久方ぶりのヴァルパネス
ウルオスにいた私の元にアルフェスが尋ねて来たのはもう一月以上前の話になる。
姉のシェニナが次の「湖の聖女」に選ばれる事が決まった事で、その祝典に参加する為、私に戻って来るよう伝えに来たのだ。
というのは建前で、姉がいなくなることによりハールカリックス家の巫女がいなくなってしまう為、妹の私をその後釜に据えようと考えての事だろう。
元々は巫女になるのを拒んでエアソルトを離れた私だが、そういう事情ならやむを得ない。
姉には今までさんざん迷惑をかけて来たのだから、そんな姉の晴れの日に私がその場にいないのでは不義理だし、そうでなくとも姉の晴れ姿は是非とも見たい。
ということで、まだ志半ばであった魔法の習得を諦め、私は国に戻る事を決めたのだった。
ウルオスを出てまもなく、ラドオークで乗っていた馬を失い盗賊に絡まれるというアクシデントも有ったりしたが、その時はたまたま通りかかったコチとかいう新しい街の若者に助けられ、旅は何とか続ける事が出来ている。
その後、ラドオークから、ユル、ハイディールと通過して、ここヴァルパネスへと差しかかった。
この街は私がウルオスに向かった三年前はまだ自治都市だったはずなのだが、いつの間にか領地を広げ一つの国として成り立っている。
自治都市と国で何が違うのか私にはよくわからないが、新しく設置されたヴァルパネスの国境の検問を越えた辺りから、やたらと領地の話を聞くようになった所を見ると、どうやらそういう話らしい。
それはそれでわからないではない話なのだが、気になったのは街の雰囲気が明らかに以前よりも悪くなっている事だ。
それはわずか二か月程前にここに立ち寄った事のあるアルフェスも、同じ様に感じているらしかった。
心配そうに言ってくる。
「シェルギ様。やはりこの街を通るのは止めた方が良かったのではないでしょうか。この国は来る時に通った時よりも、遥かに雰囲気が悪くなっているように思います」
しかし、私はアルフェスの発したその言葉の内容よりもアルフェスの言い方の方が気になったので注意した。
「アルフェス。「様」を付けて呼ぶのはやめて。少なくともこの旅の間は私達は友達じゃあなかったっけ?」
私の生まれたカールハリックス家は祖国エアソルトはもちろんの事、トロ湖周辺の地域ではそれなりに名が知れている。
なので、その出自を隠す意味もあり、同行しているアルフェスとケティとは友人同士という事に示し合わせておいたはずなのだ。
「申し訳ありません。そうでした。ですが今は我々だけしかいないので…」
「そんな事は関係ないって前にも言っておいたでしょ。誰が聞いているかなんてわからないんだから」
少し怒って声を荒げると、アルフェスの大きな体が小さく縮こまる。
すぐにケティが助け舟を出してくる。
「シェルギ。アルフェスの事、あまりいじめないであげて。私達があなたとこんな風に親しげに話すのは、あなたが考えているよりもずっと難しいものなんだから」
ケティも元々は私の従者だったのだが(正確には今も)、一緒にウルオスへ行き、長い間友人として接してくれているうちに、すっかり本物の友人同士になっている、と、少なくとも私はそう思っている。
私にとって、気取らずに自然に会話が出来るケティの存在は有難い。
だが考えてみれば、そうなるまでにはそれなりの時間が必用だった。
「わかったわ。…まあ、確かに、ケティもこんな風に話せるようになるまでは結構時間がかかった訳だしね。けど、アルフェスが言うように遠回りなんかしていたら、姉様の晴れの日に間に合わなくなるかもしれないじゃない。ここが自治都市のままだったら、そんなに回り道をしなくても良かったかもしれないけど、今となってはヴァルパネスの領内を避けようとすると、大回りしてエルファールに入るしかないのでしょ。さすがにそこまで遠回りは出来ないわ」
「確かに、それはそう…なのですが、この国の国民は妙に殺気立っているようなので、できればあまり関わらない方がいい様な…」
アルフェスはまだ随分と心配そうにしている。
護衛の役目も言いつかっているアルフェスなので、ある意味心配するのも無理はないのだが、実は、私はそこまでの心配はしていない。
それについてはケティも同じようだった。
「大丈夫よ、アルフェス。ここまでだって何とか三人で切り抜けて来たじゃない。ヴァルパネスは国と言ったってそんなに大きな国ではないわ。昔の市街ならある程度治安もいいはずだし、そこに一泊だけして、とっとと向こう側の国境を越えてヴァルパネスの勢力範囲を超えてしまいましょう。シェルギの言う通り、わざわざエルファールまで大回りするのでは時間がかかってしまうもの」
「…それに、この国の人達って今は殺気だっているのは確かみたいだけど、少なくとも悪い人ばかりじゃないと思うのよ」
私がそう思うのには訳がある。
私とケティは、ウルオスに向かう三年前、とある事情で困っている時に、この街の住民に随分と助けられた事があるのだ。
「そうか、ここには確か、あの人もいるんだっけ?」
「そう。あの人の国なのだもの、きっと大丈夫よ」
あの人とは、その時に特に良くしてくれた人の事だ。
その時の事は今でもしっかり覚えている。
アルフェスも二人の勢いに押されたのか、渋々ながら引き下がった。
「わかりました。ですが、この街ではあまり街中をうろつかないようにしましょう。何が起こるかわからないですから」
「わかったわ、アルフェス。でも、まだ日があるうちに買い物をするくらいはいいでしょう? 旅人相手に真昼間から妙な因縁を付けてくる輩もいないでしょうし、少しくらいはいいわよね」
しかし、この時のこの言葉が、甘い考えだったという事を、この後、私は思い知らされる事となったのだった。