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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
85/227

84 それでは、また後ほど

連続投稿1話目

 ダレイオスは真剣な顔でヘリオスへ問いかける。


「今から聞くことに答えて欲しい。お前を救うためのヒントになるはずだ」


 ヘリオスはその言葉に信じられないという表情を返す。

 いくらかつての臣下といえ、ヘリオスは紛れもなく邪な考えを持つ何者かの手先である。そんな不確実なことをするくらいなら殺してしまう方が、もっと簡単で確実に始末をつけることができる。

 ヘリオスがそう言うと、ダレイオスがまた頭をはたいた。


「さっき言っただろう。『私にお前を殺す気はない。だが、お前を救ってやる』ってな。そのためにも私の質問に答えてくれ」


 ヘリオスはその真っ直ぐな眼差しに静かに頷いた。ダレイオスも頷き返し、質問を始める。


「まず教えてくれ。お前達“死人”を操る魔術の仕組みだ。人を操るなんて簡単にできることじゃないはずだ」

「……まず大前提として、“死人”は術をかけ続けなければ死んでしまいます。つまり、“死人”の命綱を常に術者が握っているということです。術者の裁量で私たちは簡単に存在を奪われてしまいます。常に死に晒され続けるという状況、普通の人間ならば相当な恐怖を抱くはずです。“死人”を操るときは、そこにつけ込みます」


 話すヘリオスの顔は険しい。彼にとっては自分の罪を吐露しているようなものなのだ。当然のことである。それでも彼は静かに話し続ける。


「恐怖によって生まれた心の隙。そこへ向けて心理操作をしかけることで“死人”の心を掌握します。それでどんな人物でも主を信じ、主に忠実に働くようになります」


 しかし、ダレイオスはそこに疑問を覚えた。

 主に忠実。主を盲信し、その命令を当然のこととして受け入れ実行する。それがこれまで見てきた“死人”の特徴である。しかし、ヘリオスはそれに当てはまらないのだ。


「ヘリオス、お前はそれと別の方法で操られているんじゃないのか?お前はどう考えても主を信じて行動しているように見えない」


 ダレイオスがそう尋ねれば、ヘリオスが頷き肯定を返した。


「その通りですよ。私は死に恐怖を感じなかった。私にとっては、ダレイオス様、あなたへの忠を失ってしまう方がよっぽど恐ろしかったんですよ。しかし、そこにつけ込まれて結局操られることになってしまいました。ですが、それは結局あなたへの忠誠の裏返しです。私を蘇らせた者も私を完全に操ることはできませんでした。なので、私の場合は洗脳とは少し違う形をとっているのです」


 死してなおダレイオスに忠誠を誓ってくれている臣下にダレイオスは心の内で感謝の言葉を述べる。それを表には出さず、ダレイオスはヘリオスに続きを促した。


「主は私に三つの事柄にしぼって命令を下したのです。私はそれに逆らうことはできない。しかし、それに反していない限り、ある程度自分の意志をもつことができました」


 ある程度の自由。そこが他の“死人”との違いであった。戦いの前にヘリオスが自分の行ってきたことについてダレイオスへ話し始めたのも、ダレイオスへ聞いて欲しいというヘリオスの自由意志によるものだろう。

 あのとき、ヘリオスが完全な洗脳状態にないと気づいたダレイオスが話すように促さずとも、ヘリオスから自発的に話したのかもしれない。

 ダレイオスは更に質問を続ける。


「三つの命令の内容は?」

「一つ目は、多少強引な手段を用いてもあなたの魂を手に入れること。二つ目は、“死人”の組織を立ち上げ、同時に『冥界術式』を用いて“死人”を増やしていくこと。三つ目は、“主”の正体へ繋がる情報を漏らさないこと。私のこれまでの所行は全てこの命令に従ったことによるものです」


 ダレイオスはその三つの命令の内容を吟味する。これまでの“死人”の活動内容とも相違なかった。これまでの“死人”の非道な行いは二つ目の命令によるもののようだ。確かな意志が残っている分、ヘリオスにとって命令に逆らえないということは辛いことだっただろう。まして、アルケメアを滅ぼした『冥界術式』の使用を強制されているとなれば尚更だ。その苦しみを察したダレイオスはやきれない思いを抱きながら、「そうか」とだけ呟いた。

 そこから、ダレイオスは少しだけ気になることをヘリオスに次いで尋ねていく。


「例えば今お前の拘束を解いたとすれば、お前はどういう行動に出る気なんだ?」

「間違いなくダレイオス様に襲いかかるでしょうね。私の意志がそれを拒んでも、そうしなくてはならない、という使命感が常につきまとっているんですよ。それが“主”からの命令の効力ということなんでしょうね」

「……なるほど。あとは、お前が戦いの前に色々話してくれたが、そのときお前は『話せることはもうない』と言っていた。それは三つ目の命令に反するからか?」

「…………」


 その問いにヘリオスは沈黙を貫く。しかし、これまで素直に質問に答えていたヘリオスが沈黙するというのは肯定に違いなかった。それをヘリオスも分かって、わざと黙ったのだろう。ここからある程度推理が可能であるが、それは後に回すことにした。

 これでヘリオスを縛るものについては大体わかった。いよいよ、ダレイオスはヘリオスの洗脳を解きにかかることにする。

 ダレイオスが腕を組み、考えを巡らせていく。

 最初に浮かんだのは、ヘリオスへの魔術による干渉を絶つことだ。しかし、それはすぐに切り捨てられる。ヘリオスは“死人”だ。魔術のおかげで生きながらえている。それを絶ってしまえば、ヘリオスはすぐさま死んでしまうだろう。

 ならばヘリオスを縛る命令だけを取り除けばいいのかといえばそういうわけでもない。ヘリオスが自分の手駒でなくなったと知れば、“主”はすぐにでもヘリオスの命綱を断ち切るだろう。ヘリオスを救うためには、彼を完全に“主”から解放する以外に方法は無い。

 一つ思いついた方法は、ヘリオスを『冥界術式』で一度殺してからダレイオスを主とする“死人”として蘇らせる方法だ。しかし、それも無理な策だった。『冥界術式』の発動には人の命が必要になる上に、ダレイオスは“死人”を生み出す方法を知らない。その方法をヘリオスへ尋ねてみても、三つ目の命令にひっかかるのか、彼は答えなかった。

 ダレイオスは更に頭を絞る。

 しかし、今のヘリオスの生は“死人”という極めてイレギュラーな存在であるからこそ成り立っているものである。死んだ人間は絶対に生き返らない、という自然の摂理を覆しているのだ。ダレイオスは“死人”以外にそんな存在を見たことが無いし、知りもしなかった。つまり、“死人”として以外にヘリオスを生きながらえさせる方法はないということになる。そして、その“死人”を生み出す方法は分からない。

 ダレイオスは他に何か可能性はないかと自分の記憶の引き出しを片っ端から開け放っていくが、死んだ人間を蘇らせる魔術についてのものは一つも無かった。

 完全に詰みであった。


「畜生!臣下一人救えずに何が『魔王』だ!」


 力及ばぬ悔しさに、ダレイオスは拳を叩きつける。

 ヘリオスを救う方法がないことは分かっていたことかもしれない。だが、ダレイオスはその可能性に賭けた。アレシャの言う通り、何もしていないのに仕方ないと諦めたくなかったからだ。自分にならできるんじゃないか、という自信もどこかにあった。

 しかし、ダレイオスの願いは叶わない。ヘリオスを解放してやる方法はもはや死なせてやる以外にはなかった。


「……だから言ったでしょう。殺すべきだと。私が命令に縛られている以上、私が死なない限り“死人”は戦い続けますよ。冒険者の方々の犠牲も大きくなるだけです。それに、私は千九百年前に死んだ男ですよ。今ここにいるのも死んでいるのとそう変わりません。気に病む必要はありませんよ」

「馬鹿言うな!こうして会話をしているというのに、死んでいるわけがない。お前の魂は確かにここにある。お前はまだ生きているんだ!」


 ダレイオスが叫ぶと、ヘリオスは嬉しそうに笑みをこぼした。

 だが、そんな表情は逆効果でしかない。ヘリオスがここにいるのだと強く意識してしまったダレイオスに、もうヘリオスを殺すことなど到底できなかった。


「ダレイオス様……。お辛いようでしたら、私が代わりに手を下させて頂きますわ。この戦いを終わらせるために、私たちはやらねばならないのですから」


 クリームヒルデがそう進み出た。しかし、ダレイオスは首を縦に振らない。

 彼はまだ諦めきれなかった。しかし、知らないものはどれだけ頭をひねって思い浮かぶことはない。ダレイオスは歯を食いしばる。

 そこにアレシャが呟く。


『いくらダレイオスさんでもすぐには思いつかないか……。せめて調べる時間でもあれば……』


 確かに時間がなかった。あまり悠長にしていては被害はかさむだけであるし、途中で別れた仲間たちのことも気になる。決断は早いだけいい。

 しかし、時間なら作ることができるとダレイオスは気づいた。

 今はヘリオスを助けることはできない。しかし、それを探すための猶予は作ることができるのだ。

 問題を先送りにしているだけかもしれないが、ダレイオスはそれが今とれる最善手だと判断した。

 ダレイオスはそれをヘリオスへ提案する。


「……ヘリオス、お前の魂を一度封印する、というのはどうだ。丁度千九百年前に私が自身にしたのと同じようにだ」


 それにはヘリオスも目を丸くする。彼もその手は考えていなかったのだろう。

 だが、ダレイオスは積極的にそれを勧めることはできなかった。


「封印されている間はあらゆる行動ができなくなる。長い期間となれば時間の感覚も曖昧になっていく。私はそれに耐えることができたが、もしかしたらお前には苦しみを与えるだけになるかもしれない。そんな状況でお前を縛り続けるのは、結局は私のエゴでしかない。私がお前を殺したくないから、そうするしかないだけだ。……だったら」

「いえ、ぜひお願いします」


 ヘリオスは躊躇いなくそれを承諾した。

 自分から提案したことといえ、ダレイオスは驚きを隠せない。


「……いいのか?私も全力を尽くすが、お前の肉体が戻るという確証は無い。私のように別の人間の身体に乗り移るというわけにもいかない。アレシャと共存している私がイレギュラーなだけだからな。魂を封印するというのは、お前にとっては厳しい選択のように思うが」

「私がダレイオス様を信じているから、というのは理由になりませんか?それに、このまま死ぬよりダレイオス様の役に立てる可能性があるというのなら、私は迷わずその道を進みます」


 ヘリオスは淀みなくそう答える。

 ヘリオスのダレイオスへの信頼は、ダレイオスが思っているよりも強いものだった。ダレイオスは再びその忠誠に感謝する。そして、その信頼に応えるのが主君の役目である。ダレイオスはそう決心した。

 そうと決まれば、善は急げだ。

 ダレイオスは左のガントレットを外し、ヘリオスの横へおく。


「お前の魂をこのガントレットへ移す。肉体は失われるが、お前は“主”の呪縛からは解き放たれるはずだ。……準備はいいか」

「はい。よろしくお願いします」


 ヘリオスが頷くと、ダレイオスはヘリオスの胸を軽く叩いて宣言する。


「……約束する。どれだけかかってもお前を自由にしてやる。元通りの肉体を作り直してやることはできないかもしれないが、何とかしてみせる。待っていてくれ」


 ヘリオスはもう一度頷くと、ダレイオスは右手をヘリオスの胸にかざした。その手に魔法陣が開く。

 そこでアレシャが一つ気になったことを口にする。


『ダレイオスさんって魔力使い切ったんじゃないの?それじゃあ、大したことはできないんじゃ……』

「大丈夫だ。私にはこいつがある」


 ダレイオスが自分の右手のガントレットを叩いた。

 先ほどの戦いの中でヘリオスの魔術の発動を妨害したことがあったが、そのときにガントレットへ流れ込んだ魔力がまだ残っているのだ。これを利用すれば魔力の供給は十分だった。

 ということは、ダレイオスが魔力切れでヘリオスの前に倒れたとき、ダレイオスにはまだ戦う余力が残っていたということであり、アレシャなしでもダレイオスはヘリオスに勝てたということでもあった。


「……まだまだあなたには敵いませんか。やはりあなたは私の誇りですよ」


 ヘリオスがそう呟くが、ダレイオスの耳には届かなかった。

 ダレイオスの魔法陣が淡い光を放ち、ヘリオスの身体を包んでいく。


「ダレイオス様、それでは、また後ほど」

「ああ。またな」


 光がヘリオスの全身を覆うと、それは一際大きな光を放ち霧散する。そしてヘリオスの横においていたガントレットへと集まり、吸い込まれていく。

 少しの時が過ぎると光がおさまった。ダレイオスは地面に置いていたガントレットに手を伸ばし、そっと拾い上げる。そのガントレットの色は元の純白ではなく、淡い紫色の光りを発していた。ダレイオスはそれを左手へつけなおす。ヘリオスの魂が確かにそこにあるのを、ダレイオスは感じていた。


『上手くいった、みたいだね。よかった』

「ああ。これでヘリオスが“死人”へかけていた術も解ける。“死人”たちはすぐにでも全滅することになるだろうな」

「では、これで一段落ということですわね」


 クリームヒルデの言葉にダレイオスが力強く肯定を返した。そしてダレイオスはクリームヒルデへ頭を下げる。


「お前には礼を言わねばならない。お前がいたからヘリオスを捕まえることができた。それ以外にもお前の術が無ければどうしようもなかった場面は何度もあった。今回の件でのお前の功績は大きい」

「私はあくまで裏方ですわ。今回の事件を終わらせたのは紛れもなくダレイオス様、あなたのお力ですわ」

「……そうか。その言葉、有り難く受け取っておこう」


 ダレイオスは次にどこへともなく語りかけ始める。その相手は自分の内にいる相棒だ。


「アレシャ、お前にも改めて礼を言う。ありがとう。お前がいなければ私は……」

『いいってそんなこと。それはお互い様なんだから。ダレイオスさんがいなきゃ今のわたしがいることはあり得ないんだし。ヘリオスさんのためにも色々頑張らなきゃだし、これからもよろしくってことで!』

「ああ、そうだな。これからもよろしく頼む」


 ダレイオスは最後に横たわるヘリオスの身体へ目を向ける。魂が抜けた彼の肉体は動くことはない。しかし、その表情はとても朗らかな笑顔だった。それを見たダレイオスも、つい笑みがこぼれてしまうのだった。

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