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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
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4 本当の依頼

「まあ、とりあえず落ち着いて話してくださいよ。ほら、お茶どうぞ」

「あ、ああ。すまねえな」

「その茶は俺が淹れたやつだろ……」


 ヤスケの呟きは聞こえなかったことにして、アレシャはギンジロウの話に耳を傾ける。ギンジロウはお茶を一口飲んでから話し始めた。


「まあ、護衛の依頼ってことに間違いはないんだが、嬢ちゃんたちには俺をあるやつらから守って欲しいんだよ」

「あるやつら……?」


 ギンジロウがアレシャに頷きを返し、一つの手紙を手渡した。アレシャはそれを開き、アステリオスとクリームヒルデも後ろからのぞき込む。


「えっと……『鍛冶屋ギンジロウ。すぐさま式典への参加を辞退しろ。命が惜しければな』……これって脅迫状じゃないですか!」

「そうなんだよな……」


 ギンジロウが深くため息をつく。アレシャは焦る思考を落ち着け、更に詳しいことを聞き出す。

 それによると、この手紙が届いたのは三ヶ月ほど前。最初は自分を良く思わない何者かの嫌がらせ程度にしか思っていなかったのだが、別の街へ武具の納品に向かったヤスケが武装した集団に襲われるという事件が起こり、さすがに危機感を覚えたのだという。


「襲われたって、大丈夫だったんですか!?」

「まあ、相手もすぐに退いたからな。あくまで脅迫者からの警告だったんだろう。こっちは本気だぞってな」


 ヤスケは何ということもなくそう話すが、かなり穏やかでない話である。その襲撃者の素性は分からないのかと尋ねるが、相手も中々の手練れで、一人では情報を得るどころではなかったらしい。


「だが、アレクサンドリアからガザへ向かう間にそんな襲撃はなかったぞ。それはどういうことなんだ?」

「おそらくだが、この脅迫者は俺と同業で同じく品評会に参加するやつだ。俺が品評会に参加しないことで利益があるのは、そういうやつ以外にいねえからな。俺に勝つ自信がねえんだろうよ。で、その脅迫者さんは式典の近い今、余計な手出しをするのはリスクが高いと思ったんだろうぜ」


 襲撃者が捕らえられでもして脅迫者の情報が漏れてしまえば、その脅迫者の品評会への参加は取り消しになってしまうだろう。相手はそのリスクを恐れているのだ。今は脅迫者も慎重になっている時期である。確実性が低い中で無闇に襲撃するのは確かに得策では無い。


「ということですと、次に手出しをしてくるのはモロクに到着してからということになりますわね。式典が始まるまでの襲撃のタイミングはそこにしかありませんから。それに式典で多くの人が集まる中なら、怪しまれずに隠れるのも容易なはずですわ」

「俺もそう思ったんだ。だから俺にとって一番信用できる冒険者、お嬢ちゃんに依頼を持って行ったわけだ」


 ギンジロウはアレシャを真っ直ぐに見据える。しかし、アレシャはその言葉に驚きを隠せない。この男は一年前に少し会ったことのある程度でしかないアレシャを頼ってきたと言うのだから。アレシャがその当然の疑問をギンジロウへ投げかけると、彼はアレシャの荷物を指さした。


「そこにあるお嬢ちゃんのために作ったガントレット。あれは冗談抜きで俺の最高傑作だ。あれから一年。色々な鍛冶仕事を請け負ったが、あれ以上どころかそれに迫る出来映えのものを作ることすらできなかった。そんな俺の魂の一品を預けた人間こそ、俺の最も信用できる人間なんだよ」


 ギンジロウは静かにそう告げると、机にバンと手をついた。


「今回の品評会は俺の残り少ねえ鍛冶人生の命運を決めるもんなんだ!なんとしても出てえんだよ!頼む、嬢ちゃん!いや、『アルケーソーン』団長、『魔導姫』のアレシャ!このじじいの夢のために協力してくれねえか!」


 ギンジロウは心からの叫びとともに机に叩きつけるようにして頭を下げた。その隣に立っていたヤスケも深々と頭を下げる

 いきなりのことにアレシャは戸惑うが、ギンジロウのその純粋な思いを彼女は真摯に受け止める。そして、二人に頭を上げるように言った。


「大丈夫です。その依頼、勿論お受けしますよ。というか、もう受けてるんですから気にしないでくださいよ」

「……嬢ちゃん、黙っててすまなかった。恩に着る!」


 ギンジロウはそう言って今度は静かに頭を下げた。アステリオスとクリームヒルデもアレシャの判断に文句などない。当然、ダレイオスもだ。ギンジロウはそんな冒険者三人の優しさに合掌する。


「本当に黙ってて悪かったな。これが危険な仕事だって知ったら、俺が賞金を得られないかもしれないと思うだろう?そしたら高額な報酬は払えなくなるし、受けて貰えないんじゃ無いかと思ってな」

『まあ、それはそうかもしれんな。だがお前はそれでもこの仕事を受けただろう?』


 ダレイオスがアレシャに問いかければ、アレシャは「当然」と笑って答えた。ギンジロウは正当性のない脅迫によって苦しんでいる。アレシャはそんな助けを求める人たちのために自分のギルドを立ち上げたのだ。ギンジロウの依頼を受けるのはアレシャにとっても本望であった。

 こうして無事に本来の意味での依頼契約を終え、五人は今後の方針について改めて相談することにする。

 そこでアステリオスが気になったことを一つ尋ねる。


「わたしたちはモロクでの襲撃を予想しているわけだが、街にはそんな簡単に入ることができるものなのか?」

「新ロマノフ王は、できる限り多くの人に式典に参加して欲しいと考えているようでな。一応のチェックはあるが、誤魔化しはきくだろうな」


 ギンジロウがそう答えた。となると、やはり敵が襲ってくるならばモロクということになるだろう。


「モロクについたらギンジロウさんには大人しくしていて貰いたいっていうのが本音なんですが……そういうわけにはいかないですよね」

「そうだな。ついたら式典の準備なり何なりで、やることが山ほどある。人の多いところへ出向く必要があるし、襲ってくる機会は多くできてしまうだろうな」


 アレシャは頭を悩ませる。襲ってくることが分かっている以上、事前に何かしらの手を講じておきたいところであるのだが、これという案は思い浮かばない。ただ、多くの人が集まる街の中で大胆な襲撃をすることは難しいだろう。ギンジロウを殺めるには人の少ないところへ連れ出してから殺すか、人混みに紛れての暗殺ということになる。

 アレシャがそのように話すと、クリームヒルデが考え込む。


「暗殺……と簡単に言いますが、暗殺は戦闘とは別の技術を必要としますわ。実際に襲撃者たちを目撃しているヤスケさんにお尋ねしますが、相手はそういったものを持ち合わせた者達でしたか?」

「暗殺に必要な技術、というと具体的にはどんなものだ」

「そうですわね。簡単には捕らえることのできない素早い身のこなし、意識的な殺気の管理、余計な動きを減らした得物の扱い、というところでしょうか。私のように特殊な術を用いることができるならば話は変わってきますが……」


 クリームヒルデの話を聞いて、ヤスケは襲撃者たちのことを思い起こす。そして、彼らの行動に思い当たることがあった。


「向こうから襲ってきているのだから殺気の管理については分からんが、他の二つの技術は持ち合わせていたと思う。戦闘の技術も中々のものだったし、暗殺もできるだろう」

『なるほどな。となると、ギンジロウからは一時も目を離せなくなりそうだな』


 ダレイオスの呟きにアレシャは同意を返すが、ヤスケはまだ何か考えてこんでいた。それに気づいたアレシャがどうしたのかと尋ねると、ヤスケはクリームヒルデに向き直る。


「あんたさっき、『特殊な術が使える』って言ったよな。それってどんな術なんだ?」

「私ですか?私の術は、影や闇を操るとでも申しましょうか……。影に潜んだりすることもできるものですが、それがどうかいたしましたか?」


 クリームヒルデの返答にヤスケは明らかな驚きを見せた。その反応にアレシャたちもまた驚きを見せる。


「ど、どうしたんですか?何か心当たりが……」

「どうしたも何もその術、俺を襲ってきたやつらが使っていた術だ。撤退するときに、やつらは影に潜るようにして消え去ったんだよ」


 今度はそれを聞いたクリームヒルデが目を見開いた。それは、アレシャには驚きというよりは何かを恐れるような表情であるように見えた。


「ヒルデちゃん、もしかして心当たりがあるの?」


 見かねたアレシャが確認するように尋ねると、クリームヒルデはゆっくりと頷く。いつも気丈に振る舞っている彼女には珍しく、その拳はきつく握りしめられていた。そしてゆっくりと答える。


「……敵は思っていたよりも厄介な相手のようですわ。彼らの名は『アンブラ』。あらゆる汚れ仕事を請け負う、犯罪屋ですわ」


 クリームヒルデの口から語られたその名に誰もが首をかしげる。誰も聞き覚えのないものだったからだ。しかし、それは当然のことだとクリームヒルデは言う。


「『アンブラ』は情報を漏らさないことを第一に行動しているのですわ。普通に過ごしていて、彼らの名を耳にすることはまずないでしょう」

「……ちょっと待て。そんなやつらのことを何故お前は知っているんだ?」

「っ!そ、それは……」


 ヤスケに問われ、クリームヒルデはしまったという顔をして口ごもってしまう。その拳は先ほどよりもいっそう強く握られていた。ヤスケはクリームヒルデの態度に疑わしげな視線を向けるが、彼女の様子に気づいたアレシャは二人の間に割って入る。


「ヤスケさんが何を言いたいのかは分かりますけど、ヒルデちゃんはわたしの信用できる仲間です!これからの働きでそれを証明しますから!」

「ア、アレシャさん……」


 そのように力強く宣言されてはヤスケも何も言うことができず、素直に頭を下げた。


「悪い。こちらから依頼したというのに失礼なことをしたな」

「いえ、構いませんわ。……少しお時間をいただけますか?必ず、お話しますので」


 クリームヒルデは簡素な動作でぺこりと頭を下げると、逃げるように部屋を後にした。家のドアを開ける音がしたので外の空気を吸いに言ったようだ。

 それ以上は誰も何も言わなかったが、他に使っている者を見たことのないクリームヒルデの術。それと同じ術を用いる集団、『アンブラ』。おおよその察しはついてしまっていた。

街の名前を間違えていたので、バルバロス→ガザに修正しました。情けない……。

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