

「ああ、いろんなことがあった。まあ、そのおかげでいつ潰されてもおかしくない自治都市から曲がりなりにも国家として名乗りを上げる事が出来るようになったのだがな」

「国土も随分広くなったのじゃない? 国境の検問だって三年前と比べてずいぶん遠くに出来ていたもの。それだけ領土を確保したっていう事でしょう?」


以前は今でいう旧市街だけのようなものだったので、城壁を出てすぐの所に検問があった。

城壁の外にも畑などは散見する事ができたので、城壁の外でもある程度生産活動は行われていたのだろうが、それでも明らかに国土が増えている事は間違いない。


オズリーンさんが平然と言ってくる。

「それが目的で国を興したのだから、それはまあ当然の事なのだが…」

しかし、そこまで言った所で、オズリーンさんは急に声を小さくした。


「…だが、ヤツのやり方は常軌を逸していると言わざるを得ない。大国に対抗し生き残るためにも、何とか国土を増やし、国を強くしようとしているのはわかるのだが、その為に手段を選ばないというのは気に喰わない。民が疲弊してしまっては、いくら強い軍が出来ても、結局国力は上がらない」


「…確かに。この辺りの雰囲気も大分悪くなっちゃったみたいだしね」

「そうなんだ。最悪なのは、強い兵を集める為に兵同士を戦わせ、勝った方に負けた者を従わせるというルールを作った事だ。それ以降、街のあちこちで決闘が行われ、物騒な事になっている。お前達が巻き込まれそうになったのも、恐らくそれが原因だ」


「決闘…ですか?」

「そうだ。と言っても、本来決闘は前線以外の兵同士のみに認められた行為だから、お前達の様な旅人が巻き込まれるはずのものではないのだがな。にもかかわらず、お前達のように旅人が巻き込まれる例が後を絶たない。お前達にも本当に申し訳ないと思っている」

オズリーンさんはそう言って頭を下げた。


その頭を何とか上げさせる。

「いえいえ、私達はオズリーンさんに助けられた訳ですし、オズリーンさんが謝らなくてもいいですよ。それに、そのルールだってオズリーンさんが決めたルールという訳でもないんでしょ?」

「それはそうなのだが、結果的に黙って見過ごしている事も事実だからな。実は、上層部には現状を報告し、そのルールの撤回するよう訴え掛けてはいるのだが、そうやって強引に手に入れた兵の中には役立つ者も多いらしくてな、なかなか聞き入れてもらえないのだ」


「でも、たとえそうだとしても、シェルギが狙われるのはおかしくないですか。シェルギでは戦力にはなりませんよ」

口を挟んできたのはケティだ。

黙っていられなくなったのだろう。


ケティが突然横から口を挟んできたにもかかわらず、オズリーンさんは特に驚いた様子もみせずに、それまでと変わらぬトーンで続けていく。

「弱いからと言って役に立たないという訳ではないのさ。旅人なら情報はたくさん持っているのが常だからな。けどまあ、お前達を狙った奴らはそういう事ではなく、お前達の身体が目当てだったのかもしれない。残念ながらそう言う輩がいる事もまた事実の様なのだ」

オズリーンさんがさらっと恐ろしい事を言う。


思わず言葉が詰まってしまった私を横目に、ケティが言い返している。

「で、でも、そう言う場合は街の保安部隊が助けてくれるのではないですか。国が市民を守るのは当然の事でしょう?」


「一応、女は法律で守られているのだが、それはこの国の市民に限られているのさ。だから、奴隷や他国の民はその中に入らない。もちろん、旅人への過度な干渉は昔から禁じられているから、本来なら男女を問わず手出しができないはずなのだが、さっきも言った通り、旅人を取り込んで兵力を増強するような輩をわざと見逃している所為で、決闘にかこつけて自らの欲望を満たそうという下衆な連中も排除されずに済んでいるという訳なんだ。…本当に申し訳ない」


私とケティはお互いに目を見合わせた。

最初から嫌な予感はしていたのだが、あの時あの男の威圧に屈して頷いてしまっていたとしたら、今頃はどうなっていたのかわからない、という事なのだろう。

もしかしたら奴隷に落とされていたかもしれない。

そう考えると恐ろしさで身震いしてしまう。


「でもまあ私が間に合って良かった。その大きな音を出すペンダントのおかげだな。おかげでこうしてお前達を捕まえる事が出来た訳だからな」

「…捕まえる?」


という事は、私達がこの辺りにいる事をオズリーンさんは知っていたという事になる。

オズリーンさんが小さく微笑んでいるのがわかる。


「そう、私にも仲間はいるのでな。彼等からの情報でお前達がこの国に来ている事を知り、慌てて探しに出た所だったのさ」

つまり、オズリーンさんと出会えたのは丸っきりの偶然ではなかったという事だ。

オズリーンさんは私達の事を探しに来てくれていたのだ。


「ありがとう。助かったわ」

「なあに、友人をひどい目に合わせる訳にはいかないからな。当たり前の事だろう。それに、シェルギの素性がばれれば、国際問題に発展する可能性だってある。尤も、その事がヤツに知れれば、ヤツは逆にそれを利用してエアソルトを脅すくらいの事はやりかねないがな」


そんな恐ろしい事をあまりさらっと言われても対応に困る。

ヤツというのが誰の事を指しているのかなど知りたくもないが、恐らくこの国の上層部にいる誰かなのだろう。

この国がそんな恐ろしい事が蔓延する国になっているとは思わなかった。

知っていたら、例え時間が掛ったとしても遠回りをしていたにちがいない。


とはいえ、それなら逆に気になる事も有る。

「でも、だとしたらオズリーンさんはこんな…、ううん、この国にいて大丈夫なの? オズリーンさんは美人だし、狙い撃ちしてくる人だって大勢いるんじゃない? その中には強い人だっているだろうし…」


私は思いついた事をそのまま聞いてみた。

オズリーンさんの表情に変化は見られない。


「私の事なら大丈夫だ。これでも一応、我が家系はこの国の「三聖」の一つとされているものでな。三聖同志の決闘は禁じられているし、三聖とわかっていて決闘を申し込むような国民などいないしな。……。それに、仮に決闘を申し込まれたとしても、返り討ちにするだけだから構わないさ。私には代々我が家系に伝わるこの剣があるからな。一対一の戦いなら、誰にも負けない自信がある。…、まあ、国外にはもっと強い輩がいるのかもしれないのだけどな…」


オズリーンさんは言いながら、食事中も腰に帯びていた立派な剣の、赤い石の埋め込まれた柄の部分を、少しだけ持ち上げてみせた。

オズリーンさんが只のお嬢様ではない事は、私も当然知っていたが、そこまでの自信があるとは思っていなかった。

正直、その言葉の全てを信じる事までは出来ないが、実際、あの時も男達は尻尾を巻いて逃げて行ったくらいなのだから、もしかしたらそれくらいの強さは持っているのかもしれない。


オズリーンさんの美しい瞳が私の様子を窺っている。

「なんだ? 何か言いたい事でもあるのか?」


「いいえ。女なのに凄いなって思っただけ」

「別に何も凄い事はないさ。あたしは必要に迫られてこうなっただけだからな。ならないで済む状況なら、あたしみたいにはならない方がいい」

オズリーンさんはそう言うと、部屋の壁の天井近くにある窓から空を見上げたまま、まるで何かに思いを馳せているかのように静かになった。


少しして、オズリーンさんの斜め後方から、突然、低い声が発せられた。

「お嬢様、何者かが室内を探る気配が有ります。例の微弱なヤツですので今の所問題はないと思いますが、探れなくなる時間があまり長くなりますと、怪しまれる可能性があります。お急ぎになられた方がよろしいかと…」


気が付くとそこにはいつの間にか老年の男性が控えていた。

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