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魔境を生き抜け猛き赤 -異界道中冒険記-  作者: 瓶詰フクロウ
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002.[世界樹]と[癒泉]

 角ウサギの包囲網をなんとか突破し、広場の中心まで戻ることが出来た。ヤツらはどうやら肉食というより雑食のようで、狙っていた獲物も俺ではなく、落ちて広場へ向かって歩いていた『蠢き木苺』だったらしい。逃げた後で振り返ると、先程足元辺りを歩いていた木苺を一心不乱に貪っている角ウサギの姿があった。そういえば、そこそこの数の蠢き木苺が地面を歩いていたはずだ。ウサギたちが木苺で物足りなくなり肉食系に目覚めるまで、ある程度の時間はあるだろう。それまでに、徐々に小さくなっている広場でやれることをやり切ってしまうとしよう。


 最初に試みたのは「木の上からの遠見」による情報収集だ。木登りも考えたが、高速で生長する木を目の当たりにした今、周囲の木の安定性への疑問から危険の方が勝ると考え、別の手段を取ることにした。

 スマホによる風景撮影だ。タイマーをセットし、放り投げての撮影を試みる。これならば、木登りよりはだいぶ安全にこの木々の向こうの様子を窺い知ることが出来るだろう。最初はブレてまともに見られたものではなかったが、試行錯誤する内に数枚ほど、なんとか周囲の様子を伺える写真を撮ることが出来た。が、それから得られた情報はあまり喜ばしい物ではなかった。

 あまりに広大な森。写真には、地平線まで染まる一面の緑が写されていた。少なくとも、一日や二日で森を抜けることは叶わないと見て間違いないだろう。

 だが、手掛かりを諦めきれず撮影を続ける。何度撮ろうと写るのは緑の景色のみ。周囲は集まる木の実たちにより次第に森へと戻りつつある。森の奥からは、血に飢えた(ケモノ)から熱視線が送られてきている錯覚すらある。焦燥感に駆られつつ力一杯スマホを放り上げる。と、力加減を間違え、あらぬ方向へとスマホは飛んでいってしまった。


「うわっとと……」


 運良く、掘り返されたかのような柔らかい土の上に落ちたお陰か、スマホは無事だった。そして、土に塗れたスマホを拭うと、そこには今までの写真の景色とは全く違う、異様な物が映されていた。

 『世界樹』、そう呼んでしまうほどの巨大さ。緑一色の地平線から伸びる一本の樹らしき物が撮影されていたのだ。麓の森の樹高が自分の周囲のそれと同じだとして、1kmは優に超える高さがあるだろう。今までは周囲の木自体が高く、そして深い森だったため見られなかったが、その存在がわかった今、方角さえ確認できれば目的地として設定してもよさそうだ。

 そしてなにより……


「あそこに行けば、この世界について何か分かるかもしれない」


 そう思わせるだけの「何か」を、その『世界樹』に感じていたのだ。


 次に、食料の確保を行った。とはいえ、現状食べるのに適したモノはあの『蠢き木苺』くらいしか思い当たらなかったので、それを全力で、片っ端から採取することにした。先程のビニール袋からの逃走や、森の中の大行進の様子から、「陽の光」が引き金となって暴れだすのではないかと仮説を立て、収穫した木苺を入れたビニール袋は、学生鞄の中に詰め込んで行くことにした。鞄が常にモゾモゾと蠢いているが、背に腹は換えられない。この木苺は単なる食料というだけでなく、角ウサギから逃げるための撒き餌にもなるだろうからだ。


「……」


 ふと、視線を感じて振り返る。そこには、目を爛々と光らせた三匹の角ウサギ(ヤツラ)の姿が――


「悪鬼退散!」


 手持ちの木苺一つを放り投げる。それだけで全羽気を取られて投げた方へと駆けていった。どうやら、対ウサギ用兵器としては十全に機能するようだ。今のうちに、急いでこの場を離れるとしよう。


 そして最後に、「武器」になりそうな物を探した。ウサギなどの雑食の動物なら撒き餌で対処出来るようだが、木苺は俺自身の食料でもあるため、何度もこの手を使う訳にもいかない。それに、木苺で気を引けるかわからない肉食性の動物もおそらくいることだろう。それらの脅威に少しでも対抗する手段を得ようと、大きめの枝を集めてみた。この中から出来るだけ真っ直ぐで堅く、杖としても使えそうなものを選び、工作用ナイフで邪魔な枝葉を落とすなどの加工を施す。こうしてなんとか、俺の背丈ほどの長さの杖を作ることが出来た。試しに周囲の木や石を軽く叩いてみたが、強度も問題なさそうだ。


「じゃ……行くか」


 そして、『世界樹』の下へと出発する。どうせ行く宛もない『異世界』なのだ、一番異世界らしい所まで行ってやろうではないか。少なくとも、俺はこんな森の中でウサギに刺されて死ぬつもりなど毛頭無いのだから。



◆◆◆◆◆



 半日ほど森の中を進んだ。時折朝に見つけたような広場があり、そこで世界樹の方角を確認しつつ進んできたため、確実に近づいてはいるはずだ。いるはずなのだが――


「……全然近付いてる気配が無いな」


 朝から所々で撮ってきた写真を確認しているが、そこに写っている世界樹の大きさが変化している様子が無いのだ。半日、といっても正確には7時間半程だが、休み休みとはいえ歩き続けたにも関わらず、世界樹までの道のりとしては微々たる距離だったようだ。生半可な旅で済むとは思っていなかったとはいえ、中々精神的に来る(・・)。それにスマホのバッテリーの残量の問題もある。今日はこれ以上使わない方がいいだろう。

 そういえば、朝から所々にあった『広場』だが、あれについて奇妙なことに気がついた。あの広場はいつ出来たのだろう(・・・・・・・・・)か。あの広場は、『蠢き木苺』の様な「歩く木の実」によって積極的に森へと還る。にも関わらず、俺が見つけた広場は毎回ある程度の広さが残されていた。ということは、最初はもっと広範囲が更地になっていたのだろうか?であるなら、それを為したのは一体――


 そんなことを考えていると、再び開けた場所に出た。と言っても、先程から考察していた広場とは少し様子が違う。泉が湧き出している、ある種オアシスの様な所であった。

 生水ということで健康面への不安もある。が、手持ちの水分も余裕がある訳でも無い。ここで補充していくことにしよう。

 まずは試しに泉の水を手で掬って舐めてみる。特に変わった味はしない。一口飲んでみる。疲れた身体に冷たい水が沁み渡る。こういうのを甘露というのだろうか。たまらずがぶ飲みする。全身に水が行き渡り、身体中が歓喜の声を上げているかのようだ。


「あー……生き返る……」


心置きなく水を飲み、手持ちのボトルに補充する。そんなことをしていると、気付いた時にはかなり日が傾いていた。明かりを灯す手段も無い今、夜の森を進む程の危険を冒す事はできない。どちらにしても危険かもしれないが、今夜はこの泉の周辺で過ごすべきだ。

 さて、そうと決まれば準備に取り掛からなければならない。まずは、周辺の食料になりそうな物の探索を行った。泉の周辺はこれまでの森と若干環境が異なるのか、『蠢き木苺』以外の楽に食べられそうな木の実が見つかった。が……


「……どう見ても、トマトなんだよな……」


 赤く、瑞々しく、よく熟れたトマトのような木の実。まあ、木に成っている時点でトマトではありえないのだが。試しに一つもぎ取り、恐る恐る齧ってみる。すると、少し想像と違った味が口の中いっぱいに広がる。


「……酸っぱ!」


 まるで梅干しかレモンを直接齧ったかのような酸味が口の中に広がる。最初は齧ったヤツだけが腐っていたりしたのかとも思ったが、他にもいくつか齧ってみたところ、この酸味こそがこのトマトっぽい木の実そのものの味なのだとわかった。だが、慣れてみると中々悪くない味わいだ。だが、水分が多めなだけあって、保存にはあまり適していそうにない。今日の夜と明日の朝の分だけ採取していくとしよう。


 次に火起こしを試みた。始めに、周囲の石を使って石窯を組む。泉の周辺だけあって、土は相応に湿っている。このままでは、仮に火を起こせても早々に消えてしまうだろう。うろ覚えの頼りない知識と、使えそうな石の選別のため手間取りながら、なんとか不格好ながらも石窯を組むことが出来た。

次に、手持ちの枝を使って種火を作る。とはいえ、こんな原始的なきりもみでの火起こしなど、子供の頃行ったキャンプでもやったことが無い。試行錯誤を繰り返し、何本も枝をダメにしながら、一時間以上掛けてようやく小さな種火を作ることが出来た。この種火に、乱雑に千切ったノートの切れ端を近づける。繊維状になった部分から火が燃え広がり、なんとか焚き火と呼べるだけの規模の火を得ることが出来た。後は火が消えぬよう、薪となる枝を焚べ続ければ大丈夫そうだ。


「しかし……疲れたな」


 火起こしがこれほど肉体的にも精神的に疲れるとは想定外だった。見れば、額にも汗が浮かび、身体中がじっとりと湿っている。両の手だってボロボロだ。

 ――ふと、泉が視界に入る。滾々(こんこん)と水が湧き出ており、水浴びでもすればさぞ気持ち良いに違いない――


「……あぁ……気持ちいい……」


 気が付くと、俺は全裸で水浴びをしていた。まあどうせ人など通り掛かる気配も無いし、仮に野生動物が現れたとしても、そいつらに対し羞恥心を覚えるだけ無駄なことだ。ならば今は存分に汗を流し、英気を養うとしよう。それも、人が生きていくには重要なことだ。


「ふぅ……さて、そろそろ上がるとするか」


 そう、この時の俺は油断していた。


 だから、焚き火を見つけた何者かが、すぐ近くまで来ていることに気が付くことが出来なかった。


「!」


 ガサガサと、森の奥から音がする。藪を掻き分け、こちらへと近寄ってくる足音が。

 ゆっくりと、しかし確実に。それ(・・)は、こちらに向かって進んでくる。


 そして遂に、俺の前へ姿を現したそれ(・・)は――


「……ぅわっとと、えぁっと……え?」


 小柄な体躯に、腰まで延びた艶やかな髪。

 俺の通っている高校の制服を着た、一人の女子だった。


 突然の来客に、頭の中が真っ白になる。言うべき言葉も、取るべき行動も、何一つ出てこない。


 対峙し固まる二人。そして、先に口を開いたのは、彼女であった。


「あ、あの!……これ、使いますか?」


 そう言うと彼女は、顔を赤らめながら一枚のタオルを差し出してきた。



それがこの世界での、彼女との最初の出会いであった。


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