9 策
「策と言っても至極単純なものですわ。ギンジロウ様に囮になっていただき、誘い出した『アンブラ』を一網打尽にします」
「それは、なんというか、分かりやすいな」
反応に困ったアステリオスがそう口にする。誘い出すのはいいがそれを捕らえることなどできるのか、と誰もが疑問に思った。クリームヒルデは当然その方法も考えている。紙を取り出し、宿周辺の簡単な図を書き始めた。
「先ほど歩きながら観察した限りでは、この辺りはこのような構造になっていたと思います。『アンブラ』をおびき出すのはこの場所です」
クリームヒルデが指し示したのは、それなりの大きさがある広場だった。先ほど通りかかったときはいくつかの屋台が並んでいたが、通りからも外れているので人もそれほど多くはなく、かつての建造物の名残か、柱が幾つも並び立っていたことが印象に残る場所だ。
「ここへおびき出した『アンブラ』の者を私の術で捕らえます。彼らは間違いなく夜の闇と同化して襲ってきますわ。そんな者たちを捕らえることができるのは、同じ術を扱う私以外にはいません。相手が影に潜んでいてもおおよその場所は察知できますから」
「けどヒルデと同じ術っていうなら、相手は夜の暗闇の中を自由に動き回ることができるってことだよね?そう簡単に捕まえられるの?するりと逃げられそうな気がするんだけど……」
「ええ、その通りですわ。彼らの行動範囲が光の当たらぬ場所全てである以上、捕らえることは難しいと言わざるを得ません。ですから、その行動範囲を狭めてしまおうと考えたのです。そのためにこの広場までおびきだすのですわ」
クリームヒルデの言わんとすることは理解できるが、それとこの広場を結びつけることは誰もできなかった。素直にクリームヒルデの説明に耳を傾けることにし、彼女は順を追って話し始める。
「具体的に言えば、夜の闇という巨大な影に潜む敵を分断された小さな影の中に閉じ込めます。彼らの術は影と同化するため、影を伝って移動することになります。つまり彼らの潜んでいる影を夜の闇から分断してしまえば、彼らはその場所から身動きできなくなってしまうのです。足の止まった相手なら、私も容易に捕らえることができますわ」
「ほう。簡単には理解できたが、その分断する方法はどうするつもりなんだ?」
難しい顔で腕を組むヤスケがそう尋ねれば、クリームヒルデは紙に書いた図の中の広場に幾つもの円を書き足していく。
「かなり曖昧ですが、広場にはこうして多くの柱が立っています。そこに斜め上方向から光を当てると、明るく照らされた広場からは闇が消え、柱にできた影だけが残るのですわ。その柱の影の中に『アンブラ』を閉じ込めるのです」
横から見た図も書き加えながらクリームヒルデがそう説明すると、全員がようやく合点がいったと頷く。遮蔽物がない場所では当然影はできない。だから多くの柱が立つこの広場をクリームヒルデは選んだのだ。
「しかし、その光はどうするんだ?広場全体を照らすなら結構な光源が必要になるだろう」
ギンジロウが首をかしげると、クリームヒルデは問題ないと言って窓の外を指さす。
「明かりなら幾つもぶら下がっているではありませんか」
「もしかして、魔力灯のこと?」
クリームヒルデはアレシャに肯定を返した。魔力灯を拝借し、あらかじめ広場に設置しておくのだ。そして『アンブラ』が集まってきたことを見計らって点灯させる。
「魔力灯は注ぐ魔力の量によって光の大きさを調節することができますわ。めいっぱいの魔力を注げばかなりの光源になるでしょう」
『魔力を注ぐ、か。それは私の仕事になりそうだな。任せろ、昼間と見紛うほどに照らしつけてやろう』
アレシャがダレイオスの言葉を代弁し、全員がそれに賛成する。あとはその魔力灯を誰が調達するかだが、その役割にはヤスケが名乗り出た。
「夜に作戦を実行するなら、その準備をするのは日中だ。あんたらには念のために親父の護衛についていてほしい。これでも身のこなしには自信がある。人目につかぬように上手く忍んでやるさ」
ヤスケは自信たっぷりに自らの胸を叩く。ギンジロウもその言葉は嘘で無いと後押しするので、ここはヤスケに任せることにした。
そうして順調に策は詰まっていき、クリームヒルデが全員の動きを整理しなおす。
「ヤスケ様は先ほど言った通り、魔力灯の調達をお願いします。広場に隣接する建物の屋根の上で待機していてください」
「了解だ」
「アレシャは途中で護衛を抜けてヤスケ様の元へ。魔力灯設置の準備をお願いします」
「オッケー!」
『了解した』
「ギンジロウ様は広場まで『アンブラ』を誘い出していただくわけですが、そのためには一人で広場まで向かわねばなりませんね。あくまで自然に。どういたしましょうか……」
クリームヒルデは顎に手をあて思案する。そして一つ妙案が浮かんだ。
「ギンジロウ様はお酒によっていただきます。それなら多少不自然な行動をとったとしてもおかしくありませんわ」
「酒、か。そりゃ悪くねえな」
ギンジロウはぺろりと舌なめずりする。どうやら酒はお好きのようだ。詳しく話し合った結果、ギンジロウは「ひどく酔っ払ってしまい護衛が少し目を離した隙にふらふらと広場まで出歩いていってしまう」という演技をすることになった。ヤスケ曰く、ギンジロウはかなりのざるであるらしい。どれだけ酒を飲んでも演技するには支障がないとのことだ。アステリオスとクリームヒルデは、ギンジロウと同じく状況に合わせた演技をすることになった。彼の演技をより自然なものにするための役回りだ。これで全員の役が決定し、クリームヒルデが作戦の最後の詰めを行う。
「大前提として、相手に私たちが『アンブラ』のことを知っていると悟られてはなりません。明日一日は、この策に関することは口にしないほうがいいでしょう」
「了解した。それと、お前が『アンブラ』の気配を察知したら、その時に何か合図をして欲しいのだが」
「そうですわね。……でしたら、大きく伸びをいたしますわ。私がそうしたとき、周囲には『アンブラ』が潜んでいるのだと思ってください」
「分かったよ。じゃあ、わたしはその合図を見たらヤスケさんの元に向かうことにするね」
「お願いしますわ。それと、最後の魔力灯の点灯のタイミングは私に合わせてください。敵が柱の近くに集まったときを狙って合図を出しますわ」
『了解、任された!』
各々が各々の役割を自覚、再確認し、明日への気持ちを固める。相手を罠にはめようとしているのだから、チャンスは一度きりだ。クリームヒルデは自分のことを信じてくれるかと弱気な発言をしていたが、全員が、上手くいくとそう信じていた。
そして翌日の夜。作戦は無事に成功した。クリームヒルデの足下には彼女によって拘束された、黒い服の男達が転がっている。
「数は八人、ですか。『アンブラ』の一チームの人数とも一致しますわね」
「お前、何者だ!」
「それは後にしてくださるでしょうか?人が集まってくるかもしれませんので」
彼女の言う通り、夜中に魔力灯をあれだけの強さで照らしつけたのだから、何かあったのかと様子を見にくる人がいるかもしれない。なのでクリームヒルデは黒いレイピアを取り出し、その周囲に黒い霧を発生させていく。以前にも見せた、人の知覚を欺く霧だ。魔力灯を消灯させたヤスケとダレイオスが慌てて駆けより、その霧の中に飛び込んだ。完全では無いが、この霧の中に居る限りかなりの精度で闇に紛れることができる。
「さて、お待たせいたしましたわ。あなた方に名乗る名など持ち合わせておりませんので余計な自己紹介は省かせて頂きますわ。とりあえず、あなた方は『アンブラ』のメンバーで間違いありませんわよね?」
「…………」
クリームヒルデの問いに男達は答えない。情報を漏らさないのは『アンブラ』の鉄則だ。そう簡単に答えて貰えるものでもないだろう。ダレイオスはその間に男達の姿を観察してみる。多少のバラつきはあるが、どれもそれほど年の行っていない若者ばかりだった。もしかしたら以前推測を立てた通り、クリームヒルデのような有望な子どもをさらってきて人員を増やしているのかもしれない。そうだとすると、この若者たちはクリームヒルデのように逃げ出すチャンスを得られず、反抗心を持つことすら許されずにずっと『アンブラ』に使われ続けているのだろう。それはもはや洗脳に近い。彼らがこちらの問いに素直に答えるかどうかは望み薄だとダレイオスは思った。
「駄目ですわね。言葉すら発しようとしませんわ」
「なら仕方がないな。こいつらを連れてアステリオスの待つ宿に戻るぞ」
『こいつらを連れて帰ってどうするの?』
「そうだな。ランドルフに連絡して引き取って貰うとするかな」
さらりと商会長をこき使おうとする発言をしたダレイオスにヤスケは呆れたようにため息をついた。普通ではないと思っていたが、この少女は想像以上に大物なのかもしれないと彼は思う。大物どころか『魔王』であるし、そもそも少女でなくおっさんなのだが、今はどうでもいいことだ。ともかく、襲撃者である『アンブラ』は無事捕らえた。ギンジロウの身は無事に守り切ったわけだ。
「ヒルデ。念のためだが、他に敵はいないか?」
「ええ、そのはずですわ」
「ふっ……くくっ」
すると、ダレイオスの抱える『アンブラ』の一人が突然笑い始めた。人を馬鹿にしたような笑い方に嫌な感覚を覚えたダレイオスはその男の胸倉を掴み問い詰める。
「何だ、何がおかしい。お前は何を知っている」
「……その女は優秀なようだが、俺たちにはまだ“あの人”が残っている。それだけだ」
男がニタリと笑う。その言葉を聞いたクリームヒルデは、目を閉じて感覚を集中し始めた。その直後、彼女の全身におぞましいまでの寒気が走る。
「ダレイオス様!ギンジロウ様の元へ!」
いつものクリームヒルデからは想像できない絶叫が上がる。ダレイオスは思考の過程をすっ飛ばし、ギンジロウの方へ飛び込んだ。そして彼は目にした、ギンジロウの喉を真っ直ぐに貫こうとする。鋭利な黒い影の存在を。ダレイオスは必死に手を伸ばすが、間に合わない。彼の喉に影が突き刺さる瞬間、高い金属音とともにそれは上方へはじき飛ばされた。
「なんかワケがわかんねえが、親父に手え出すんじゃねえよ!」
ヤスケがその手に剣を手にして叫ぶ。間一髪、ヤスケが対応できたようだ。だが、その黒い影は空中で身体を捻ると、重力を無視して再びギンジロウを突きささんと迫ってきた。しかし、今度はダレイオスも間に合った。目の前に張った障壁でその影を弾き返す。
「また奇怪な動きをする輩だな。何者だ、お前は!」
ダレイオスが黒い影へ向けてそう呼びかけると、その影はゆらりと立ち上がり一人の男の姿を象った。人間の姿となってもなお真っ黒なタキシードに身を包んだ男は、手にしているレイピアを正面からダレイオスに突きつけた。
「名乗りなどするべきではないんだろうが、お前達はこっちが何者か知っているようだ。なら、多少話してやっても問題ないか。俺は『アンブラ』のリーダーを務めている男だ。仲間内ではレイヴンと呼ばれている」
男はそう言って目深に被った帽子を少し傾ける。ギラリとした眼光がダレイオスたち貫いた。そのとき、ドサッという何かが地面に落ちる音する。ダレイオスがそこに目を向けると、クリームヒルデが地面にへたり込み、手で口を覆っていた。
「あな、あなたは、何で、こんなところに……」
「久しぶりじゃないか。全く、前に見たときとは本当に見違えたな。昔は俺の言うことに従順なクソガキだったってのに。おかげでお前の存在に気づくことができなかったよ」
レイヴンと名乗る男が口元を歪ませると、クリームヒルデは自分の身を抱きしめ、ガタガタと震え始めた。目からは光が消え、ただ虚空を見つめている。それによってクリームヒルデの術が解けてしまい、拘束していた『アンブラ』の者たちが解放された。彼らはすぐさま武器を構えダレイオスに切っ先を向けるが、レイヴンがそれを制した。
「やめとけ。あの白髪はただ者じゃない。ここで正面切って戦っても望ましい結果にはならないぞ。ここは一旦退いて体勢を立て直す。……これ以上俺の前で失態を重ねたくないだろう?」
レイヴンの言葉に『アンブラ』の者達は怯えた表情を見せると、次々と闇の中へと消えていった。そしてその場にレイヴンだけが残る。
「さて、ギンジロウ殿だったかな?こっちも依頼を失敗することは許されないんでね。必ず殺しに参上しますよ。楽しみにお待ちください。お前も、楽しみにしておくんだな」
レイヴンは最後にクリームヒルデに冷たい視線を向けると、帽子をとって頭を下げた。そして彼の姿もそのまま闇の中へとかき消える。そこでダレイオスとヤスケは構えをとくが、途方もない徒労感だけが彼らを包んでいた。アレシャはただ、足下で震え続けるクリームヒルデのことが心配だった。




