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魔境を生き抜け猛き赤 -異界道中冒険記-  作者: 瓶詰フクロウ
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001.[跳突]と[蠢木]

 ――気が付くと、俺は森の中に倒れていた。


 あの最後の瞬間、俺はトンネルの中で何者かに背を押され、『黒い裂け目』へと吸い込まれてしまったはず。それが、今はこんな都会とは無縁そうな樹海の真っ只中にいる。


「――あの『裂け目』、ここに繋がってたってことか……?」


 突拍子もない空想が思い浮かぶ。しかし、黒い裂け目に吸い込まれた人がその場から消えてなくなった様子も目撃している。ありえない、そう一蹴することは、出来ない。


「うーん……今は考えても埒が明かない、か……」


 混乱してきた頭を落ち着かせるため、その場で一度深呼吸をしてみる。森の中だからだろうか、どうも空気が濃い(・・)ように感じる。


「――スゥー……ハァー……。……さてと、夢や、幻の類じゃなさそうだな……何処だここ」


 あんな得体のしれない物が繋がっていた場所だ。最悪、日本の中じゃない可能性すらある。だがそれでも、こんなところに骨を埋める気は毛頭ない。なんとかして、日常生活へと帰らなくては。


「……さて、何入れてたっけか」


 現状の把握のため、まず所持品を確認する。身に着けている衣服は学生服、いわゆる学ラン。他に、アナログの腕時計とスニーカー。着替えになりそうな衣服は他には無い。服のポケットには、ハンカチ等の一通りの日用雑貨、ガム、財布などが入っていた。正直、この場面ですぐさま役に立ちそうな物は多くはない。そして……


「……やっぱり、使えないか」


 スマートフォン。現代で生きる者にとって必須とも言える重要なツール……だが、鬱蒼と木々が茂る樹海でも役立つかと言われればそうでも無いようだ。電波も入らず、充電手段も無い現状、ほとんど役には立たないだろう。


「……いや、待てよ? 確かアレは電波に関係なく使えたはず……!」


 思い当たることがあり、一つのアプリを探す。それは『コンパス』だ。コンパスは電波の送受信ではなく、GPSを利用した物のため、圏外だろうと使用できると何かで見た記憶がある。

 せめて方角がわかれば。しかしそんな思いで起動した画面には、期待を裏切る絶望的な文面が並んでいた。


――『GPS信号を確認できません』、と。


 ……人工衛星からの信号が届かない場所が、この地球上にあるのだろうか。

 そんなことを思いながらも、今役に立たないのであれば仕方がない。いつまでも落ち込んでいる訳にもいかないのだ。

 気を取り直し、次に取り掛かる。学生鞄だ。中には何冊かの教科書やノート、筆記具や文房具、そしてペットボトルに入った飲みかけのお茶が入っていた。が、食べられそうな物は、隅に押し込まれていた飴玉が数個程度しか無い。いつも学食で済ませていたのが仇となったようだ。

 少量とはいえ水分と、最低限の非常食になり得る糖分は確認できたが、あまり状況は芳しくない。飢えや渇きを凌ぐために、この森の恵みから糧を得ていく必要がありそうだ。


 文房具の中のハサミやカッター、工作用のナイフといった刃物は、この状況を乗り切るためには重要なアイテムだろう。刃こぼれなどに気をつけながら、大事に使わなければ。



 時計は現在九時を示しているが、ここの時間と合っているかはわからない。一応木々の隙間から陽の光が窺えることから、夜で無いことだけはわかる。

 それに、何処に行くにしても、方角もわからない今、無闇に動きまわっても体力を消耗するだけだろう。何処かしらに基点となるポイントを定め、そこから一気に森を抜けるまで行軍するか、充分な備えを蓄えてから動くか考えるべきだ。この状況から生き延びるためには、現状何もかも足りていない。



 ガサリ、と近くの茂みから物音がした。とっさに手持ちの刃物の一つを手に木の陰に隠れる。文房具の中にあった大きめのカッターナイフだ。仮に相手が熊の様に大型の獣だとしたらあまりに頼りない「武器」ではあるが、無いよりマシだ。

物音がした茂みの方を警戒する。そしてすぐに、それ(・・)は茂みから顔を覗かせた。


――ウサギである。


 思わず緊張が緩む。俺の足音を外敵のものと思って警戒していたのか、フンフンと鼻をひくつかせながら辺りの様子を窺っている。しかし、茂みから完全に姿を現したそのウサギには、自分の知っているそれ(・・)には無い、とある特徴が備わっていた。


 ……角だ。そのウサギの額には、一本の鋭い角が生えていた。


 まるで空想の世界の一角獣(ユニコーン)のような立派な角。目の錯覚を疑い、もっとよく観察しようとしたその時、別の茂みからもガサガサと音がし、そこから大きなイノシシが姿を現した。

 互いが互いを敵と認識したのか、両者は体勢を整え、向き合い睨み合う。だが、その体格の差は歴然としており、万に一つもウサギに勝ち目など無い、そう思っていた時だった。


 次の瞬間、猛烈な勢いでウサギが飛び跳ねたかと思うと、鋭い角がイノシシの眉間へと深々と突き刺さった。


 横倒しに崩れ落ちるイノシシ。どうやら、その一撃で勝敗は決したようだ。勝者たるウサギは、イノシシに突き刺さった角をワタワタしながら引き抜いている。と、そのウサギは奇妙なことをし始めた。イノシシの腹を角で突き刺しては引き抜き、ズタズタに掻き混ぜている。その凄惨な行動は、ウサギの頭部が返り血で真っ赤になるまで収まらなかった。

 ようやく突き刺すのを止めたかと思うと、今度はズタズタになったイノシシの腹の辺りで何かし始めた。クチャ、グチャッという、咀嚼音が聴こえる。イノシシの肉を食べている(・・・・・)ようだ。

 ――どうやら、俺の知らない内にウサギは草食系から肉食系へと進化を遂げていたらしい。



 目の当たりにした「角ウサギ」の生態について考えつつ、急いでその場を離れる。木々の間を明るい方へ歩いていくと、少し開けた場所まで出た。上を見上げれば、青空が見えるほどポッカリと空いている。ここなら、周辺を探索するために利用できそうだ。ここを、キャンプ地と定めることにした。

 開けた広場の中心から、周りの木々を見渡す。どの方向を見ても薄暗く茂っている様子しか確認できず、早々にこの森を抜け出るのは困難であることを窺わせた。

 そこで、仮のキャンプ地としたこの広場の周辺を探索することにした。目的は木の実や野草などの飢えを凌ぐための食料。あわよくば、誰か、または何かしらが通った「道」を見つけたかった。先程の「角ウサギ」やイノシシのような野生動物を見つけては隠れつつ、たまにド突かれかけながら、一時間程度探しただろうか。「道」らしきものは見つからず、食べられそうな木の実も、ドングリやクルミに似た小さく硬い木の実や、採取してなお蠢く(・・)謎の実がいくつか見つかった程度だった。

 

「……って、なんだよ、このキモい木の実は…………」


 食べられそうな木の実を片端から採取していた時には気付かなかったが、改めて確認してみるとビニール袋の中で確かに蠢いている(・・・・・)木の実があった。

 探索中に鳥のような生き物やリスに似た生き物が齧りついていたため、毒の無いものだと考えいくつか採取したものだ。見た目も赤い色も木苺に似ているし、よい香りもしていたので、完全に木苺だと思っていた。

 いま改めて観察すると、いつの間にか実から四本の触手(・・・・・)のようなモノが伸び、ウネウネと蠢いている。時折、他の実の触手とぶつかってはケンカのような小競り合いをしているようにも見える。

 ……自分の中で、常識が音を立てて崩れていくような感覚がした。これが、現状一番食べるのに適した食べ物でもあるのだから。生きるため、食わねばならない。

 意を決し謎の木の実を一粒取り出す。触手に抵抗されるかと思ったが、意外にも摘むとおとなしくなった。まあ、それでも時折ピクピクと痙攣していて気持ちの良いものではなかったが……。


「……ええいっ!」


 口に放り込み咀嚼する。異常を感じればすぐさま吐き出す覚悟をしながら、舌に感覚を集中する。シャクッと、噛むほどに果汁が口の中に染み渡る。その味は――


「……美味い」


 美味かった。調和の取れた甘みと酸味、その奥に感じる仄かな苦み、それら全てが合わさった爽やかな味わいが、明日をも知れぬこの森における初めての癒しとなった。


「……この、『蠢き木苺』は見かけ次第摘んで行くことにしよう」


 そう心に決めつつ、一度広場へと戻る。時計回りに円を描くように移動しながら探索していたため、右方向に戻り続ければ広場に出るはず。だったが……


「……ん、この広場……さっきより狭くなってないか?」


 錯覚かもしれないが、広場の大きさが、探索を始める前と比べ一回り小さくなっているように感じた。探索前に広場の中心に落ちていた大きな枝を立てていたので、先程と同じ場所であることは間違いない。何かあったのかと訝しんでいると――


「!? うわぁっ!?」


 突如、採取した木の実を入れていたビニール袋から何かが飛び出してきた。『蠢き木苺』だ。それらは生えた四本の触手で器用に着地すると、トコトコと歩き出し、少し離れたところで自ら埋まっていった。

 まさか、と思いその場を離れ、広場の外周部分からしばらく観察してみる。すると、またも自分の常識を壊す光景が始まった。『蠢き木苺』が埋まっていった所からひょこっと芽が出たかと思うと、みるみるうちに立派な樹木へと生長していった。

 目の前で起きた摩訶不思議な光景に唖然としていると、ふと足元に違和感を覚えた。見ると、地面に落ちていた『蠢き木苺』が、触手を使い広場へ向かい歩いていく様子であった。

 ……ようやく理解した。最初に見つけた広場が狭くなっていた理由、この森の植物の中には、種や実が自ら生長に適した場所へと移動する能力を持つものがおり、そして同時に、元の世界(・・・・)の常識とはかけ離れた生長力を持っているのだろう。


 だからこそ


「ここは……この世界は……」


 認めなければならない。


「俺のいた世界じゃ…………無い」


 これからは、自分の常識が通用しない異世界の自然で、生きなければならない。

 帰り道も、帰る手段すらわからない絶望的な状況の中、生き延びねばならない。

 どんな理不尽に遭おうと、どんな脅威に襲われようと、生き抜かねばならない。


「それでも……生きる。生きてやる…………!」


 俺は、この世界から生きて帰ることを、改めて心に決めた。

 そして、そのためにも……


「……まずは、こいつらをどうにかしないとな……」


 いつの間にか俺を取り囲んでいた、血走った目をしている角ウサギたちから逃げ切る方策を、全力で考えなければ……。

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