空は暗くて、鮮やかで
川の上流で、大きな花が開いたらしい。頭上を照らす瞬きに続いて、地響きに似た破裂音が轟く。複数回連続したのち、ぱらぱらと炎の花が散った。どこからともなく漂ってくる、何かが焦げたような匂い。夜空に浮かぶ煙の雲。星は目立たず、鮮やかな花が彩りを添える。
花火大会が、始まった。
七月末に行われる夏祭りのクライマックス。最後を飾る花火大会は、夏休み最大のイベントだった。地元の人間で大会に来ない人などいない。そう言い切っても過言ではなく。
だから俺は友達数人と来たし、浅川も女子のグループで来ていた。知った顔とはち合わせることは珍しくもなく、こうして一緒に行動するのも想定の範囲内ではあった。唯一の問題は。
「……ねえ、青島」
今、こうして。
「そうだな、浅川」
人混みに紛れ、友達とはぐれてしまったことだ。しかも、よりによって浅川と二人きりで。
相変わらず地響きのような音は聞こえているし、夜空も鮮やかに灯っている。大会は滞りなく進んでいるし、俺と浅川は立ち尽くしている。友達に電話をしても、呼び出しのまま繋がらない。花火の轟音のせいで気付いていないのかもしれない。どうすれば良いのだろう。下手に動くと、浅川ともはぐれてしまう。
「あたしまだなにも言ってないけど?」
「おまえの言いそうなことくらい判る」
俺としては、はぐれても構わないのだけれど。とはいえ浅川は女の子だし、会場はそれなりに薄暗い。もし浅川の身に何かあったら、俺の寝付きが悪くなってしまう。だから、仕方がないのだ。
「せっかくかわいい格好してきたのにさー」
「そんな格好して来なきゃ良かったじゃん」
浴衣姿の浅川から目が離せないだけなんてことは、きっとない。
「うっさい青島。あんたなんかにあたしの気持ちが判ってたまるか」
「はいはいそうですか。てか浅川、歩くのしんどかったんじゃん?」
珍しく露わになっているうなじや、慣れないせいで少しはだけた紫陽花柄の浴衣や、真っ赤な下駄の鼻緒や、薄暗い中で光る瞳の色や、髪に飾られたガラス細工の金魚。それらが気になるのは、仕方のないことで。
「え? あ、まあ、下駄は慣れないから結構つらいけど」
破裂音が響く。光が散乱する。
「おぶってやろっか? 浅川が嫌じゃなけりゃ、だけど」
夜空が煌めく。はらはらと星が散る。自分が何を言っているのかが判らない。
浅川の顔を見た。花火の色を移したように、鮮やかな赤い顔をしている。光が止む。煙の匂いが流れてくる。頬の色は残っていた。
「しょーがないわね。親切心を徒で返すのも悪いし」
ひゅるるるる。細長い音の花火が打ち上がる。連続する花の雫。赤、緑、白に、淡い黄色。幻のように広がり、ぱらぱらと瞬き消えていく。
「嫌々だってんなら断ってくれて構わねーよ、別に」
気付けば、風が凪いでいた。全身をじんわりと汗が覆う。冷や汗のように背筋を伝い、けれど期待を募らせる。
「……嫌なら嫌って言うよ、バカ」
なんだかひどく暑くて、思わず、顔を背けた。
「あっそ。バカで結構ですよ俺は」
浅川に向け、手を伸ばす。中腰になり背に乗るよう促すと、後ろから腕を回された。浅川の細い腕。俺の首を抱き、全てをゆだねるように。
どん、という一際大きな爆発音が、遠くの空から響いてきた。
「靴擦れ、気付いてたんだ」
空が明るい。大きな花が咲いている。
「んなもん、見りゃ判るし」
耳に息がかかる。背中が柔らかい。浅川は、思っていたよりも軽かった。
花が煌めく。ぱらぱらと夜空に溶け、星の瞬きと同化する。轟音が嘘のように、ゆっくりと染み込んでいく。
「ありがと」
静かに歩き出す。背中が暑い。暑いけれど、心地良く。心地良いけれど、ひどく暑く。
「……おう」
鮮やかな光が舞う。音が響く。友達は見つかりそうにない。会場は広く、人は多く。身動きはとりづらいけれど、はぐれる心配はなくなった。
生ぬるい風が吹き抜ける。夜空の花が、連続して大きく開く。もう終盤なのかもしれない。最後の大花火までには、友達と合流したいような気がする。けれど。
「探しに、行く?」
静かに、歩みを止める。浅川の細い指が、俺の服をぎゅっと掴んだ。




