表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

TS100ものがたり 08:貝

作者: 私

201X年5月10日 X県X大学付属病院 第一会議室 記者会見


『今回は、日本近海で発見された大変珍しい貝を紹介したいと思います。

この貝は御覧の通り、ホタテ貝のような二枚貝でして、近年日本海側の近海で発見されました。最初はホタテ貝の亜種かと思われていたのですが、後にある特徴的な性質により、まったく別の種であることがわかりました。

ここではまだ学名が決まっておりませんので、二枚貝Xとしたいと思います。


この二枚貝X、近年ホタテ漁の際に、極まれに紛れ込むようになりまして、地元漁師が偶々食べてみると非常においしかったため、高級なホタテとしてセリに出すことも検討していました。

しかしある問題が発見され中止となりました。この貝を食べた青年漁師が酷い腹痛に襲われました。ノロウイルスのようなウイルス性の食中毒かと思われていたのですが、体内からウイルスは発見されず、腹部の強烈な痛みを訴えました。病院で検査を重ねたのですが、原因は不明。一週間ほどして、患者に特徴的な変化が現れました。陰嚢と陰茎が収縮し始めたのです。さらに一週間ほどで完全に消滅、すると驚くべきことに今度は体の女性化が始まりました。つまり、乳腺の発達、乳房の成長、体の肉付きの変化などです。さらに男性器の消失した下半身に変化が起き、次第に女性の外性器の特徴を示すようになりました。一か月ほどで、ほぼ男性的特徴が失われ、二か月ほどで通常の第二次性徴前の女性の身体、三か月ほどで一般の成人女性とほぼ同様の身体へと変化しました。そして驚くべきことに、その一か月後、月経を迎えました。

ご存知の通り、現在の科学水準では、完全な性転換、つまり生殖能力を持つに至る性転換はあり得ません。半陰陽など、男性の形質をもってはいても、体内は女性というケースでは、何かの拍子に女性の形質が現れることはあります。しかし、聞く話によると患者は発症前まで完全な男性で、今までも数人と性的関係を持ったことがあるとのこと。男性器の消失あたりからCTによって体内の様子を記録しているのですが、男性内性器が失われ女性内性器が成長していく様子が記録されています。

これがその画像になります。股間部から貫通が始まり、次第に膣、そして子宮へと形成されていく様子が分かると思います。

原因不明ということで、様々な可能性を考慮して調査を進めましたが、答えは出ませんでした。感染性のウイルスも考慮して、バイオセーフティレベル4と同等の隔離状態で検査を続けました。社会的影響の強さや患者の人権に考慮して、この時点では公表はしませんでした。

そしてその数か月後、患者の住んでいる漁村の隣町の漁村から二人目の患者が出ました。彼は40代の男性で、男女二人の子供の父親でした。同じく漁師で、腹痛の前に二枚貝Xを食べたと供述しています。

前例があったため、ホルモン剤の注入や抗生物質の使用を試してみたのですが、一人目の患者とほぼ同じく、一週間で男性器が消失。今回のケースでは、発症直後から記録をしていたため、男性器の消失過程が明らかになりました。

発症から二日から三日で、精巣が萎縮を始め、触感も柔らかくなります。次第にその容積を失い、四日目には両睾丸は喪失。その後、陰茎の海綿体の崩壊が始まり、七日目には殆ど陰茎も喪失してしまいます。

我々は二人目の患者により、発病の原因が二枚貝Xにあると断定し、治療を続けながら、二枚貝Xの調査に乗り出しました。網にかかった二枚貝Xをすべて調査するとともに、決して食べないように注意を促しました。

また今まで二枚貝Xを食べた漁師たちの健康調査も行いました。しかしすべてで異常なし。二枚貝Xは非常に美味なため、食べられなくなり残念と言う声も多く聞かれました。

当初は二枚貝Xのみに感染する特殊なウイルスや寄生虫が原因ではないかと思い調査をしていましたが、採取した検体を調べているうちにある事実に突き当たりました。

採取した二枚貝Xのすべてが雄だったのです。ホタテガイと同じように雌雄の区別は容易につきます。

100体以上の個体を採取したのにメスはゼロ。生物により雌雄の比は異なりますが、ここまでバランスを欠くのも珍しいケースです。なにか外的要因により性別が変わるのか、それとも魚類のように性転換をするのか、海洋生物学者の協力も得て研究したのですが、数か月間実態は不明でした。

しかし一年近い調査の結果、ついにメスの個体を発見しました。それまでに捕獲した個体数が348であることを考えると、性比は凡そ1対350。非常に珍しいケースです。なんとか確保した貴重なメス個体ですが、色々検査しましたが特に異常な数値は見られませんでした。

我々のチームも八方ふさがりになりました。最後の希望を賭して挑んだメス個体の調査も失敗に終わったのです。単なる神のいたずらか。それとも全く別の要因があるのか。

ある種、やけくそになった研究チームは、今まで捕獲した個体も合わせて、二枚貝Xを自ら食べてみることにしました。生ではさすがに気が引けたので、焼き貝にして食べてみることにしました。今まで憂鬱な雰囲気だった研究室は、食欲を誘う磯の香りに満たされて、それこそ海の家のようでした。院生も呼び、一升瓶も持ち込まれ、どんちゃん騒ぎが始まりました。


そして翌日、集団感染が発覚したのです。しかしこれが問題解決への糸口になりました。まず、感染者が男性のみに限定されていたこと。この研究室には、5人の女性研究員がいたのですが、すべて症状が現れませんでした。一方、男性にはほぼ全員症状が現れました。ほぼというのは、遅れてきた二人はメスの二枚貝Xを食べず、オスのみを食べたため、発病しませんでした。

つまり、やはり原因は二枚貝Xのメス個体にあること、そして人間の女性の個体には感染しないことがわかりました。十二人の集団感染ということもあり、検体には事欠きません。自身の体の変化が進む中、皆が必死に原因の解決にあたりました。

その結果がこの表です。

御覧の通り、各検体の精子濃度に感染後著しい変化が見られます。この原因は何かといいますと、二枚貝Xのメスは大量の卵子を体内にため込んでおりまして、これが食べられるなどして別の個体の体内に入ると活性化するようにプログラムされています。そして、驚くべきことに、人間の男性の精子と結合し受精卵となり、精巣やその他の組織を栄養源として成長していくのです。

二枚貝Xの雄の精子と人間の精子の類似性は、比較的以前から気が付いていたのですが、まさか、このような現象が起きるとは想像もしていませんでした。こう考えていくと、そもそも二枚貝X自体が、普通のホタテ貝と人間の精子との突然変異で発生した個体ではないのかとさえ思えてきます。あくまで仮説ですが…。

そしてある程度に育った受精卵はより安定した環境での育成を期待します。そのため、体内を改造し、子宮を作り出して、そこで大量の受精卵を保育するわけです。そして、患者にとっては所謂初経の段階に至って、大量の受精卵を体外に放出するわけです。当然、今までの患者にたいして、初経の際の体液の調査まで行っていなかったわけですから、その存在を知る由もありませんでしたが、今回はすべての感染者の初経における排泄物を調査し、大量の受精卵が含まれていることを確認いたしました。

今後におきましては、二枚貝Xの卵子による精巣浸食のプロセスの解明、子宮等の女性内性器の形成のメカニズムの解明、その他女性ホルモン以上の作用を持ち身体の女性化を促す物質の特定が必要になってきます。また、二枚貝Xの浸食により不本意に女性化した男性への生活面でのサポートや身体的状況の追跡調査が必要になってくるでしょう。いまのところ第一感染者は、正常な生理のサイクルを維持しており、身体的にも一般女性と相違のある部分はありません。このまま女性として出産が可能だと思われますが、メンタルケアを含めて慎重な対応が求められるでしょう』


記者:今回、二枚貝Xの存在を秘匿し続けていたわけですが、リスク管理として正しかったと思うか?


『二枚貝Xのメス個体が原因と判定されるまでは、二枚貝Xが原因生物であるという確信はありませんでした。なぜなら、多くの男性が同じように食用にしていたからです。また仮に二枚貝Xが原因生物だと仮定しても、二枚貝Xは海底250m以下の海底にのみ生息し、一般人による採取は困難であること、そしてもし採取したとしてもそれは密漁に当たる違法行為であることから問題ないと考えました。そしてもし発表した場合、正確ではない情報により、漁業全般への過大な影響が懸念されました』


記者:今後どのような対応が必要になると思うか?


『二枚貝Xを流通させない、食べない。現時点で感染後の治療法はありません。特に男性は注意が必要でしょう。ただし、絶対数が少ないため、過度に心配する必要はないでしょう』


記者:二枚貝Xの利用は考えられるのか?

『男性を女性にする。それも、従来のホルモン治療とは比較にならない可変性をもっています。そのメカニズムを解明することは、何かしらの理由で子宮や卵巣に障害がある女性や性同一性障害に悩む男性に、治療方法を開発するきっかけになるかもしれません。しかし利用を考える前に、きちんとリスク管理をしていく必要があるでしょう』


都内私立高校の教室のディスプレイに映されていた映像が止まる。

「これが、人類最大の過失と言われる10年前の出来事の始まりを告げる記者会見の様子です。この時点で研究グループは、精巣の浸食は終わっていると思っていましたが、実は継続中だったのです。感染後、約一年に渡り月経ごとに大量の受精卵が体外に放出されていました。それらは汚水とともに川や海にばらまかれ、それぞれの海で二枚貝Xは大量発生しました。それも人間の精子と受精した個体は、すべてメスとなることが判明しました。形状がホタテ貝に似ていることもあって、情報を知らない業者によって市場に流通。さらに性感染することも分かり、パンデミックを引き起こします。私も、そして皆さんの中にも、元々は男性だった人がいるはずです」

40人ぐらい入る教室にいるのは全員ブレザー姿の女子高生。しかしここは女子高ではない。パンツスーツ姿の30代半ばの教諭も、同じく女性だった。パンデミックによりこの国の男女比は大きくゆがんでしまった。女性1に対して男性は0.01。かろうじて生き残った男性も、まるで天然記念物のように隔離され保護されている状態だった。

「では、今日の課題は、この対応にどのような問題点があったのかを、A4一枚のレポートにまとめてきてください」


これだけの問題があっても、二枚貝Xの流通は止まらなかった。それは非常に美味であり、女性ならば食べてもなんの危険もないことが原因だった。それどころか、コラーゲンが豊富に含まれており美肌効果を高めると言った俗説も氾濫していた。一度食べた味は忘れられない。この女性教諭も、帰りに一個買って帰ろうと思いながら、授業を終えた。


おしまい



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ