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魔境を生き抜け猛き赤 -異界道中冒険記-  作者: 瓶詰フクロウ
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012.[悪霊]と[約束]

『ミズシロ! 俺だ、アキラだ! 目を覚ませ、ミズシロ!!』


『アハハハハハハ!!!』


 懸命に目の前のミズシロへ叫び続ける。しかし、今の彼女にはその声が届いている様子は無い。目の前の彼女からは……理性が、欠片も感じられない。


「――チィッ!」


 目の前のミズシロに押し切られ、風壁ごと腕が浅く斬り付けられる。その時、制御を失った風が辺りに撒き散り、俺と彼女を吹き飛ばした。距離が開き、改めて今のミズシロの様子が目に映る。俺の前に佇む彼女は、いわば悪霊の如き風貌へと変わり果てていた。眼窩は黒く染まり、髪には色が無く、生命力の靄が集まって形作られたであろう朧気な身体はまさしく幽霊の様で、ずっと、狂ったような嗤い声を響かせ続けている。


 ――しかし、それでもあれはミズシロそのもの(・・・・・・・・)だ。何故だかそう感じ、その確信が、ある。頭の中に直接響くその声色。変わりきったその風貌に残る面影。それら全ての残滓が、その悪霊がミズシロであると訴えかけてくる。

 その悪霊の下に目を移すと、倒れ伏している生身のミズシロがいた。だが、その顔からは生気が感じられず、まるで……まるで魂が抜けてしまったかのようで……


「ミズシロ……なんで……」

『――アハハ♪ ……守ラナ、キャ……キャハ、キャハハハハ!!』


 ミズシロの霊が、再び鉈と共に突撃してくる。それに対し、ミズシロ自身に気を取られていた俺は反応できず――



『――茨蔦の防壁(ソーン・ウォレン)!!』



 しかし、目の前に現れた蔦の壁のお陰で無事だった。直後、後ろから引き戻される。どうやら、ベガの魔法によって守られたようだ。


『――アキラさん! しっかりしてください!』

『……すまない。だが、あいつは……』

『あの霊が……あの人が、アキラさんの探していた方なのですね。――なら、もしかすればまだ、助けられるかもしれません』

『! 本当か!?』


 瞬間、蔦の壁が縦に真っ二つに引き裂かれた。ミズシロの霊は、力任せに鉈を振り下ろすことで壁を打ち破ったようだ。


『アハハハハハ!』


 破れた壁から、哄笑と共にミズシロの霊が突進してくる。その攻撃をいなし、躱し、逃げ回りつつ、再び間近でミズシロの霊の様子を観察する。その貌は、明らかに狂気に染まっており、俺が誰かも認識出来ていない様に見える。本当に、彼女を助けることができるのだろうか……?

 ――いや、それでもベガは助かると言ってくれた。今は、その言葉を信じる他ない。


『こっちです!』『こっち、こっち!』


 いつの間にか移動していたらしい双子が、森と広場の境界線で手招きをしている。……この状態のミズシロを、ようやく会えた彼女を放って逃げろと言うのか。


『一度退きましょう。 ……あの人を、確実に助けるために』

『……本当に、助ける(すべ)があるんだな?』


 ――はい。と、躊躇い気味に言うベガの弁をひとまず信じ、俺達四人は森へと逃れることにした。



◆◆◆◆◆



 広場に来る時に通った元の道を引き返す。周辺には変わらず、傷つき力尽きた動物たちの亡骸が転がっている。不思議とアイツは追いかけて来ない。


『アキラさん、えっと……ミズシロさん、でしたか。彼女の様子を見てください』


 ベガが木々の隙間から見えるミズシロを指差す。何故か、ミズシロの霊は広場を巡回するように飛び回っているが、森へは近付いてくる様子が無い。そして、さらに目を凝らして見ると、ミズシロの霊から倒れている彼女の身体に向かって、糸のような物が伸びているのを見て取れた。


『――ベガ、あの糸って……』

『はい、あれは[魂の鎖]と呼ばれる物です。そして、あれが繋がっている限り、彼女を元通りに蘇生する希望は残されていると言えます』


 その後、ベガから今のミズシロの状態についての話を聞いた。今の彼女は所謂「生霊」と呼ばれる、半死半生の状態だと言う。説明の言葉の所々は理解し切れなかったが、現在の彼女は「一つの事柄」のみを行動原理に、無意識的に障害を排除する機械のような状態だと言うことは理解出来た。

 そして――


『今の彼女の行動原理は、おそらく[自分の身体の防衛]ではないでしょうか』


 あのミズシロがしきりに口にしていた「守る」という言葉。それは、自分の身体を外敵から守ることだろうと、この周辺に転がる死骸からも推測できる。おそらく、彼女を襲おうとした獣たちをあの鉈で撃退し、そして獣たちは逃げる途中で力尽き、このような有様になったのだろう。


『しかし蘇生を行うには、彼女のすぐ側まで近付かなければなりません。……それも、私達が三人揃っていなければ、蘇生を試みることは難しいでしょう』

『……なにか、揃っていなければならない理由が、あるのか?』

『はい。そもそも、蘇生は非常に難しい魔法な上、必要とされる魔力も莫大です。……今の私一人の魔力では、とても賄えない程に』

『……シェリアとスーラ、だったか。この二人は、あのミズシロに近付いても、大丈夫なのか?』

『……壁は、出せます』『少しだけなら、保ちます』

『ですが、長くは守れないでしょう。そして、蘇生魔法を使っている最中は、他の魔法を使う余裕は無いと思ってください』

『つまり、その無防備の間、俺が、あいつを引きつけておけば、いいのか』

『はい。どうか、お願い致します』

『――いや、助けてもらうのは、こちらだ。むしろ、こちらからも頼む。どうか、あいつを助けてやって、欲しい』



◆◆◆◆◆



「――! アハ、キャハ、アハハハハ♪」

「よう、ミズシロ。 今度こそ、助けてやるからな……っ!」



 広場へと躍り出て、ミズシロの霊と対面する。と同時に、鉈を振りかぶってミズシロが突っ込んできた。それを躱しながら、ベガから注意されたことを思い出していた。


 曰く、「ミズシロの霊体を傷つけてはいけない」「ミズシロの感情を昂ぶらせてはいけない」。今の彼女は非常に危うい状態であり、本来なら、物体に干渉して攻撃行動に出ることすら稀なのだと言う。

 生霊と肉体を繋いでいる「魂の鎖」は、霊が肉体へ戻るための大事な道標だが、それそのものは脆く、容易く途切れてしまう物らしい。故に、「霊体を傷つけてはいけない」。その衝撃で、鎖が千切れてしまい兼ねない。そして、それが失われるということは、「完全な死」を意味する。完全に死んだ者は、取り戻すことは出来ない、そう警告された。

 また、あの生霊とは「剥き出しになった精神そのもの」でもあり、その状態は感情と密接に関連しているそうだ。現在は正気を失っているため、その点に関しては逆に安定しているとも言える状態とのことだ。だが、仮に正気を取り戻せば、自身の状態への混乱などを含め、一気に精神が崩壊し兼ねないとも注意を受けた。あの霊体の状態でそのような事になれば、それもまた「完全な死」に至るのだろう。


 故に、「助ける」と豪語はしたが、採れる戦術としては防戦のみだ。ミズシロの振るう鉈を躱し、透かし、受け止める。なお、風の壁の爆発でもミズシロにダメージを与えかねないらしく、生身で直接鉈を受けている。一応腕を魔法で強化し硬くしているため、かち合っても鈍い痛みが走る程度で済んでいる。が、魔法で創り出された蔦も容易に引き裂く程の膂力だ。強化した部分以外に当たれば、そうでなくとも向こうの力が今より上がれば、俺はあの獣たちの亡骸と同じ末路を辿ることになるだろう。


「――そうなる前に、ミズシロを……頼んだぞ、三人とも……!」


 迫り合い、引き付け、ミズシロの霊を倒れている身体から引き離していく。無意識にも関わらず苛立っているのか、徐々にミズシロの振るう鉈の強さは増していき、こちらの防御をその凶刃が抜けて来るようになった。少しずつ、だが確実に、浅く、小さな傷が腕に刻まれていく。一太刀受ける毎に付けられる傷跡は大きくなっていき、最後に受けた一撃など、完全に腕を切り裂いていた。

 だがその甲斐あり、ミズシロの身体との距離も大分離れた頃、森の中からベガたち三人が静かに現れ、ミズシロの身体に駆け寄って行った。


 ここからが、本当の勝負だ。


 彼女たちがミズシロの蘇生を完了させるまで、ミズシロの意識をこちらに集中させておくことが必要となる。しかし、それが失敗するなら……



『――ア、ハハ? ……ア、ハハ、キャハハハァ!!』


 クルリ、とミズシロが後ろを振り向く。その視線の先には、ミズシロの身体と、蘇生魔法の詠唱をしているベガたちの姿がある。それはまさに、ミズシロの身体へと何か(・・)をしている様に見え……

 彼女の攻撃の標的となるには、充分であった。



「なら……全力で、止める!」



 手から血が流れるのも厭わず、鉈の刃を握り締め、ミズシロの動きを止めようと試みる。


『――キャ……守ラナキャ……守ラナキャ、守ラナキャ、守ラナキャ……キャハハハ!!』


 ミズシロは、凄まじい力をもって身体の元へと向かおうとしている。何故か鉈を手放そうとはしないために押し留めていられるが、このままでは突破されるのも時間の問題だろう。

 ミズシロの霊体越しに見えるベガたちは、蘇生魔法の発動を急いでいる。しかし、まだ効力が発揮されている様子はない。

そんな時、ミズシロの霊が妙な事を口にした。


『――キャハハ! 守ラナキャ……約、束……守ラナキャ……キャ、キャハハハ!』


 「約束」。彼女の発したその言葉に意識を取られ、ほんの一瞬、俺の身体は固まった。そして、今のミズシロにはその隙だけで十分だった。

 彼女は俺を弾き飛ばし、ベガたちの所へと飛んで行く。それは、恐ろしいほどの勢いで――



◆◆◆◆◆



 ベガは焦っていた。自身が想定していたより、この半死半生の娘の状態が悪かったためだ。このままでは、蘇生魔法を発動させるための魔力が途中で枯渇してしまう恐れもあった。ここにいるここにいる二人の妹の魔力を借りたとしても、である。

 エルフの使う蘇生魔法は、肉体側に残された「魂の欠片」に魔力を注ぎ込み、魂の鎖を通して霊体側の「魂の欠片」を共鳴させることで、霊体を元の肉体へと戻すといった手順を踏む。

 しかし、今この娘の身体には、「魂の欠片」が残っていなかった(・・・・・・・・)。ただし、それは珍しい事態ではあるが知られていない状態ではなく、「魂の鎖」さえ無事であれば多少の無茶を通せば蘇生が可能な状態でもある。


 問題は、その無茶をする余裕があまり無いという点である。


 彼女たち三人は[魔界]の探索を目的とした一団に属し、長期に渡る調査の旅を続けていた。が、その旅は常に苦難と隣合わせの険しいものであった。野生の獣、魔獣、果ては食した果実までもが、彼らへとその牙を剥いた。始めは二十人ほどだった探索隊も、旅を続ける間に少しずつその数を減らし、最後には散り散りとなってしまった。自分たち以外の探索隊がどうなっているか、今の彼女たちに知る術は無い。

 いくら魔力に長けた彼女たちエルフといえど、度重なる苦難を越えてきた疲弊から逃れることは出来ない。使える魔力も、発揮される力も、平時の数分の一程度にまで落ち込んでいる。ましてや、今から行使しようとしている蘇生魔法は、命を扱う魔法の中でも非常に難しい部類に入るのだ。


 三人の力を合わせたとしても、蘇生魔法が成功するかどうかは、分の悪い賭けとなるだろう。


 ――逃げてしまおうか、そんな考えがベガの脳裏をよぎる。それと同時に、彼女は激しい自己嫌悪を覚えた。


 エルフとは誇り高き種族である。この世界を形作る偉大なる精霊の一つ、命の精霊エフィル、それを祖先に持ち、魔法と知識に長け、その知識をもって命を育む者たち。それが彼らエルフである。


 エルフは森を愛する。森はエルフたちを助け、エルフたちは森を育てる。その連綿と続けられてきた永劫の絆で、彼らは結ばれている。

 エルフは生命を愛でる。命を食すということは、その者の命をも背負って生きていくということだ。長命種であるエルフたちは、そのことを重んじているため、命の尊さも深く理解している。

 エルフは約定を違えない。約定とは命の関わり、そして生きる意味そのものだと、彼らは永き生の中で自然と知っていく。彼らが約定を違える時、それは命そのものが失われる時と同義だ。


 ベガは、己に浮かんだ考えを恥じると同時に、決意を固めた。


「シェリア、スーラ。……絶対、この子を助けてあげましょう」


 恩人(アキラ)との約束を、なんとしてでも守ると。

 蘇生魔法の用意へと入る。状態の悪さを補うため、まずは三人で回復魔法を幾重にも掛ける。こうすることによって、瀕死の肉体を無理矢理にではあるが活性化させ、「魂の欠片」の有無を補うことができる。だが、当然これは本来の蘇生魔法においては必要の無い工程であり、さらに――


「(やっぱり、気付かれるか……! アキラさん、どうかあと少しだけ、時間を……!)」


 彼女の身体から伸びる魂の鎖によって、彼女の霊にこちらのことを気付かれてしまった。しかし、ここまでは想定されていた事態だ。そのためアキラに頼み、できるだけ霊を身体から引き離した上、今も押さえつけてもらうことで時間稼ぎをしてもらっている。この間になんとか蘇生を完了させなくてはならない。


「――肉体の活性化は出来た。後は……」

「……本番の蘇生魔法だね、ベガ姉」「ベガ姉様、私たちなら大丈夫です。いけます」


 そう言う双子達の顔色は、あまりいいとは言えなかった。これまでの長旅で、エルフの中でも若い二人には疲労の爪痕が残ってしまっていた。


「――ごめんね、二人とも。もう少しだけ、無茶に付き合ってね……!」


 三人は手を繋いで輪の様になると、各々の内に残された魔力を循環させだした。こうして一つに纏めることで、ようやく蘇生魔法を使える最低限の魔力を確保することが出来たようだ。

 ここからは、一か八かの賭けとなる。


『――我らが始祖たる命の精霊エフィル、我らが声に、応え給え……!』


 詠唱が始まる。だが、高度な魔法だからか、魔力がギリギリだからか。蘇生魔法は、その効力を中々発揮しなかった。

 そして、蘇生魔法が完了するよりも先に、彼女(・・)が襲来する。自身の肉体へと何か(・・)をしようとする輩を、無差別に排除するために。

 その手に握られている鉈の刃には血の手形が残されている。アキラが、最後まで彼女を必死に留めようとしていたことが窺える。


「(――あと少しなのに……! せめて、この子たちだけでも……!)」


 ベガが、その身を盾に妹達を守ろうと、ミズシロの前に割り込む。自らの身を守るものは何もない。長命種ではあるが、エルフの肉体自体はただの人間とほとんど変わりない。刃で斬られれば容易く引き裂かれ、致命傷ともなるだろう。

 それでも、ベガは最後まで諦めなかった。そして、自分が倒れたとしても、妹達によって蘇生魔法が完成すれば、彼女を救うことは出来る。――エルフの誇りを、守ることが出来る。

 覚悟を決め、己の背に刃が突き立つその瞬間を待つ。しかし、その瞬間は訪れなかった。


 不思議に思ったベガが振り返ると、そこには――


 振り下ろされた鉈の刃を、その身で受け止めるアキラの姿があった。



◆◆◆◆◆



 ――間に合った。それが最初に思い浮かんだ言葉だった。あの勢いのミズシロを追うためには、全ての魔法を脚力の強化へ充てる必要があった。そうでもしなければ、ベガとミズシロの間に入り、刃を受け止めることは出来なかっただろう。これでよかったのだ。例え、俺の身体が無防備のままに刃を受けたとしても。

 ベガに、傷を負わせずに済んだ。そして――ミズシロに、人を殺めさせずに、済んだ。


「……ゴホッ。なぁ、ミズシロ……お前は、助かるんだ。だからもう、こんなことしなくても、いいんだ……!」


 届かないことはわかっている。無意味な言葉なのはわかっている。だが、そんな言葉が、自然と零れ出た。肩口に鉈が刺さり、周囲を赤く染めるほどの血を流し、意識が朦朧となりながらも、彼女へと語りかける。


『……アキラ、くん……?』


 あぁ、これは幻だろうか。目の前のミズシロが、それまで発することの無かった俺の名前を呼んだ。意識を、取り戻した。


「お前、意識が……よかった、本当に、よかっ、ゴボッ。……ああ、もう、大丈夫だ。これで、全部……」

『……アキラ、くん……! だ、ダメ……あたし、あなたを……それ、に……!』

「こんな傷、唾つけとけば、治るさ……グフッ、気に、すんなって」

『……違う、違う、の……! あ、あたし……あたし、死んじゃった(・・・・・・)! 約束(・・)、守れなかった《・・・・・・》!』


 その言葉で、ようやく全てを理解した。彼女を支えていた行動原理。それは、俺と別れる直前に交わした約束。「お互い生きて、元の世界に帰り着く」、あの言葉を、ずっと支えに――


「ん? ミズ、シロ……?」

『あ、あた、し……あ、あぁァあアアぁぁァァああアあ!!』


 ミズシロの様子が再びおかしくなる。金切り声を上げ、その霊体(からだ)の輪郭がブレ始める。そこから伸びる、魂の鎖も、同様に。


『た、大変です、アキラさん! このままだと、その子を蘇生できなくなります!』

「!? な……なに……!?」


 ベガからの警告で思い出す。あの鎖が失われれば、蘇生は絶望的だと。


『アアあぁァああアぁぁァァああアアあ!!』


 なおもミズシロの絶叫は続く。そして、少しずつその霊体は、蒸発するかのように薄くなっていた。


『おい、ミズシロ! しっかりしろ! お前は、死んでない、生き返られるんだ……!』


 懸命に呼びかけるが、彼女の様子に変わりは無い。むしろ、蒸発の勢いは増す一方だった。このままでは、じきにミズシロは「完全な死」に至ってしまうだろう。そうなれば、もう終わりだ。

 ベガたちも懸命にミズシロの肉体へと蘇生を施している。が、効果が出ている様子はない。ほとんど千切れかけた魂の鎖では、充分な効果を得られないのだろう。

 彼女の霊体は希薄になり、周囲に広がり続けている。辺りは薄い霧に包まれたかのようになり、ミズシロの本体が何処にあるかもわからないほどになっていた。


 ――この状況で、ミズシロを助けるためにどうすればいい?

 魔法。魔声。幽体。肉体。魂の欠片。魂の鎖。今の彼女の状態を、今の俺に使うことのできる力、必要な物を考え、そして――一つの発想に、辿り着いた。


「――約束、しただろ……ミズシロ。瑞城(ミズシロ)(ミドリ)……! 俺が信じる限り、お前は死なないって。……勝手に、死のうとしてんじゃ、ねえぞ……俺はまだ……諦めて、無い!」


 発狂するミズシロへ、その内へと手を伸ばす。奥へ、奥へ。その、中心へ。そして、その最奥にあった、彼女の欠片(・・)に触れる。その瞬間、彼女と、意識が繋がった。



『――ああァアぁ……ぁ、あキら、クん……?』


「――ようやく気が付きやがったな、ミズシロ。……いや、ミドリ」


『……ぁ、え?! い、いま……な、なまえ、で……?!』


「……おう、照れくさいけどさ、これからは、お前の事を名前で呼ぶ。ずっとだ」


『……これ、から。でも、ダメ……あたし、もう死ん、じゃって……!』


「全くだ。折角助かるとこだったのに、それを棒に振りやがって」

『ぇ、た、たすか、る……?』


「まぁ、それもまた一からやり直しだ。……でも、絶対にお前を、元の姿に戻す。何をしてでも、だ。一緒に帰るって約束したんだ、こんなとこで、立ち止まってらんないだろ? ……行くぞ、ミドリ」


『――っ、はい……!』




 ――霧が晴れる。その中心に居たのは、俺だけだった。




『……アキラ、さん。あの方の……ミズシロさんの身体に繋がっていた、魂の鎖は、もう……』

『ベガ、か……ありがとな。最後まで、あいつを、ミドリを助けようとしてくれて。――アイツは、ここにいる。だから……きっと、大丈夫だ』


 そう言いながら、俺の胸元を指で示す。ああ、ミドリはここに、俺の中に生き続けている――


『はい……命は、巡り続けます。きっとまた、その方に、お会い、出来るはずです……!』


 ベガが涙を溜めながら声を掛けてくれる。ああ、だから……


『そうだな。すぐにまた、元気な姿で会えると信じている。だからベガ。この状態から蘇生させる方法(・・・・・・・)を教えてくれないか?』


 そう言うと共に、俺の中から(・・・・・)ミドリの霊体が姿を現した。


『あ、あの! どうか、お願いしま、す!』



『…………え?』

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