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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
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プロローグ 語らう二人の男

 夜のとばりが下りた森から一筋の煙が立ち上る。

 満天の星空へ向けてゆっくりと手を伸ばすそれの足元で火を焚いているのは二人の男だった。


「なあ。もう三日になるが、明日には戻らんとマズいんじゃないか?お互いに」


 適当に撫でつけた髪をかきむしりながら鎧姿の男が語りかけると、マントを羽織った短髪の男がそれに答える。


「すまん、もう少しのはずなのだ。ムセイオンの研究資料によると、だが」

「そうは言うが、王宮を開けてきているんだぞ。お前がどうしても討伐したい魔物がいるというからこうして付き合っているというのに」

「そう言われると辛いのだが、俺とダレイオスの中ではないではないか。大目に見てくれ」


 短髪の男が笑いながらそう言えば、鎧の男、ダレイオスはこれ以上の言葉を諦めて肩をすくめた。彼の目の前にいる親友、アレクサンドロスは一度決めたことは最後までやらねば気が済まない男だった。最初に一緒に行くと決めた時点でダレイオスには最後まで付き合う以外の選択肢はないのだ。

 だったらもうさっさと寝てやろうかと思ったダレイオスがその場に寝っ転がると、目の前に瓶が突き出された。中に入った彼の好物の酒がたぷんと音をたてる。


「ほら、付き合え。まだまだ夜は長いぞ」

「……昨日も飲んだだろうが、全く」


 ダレイオスはそうぼやくが流れるような動作で瓶を受け取った。何だかんだで飲む気らしい。同じく瓶を構えたアレクサンドロスと瓶をぶつけてから一気に煽り、大きく息を吐いた。


「ムセイオンの研究員が目をつけていた魔物、か。それを討伐してしまっていいのか?研究用なら生け捕りのほうがいいと思うのだが」

「勘違いしているみたいだが、いや、俺が説明していなかったのか?ともかく、俺の目的はムセイオンの研究の役に立つためではなく、研究を妨害するためだ」


 ダレイオスはその言葉を不思議に思い首をかしげる。ムセイオンはアレクサンドリア王国の管轄下にある魔導研究所だ。アレクサンドリアを治める王であるアレクサンドロスが研究を邪魔しようとする意図が分からない。ダレイオスが詳しい説明を求めると、アレクサンドロスは一度酒を置いてそれに答える。


「一応ムセイオンには定期的に視察へ行っているのだが、俺はお前と違って魔術に対する知識なんてさっぱりだ。あまりムセイオンにも口出ししていなかったのだが、先日視察へ行ったときに研究者たちが俺から隠そうとしていた研究を一つ見つけてしまった。偶然な。それは、『魔術による精神生命体の創成』の研究だ」

「は?」


 ダレイオスの口から間抜けな声がポロリとこぼれる。ダレイオスは『魔王』の異名を持つほど魔術に精通しているが、そんな彼でも『精神生命体』なんてものを知らなかったのだ。となるとアレクサンドロスがその研究に興味を持った理由が分からない。その疑問はアレクサンドロスも当然想定していたものなので、瓶を傾けつつ話を続ける。


「『精神生命体』が具体的にどういうものなのかは俺には理解できんかったが、その研究が生み出す者が余りに巨大な力を持つものであるのは俺にも分かった」

「巨大な力?」

「ああ。『精神生命体』ってのは想像を絶するような魔力を生み出す存在らしい。言うなら、そう“神”みたいな力を持ってる存在だ」


 “神”と例えられると途端に眉唾物に思えてしまうが、もし本当に“神”を生み出そうとしているなら、それは全くもって途方も無い話であり、簡単に手を出して良い領域ではないだろう。


「まあ、そんなものを作ろうとしていることを俺は恐ろしく思ったわけだ。この研究を進めさせるべきでないともな」

「話の流れからすると、その研究には今探している魔物が必要であり、お前は研究を阻止するためにそれを討伐しようとしている、ということだな?」

「ああ」


 アレクサンドロスが頷いて肯定を返すが、ダレイオスはそんな回りくどい方法を取る必要はないと言う。ムセイオンはあくまで国の機関。王であるアレクサンドロスが研究の中止を命じれば、それで解決だ。

 しかし、アレクサンドロスは首を横に振る。


「正直なところ、今のムセイオンは俺の手を離れてしまっている。定期の報告書に記載されていないことを色々しているという噂もそれなりに聞こえていてな。俺が研究を止めろと呼びかけても、表向きだけ繕って裏で動かれては意味がない。だったら魔物を討伐してしまえば全部一発で終わる」


 アレクサンドロスによると、今回の魔物は相当なイレギュラーの存在で二度と発生しない可能性が高く、『精神生命体』の研究にはその魔物が不可欠らしい。研究に行き詰まり始めていた研究者たちにとっては、突如現れた魔物はまさに天からの贈り物なのだそうだ。それならばダレイオスも、その贈り物をたたき壊してしまうのが手っ取り早いという考えは分からないでもなかった。


「だが、お前の目的は研究の妨害よりも魔物そのものだろう。そんな特別な魔物の話を聞いてお前がじっとしているとは思えない」

「ばれたか。だってそんな面白そうなもの、絶対に見ておくべきだと思わんか?」


 楽しそうに笑うアレクサンドロスにダレイオスはため息をつく。

 ただ、研究を止めることが重要な目的であるのも本当である。アレクサンドロスはダレイオスにそう念押ししてから一つ頼み事をする。


「魔物を討伐した後だが、もしかしたらその死骸も研究に利用できるものかもしれない。ムセイオンに渡らないよう、念のためにお前に預かってもらいたいんだが、頼めるか?」

「魔物の死骸を持って帰れと?……まあ別に構わんが、結局その魔物はどんなヤツなんだ?」


 もう少し早くに聞いておくべきであることをダレイオスが尋ねると、アレクサンドロスは両手を使って指を七本立てた。


「そいつは、七色に輝いているらしい。そいつの輝く鱗が研究に使えるものだそうだ。どうだ、七色だぞ?面白いと思わんか?」


 アレクサンドロスは少年のように顔を輝かせる。相変わらず面白いヤツだと思いつつダレイオスはそれに同意を返す。七色に輝く魔物なんてものはダレイオスも聞いたことがなかった。やはり、イレギュラーな存在という事なのだろう。彼もその魔物には興味が沸き始めていた。二人は魔物がどんな姿をしているのか、あれやこれやと想像してみる。鱗なのだから竜ではないか。いや、鱗がついた獣というのも面白いのではないか。酒の席での話はつきない。

 次第に話題は魔物から離れ、互いの近況についてになった。そこでアレクサンドロスがふとダレイオスへ尋ねる。


「お前、何か浮いた話は無いのか?もういい年だが、いい女の一人や二人いるだろう」

「……お前、分かって聞いてないか?」


 顔に影を落としたダレイオスにそう尋ね返され、アレクサンドロスはため息をつく。これまでダレイオスは女と上手くいったためしがなかった。基本的に女性の扱いが下手なのだ。王になってからそれほど自由に恋愛もできなくなったというのもあるが、それを抜きにしても彼に浮いた話などなかった。


「別に焦る必要はないだろうが、お前もアルケメアの第一代の王として、世継ぎを残しておくことを考えておくべきだな。本当に誰もいないのか?」

「私の血はお前と違って立派なものじゃない。別に絶えても気にせんさ。……まあ、一応、言い寄られている女はいる」


 ダレイオスの言葉にアレクサンドロスは目を丸くする。口に含んでいた酒を危うく噴き出しそうになりつつも、その女について食いつくように尋ねた。


「うちの宮廷魔術師団の新人だ。ミネーという女だが……勿論知っているだろう?」

「ああ、なるほど!瑠璃色の眼が印象的な、結構な美人だったと記憶している。実力は優秀な事この上ないし、良かったでは無いか!なんだ、いい話があるではないか」

「いや、確かにいい女なんだが……少し、な」

「まだ問題があるのか?……まあ、何かあればいつでも相談に乗ってやる。気にするな、俺とお前の仲だ」


 アレクサンドロスがダレイオスの肩を叩きながらそう言うが、ダレイオスはアレクサンドロスの周りにも浮いた話を聞いたことがなかった。なぜ自分だけそんな風に言われなければならんのだという思いをぶつけると、アレクサンドロスはニヤリと笑った。


「実はだな。以前お前とコッソリ飲みにいった酒場にいた……」

「やっと見つけましたよ」


 アレクサンドロスの言葉を遮り、姿を現したのは二人の男だった。それを見た二人の王の背を汗が流れ落ちる。

 現れた二人はダレイオスとアレクサンドロスそれぞれの副官だったからだ。長髪を結わえた真面目そうな男、ヘリオス。黒いマントを羽織った、眼帯の厳めしい顔つきの男、ショウだ。そして、その二人の副官には明らかな怒りの表情が浮かんでいた。それも当然、二人はコッソリと王宮を抜け出してきているのだ。

 怒られる前に慌てて二人の王は弁解を始める。今回の件はいつもの道楽ではなく正当な理由があるのだと理解して貰えれば、少しは怒らずに済むのではないかと考えた。その悲しい抵抗の効果は一応はあったようだ。二人の副官は「なるほど」と呟き考え込む。


「確かにそれは気になる話ですね。その魔物は一度見ておくべきです。ショウさんはどう思いますか?」

「そうですな。私も同感です。私も生粋の武人故、ムセイオンへあまり口出しができません。多少強引ではありますが、魔物を討伐してしまうというのも悪くありませんな」

「「では……!」」


 怒られないと確信して笑顔を見せた王二人の頭に拳骨が振り下ろされた。間違いなくこぶになる、きつめのものである。

 そこから洗練された動きで正座へ移行した二人の王は、ただ小動物のように縮こまって説教を浴びせられ続けられることになった。

 アルケメアが滅びる、丁度三年前の出来事である。

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