8 モロクの街
しないでいい苦労をしつつ、やっとの思いでたどり着いたモロクの街は多くの人でごった返し、かなりの賑わいを見せていた。道や家々の屋根に積もった雪に、そこら中につられたオレンジの明かりが映え、なんとも美しい光景を作り出している。これが街中に広がっているのだ。
「すごいな。これはもう式典というよりも祭りというべきか」
『あの明かりは何なんだ?火ではないようだが……』
「あれは魔力灯だよ。魔力を流せば明かりが付く便利道具。確かムセイオンが作ったんじゃなかったけ」
ダレイオスはアレシャの説明に感嘆の息を漏らす。五人はそんな街並みを眺めつつ通りを歩く。通りには数多くの露店が並び、アステリオスの言った通り祭りのようだった。新王は人柄がいいことで知られ、国民からの支持が厚い人物らしい。国民にとっては彼が即位するのは本当にめでたいことなのだろう。
こうして街を眺めているのも悪くないが、残念ながら今はそうも言っていられない状況である。一先ず落ち着き場所を探さねばと宿を探すが、これだけ人が集まっている中で空き部屋を見つけるのは中々に難しく、長々と歩き回った末大通りから外れたこぢんまりとした宿でようやく部屋を取ることができた。下手に目立つ場所よりもこうしたところの方がいいだろうという判断だ。荷物を下ろして五人は早速今後の相談をすることにした。
「で、『アンブラ』の連中をどう相手するかだが、クリームヒルデちゃんには策があるんだったよな」
アステリオスが尋ねると、クリームヒルデは頷きを返す。
「この宿を探している間に街の様子を色々伺ってみましたが、使えそうな場所がありました。これなら問題ありませんわ」
「ほんと?それじゃあ聞かせて」
「はい。しかし、この策にはギンジロウ様の協力が不可欠なのですが……」
「何を今更。俺は精一杯協力すると言っただろう。聞かせてくれ」
ギンジロウにも説明を促され、クリームヒルデは自分の策を説明していく。
「皆様理解していただけたかと思います。結局は私を信じて頂けるかどうか、ということですが……」
クリームヒルデは恐る恐るというふうに尋ねるが、それに対する皆の答えは当然了承の言葉だった。彼女の策に誰も文句は無し。街に入ってすぐの今では『アンブラ』もギンジロウの姿を捉えてはいないはずだということで、今日は英気を養うために交代で不寝番をしつつさっさと眠りにつくことにした。
翌日、朝なのでまだ比較的人の少ない大通りを歩きつつ、アレシャたちはギンジロウについて王城へと向かっていた。品評会の参加者は新王直々のご指名だ。なので、まずは新王への挨拶へ向かわなければならない。
当然ながら城門には厳重な警備があったが、ギンジロウが取り出した封書を見せると簡単に通ることができた。ギンジロウが護衛の冒険者だと説明して、アレシャたちも同行を許される。ただ入ることは許されたが、ふらふらと歩き回ることは許可されていない。ギンジロウたちは王の使いに連れられて真っ直ぐに謁見に向かう。そんな中アレシャは生まれて初めて入る城に好奇心を押し隠すことができず、目に付いた気になるものに吸い寄せられながら歩いていた。
「うわ、窓枠にも装飾がついてる。あれ、このツボって前に本で見たやつかも……」
『おいアレシャ、落ち着け。この上なく怪しいぞ。ギルドの面子を潰す気か?』
「そ、そう言われても珍しいものばかりで……」
アレシャは困ったようにそう言う。困っているのはこっちとばかりにダレイオスはため息をつくが、自制できないなら仕方ない。ダレイオスはアレシャと交代して代わりに王との謁見に臨むことにした。極めて賢明な判断である。
「こちらです。お入りください」
案内役が大きな扉を開き、一行に中に入るよう促す。それに従い部屋へ足を踏み入れると、部屋の奥、数段高くなっている場所に鎮座する椅子に一人の男が腰掛けていた。彼こそが他でもないロマノフ新王、アルカディー二世である。ギンジロウたちはその姿を目にするとすぐさまその場に膝をついて頭を垂れる。
「顔をあげよ」
王の言葉で彼らは王を正面から見据える。アルカディーは、年は四十ほどの、丁寧に整えられた口ひげが特徴的な男だ。その顔には柔和な笑みが浮かんでいる。
「おぬしがギンジロウだな。よく来てくれた。お前の腕の程は私の耳にも届いているぞ」
「勿体ないお言葉です」
「そう固くならずとも良い。呼びつけたのは私なのだからな」
アルカディーはそう言って愉快そうに笑う。噂に違わず、人の良い男のようだ。これなら国民の支持を集めるのも不思議では無いとダレイオスは思う。すると、そんなダレイオスにアルカディーが興味を示した。
「ふむ、おぬしは何者かな」
「はっ。ギルド『アルケーソーン』の団長を務めます、Aランク冒険者『魔導姫』のアレシャと申します。ギンジロウ様からの依頼で護衛を務めております。私の後ろに控える二人も同じく護衛です」
ダレイオスが極めて真面目な挨拶をする。彼も一応は王だったのだ。最低限の礼儀というものはわきまえている。アレシャが『似合わない』と無礼なことを言っているが気にしない。
アルカディーはアレシャという名を聞いてから首を捻っていたが、納得したように手を叩いた。
「その名、知っているぞ。確か“死人”とかいう輩による事件を解決した冒険者だな。あれには我が国の民も多く犠牲になった。おぬしには感謝の言葉を述べておかねばならんな」
「陛下のお言葉、有り難く頂戴します」
「はっはっは!陛下はやめてくれ。即位式典までまだ数日はある。それまでは王ではない。まあともかく、此度は長旅ご苦労であった。ゆっくりしていくが良い。品評会を楽しみにしているぞ」
「はっ」
ギンジロウたちが再び頭を下げると、アルカディーは椅子から立ち上がって奥の部屋へと引っ込んでいた。それを見届けてから彼らは立ち上がり、再び案内について城を出る。
「ふう、さすがに息が詰まるが気さくな方でよかった。それで、この後はどうするんですか?」
城門の前でアステリオスがギンジロウに尋ねると、他の参加者との顔合わせと打ち合わせをする予定だということだ。更に多くの人に囲まれることになるだろうが、『アンブラ』が使う術の性質上、襲ってくるのは夜中に違いない。なので警戒はしつつもギンジロウの予定通りに行動することにした。
会場の近くへ行くと、そこには品評会の参加者が数多く集まっていた。全員というわけではないようだが、それでもかなりの数だ。
「ここにいる人全員職人なのですか?なんと言いますか、こう……」
「全体的に汗臭いね」
「……思っても口に出すものじゃ無いぞ」
身も蓋もないことを口にするアレシャにアステリオスがぴしゃりと言う。ギンジロウは苦笑いしつつもその中に加わった。彼らの中にはギンジロウの顔見知りもいるようで、話に花を咲かせている。しかし、そんな彼に良くない視線を向ける者も少なからずいた。この中の誰かが『アンブラ』を雇ったのかも知れないとアレシャはつい考えてしまうが、『アンブラ』を捉えれば全て済む話なので気にしすぎないようにした。ギンジロウはそれと平行して品評会の係の者と打ち合わせを進めていき、アレシャたちは離れすぎないようにしてそれを見守るが、当然ながら敵の襲撃などはなかった。
少しずつ空が暗くなってきたころ、クリームヒルデが大きく伸びをした。すでに顔合わせは結構な時間が経っていた。ギンジロウは他の冒険者と酒盛りを始めてしまっているくらいだ。アステリオスが小さくため息をつく。
「全く緊張感が無いな。それだけわたしたちを信用してくれているということかもしれないが」
「だったら有り難いことだけどね。まあ問題もなさそうだし、わたしは一足先に宿に戻ってるよ。ヤスケさんも帰ってきてるころだろうし」
「そういえば今日はお見かけしませんでしたわね。何か用事でもおありだったのでしょうか」
「何か品評会に必要なものがあって、それの準備だってさ。それじゃ、後はよろしくね」
二人は了解を返し、アレシャは宿へ戻っていった。職人達の酒盛りはそれからもしばらく続き、夜遅くなって街から店の明かりが消え始めた頃になってようやくお開きということになった。アステリオスとクリームヒルデの元へやってきたギンジロウは足下もおぼつかない状態だった。完全に飲み過ぎ。見事な千鳥足である。
「お、おう、悪いな。待たせちまって。さ、宿に戻るとするかね」
「だ、大丈夫ですか?肩をお貸ししますよ」
「ん、すまねえな。全く、若え頃はもっと飲んでも問題なかったんだが、年をとるってのは嫌なもんだねぇ」
アステリオスがギンジロウの肩を支えつつ、三人は宿への道を歩く。同じくらい大柄な男二人が並んで歩けば、それだけで道の半分を占めてしまっていた。ギンジロウの背中をさすりながらようやく宿へたどり着き、ギンジロウをロビーの椅子に一旦座らせる。
「ふう、ここまでできあがってしまうとは。もう少し早めに止めるべきだったか。それなりの年であるし、飲み過ぎはよくないだろう」
「仕方ありませんわよ。さて、どういたしましょうか」
「そうだな……。ヤスケさんに相談してみるか。酔っ払った父親の扱いも心得ているだろう」
アステリオスの提案に同意し、二人は階段を上っていった。ギンジロウはそんな二人の背中を見て一人ごちる。
「ったく、どいつもこいつも俺をじじいだと言いやがって。今日会ったやつらもそうだ。なーにが、『そんな年でまだ鍛冶なんてできるんですね』だ。あんなガキよりもよっぽどマシなもんが作れるってのによ。あー、くそ!」
ギンジロウは頭をかきむしると、椅子から立ち上がった。
「駄目だ、むしゃくしゃする。だいたい、何で俺が命なぞ狙われなきゃいかんのだ!くそ、こうなったらもう一杯いっとくしかねえ!」
ギンジロウはそう叫ぶと、なおもふらつく足取りで宿から出て行ってしまった。酒を求めるように街への通りを歩く。しかし、彼の足は大通りとは別の方向へ向かってしまっていた。彼はそれに気づくことなく足を進めるが、幾本の柱が立った少し大きな広場に出たところでさすがにおかしいと気づいた。
「ん、ここはどこだ?こりゃ道を間違えたか。くそ、またじじいだと言われちまうな……」
ギンジロウがまた頭をかきむしり踵を返す。その瞬間声が響いた。
「今ですわ!」
その合図に答えて、その広場を幾つもの眩い明かりが照らしつけた。広場に満ちていた闇が柱の影の大きさにまで縮まる。するとその影から幾匹の蛇が飛び出した。蛇たちが巻き付いているのは真っ黒な衣装を着た若者たちだ。蛇の身体は手足をキツく縛りつけていて彼らはまともに動くこともできず、無様に地面へ落下する。その者たちは突然の出来事に理解が追いつかず目を大きく見開いていた。そんな彼らに歩み寄る一つの影。
「捕まえましたわよ、『アンブラ』の皆様。ご機嫌いかがでしょうか?」




