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魔境を生き抜け猛き赤 -異界道中冒険記-  作者: 瓶詰フクロウ
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006.[再生]と[飢餓]

 また、夜が明ける。あの化物との遭遇から三度目の朝、日が昇ると共に、痛みを堪えつつ手足に力を込める。ようやく、自分の意思で身体を動かせるまでには回復してきた。まだ指先や関節のあちこちに違和感、そして痛みが残っているが、なんとか行動することは出来そうだ。

 ゆっくりと、まるで生まれたての仔馬のように頼りなく立ち上がり、自身の状態を再確認する。

 まずは足。化物の牙に蹴りを入れた時、牙が脛に深々と突き刺さり穴が空き、その後噛み砕かれグチャグチャになったはずの足は、立ち上がれていることからも窺える様に、すっかり治っていた。明らかに異常な回復力、再生力である。ボロボロになりながらチラと見た程度だが、記憶の通りならあれほどの外傷、適切な処置をしたとしても数ヶ月は動けない程の物だったはずである。


「……俺、あの時に一体何されたんだ……」


 致命傷だったはずの胸の傷を見る。背中から枝が刺さり貫通していたはずだが……塞がっている。しかし、学ランに空いた穴と、生々しい血の跡が、幻ではなかったことを物語っていた。

 あの時、傷穴へと埋められた『何か』。それがこの異常な再生と、あの尋常でない痛みをもたらした……のだろうか。

 ――考えても答えは出ない。まあ、今重要なのは俺の身体が治り、動けるようになったこと。それだけだ。ひとまずは命が助かったこと。それを喜ぶとしよう。


 ――ちなみに、ズボンは太腿部より上が残っている半ズボン状態である。無事とは言い難いが、なんとかまだ使えるレベルであった。生い茂る草木で肌を切る恐れはあるが、活動に支障はない。

 そんなことを確認していると、強烈な感覚が俺を襲った。


「……腹、減ったな……」


 空腹感。三日三晩、何も口にせず痛みに耐え続けていたのだ。当然といえば当然だろう。――今なら、口に入るものをなんでも飲み込んでしまえそうな気さえする。

 周囲を見渡し、何か食べられそうなものが無いか探す。ここであの蛇のような化物とやりあった時には、一帯の地面がひっくり返っていたはずだが、今は地面を下草が覆っている程度の広場になっていた。


「――ああ、あの広場は、あいつが作っていたのか……」


 であるならば、かなり広い範囲が奴の狩場、縄張り(テリトリー)なのかもしれない。この森の、ヌシとでも言うのか。……しかし、縄張りが広いということは一度去っていったであろう今、ここにもう一度来るのも先になるということだ。――あまり気にしても仕方ない。


「そんなことより、何か食べ物……!」


 探し歩いていると、あの(・・)桃のような果実が視界に入った。臭いだけで劣情に駆られ、食しただろう男女は行為に没頭するほどまでに堕落してしまった、その果実。しかし……


「……あれ、なんで平気なんだ(・・・・・)?」


 あの時のような劣情は一切感じない。あの酸味トマトを齧った訳でも無いのに関わらずだ。試しに果実を手に取る。あの時同様、濃い甘い匂いは立ち昇って来るが、精神的な変容は感じられない。


「……もぐっ」


 一口かぶり付く。甘い。桃の果汁を何十倍にも煮詰めたかのような恐ろしいほどの甘さが口に広がり、そして身体へと染みていく。足りていなかった糖分が補給されたことを、身体中が歓んでいる。そして同時に、もっと、もっとと貪欲に求め出した。ガブリ、ガブリと、次々に果実を食らう。


「……足りない」


 足りない足りない足りない。もっと、もっともっともっと。一度意識した空腹は、果実だけではとても満たされない。他に何か無いか探し歩く。と、ある木の根元に色とりどりのキノコが群生しているのが見えた。身が肉厚でとても旨そう(・・・・・・)だ。その中の一つ、鮮やかな赤い斑点模様のキノコを手に取り、匂いを嗅ぐ。とても食欲を刺激されるいい香りだ。たまらず齧りつく。旨い。噛み締めるほどに旨味が湧いてくる。そのまま生で一本平らげてしまった。だが、当然これだけでは足りない。次に、全体が真黄色なそれを手に取り、そのまま齧る。カラシをより強くしたかのようなヒリヒリとした刺激が口の中に広がる。だが――


「……うん、食える」


 別に食べるのに支障は無い。そんなことより今はこの飢えを少しでも埋めたいのだ。先程の赤いキノコと一緒に、何本も食べ進める。そして――


「……でも、流石にこれは食えねえよな……」


 もう一種、一緒に生えていた紫に染まったキノコを手に取る。あまりにわかりやすく毒々しい色合いだ。どう考えても、食べられるとは思えない。手に取ったそれを捨て、他のキノコを食べようと考えた。

 だが、自分の中の何かが、これを食せと訴えかけてくる。ふと気付くと、いつの間にか口元へとこの毒々しいキノコが運ばれていた。

 無意識の内に齧り、咀嚼する。一噛みごとに、口の中を刺々しい刺激が襲う。吐き気が、こみ上げてくる。


「(……やっぱり、毒だったか……!? でも、なんで……勝手に……?)」


 酷い吐き気を感じ続けながら、それでも体は勝手に毒キノコを食べ続ける。不思議なことに、吐き気はするのに実際に吐き出したりすることはなく、体は黙々と口へとキノコを運び続けている。吐き気と毒々しい味の無限地獄。この苦しみがまた延々と続くのかと思っていた。しかし――


「――あれ、なんか……吐き気が治まってきた……?」


 慣れたとでもいうのか、ずっと感じていた吐き気が薄れ、刺激だけでなく、この毒キノコの持つ本来の味を感じられるまでになってきた。

 様々な味が織り交ざったかのような豊かな苦味。その中に、確かに旨味も感じられる。そしてそれは、他のキノコと一緒に食べるとより鮮明に浮かび上がってくる。赤いキノコは、『赤斑茸(アカマダラタケ)』と呼ぶことにした。三種の中では、一番美味しいキノコだ。一つ食べるごとに、身体にエネルギーが漲ってくるような気がする。黄色いキノコは『黄色辛子茸(キイロカラシダケ)』。これまで食べたものの中では「辛味」を持つ物は多くなかったので、ヒリヒリする味わいがとても新鮮だった。紫のは『紫苦茸(ムラサキニガタケ)』。最初は毒かと思ったが、食べ慣れると、中々癖になる苦味が味わい深い。

 それらのキノコの旨さに夢中になり、しばらく周囲のキノコを貪り続ける。手の届く範囲に群生していたキノコを大方食べ尽くしたあたりで、ようやく我に返った。


「――ふぅ、思ったより結構食べたな。さて、そろそろ動くとするか」


 まだまだ空腹感は収まりきっていなかったが、それでも大分マシになってきた。周囲は化物に掘り返された関係でかなり様変わりしているが、まずはあの時来た道を探し、引き返さなければならない。



「――よかった。残ってたか……」


 朝から探し始め数時間、ようやく目的の物を発見した。ミズシロから預かった、大きめのバックパックである。中には鎌を始めとした園芸用品などがそのまま入っている。鉈だけは、護身のためミズシロに持たせていたままだったが。


「……これ、ちゃんとあいつに返さなきゃな」


 ――そのためにも、必ず追いつかなければならない。ミズシロと示し合わせた道標、『世界樹』に向けて、急がなければならない。


「(……そういえば、あの女も『世界樹で待っている』と言っていたような……)」


 朧気な記憶ながら、彼女の言葉を思い出す。そういえば、あの女の言葉が何故わかったのか、そもそもあの女は何者なのか。俺の身体を治した「何か」も含めると、考え始めれば(キリ)が無い。


「……今は、気にしてもどうしようも無い。とにかく、ミズシロに合流することが最優先、か」


 再び、道なき森の中へと進んでいく。この世界に始めてきた時の様に、独りで。しかし、あの時とは違い、隣に誰かが居ないことに違和感と、一抹の寂しさを覚えながら。

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