2 久方ぶりに旅に出よう
その日の夜、ヴェロニカ、クリームヒルデ、アステリオスの三人が仕事を終えて事務所へ帰ってきた。デスクに座って考え事をしているアレシャにヴェロニカが書類を手渡す。
「はい、無事に依頼完了よ。依頼主のサインも貰ってきたわ。こっちが頂いた報酬ね。何人分かまとめて解決してきたから少し量が多いけれど」
「お疲れさまー。メリッサさん、確認して貰っていい?」
「はい、分かりました」
ヴェロニカからそれらを受け取り、メリッサは自分の机で仕事を片付け始めた。経営についての腕はイマイチだったが、こういった事務仕事をメリッサはそつなくこなしていた。秘書としての役割は十分に担っているようだ。アレシャもそれらに簡単に目を通してから問いかける。
「今回の依頼で何か問題とかはなかった?」
「特に問題ありませんでしたわ。討伐対象の魔物もBランクの個体でしたし、あっという間にケリがついてしまって少し物足りないくらいですわ」
クリームヒルデの言葉に、確かにBランクの魔物相手にAランクを二人も派遣すれば当然のことだろうなとアレシャは思った。しかし、今のギルドメンバーはAランク五人、Bランク三人という配分になっており、過剰戦力になってしまうのも仕方が無いことだろう。寧ろ一つの、しかも少人数であるギルドにこれだけの人材が揃うことが特異なことなのである。故に名前さえ売れればギルドの運営は上手くいくとダレイオスは踏んでおり、そのためにも今日の昼間に受けた依頼は重要であると考えた。それについてヴェロニカに話をするようアレシャに促し、アレシャもそれに応える。
「あの、ヴェロニカさん。実は今日の昼間にギンジロウさんとヤスケさんが訪ねてきて、依頼を持ってきてくれたんだけど」
「へえ、あの鍛冶屋親子ね。ならまた私たち三人が出ればいいのかしら」
「多分そうなると思うけど、詳しいことはヴェロニカさんたちが帰ってきてからって伝えたから、また明日訪ねてきて貰うことになってるよ」
「なるほど、了解したわ」
事務報告を終えて、ヴェロニカは大きく伸びをしてからソファに沈み込んだ。簡単な依頼だったとはいえ、さすがに疲れは溜まっているのである。クリームヒルデとアステリオスも近くに腰を下ろした。アステリオスはソファに座ると重量でソファが痛んでしまうので地べたであるが。
「しかし、ギルドを立ち上げてから連日働きづめだな。有り難いことではあるが、人手不足はいなめないな」
アステリオスの呟きに誰もが同意を返す。ギルドメンバーは全部で八人。一人一人の実力は申し分なく、戦力としてはそこらのギルドに劣っていないが、依頼の数をこなすとなるとどうしても人員不足が問題になってくる。アレシャとメリッサは団長とその秘書として無闇に事務所を離れるわけにもいかないので、動けるのは実質六人だけなのだ。
なのでヴェロニカら三人も、今はいない残りの三人も帰ってきた次の日には別の依頼のために出発するという生活を繰り返していた。
この過酷な労働環境もどうにか改善しなければならないとアレシャは考えていた。しかし、何をするにしても今はお金が必要だ。そのためにも大きな報酬が得られる今回の依頼は大事にしなくてはならない。
「三人とも疲れてるだろうし、今日はもう休みなよ。事務所ももう閉めるつもりだし」
「そうね……。また明日からも仕事だし、お言葉に甘えさせて貰うわ」
ヴェロニカは立ち上がって首をコキコキとならすと、奥の部屋へと引っ込んでいった。それにクリームヒルデとアステリオスも続く。
「ほんと苦労かけてるよね……。団長として何とかしないと……」
『そうだな。人員補充の件も前向きに考えてみてもいいかもしれんな』
ダレイオスはそう言うが、この狭い事務所でこれ以上メンバーを増やすのは難しかった。となると事務所を移転すべきなのだろうが、やはりお金がいる。思考がループし始めたアレシャは倒れるように机に突っ伏してしまい、それを見かねたメリッサが気遣いの言葉をかける。
「アレシャちゃんも今日はもう休んでいいですよ。私もこれを帳簿に書き込んだら終わりにするつもりですから」
「いや、それならわたしも手伝うよ。半分ちょうだい」
メリッサはその提案を有り難く受け取り、二人は書類の整理を行っていった。その間もアレシャは何をすべきか頭を整理していたが、とにかく今は財政状況の改善が第一だという結論に落ち着いた。
翌日の日も昇りきった昼過ぎに依頼人親子は事務所に現れた。すぐにでも出発できるように宿を引き払ってきたらしい。事務所にいるメンバー五人が出迎え、昨日と同じくソファに座って依頼の詳細をつめていく。
「それじゃあ、お二人も準備万端のようなので早速出発しようと思うんですが……依頼料は昨日呈示してもらった金額でいいんですよね?」
「ああ、勿論だ。あの金額で受けて貰えるならありがてえ」
「はい!それじゃ、こっちの三人に護衛を務めさせますね」
そう言ってアレシャがヴェロニカ、クリームヒルデ、アステリオスの三人を指し示し、三人は揃って頭を下げた。しかし、ギンジロウは顎に手をあてたまま何やら考え込んでいた。不思議に思ったアレシャがどうしたのかと尋ねると、ギンジロウはアレシャを指さした。
「俺はお嬢ちゃんに護衛についてもらいてえな。お嬢ちゃんの強さは俺がこの目で実際に確認したんで、一番信用がおけるんだ。別にそこの三人が信用ならねえって言ってるわけじゃねえぞ?気を悪くしたのなら謝る。でも、もしできるならそうしてほしい」
人に指を差すなとアレシャは思った。ただ、ギンジロウの要求は特別無理な話でも無い。団長が依頼を受けて出ることも当然ある。
そこでアレシャはこの条件で依頼を受ければ久しぶりに旅に出れるのではないかと気づく。しばらくの間事務仕事に明け暮れ、旅に出ることも無かった彼女にとってこれはチャンスなのだ。というわけでアレシャはヴェロニカにこの条件で受けてもいいかと尋ねてみた。
「そうね……。団長の意見は優先すべきだし、依頼人がそれを望んでいるなら答えるべきね。何よりアレシャちゃんにできる事務仕事なら他の人にもできるでしょうし、行ってきてもいいんじゃないかしら」
「ふぅぐっ……なんと辛辣な……」
意図せず精神攻撃をくらってしまったが、アレシャが同行する許可が下りた。他の三人にも同じく聞いてみるが、「行ってくればいい」という快い返答を貰った。というわけで相談の結果、アレシャ、クリームヒルデ、アステリオスの三人が護衛につくことになった。ヴェロニカとアレシャが交代した形だ。昨日話していたギルドの財政について、この機会にヴェロニカに相談したいとメリッサが提案したからだ。
ギンジロウとヤスケも特に異論はなく、メリッサが依頼内容を書面に起こしたものをヤスケが確認して署名をし、無事に契約は完了。アレシャは喜び勇んで旅の準備を始めた。
「えらく嬉しそうだな。そんなに依頼を受けたかったのか?」
「あの子はこうやって部屋の中で事務仕事をするのが性に合わない人間なのよ。ギルドの団長としては困ったものだけど、冒険者にはぴったりの性格よね」
ヤスケの質問にヴェロニカは微笑みつつそう答えた。ギンジロウも「さすが俺の見こんだ冒険者だ」と嬉しそうに笑っていた。
それから数分後、事務所の入り口に出発の準備を終えた依頼人と冒険者合わせて五人が集結する。ヴェロニカとメリッサの見送りを受けながら、五人は意気揚々と出発した。
アレクサンドリアの大通りへ向かい、軽く店先を眺めながらクリームヒルデとアステリオスが依頼人親子に自己紹介した。以前会ったときはアステリオスもクリームヒルデもパーティにいなかったのでこれが初対面なのである。その中でクリームヒルデがAランクの冒険者だと知ったギンジロウは興味深げに唸った。
「へえ、黒いお嬢ちゃんもAランク冒険者なのか。最近の若い子はすげえんだな」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
クリームヒルデが極めて上品に微笑みをこぼす。若い娘に笑顔を向けられたギンジロウも悪い気がしないようで、つい頬がゆるむ。そして次はアステリオスに視線を移した。いや、アステリオスに、というよりも彼の身につけている黒い甲冑にだ。何かを確かめるように手でぺたぺたと触れていく。
「お前さん、この鎧はどれくらい使ってるんだ?こりゃ相当ガタが来てるぞ」
「やはりか……。わたしもそろそろ新調すべきかと思っていたのだが、中々、その、時間がとれなくてな」
アステリオスが少し口ごもるようにしてそう答える。彼は鎧の下を人に見られるのを避けている。故に鎧を新調するにしても、そう簡単にはいかないのだろう。もっとも、時間がないというのも事実である。アレシャは運営資金に余裕ができたらアステリオスに甲冑をプレゼントするのもいいかもしれないと考えていた。苦労をかけていることへの、せめてもの恩返しである。
そんな他愛も無い話をしながら街を行くが、一行は道行く人の視線をそれなりに集めていた。何やら噂話をする声が聞こえ、アレシャは少し耳を傾ける。
「おい、あれって噂の『魔導姫』だろ?マジでただの女の子なんだな……」
「アレクサンドリアにギルドを構えているって噂があったけど本当みたいだな。どこにあるんだろう?」
「一緒にいる黒い服の娘もAランク冒険者だろ。確か、『黒蛇』だ。『魔劇』も一緒らしいし、すげえギルドだな。……でも、どこにあるんだろうな」
アレシャはそんな話し声を誇らしげに聞いていたが、ヤスケは一つ気になることがあった。寧ろ気にならざるを得ないことがあった。
「お前のギルドの立地、どうなってんだ。全く場所を知られていないじゃないか」
鋭い指摘に、アレシャの嬉しそうな表情も途端に悄げてしまう。
「はい、そうなんですよ……。一応それなりに有名になったので私の名前や格安の依頼料を頼って来てくれる人は頑張って事務所の場所を探してくれるので問題ないんですけど、別にうちじゃなくていいやって人はあんまり来てくれないんですよね……。なのでうちのギルドの名前自体はあまり広がってなくてですね……」
「はあ、なるほどね。どうりでメンバーの名前は話題に上がってるのにギルドの名前が聞こえてこないと思ったぜ。実際、俺も探すのに苦労したからな」
ヤスケは呆れたようにため息をこぼしつつ、何故もっといいところに事務所を構えないのかと尋ねる。それへの回答は当然、「お金がないから」である。アレクサンドリアという大都市に事務所を構えるのは悪くない選択であるが、都会故に賃料が高い。結果、通りから外れた場所しか借りられない。すると当然依頼も少なく、収入も大してないものになる。やりくりするので精一杯で他の場所へ移転する資金など全く貯まらないのだ。
「それに、うちは少人数のギルドですから。今より多くの依頼が来ても正直捌ききれないんですよね……」
「なるほどな。つまり今の経営状況はどん詰まりってことでいいか?」
「ぅうっふ」
アレシャが呻き越えを上げてその場に膝をついた。大都市の大通りの真ん中で四つん這いになってうなだれる少女。その姿からは、その年齢では中々出せない哀愁が漂っていた。今回の報酬にもう少し色をつけてやれないかとギンジロウに思わせるほど。




