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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
86/227

85 旗揚げ

連続投稿2話目

「『……以上が、商会本部から発表された事の顚末である。しかし、その説明では納得できないという声も多い。ハンター商会現会長ランドルフ氏への疑念が広がっているのは無視できないことだ。今後のハンター商会の動向に注目が集まる』……そんな風に書かれても、俺たちも全てが分かっているわけではないのに納得のいく説明ができるわけがない」


 そうぼやいたヘルマンが新聞をテーブルへ放り投げる。


「仕方ないだろう。自分たちでケツを拭いたとはいえ、これだけの被害を出した商会を信用するのは心情的に難しい」


 新聞を拾い上げて軽く目を通したセイフがそう口にする。ヴェロニカとアステリオスはそれに同意するように頷いた。

 今、ペルセポリスに殴り込みをかけたメンバーたちはヴォルムスのとある店に集まっていた。美味しい紅茶が飲めると評判の店だが、店内に彼ら以外の客はいない。それもそのはず、今日は彼らの貸し切りなのだ。ランドルフが面倒を見ている店らしく、快くそれを承諾してくれた。なので、割と聞かれてはマズい話も平気でできる。

 そんな中、椅子の倒れる音と食器のぶつかる高い音が店内に響いた。

 新聞を読んでいた四人がその音の方へ顔を向けると、メリッサとブケファロスが立ち上がり睨み合っていた。


「紅茶に砂糖を入れるののどこが悪いって言うんですか!人の勝手でしょう!」

「だからってそんなに砂糖を入れるやつがいるかよ!どっか湧いてんじゃねえか?」


 極めてくだらない喧嘩だった。だが、砂糖によって変色しているメリッサの紅茶のカップを見た四人はブケファロスの言っていることが正しいと思う。しかし、口は出さない。この二人の相手は、するだけ無駄だと悟ったのだ。

 しかし、そこへ鋭い言葉が飛んでくる。


「申し訳ありませんが、お静かにしていただけるでしょうか。折角の紅茶が台無しになってしまいますわ。この素晴らしい香りと余韻を楽しもうという気持ちはお持ちでないのですか?」


 その言葉の主は、少し離れた席に一人で座り、優雅に紅茶を味わうクリームヒルデだった。二人は口を出すなと噛みつこうとしたが、クリームヒルデが今まで見たことが無い目つきで睨んだ。まさに蛇に睨まれた蛙状態になってしまった二人は黙って席に着く。四人はつい「おお……」と言葉を漏らしてしまった。するとクリームヒルデの視線が四人へ向いたので、慌てて顔をそらして話の続きを始める。


「それで、アレシャちゃんはまだ来ないのかしら」

「もうじき来るだろう。それよりお前らは本当によかったのか?」


 セイフがヘルマンとアステリオスへそう尋ねた。二人ともそれに頷きを返す。


「片腕無くした俺にそれを受ける資格があるとは思えない。またの機会にさせてもらう」

「わたしも自分にそれだけの実力があるとは思えなくてな。メリッサも同じ意見だ」

「そうか。なら俺が口を出すことじゃないな」


 セイフはそう言って紅茶をすする。ヴェロニカとヘルマンもカップを手に取り口をつけた。アステリオスも紅茶を、と思いカップへ手を伸ばすが、籠手をはめた手ではそれを掴むことは叶わなかった。彼は悲しそうに手を引いて膝の上に置いた。



 ヴォルムスの街にあるハンター商会本部。その商会長の執務室のドアを叩く音がする。入室を許可する声がして、少女はその部屋へ足を踏み入れる。が、どこかぎこちない動きだった。そのせいでドアの角に思い切り足の指をぶつけて悶絶する。

 それを見た男の吐いた大きなため息が部屋に充満した。


「なんでこう重要なときにも締まらねえんだ、お前は。できる限り真面目に話をするつもりだったが、もういい。さっさと座れ」

「は、はい!」


 ランドルフの声でアレシャはそそくさとランドルフの正面の椅子に腰掛ける。その表情はやたらと緩みきっていた。それに僅かに苛立ちを覚えたランドルフはさっさと話を進めることにする。


「今回の一件において、アレシャ、お前の功績がとても大きい。わたしじゃなくて……なんて無粋なこと言うなよ?世間的にはお前もダレイオスも同一人物なんだからな」

「わ、分かっております」

「……まあいい。そんなわけでお前にこいつを渡す」


 ランドルフが一枚の書類を机へ置いた。

 そこに書かれていることはいたってシンプルだった。

 『Bランク冒険者アレシャがAランク冒険者へ昇格することを認め、『魔導姫』の二つ名を与えるものとする』

 それを読んだアレシャの顔がどろどろに緩んだので、ランドルフは一発拳骨をお見舞いして現実に引き戻す。


「読んだ通りだ。お前はこれからAランク冒険者、『魔導姫』のアレシャだ」

「『魔導姫』のアレシャ……。いい響きだ……」

『姫、と呼ばれるのは私にとっては複雑な気持ちだがな』


 そんな風にこぼすダレイオスは無視し、二つ名の由来をアレシャは尋ねる。


「最初の候補は捻りなしで『魔王』だった。しかしそんな名前にしたらアリア教徒から袋だたきにされるので当然ボツだ。『なら『魔人』がいんじゃないか?』と俺が提案したらフェオドラにきつめに怒られた。『女の子になんて二つ名をつける気だ』ってな。だから二つ名はフェオドラに考えてもらった。母親からのプレゼントとでも思っとけ」

「そっか、お母さんが……」


 そしてアレシャの頬が緩む。その笑顔にはランドルフもつい微笑みを漏らしてしまう。Aランク冒険者と記載された新しい冒険者登録証をアレシャに手渡してから、ランドルフは椅子にもたれかかった。


「ま、正式な手続きはこれくらいだ。もう帰って貰って別に構わんが、茶でも飲んでくか?」

「あ、じゃあ飲む」

「あいよ」


 ランドルフは席を立ち、慣れない手つきで紅茶を淹れてアレシャへ差し出す。それを一口飲んだアレシャは首をかしげた。


「あんまり美味しくないね。お母さんが淹れたほうがずっと美味しい」

「うるせえ。俺もフェオドラにずっと淹れてもらってたんだからしょうがねえだろ」


 そう言ってランドルフも紅茶をすするが、顔をしかめる。彼にとっても美味しくなかったようだ。

 そんな美味しい紅茶を淹れてくれるフェオドラは、今は席を外している。商会本部を離れられないランドルフの代わりに事後処理をするため奔走しているそうだ。

 美味しくない紅茶を飲むのを諦めたランドルフはカップを置き、頭を下げる。


「本当に、今回は迷惑をかけたな。お前にも、ダレイオスにもだ。色々辛い思いもさせてしまった。俺の力が及ばなかったせいだ」

「いやいや、おじさんがいなかったらどうなってたか!ペルセポリスで襲ってきた『七色の魔物』と『黄金の魔物』にやられてたかもしれないし」

『それは同意する。あいつらを足止めしてくれたからこそ私たちはヘリオスの元へたどり着けたのだからな。……最も、足止めどころか無傷で四体全て討ち取るとは思ってなかったが』


 ダレイオスの呟きにアレシャも苦笑する。何を言いたいのか何となく察したランドルフは当然だとばかりに鼻をならす。

 幼いときは気づかなかったが、こうして戦いに参加してランドルフとその元仲間の強さは相当なものなのだとアレシャは実感する。

 そんな人の相棒だった自分の父、アレクセイも強かったのだろうな、としみじみと思った。


「あ、それで、商会はこの先大丈夫なの?今回の件でのダメージはかなり大きいと思うけど……」

「大丈夫、ではないな。商会の戦力は誇張無しで半減してしまった。失った信用を取り戻すのも時間がかかるだろうな。ある程度立て直すまでは、今回の件の黒幕を調べるのはお預けだ」


 黒幕という言葉にダレイオスは唸る。

 彼の忠臣を縛り操っていた者。それを見つけ出さない限り、このような事件が起こる可能性は消えない。

 そこでダレイオスはアレシャに交代するよう頼んだ。


「ランドルフ。ヘリオスから得た情報があるんだが、聞いてくれるか」

「ダレイオスか。それは前に聞いた報告とは別のものか?」

「ああ。情報というよりは私の推理したものだがな」

「それでもかまわねえ。話せ」


 ランドルフが椅子から身体を起こし、話を聞く姿勢をとる。

 ダレイオスはそれに頷き話をする。


「ヘリオスの受けていた命令の話はしたよな?その内の三つ目、“主”の正体に繋がる情報を漏らさないこと。これによる制約によってヘリオスが黙秘したことがあったんだが、ここから一つ推測が成り立つ」


 ランドルフが興味深げな声を出す。

 アレシャもその話に耳を傾けていた。ダレイオスはランドルフに紙片と筆記具を借り、文字を記していく。


「ここに書いたのが、戦いの前にヘリオスが話した事柄だ。自分が“死人”を操って何をしていたか。だが、“死人”に関連していると思われる事件で一つ抜けているものがある」

「ん、言われてみれば……あれがないな。『黄金の魔物』がガザとセインツ・シルヴィアを襲撃した事件。あれについての話がごっそり抜けている」

『あ、ほんとだ。そういえばヘリオスさんもその話はしてなかったよ』


 ランドルフとアレシャは驚きを見せる。そして先ほどの話の流れから、これがヘリオスの三つ目の命令に反する事柄であるとダレイオスは主張しているわけだ。


「ヘリオスは私に忠誠を誓い、できる限りの情報は与えようとしてくれた。しかし、これだけの大事件についての言及が一切ないということは、言えなかったと考える方が自然だ」

『ペルセポリスにも『黄金の魔物』が現れてるわけだし、セインツ・シルヴィアを襲った『黄金の魔物』がヘリオスさんと無関係だとは思えないよね。ヘリオスさんも何かしらは知っていたはずだよ』

「ヘリオスは、話すことができなかった。その襲撃事件が“主”に繋がる手がかりになるから。その事件を画策しベータ王国の騎士団を焚きつけたのがその“主”である可能性は十分にあるな」


 ランドルフの言葉にダレイオスは頷く。

 セインツ・シルヴィア襲撃事件は未だ謎が多い。だが、“主”への調査を行う上で重要な手がかりであることは間違いなかった。


「……それと、もう一つ確かめたいことがある。ペルセポリスから転移魔術によって大量の“死人”が転移したことがあったよな」

「ああ。それで一気に商会側は劣勢に立たされた」

「それと同じような転移魔術が歴史上で使われたことは?」

「いや、なかったはずだ。だからこそ予測できない事態だったんだ」


 ランドルフがそう言うとダレイオスは自分の求めていた回答が得られたようだった。腕を組んで瞑目すると口を開く。


「千九百年前、私の国が滅んだときも似たような転移魔術が用いられたんだ。突然大軍が王都の近くに転移してきた。ランドルフの言う通り、そんな魔術の存在がこれまで確認されていないのだとしたら、その二つは同じものだと考えられる」


 ランドルフは突然の話に目を丸くする。今回の事件が千九百年前に起きた伝説レベルの出来事と関連性を見せ始めたのだから。


「まだ続きがある。気になるのは、千九百年前の転移を目撃しているヘリオスが今回の転移魔術について一切言及しなかったことだ。転移魔術を用いた者は私にとっては仇に等しい。それについての情報をヘリオスが持っているなら話さないわけがない。つまり、あいつは話すことができなかった」

「……三つ目の命令か」

「そうだ。あいつが口を閉ざす理由は他に無い。その転移魔術はヘリオスの“主”に関係しているんだ」


 ダレイオスの目がギラリと光る。

 関係しているという言い方をしたが、ダレイオスは転移魔術を用いたのがその“主”であると考えていた。それは即ち、“主”は千九百年前の転移魔術についての何かしらの情報を持っているということだ。むしろ、千九百年前にアルケメアを滅ぼした人物と“主”が同一人物である可能性もある。いや、その可能性が高いとダレイオスは踏んでいた。

 “主”はダレイオスの魂が現代まで残っていることを知っていてそれを狙っている。“主”は数多くいる『冥界術式』で死んだ人間の中から、現代の書物にもその名が一切記されていないヘリオスを選んで蘇らせた。そんなことは“主”が千九百年前に何があったのかを知っていないとできない。

 “主”へたどり着くこと。それは、千九百年前の真実を知るというダレイオスの目的を達するためには不可欠なことと言えるだろう。


「お前の言いたいことは分かった。『黄金の魔物』と転移魔術の二つの面から調査をさせよう。それも結局は商会が立て直してからになるからだろうが」

「すまない。よろしく頼む」


 ダレイオスが頭を下げ、ランドルフが気にするなと手をヒラヒラと振る。

 そこで会話が一旦途切れた。堅苦しくなった空気を変えようとランドルフが軽く咳払いをする。


「そうだ、アレシャにプレゼントがあるんだ」

『プレゼント!?なになに?』


 ダレイオスと交代してアレシャが身を乗り出す。その勢いに気圧されながらもランドルフが一枚の書類を取り出した。

 昇格祝いで何か豪華なものが貰えると思っていたアレシャは少し残念そうな顔をしながらもそれを受け取る。そして顔一面を驚きに染めた。


「え、これ、なんで知ってるの!?おじさんに話したことないよね?」

「お前がアレクセイに憧れてる以上、どうせこれをほしがるだろうと思ってな。まあ、お前のことを知っている人間なら誰でも分かると思うが」


 ランドルフが当然のようにそう言うと、アレシャは更に驚いた。

 自分が分かりやすい人間であるという自覚はないようだ。


「俺の署名はしてある。あとは、お前が記すだけだ。待たせてるんだろ?行ってこい」


 そういって優しく微笑んだランドルフにアレシャは勢い余って机に頭をぶつけるほどに一礼し、執務室を飛び出していった。


 その勢いのまま商会本部を飛び出すとアレシャはヴォルムスの大通りから外れた裏路地へ飛び込む。道行く人にぶつかりながらも目的地を目指して走った。そして、その店のドアを吹き飛ばす勢いで強く開け放った。


「みんな!お待たせ!」


 すると、店内にいた仲間達は何故か一斉にクリームヒルデの方を見た。

 視線を集めているその少女は洗練された所作でカップを置くとアレシャを見据える。


「お待ちしておりましたわ。何かお話があるのでしたわね。どうぞお掛けになってください」


 クリームヒルデに促されるままにアレシャが席につく。すると他の皆はほっとした表情を見せた。

 アレシャはその反応に首をかしげるが、すぐに自分が何をしに来たかを思いだし、全員を一カ所に集める。

 そして高らかに宣言した。


「えー、皆様!私冒険者アレシャは、本日よりAランク冒険者『魔導姫』のアレシャとなりました!以後よろしくお願いします!」


 突き上げたその手には認定の書類が握られている。

 メリッサはそれに全力の拍手を返すが、それ以外の面々は「ほー」とか「よかったな」とか適当な反応を返すだけだった。

 アレシャはそれに抗議の声を上げるが、「そのために商会本部へ行ったことはみんな知ってる」というヘルマンの言葉で押し黙った。

 アレシャは気を取り直して、もう一枚の書類を取り出しテーブルに置く。


「なら早速本題に移るね。わたし、自分のギルドを立ち上げようと思う。すでにランドルフさんの署名入りの書類は貰ってきた。だから、ここにギルドの名前を書けばそれでオーケー」


 その書類には皆興味を示した。ここにいる誰もギルドには所属していない。ギルドというものにあまり馴染みが無いのだろう。

 そして、アレシャの話の本筋はここからだった。


「それで、皆にお願いがあるの。……わたしのギルドに所属して貰えないでしょうか!」


 アレシャが深々と頭を下げた。

 床を見つめているアレシャに仲間たちの反応は見えない。しかし、アレシャの全力のお願いに誰の反応の声もなかった。

 ここにいるメンバーなら参加してくれるんじゃないかと期待していたアレシャの顔に汗が流れ始める。もしかして、それは自分の思い違いだったのだろうか。みんなが黙っているのは自分に呆れてしまったからではないのか。そんな不安がアレシャの心にぼんやりと浮かんできたとき、ヴェロニカの声がした。


「全員書いたわよ。これでいいのかしら」


 ん?と思ったアレシャが顔を上げると、書類のギルド立ち上げメンバーの署名欄にそこにいた全員の名前が記されていた。

 アレシャは慌ててそれを手に取り、全員の顔と名前を交互に見ていく。視線を向けられた全員はアレシャに頷きを返す。


「な、なんでそんなあっさり……」

「アレシャちゃんがギルドを立ち上げたいって言い出すのはみんな予想していたことだしね」


 ヴェロニカがケロリと答え、全員がうんうんと頷く。

 さっきのランドルフの言葉が頭を巡った。自分が分かりやすい人間であるという自覚はやはりなかったようだ。

 なおも困惑するアレシャへ向けてヴェロニカが柔らかな声音で語りかける。


「私はアレシャちゃんのことを妹みたいに思っているつもりよ。私がいないと駄目なんだから、一緒についていてあげるしかないじゃない。それに、ダレイオスちゃんの魔術は近くで見ていたいしね」

「俺は果たさなきゃならない目的があるのを忘れたのか?そのためにダレイオスから学ぶことは沢山ある。まだまだ付き合って貰うぞ」


 ヘルマンがそう答える。言い方は雑だが、彼の表情は優しかった。


「私がアレシャちゃんから離れるなんてあり得ませんから!」

「わたしは、お前の人を殺さないという覚悟がどこまでいけるのか見てみたい。あとは、メリッサのおもりだな」


 そう口にしたアステリオスにメリッサが蹴りを入れるが、甲冑の堅さに悶える。それを鼻で笑い、ブケファロスが口を開く。


「お前も『魔王』のことも俺はよく知らねえ。だが、俺の相棒がお前らと一緒にいろって言うんでな。俺も一応参加させてもらうぜ」

「俺は今回の戦いの中で新たな自分を見つけることができた。アレシャちゃんと一緒ならまた新たな発見があるかもしれないしな」


 セイフが腰に携えた剣。かつて彼の師が振るっていた剣だ。それを握りしめながら彼は語った。


「私はランドルフ様からアレシャさんの護衛の任を承りました。これからもお側でお守りさせていただきますわ」


 クリームヒルデが相変わらず洗練された動きでアレシャへ頭を下げる。


『……もしペトラがこの場にいたなら、同じように了承してくれただろうな。お前は良い仲間を持った』

「それはダレイオスさんも同じでしょ。わたしたちは二人で一つってことでやってるんだから」

『ああ、そうだな』


 アレシャは少し潤んでいた目をガシガシとこすり、自分も署名欄に名前を記す。その隣に小さめにダレイオスの名も記した。

 そして、肝心のギルド名。アレシャは既に決めていた。

 アレシャは以前、ダレイオスに国の名の由来を聞いたことがある。アルケメアという名はどこからつけたのかと。ダレイオスは、アルケーとメアという二つの言葉から来たと話した。アルケーは始まりを意味する語。そしてメアは悪夢を見せる夢魔のことだ。アルケメアはまさに悪夢のような都市同士の戦をダレイオスが収め、その都市を統合することで建国された。その悪夢を忘れないため、戒めとしてアルケメアという名をつけたのだそうだ。

 それを聞いたアレシャの反応は極めて淡泊だった。「なんか暗いね」と。

 だからアレシャはこう名付けた。


「それでは、ここにわたしたちのギルド、『アルケーソーン』の立ち上げを宣言します!」


 ソーンはアレシャの故郷の言葉で夢を意味する語だ。Aランク冒険者になり、自分のギルドを立ち上げるのはアレシャの夢であった。しかし、それも既に叶った。だが、ここからが本当の始まりである。叶えた夢を越えて、次の夢へと向かっていく。過去では無く、未来を見据えていく。その意志をこめた名だった。

 アレシャがそう説明すると、誰も文句を言う者はいなかった。先ほどとは違い、拍手が巻き起こる。それほど人数が多くないので拍手喝采というわけではないが、アレシャにはそれで十分だった。


「よし、じゃあ乾杯しよう!かんぱーい!」


 気持ちの高まったアレシャが近くにあったカップを勢いよく掲げる。しかし、ティーカップはそんな風に扱うものではない。中に入っていた紅茶が飛び散り、クリームヒルデを頭から濡らした。

 店内の空気が一瞬で凍る。

 その後何があったかは分からないが、アレシャはしばらく紅茶を見ると震えるようになり、ギルド立ち上げの宴会は数日後にまで延期されることとなったらしい。

 後世に語り継がれる伝説のギルド『アルケーソーン』。その旗揚げは極めて締まりのないものだった。

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