7 雪国
「おお、これは壮観だな。アルマスラ帝国じゃ、こんな景色はまず見られんぞ」
『白、白いぞ!雪だ!』
「それより、上着を着ませんこと?さ、さむ、寒いのですけれど」
一行が国境から続く転移魔法陣を抜けると雪国であった。まさに一面の銀世界。冬が迫りつつあるロマノフ王国は、雪の少ない他国で暮らす者にとってはとても新鮮に映った。ダレイオスも一人で旅していたとき以来に目にする雪に興奮しているようだった。
ただ当然であるが、クリームヒルデが言うように凄く寒い。持ってきた防寒着を早速着込むことにした。全体的にもこもことした一行は雪に足を取られながらも、ゆっくりと足を進める。
「これは中々面倒だな。さすがに慣れない雪道は歩きにくくて仕方が無い」
「こんなの積もった内に入らないよ。冬は人の背くらいまでになるのに」
アレシャがケロリと言うと、他の四人はロマノフ王国民に僅かに畏怖を覚える。雪国に住む者は強かった。先頭をすいすいと進むアレシャがこれまでになく頼もしく見えてしまう。実際、この環境に慣れているアレシャはこの旅では頼りになる存在だ。本で得た持ち前の知識もあり、アレシャの的確な先導について一行は針葉樹の緑に雪が映える林の中を行く。
「あ、ヒルデ、そこ気をつけてね。雪で隠れてるけど多分陥没してるから」
「あら、本当ですわ。ありがとうございます」
『ほう、どうやって分かったんだ?』
「こういう道には事故を防ぐために目印がつけてあるんだよ。ほら、そこの木に楔が打ち込んであるでしょ?」
アレシャが指さした方に全員が視線を向けると、その方向からめきめきという音が聞こえてきた。何かが一行に向かって近づいているのだ。警戒する彼らの目の前に現れたのは、見上げるほどの大きさの巨熊だった。身体のいたる所からツノが生えたその姿にダレイオスは見覚えがある。
『おい、アレシャ。こいつってもしかして……』
「うん。ブラッディベアだね。冒険者の登録試験で戦った魔物」
アレシャも熊のことを覚えていたようだ。かつてダレイオスとペトラに襲いかかったあげく、一瞬でダレイオスに粉砕された哀れな魔物である。アステリオスが相手をしようと前に進み出るが、アレシャは一つ思いつきそれを止めた。
「どうしたんだ?」
「この魔物にはちょっとした思い出があってね。わたし一人で相手しようと思うんだけど」
アステリオスはその提案を聞き、「そういうことなら」と引き下がった。相手はCランクの魔物。アレシャ一人でも問題ないとみたのだ。他の三人も同じように異論は無くアレシャを見守ることにし、アレシャは熊と正面から対峙する。
『以前は戦う意志すら見せることができなかった相手と戦うことで自分の成長を実感したい!とかそういうアレか。気持ちは分かるが無理するなよ』
「冗談でしょ。これでもAランク冒険者やってるんだから」
アレシャが構えると巨熊も後ろ足で立ち上がり、丸太のような腕を振り下ろした。軌道を見抜いていたアレシャは姿勢を低くしてそれをかわし、巨熊に肉薄する。そしてその勢いを利用した回し蹴りをずんぐりとした胴体に叩き込んだ。
巨熊は少しばかり呻くが、耐えられない攻撃では無かった。巨熊が纏わり付く虫を払うように腕を振り回すので、アレシャはヒラリと跳んで距離を取る。
『動きはいいが、パワーはイマイチだな。身体強化魔術の扱いはまだまだだな』
「うーん、こいつ相手にも通らないか……。なら、前のわたしと一番違うと言えるところ見せようか!」
アレシャは両腕を大きく開くと、右手に黄色、左手に緑の魔法陣を展開する。突然立ち止まったアレシャに隙ができたと思った巨熊は四つ足で地面を蹴り、突進攻撃をしかけてくる。勿論、アレシャにそれを受けてやる道理は無い。
「まずは一発目、『烈風鳥』!」
掲げたアレシャの左手から逆巻く風を纏った鳥が生み出され、熊と正面からぶつかる。その瞬間鳥の姿が弾け、風の通り抜ける高い音ともに熊の巨体が後ろにはじき飛ばされた。その身体の至る処に深い裂傷が刻まれていく。アレシャは背後の木に激突して仰向けに倒れる熊に向けて、今度は右手をつきつける。
「これで終わり!『雷撃鳥』!」
その魔法陣が光を発した瞬間、バチバチと帯電する鳥が目にも留まらぬスピードで飛行し、起き上がり駆けた巨熊の腹を貫いた。バチン!という大きな音が響くと、熊はその場に生気無くゆっくりと倒れる。僅かに肉の焼ける臭いも漂っていた。
「ふう、いっちょあがりだね」
『ああ。魔術の扱いは上出来だ。よくあそこからここまで漕ぎ着けたものだと感心するぞ』
アレシャは無い胸を誇らしげに張り、待たせていたギンジロウたちの元へと戻る。ギンジロウはアレシャの戦いに素直に感心して手を叩いていたが、ヤスケはどこか納得いかない様子だ。
「俺がお前にやられたときは、もっといい動きをしていたと思うんだけどな。少なくとも、あの熊に打撃が通らないということはないはずだ」
「ああ、ヤスケさんと戦ったときは本気モードだったんですよ。さっきの熊のときはそれを出さなかっただけです」
雑な言い訳だな、と本気モードもといダレイオスは思うが、ヤスケはそれで一応は納得したようだ。ただ彼の目は鋭くアレシャのことを見据えていた。いつか再挑戦を考えているチャレンジャーの目だ。ダレイオスもその時は受けて立ってやろうと思い、再びモロクへ向けて足を進め始める。
しかし次第に雲行きが怪しくなっていく。空が灰色に覆われ、そしてついに雪が降り始めてしまった。最初はちらつく程度だった雪はどんどん勢いを増し、ついには吹雪へと変わった。一寸先はホワイトアウト。右も左も分からない。たまらずヤスケはアレシャに問いかける。
「おい!どうなってるんだ!こんな吹雪聞いてないぞ!まだ冬は来てないんだろう!」
「山に近づいてきたせいで天候が不安定になってるんじゃないかと!冬じゃないといってもそこまで遠いわけでも無いですし、こういうことがないわけでもないというか!」
「そんなことより早く吹雪を凌げるところを探すぞ!本格的な装備もない状況じゃ本当に死ぬぞ!」
全員がアステリオスに全力の了解を返したところで、ダレイオスがアレシャと交代して魔法陣を展開する。すると、その場に石でできた簡素な小屋が現れた。勿論ダレイオスが土魔術で作り上げたものだ。
「ひとまず吹雪を防ぐにはこれで十分だろう!さあ、入るぞ!」
ダレイオスに促されるまでもなく、一行はその中へ飛び込む。ダレイオスは小屋の中央に火をおこし、さらに火と風の魔術を合わせて温風を発生させ、小屋の中の気温を適温に保った。お得意の旅先快適環境作りである。
「これは大したもんだな。これなら安心だぜ。しかも内装まで手を加えてやがる。お嬢ちゃん職人に向いてるんじゃねえか?」
「褒めても何もでんぞ」
そう言うがダレイオスの小鼻は膨らんでいた。腕のある職人に褒められて得意になっているようだ。ともかくダレイオスのおかげで安全は確保したので、今は吹雪が止むのを待つしか無い。荷物が無事かどうか確認をしながら何か丁度いい話題はないかとダレイオスが考えていると、ヤスケから話を振ってきた。
「そういえばあのエルフの子は元気にやっているか?事務所に姿は見えなかっけども」
「ん、ペトラのことか。あいつなら今は『剣帝』の元で修行している。元気にはやっているそうだ」
「『剣帝』!?それは大層な話だが、どうしてそうなったんだ?」
ヤスケが驚きつつもそう尋ねるので、ダレイオスがその経緯を語って聞かせた。それを聞いたギンジロウとヤスケは腕を組み、なるほどと唸る。何か納得できるところがあったようだが、何故この二人がペトラのことを気にしているのかダレイオスにもアレシャにも分からなかった。素直にその理由を尋ねてみる。
「うーん、これは俺たちの口から言うべきことじゃねえな。とりあえずアレシャちゃんは、そのペトラちゃんのことをどう思っている?」
『そりゃ勿論親友で仲間だと思ってるよ!一緒にギルドもやっていけたらとも思ってるし!』
アレシャの真っ直ぐな答えをダレイオスがそのままギンジロウヘ伝えると、彼は満足げに笑った。
「それが聞けりゃ十分だ。親友のこと大事にしてやれよ?」
『……?よく分からないけど、分かった!というか、言われるまでもないけどね』
ダレイオスを通してその返答を聞き、ギンジロウはまた笑みをみせた。
それから五人はギンジロウとヤスケの故郷や、アレシャたちが経験した“死人”の事件などについての話に花を咲かせた。時間とはそうしていればあっという間に過ぎるものであり、いつの間にか吹雪は収まり雲間から星空が顔をのぞかせていた。その日はそこで夜を明かすことにし、一行は次の日に向けて備えるのだった。
そこからの旅路はいたって順調。空模様は清々しい青色で吹雪に会う心配も無し。一度吹雪に晒されたことですっかり雪への耐性がつき、歩くスピードも上がる。さらにダレイオスのお手製休憩スポットの存在のおかげで、こまめにしっかりした休憩を入れることができたので疲労もほとんどたまらない。
結果、転移してからモロクまで十日ほどかかると想定されていたが、七日足らずで彼らはその姿を捉えることができた。日も沈み、そろそろ今日の野営ポイントを探そうかというときに、遠くに明らかに人為的な明かりを見つけたのだ。
「あれ、間違いなくモロクの街ですよ!やっと着いた!」
「あそこまでの距離ならこのまま一気に行けそうですわね。皆様大丈夫ですか?」
「おう、ゴールが見えれば気力が湧いてくるってもんだぜ」
暖かな明かりへ吸い寄せられるように、五人は雪の中を心持ち早足で進んでいく。そして街の姿をはっきりと捉えたとき、雪がかきだされた大きな道に出た。その道は真っ直ぐにモロクへと続いている。どうやら近くの街と繋がっている街道のようだ。アレシャは腕を組み、その道をじっと見つめる。
「もしかしなくても、この街道を利用すればもっと楽に来れたんじゃない?」
「……そうですわね。そもそも、王の即位式典に招待されるような大物が私たちのような雪中行軍なんてするわけありませんもの」
「人々が式典目当てにモロクを訪れることすら叶わないだろうな」
五人は、これまでそんな簡単なことに思い当たらなかった自分たちに向けて大きくため息をついた。そしてこの旅の中で一番重くなった足を引きずりながら、整備されて非常に歩きやすい街道をモロクへ向けて歩いて行くのだった。




