1 ここがギルド事務所
「……ダレイオスさん!聞いてる?」
『……ん……あ、ああすまん』
アレシャの声でダレイオスはゆっくりと覚醒する。いつの間にか眠りこけてしまっていたらしい。伸びをしようと思ったが、今は身体の主導権はアレシャにあるのでそれも叶わなかった。どこかぼんやりしているダレイオスにアレシャが声をかける。
「どうしたの、何かあった?」
『いや、少し昔の夢を見ていただけだ。気にしないでくれ』
「そっか。ならいいんだけど」
アレシャはそう言って椅子にもたれかかる。
今彼女がいるのは、立派なデスクが置かれた小綺麗な部屋だ。アレクサンドリアの大通りから離れた路地にあるそこは、何を隠そうアレシャが立ち上げたギルド『アルケーソーン』の事務所である。
“死人”による一連の事件が解決してから既に一年近くが経っていた。ギルドは事件後少ししてから正式に活動を始め、今もギルドのメンバーたちは依頼を受けて留守にしている。なので今の事務所にはアレシャとメリッサしかいない。ギルドを運営していくにあたって事務仕事の担当、いわゆるアレシャの秘書が必要になったのだが、それにメリッサが名乗り出たので、この二人が残っているのだ。
『おい、アレシャ。そういえば私に何か話があるのではないか?』
「あ、そうだった。メリッサさん、今いい?」
「はい、大丈夫ですよ!」
近くの机で書き仕事をしていたメリッサがアレシャに呼ばれて何枚かの書類を持ってきた。そしてそれをアレシャへ手渡す。
「これが最近受けた依頼のリストで、こっちがそれで得た依頼料の総計。で、これが運営していく上での支出のリストです」
ダレイオスはアレシャと交代してそれをチェックしていく。はっきり言ってダレイオスは現代の金銭価値はあまり理解できないていない。だが、そんな彼でもこれらの書類から簡単に読み取れることがあった。
「このままではマズいな。駄目だろ、これは」
「駄目ですよねえ、どう見ても」
『……駄目、だよね。うがああ!』
ダレイオスの頭の中でアレシャがうなり声を上げ、ダレイオスはついため息をこぼしてしまう。
メリッサの書類によると、最初は好調だったギルドの運営だが少しずつ赤字がで始めていたのだ。主な原因は団長であるアレシャが、良心的な依頼料で誰でも気軽に助けを求められるようにするという方針を取っていることにあった。ズバリ、利益が出ないのだ。これまでは数少ない大口の依頼で得た報酬による貯蓄で何とか回していたが、それも尽きかけている。このままではギルドの運営に支障をきたすことになりかねない状況だ。
「このこと他のやつらは知っているのか?」
「いえ、こういった事務仕事は私とアレシャちゃんに一任されてるので。……まあ、気がついたらこんなことになってたんですけど」
メリッサの脳天気な回答にダレイオスはまたため息を漏らす。ダレイオスはこの時代の常識が未だ足りていないところがあるので口出しをしていなかったが、これなら自分が参加していた方が良かったかもしれないと後悔してしまう。
「しかし、この状況を打開するには高報酬の大口の依頼を受けるか、そもそもの依頼料を上げるかのどちらかだろうな」
『依頼料、を上げるのはできればやりたくないかな……。それをしたら、ここを頼りにして来てくれる人を裏切っちゃうことになるかもしれないし……』
アレシャの言う通り、これまで安価な依頼料の噂を聞いて依頼を持ってくる人は結構な割合だった。アレシャがギルドを立ち上げたのは、そういった人たちを助けるためである以上、依頼料の値上げは彼女のポリシーに反することになる。
「となると、大口の依頼を取ってくるしかないですよね」
「それでもその場しのぎでしかないな……。アレシャの父親も同じようなギルドを運営していたんだろう?どうやって利益を出していたんだ」
ダレイオスの問いかけでアレシャは父のギルドについて思い出そうとする。しかし、幼かった彼女がそんな運営に関わることについて知っているわけがなく、役に立ちそうな話は得られなかった。
三人は頭を捻るが、妙案は浮かばない。誰も経営についての知識が禄にないので仕方がないことだが、当然ながら放っておくワケにもいかない。
『まあ、いまいち繁盛してないのは他のところも同じらしいけどね。商会への不信感は未だ残っているらしいし……』
「そうだな。今できるのは少しでもギルドの名を売って、大口の依頼が来るように努めることぐらいか……」
ダレイオスの呟きにメリッサも同意し、一先ずそれ以外の書類を片付けようかと思い立ったとき、事務所のドアを叩く音が聞こえた。おそらくだが、依頼人が尋ねてきたのだろう。このタイミングでの依頼に何か運命的なものを感じたメリッサはドアに駆けより勢いよく開く。
訪ねてきた男は突然目の前に現れたメリッサの勢いに怯んでしまうが、その姿を見たメリッサが首を捻った。
「えーっと、どこかでお会いしたことがあるようなないような……」
「ある方で間違いないと思う。依頼を持ってきたんだが」
その言葉を聞いたメリッサがサッと姿勢を正し、男を丁重に招き入れる。そこでアレシャも男の姿を目にするが、途端に驚いて立ち上がった。
「ヤ、ヤスケさんじゃないですか!お久しぶりです!」
「よう、久しぶりだな。覚えていてくれたか。しかし、変なところにある事務所だな。全然見つからなくてかなり迷ったぞ」
見慣れぬ民族衣装に身を包んだ男はそう言って笑顔を見せた。彼はアレシャ、というよりダレイオスが愛用しているガントレットを作った鍛冶屋の息子である。それ以来会っていないので一年ぶりに近い再会であった。
アレシャがヤスケをソファに座るように促し、それに向かい合ってアレシャは腰掛けた。その隣にメリッサが立つ。
「それで、依頼って何なんですか?それも態々わたしに頼みに来るなんて……。ガザからアレクサンドリアまでは結構距離があったと思いますけど」
「元々アレクサンドリアまで用があってな。それならここで頼んでみようと思ったわけだ。あんたの実力を認めている親父の意見だよ」
「親父?ってことは……」
そこで再びドアをノックする男が聞こえた。メリッサが対応のためにドアを開けると、ヤスケと似た衣装を着た一人の髭面の男が入ってきた。彼もまたアレシャには見覚えのある人物である。
「お、来たな親父」
「おう。全く、ちょっと街を眺めてたら先に行っちまいやがって。ここがお嬢ちゃんのギルドってことでいいんだろ?」
「お久しぶりです、ギンジロウさん」
アレシャが頭を下げ、男は促されるままにヤスケの隣に腰掛ける。彼こそダレイオスのガントレットを作った張本人、鍛冶屋のギンジロウだ。ギンジロウは椅子に座ったままキョロキョロと部屋の中を見回していた。
「しかし、話題の冒険者のギルドだってのに、こう、ずいぶんとショボいところに構えてんだな。場所も通りから外れているみてえだし、嬢ちゃんもここに住んでんのか?」
「え、まあ。ギルドのメンバー全員ここで寝泊まりしてます。奥にいくつか部屋はあるんで」
「よく平然と失礼なことを言えるもんだな。うちも似たようなもんだろうに」
父親の無礼な言葉にヤスケがため息をつく。このままでは話が進まないと思ったメリッサがヤスケへ向けて依頼について尋ね、彼もそれに乗っかって本題へ入ることにした。
「今回頼みたいのは護衛なんだ。ロマノフ王国の王様が変わるのは知ってるか?」
「はい。この前新聞で読みました。なんか大規模な式典を執り行うらしいですね」
話に出たロマノフ王国は大陸の北方に広がる大国で、アレシャの故郷でもある。そこの前国王が崩御し、その息子が新たな王として即位するということらしい。それとどういう関係があるのかとアレシャが尋ねれば、ギンジロウがそれに答える。
「嬢ちゃんが言った式典の中で、新王が指名した鍛冶屋にそれぞれの作品を持ち寄らせて品評会をするんだ。それに俺も参加することになってロマノフ王国の都のモロクまで行くわけだが、そのときの護衛を頼みてえんだよ」
ギンジロウによると、式典が近い今は不用意に街の中へ人を入れないようにするためにモロクの街にある転移魔法陣の使用を禁止しているらしく、モロクまでは少し長い旅になるのだと言う。その間ヤスケ一人では心許ないので、こうして話を持ってきたというわけだ。
「なるほど……。でもモロクへ行くとなると、結構な長旅ですね。こちらも相応の費用がかかるわけで、その……依頼料はどのくらいで考えておられますか?」
メリッサが恐る恐るという風に尋ねる。この仕事がギルドの財政状況を改善するための大口依頼にならないかという希望を持っているのだ。ギンジロウは顎に手を当て、少しばかり考える。
「ここは良心的な依頼料で仕事を請け負って貰えると聞いたんだが」
ギンジロウの言葉でアレシャとメリッサは駄目だと悟った。この依頼はあまり大きな依頼ではない。ギンジロウの口ぶりだと寧ろ収支マイナスになるまである。だからと言って、それを理由に依頼を断ってしまうのはアレシャのポリシーに反する。というわけで、
「具体的な予算を聞いてもいいですか?」
「ああ。えっとだな……」
ギンジロウが問われた通りに紙に数字を書いてアレシャへ手渡した。それを見たアレシャの顔が真顔になる。そしてすぐさまメリッサを呼び止め会議を始めた。
「メ、メリッサさん、これ、これ見てよ!」
「こ、これは……!こんなくたびれたオヤジのどこからこんな金額が出てくるんですか!」
『そういえば、あの鍛冶屋に仕事を頼んで破産したことがあったな。……まあ原因はアレシャにあったわけだが、以外と鍛冶仕事というのは儲かるのかもしれんな』
ギンジロウの書いたメモに書かれた金額、それはこれまでアレシャが受けた依頼の中でも最も高い報酬が書かれていた。この金額ならば断るどころか頼み込んででも受けさせてほしいくらいだ。
会議終了。再びギンジロウとヤスケに向き直り、改めて確認する。
「こ、この報酬、本当にお支払いいただけるんですか?」
「ああ。今回の品評会で好成績を得れば賞金が出る。そしてその自信が俺にはある。任せておけ」
「賞金……」
アレシャは賞金頼みというところに一抹の不安を覚えたアレシャはもう一度メリッサを呼びつける。
「メリッサさん、どう思う?」
「うーん……ギンジロウさんの腕は確かなものですけど、大丈夫なんですかね……」
『アレシャはどういう風に考えているんだ?』
ダレイオスに尋ねられたアレシャはギンジロウの方をちらりと見る。彼の顔は真剣だ。その目には一切の曇りが無い。自信があるというよりも、ギンジロウは実績を残せるという確信があるようだった。
「……わたしは、ギンジロウさんならやれるんじゃないかと思う。この仕事、受けていいんじゃないかな」
『確かに、私のガントレットをあれほどのものに仕上げられる職人など、そうはいないだろうな。……私も賛成だ』
アレシャがダレイオスも賛成しているとメリッサに伝えると、彼女も少し考えてからそれに賛成した。
会議終了。再びギンジロウとヤスケに向き直り、ギンジロウの手をしっかりと握った。
街の名前を間違えていたので、バルバロス→ガザに修正しました。情けない……。




