8 自信
サバイバル試験三日目。
ダレイオスたちは昨日と同じく洞穴周辺の森の探索を行うことにした。洞穴を出たところでアレシャがダレイオスに一つの提案をする。
『ダレイオスさん、体交代してくれない?』
それを聞いたダレイオスは意外そうな声を出す。
「それは別に構わないが、大丈夫なのか?また腹が痛くなったりしないか?」
『それは……ないとは言い切れないけど、なんかこのままダレイオスさんに頼りっきりでいいのかなって思って』
「気にしなくてもいいぞ。お前は私に十分協力してくれている。その分の借りを返しているだけだ」
『そうは言うけど、わたしはダレイオスさんと視覚と聴覚しか共有してないから、なんか二人が頑張ってるのを見てもどこか人ごとに見えちゃってて……。でも、それじゃ駄目だなって思ったの。冒険者になるって決めたのはわたしだから!だから……』
アレシャが自分の思いをなんとか言葉にする。昨日ペトラがアレシャの精霊について教えてくれたとき、ダレイオスはマイナス部分はアレシャのものだと冗談まじりに言った。そのときはアレシャも軽く返したが、後から考えてみればダレイオスの言うとおりではないかと思ったのだ。今の自分はただダレイオスの裏に隠れているだけの臆病な人間だ。たとえダレイオスに戦いを任せるのだとしても、肝心の自分がこのままでは冒険者などやって行くことはできない。アレシャはそう考えたのだ。
ダレイオスはアレシャが楽に流されることなく自分で道を決めたことに満足そうに笑う。
「そうか。それなら交代しよう。だが、危なくなったらすぐに交代するからな」
『う、うん!よろしく!』
そうしてアレシャの人格が表に出てくる。
アレシャは少しストレッチをして体の動きを確認するが、これといった問題はなさそうだ。
そこで、先を歩いていたペトラが声をかけてくる。
「どうしたの、アレシャ。そろそろいくわよ」
「あ、うん!ごめん!今行く!」
「なんか久しぶりに男臭くなくなったわね。もうどっちでも気にしないけど」
中身がおっさんではない正真正銘の少女が二人、並んで歩く。二日ぶりにペトラと話をすることができてアレシャは満足げだった。
二人は特に変わったことはないかと周囲を観察しながら歩く。
アレシャは本で得た知識をフル活用して、食べられる野草や木の実、役に立つ薬草などを採取していた。好奇心さまさまである。
そんな中、草陰から物音が聞こえた。二人がそちらへ意識を向けると、人間の子供くらいの大きさの影がそこから飛び出した。ゴブリンだ。数は七匹。ゴブリンはFランクの魔物であり、武器さえあれば一般人でも退治することができる。いってしまえば、雑魚だ。だが、それなりの数が揃えば油断できない相手でもある。
アレシャもペトラもそれを知っていた。ゴブリンの群れを見据えて油断なく構える。
「アレシャ、魔術は使わないでよ。あれは反則技だから。一瞬で終わっちゃってあたしの経験にならないから」
「あ、うん。わかった」
そもそも使えないのだが、黙っていることにした。今ややこしいことを言っている場合ではない。
すでにゴブリンたちは戦闘態勢にはいっていた。その内の一匹がギャア、と吠えると二人に向かって突撃してくる。
それに対するペトラが素早く駆けだした。スピードに自信がある、というのも嘘ではなかった。ペトラは並の冒険者では出せないであろう速さでゴブリンに肉薄し、短剣を抜いてそのまま首を切りつけた。血を吹き出してゴブリンが倒れる。その一撃で命を散らしていた。
他のゴブリンたちはその光景を見てヤバいと悟ったようだ。標的を弱そうなもう一人の少女へと絞って突撃してくる。
アレシャは少し震えていた。これまでの一人旅で魔物と戦ったことはある。だが、慣れるほどの数はこなしていない。自分への明確な敵意を持った相手との戦いは慣れていない人にとっては恐ろしいものだ。しかし、アレシャは退かなかった。ここでダレイオスに頼らず立ち向かうことで、ようやく冒険者になることへの自分のグダグダした思いが吹っ切れる気がしていたのだ。迫るゴブリンを睨み付け、アレシャは一気に飛び出す。
攻勢に出られると思っていなかったのか、ゴブリンたちは少し怯んだ様子を見せる。その隙をアレシャもペトラも逃さない。アレシャの走る勢いののった回し蹴りがゴブリンの一体の頭を捉える。そのゴブリンはそのまま別の個体を巻き込んで倒れた。ペトラがその二匹をまとめて突き刺し、息の根を止める。
その隙を狙ったゴブリンの一匹がペトラの背後から棍棒を振り下ろす。だが、アレシャの放った掌底がその顎を打ち抜いた。べしゃりと地面に倒れるゴブリンの喉をペトラが振り返り様に突き刺す。
ゴブリンの数は半数以下の三匹まで減り、これでは勝てないと判断したゴブリンは逃走の姿勢に入った。こちらに危害を加えないのなら放っておいても良いのだが、良い機会なので二人は点数を稼いでおくことにする。
ペトラが跳躍し、木の幹を足場にしてゴブリンの正面に回り、退路を断つ。それに気をとられたゴブリンたちは背後から迫るアレシャには気づかず、足を払われて地面に伏す。そこをペトラの両手の短剣がゴブリンを一匹ずつ貫いた。アレシャはゴブリンが持っていた棍棒を拾い上げ、残った一匹の頭を叩き砕いた。
襲ってきた七匹のゴブリンはこれにて全滅。無事、討伐完了である。
加点のための討伐証明としてゴブリンの右耳を切り取り、革袋にしまう。ゴブリンの肉は食用には適していないので、燃やして処理した。このときだけはダレイオスに協力してもらった。
一通りの作業を終えたところで、二人はようやく一息つくことができた。自然と笑みがこぼれ、軽くハイタッチする。そしてアレシャが興奮した様子でペトラへ語りかける。
「なんの打ち合わせもしてないのに、こんなに上手く連携できるなんてびっくりした!でもペトラって相当できるんじゃない?お世辞なしでDランクくらいの強さあると思うんだけど」
「それは相手がゴブリンだったからよ。たぶんDランクの魔物を相手にしたとき、あたしの腕力で短剣を振ってもろくに刃が通らないと思うわ。それに、アレシャも魔術がなくても強いじゃない!あ、でも巨熊には凄まじいパンチかましてたわよね」
それを言われたアレシャは目を泳がせる。良い感じの言い訳を考えているようだ。
「あ、あーえっと、あれはパンチというより魔術を撃ったようなものだから、魔術なしじゃこんなもんだよ」
『厳密に言えば身体強化魔術を用いて撃ったパンチなわけだがな』
「そうなのね……。正直アレシャって一発ぶちかますパワータイプだと思ってたわ。ああいう連携をしてくれるならこっちもありがたいわね」
『そういう言うと私が脳筋みたいではないか。気に食わんぞ!』
「そういってもらえると嬉しいなあ」
ダレイオスの文句は無視する。
二人とも先ほどの連携には手応えを感じていた。打撃攻撃のため決定打にかけるアレシャがゴブリンを崩し、ペトラが刃でその息の根を止める。うまくできたコンビネーションだった。
だが、これはアレシャが考えたものではない。かつて剣士だった彼女の父と、拳を使って戦っていたその相棒が得意としていたコンビネーションだった。父がいつも自慢げに語っていたそれを思い出し、実行したと言うわけだ。
アレシャにとっての理想の冒険者像は父だ。父こそが冒険者であり、冒険者こそが父なのだ。
だが、その父が使っていた冒険者としての技をアレシャは使うことができた。それはアレシャにとって、彼女が求める冒険者へ一歩近づいたという実感となり、自分は冒険者としてやっていけるんじゃないか、という自信となった。
この自信こそ、彼女に欠けていたものである。もう、お腹も痛くならないだろう。彼女の胃は救われたのだ。
ひとまずの成果を得たと言うことで拠点の洞穴へ戻ることにした。ペトラと少し距離をとってからアレシャとダレイオスは話し始める。
『だが、正直私も驚いた。お前があんなに良い動きをするとは思っていなかったからな。それなりに鍛えられた良い体をしているとは思っていたが』
「さらりとセクハラ発言するのやめてくんない?ダレイオスさんは脳筋一発屋だからああいう戦い方はしないんだろうけど」
『私のことを脳筋呼ばわりするな!魔術を極めた私が賢くないわけないだろう!封印されてる間だってなあ!』
「あ、拠点が見えてきたから交代して。入り口開けてもらわなきゃいけないんだから」
ダレイオスの文句は無視する。『魔王』の威厳はそこにはなかった。いや、もとからなかった。
サバイバル三日目。
何か物的な成果があったわけではない。だが、アレシャにとっては間違いなく実りある一日となった。
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