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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
82/227

81 VS鹿

 剣戟の音が鳴り響く。

 マサカドの振り下ろした右の剣をブケファロスが受け止め、その隙にセイフが駆け抜ける。セイフが両手を交差させるように剣を振るった。しかし、それもマサカドの左の剣に受け止められる。

 セイフは一歩距離をとってから、今度は姿勢を低くしてマサカドへ接近する。そこでブケファロスが両の手に力を振り絞り、マサカドの剣をはじき返した。ケルウスの右側に僅かな隙が生まれる。そこをセイフが切り上げようと剣を構えるが、マサカドが身体をひねりつつ左薙ぎを放つ。セイフの剣の重さではマサカドには敵わない。セイフの一撃はマサカドにはじかれてしまう。体勢を崩したセイフにマサカドは容赦なく上段に構えた両手の剣を振り下ろした。そこにブケファロスが飛び出し、それを受け止めようとする。だが、マサカドの剣は片腕だけで彼と同等のパワーも持っていた。ブケファロスはその衝撃を受け止めきれずに後ろへはじき飛ばされる。

 マサカドは更に追撃を加えようと踏み込むが、ブケファロスはなんとか体勢を立て直し大きく距離をとった。マサカドは踏み込みを止め、構えを取り仕切り直す。

 この一連の攻防で互いに一撃も与えられなかったが、セイフたちは明らかに劣勢だった。引退したとはいえ、『剣帝』の実力は本物だ。その剛剣は勿論のこと、見切りや身のこなしも一級品である。まさに一騎当千という言葉が相応しい相手だった。

 構えを解かず、強敵は語りかける。


「セイフ、やはりお前を弟子にしたことを後悔している。お前は儂の剣の極意をまるで実践できていない」

「……あなたはいつもそう言っていましたね。お前は私の弟子としては認められない、と。これでもAランク冒険者ですし、努力を怠った覚えもありませんが」

「努力じゃどうしようもないものもあるのだよ。それが今のこの場での力の差に表れているだろう」


 その言葉にセイフは舌打ちし、頭を巡らせる。師を倒すための策を探していた。

 ブケファロスは時間稼ぎを提案するが、そんな器用なことができる相手でもない、考えるべきなのはこの男の倒し方だとセイフは判断する。

 だが考えれば考えるほど、余計な策の通用しない相手だということ事をセイフは実感する。

 やるしかない、と二人は剣を構え直した。そして、セイフが駆け出し、ブケファロスが後に続く。


「なおも向かってくるか。なら、受けて立つとしよう」


 マサカドが両の剣を上段に構える。彼の腕に力がこもると、剣が勢いよく振り下ろされた。その斬撃が衝撃波に変わり、二人へ迫る。二人は左右に分かれてそれを回避し、側方から相手へ近づく。

 ブケファロスが飛び上がり、マサカドの頭へ剣を振り下ろす。マサカドはそれを右の剣で受け止める。だが、体重をかけた分ブケファロスの攻撃の方が押しが強い。マサカドはそれを受けきるのを諦め、一歩下がって受け流す。

 だが、後方に構えていたのはセイフだ。その足下を切り崩すように右の剣で力のこもった水平斬りを放つ。だが、ケルウスは左の剣を地面に突き刺し、それを軸に片腕で倒立し、それをかわした。意表を突いた動きにセイフは一瞬怯むも、すぐさまマサカドへむけて両の剣を切り上げる。だが、マサカドは地面に刺した剣を引き抜き、切り上げでそれをはじいた。その勢いのまま縦にぐるりと回転し、返す刀で逆風で切り込もうとしていたブケファロスの頭上へ剣を振り下ろす。今度はマサカドが上から体重をかけている。それを受けきれずにブケファロスの剣は地に叩きつけられた。そこへマサカドの右の剣が迫る。だが、右側からセイフの刺突が飛び、右の剣はそれを防ぐので塞がった。

 その間にブケファロスは剣の切っ先をマサカドへ向け、するどく突く。しかしマサカドの左の剣に打ち上げられ、ブケファロスの剣は彼の手を離れ天井へ突き刺さった。追撃が来る前にブケファロスは慌てて距離をとり、セイフもそれに合わせてマサカドから離れた。


「獲物を手放すとは、剣士として落第と言わざるをえんな。期待外れか」

「くそっ」


 ブケファロスが舌打ちする。二度目の攻防で状況は更に厳しくなった。ブケファロスは丸腰。実質、セイフだけで相手をしなくてはならない。この絶望的な状況にセイフの頬を汗が伝う。


「ケリはついたな。ひと思いに一太刀で斬り捨ててやろうかね。……セイフ、残念だ」


 マサカドが剣を鞘に収め、腰を落として構えた。セイフは後ろに隠れるようブケファロスに指示し、剣を交差して受けの構えをとる。


「悪い、この一撃を受けきれるかどうか俺にも分からん。無理だったときは堪忍してくれ」

「……なら、俺にちょっと手がありますよ」


 ブケファロスがニヤリと笑う。

 マサカドがふぅっと息を吐き、剣の柄を握る手に力をこめる。その目がギラリと光った瞬間、何かがマサカドへ向けて飛来した。攻撃の姿勢に入っていたマサカドは反応が遅れる。それは彼の脇をかすめ、地面に突き刺さった。


「な、に?」

「どういうことだ……?」


 マサカドもセイフもそれを見て驚きを隠せない。地に突き刺さっていたのは天井に刺さっていたはずのブケファロスの剣だったからだ。ブケファロスが手を伸ばすと、剣は再び地から離れ彼の手におさまった。


「ようやく一撃ってとこだな」

「今のを避けられんとは、儂も衰えたのかもしれんな。最も、そんな奇怪な動きをする剣はみたことがないが」

『奇怪とは失礼な男だ。これほどに美しい刀身をもつ剣などそうはないであろうに』


 どこからか声が聞こえた。いや、声の聞こえた場所は分かっているのだが、セイフはそれをあまり信じたくなかった。声の主はブケファロスの持つ剣だったからだ。さすがに気になってしょうがないので、セイフは素直に言葉にする。


「お前、その剣……えぇ?」


 言葉にできなかった。だが聞きたいことを察し、ブケファロスが説明する。


「こいつは、まあいわゆる『英雄』の宝剣というやつですよ。伝説の剣なんですから普通じゃないのが憑いててもおかしくないでしょう」

『十分におかしいと思うが……何も言うまい』


 何も言うまいではなくちゃんと説明して欲しかったが、今はそれより大事なことがあった。二人がマサカドへ視線を移すと、彼は右の脇腹に浅いながらも傷を負っていた。これまで与えることのできなかった貴重な一撃だ。


「ブケファロス、お前の剣はあの人にとって未知のものだ。あの人に対抗できる可能性はそれにしかない」

「ええ。俺にとってもこいつの存在は奥の手ですから。さっきと同じようにはいきませんよ」


 そして二人は走り出し、ブケファロスは剣を勢いよく放り投げた。鋭く飛んだ剣はマサカドの剣と競り合い、はじかれる。


『よい太刀筋だ。だがこのリットゥ、簡単にあしらえる相手と思うなかれ!』


 上空に打ち上げられた剣は空中でグルリと回転して再びマサカドへ迫り、剣は持ち主もなしに一人でマサカドと斬り合い始めた。


「実体の無い相手とは、厄介な……」

「俺もいますよ」


 その隙に接近していたセイフが剣を薙ぐ。マサカドはそれを左の剣で受け止めた。そこへリットゥが飛び、マサカドの頭を叩き割ろうとするがそれは右の剣で防がれる。だが先ほどと違うのは、まだもう一人残っているということだ。

 セイフは持っている剣の片方を放り投げ、ブケファロスがそれを手に取る。そしてマサカドに袈裟斬りを放った。両手を塞がれたマサカドはそれを受けることはできず、バックステップで距離を置く。ブケファロスの一撃はマサカドの胸を浅く切りつけるまでにとどまった。だが、先ほどまではどれだけ苦労しても与えることができなかった傷だ。二人は確かな手答えを感じる。


「踏み込みが甘かったか。ま、慣れない得物じゃこんなもんだな」


 ブケファロスが剣をセイフに投げ返し、戻ってきたリットゥを手に取る。

 マサカドは胸の傷を見てから、顎に手を当て考え込む。


「儂の腕はどうあがいても二本しかない。腕の良い剣士三人でかかってこられては対処しきれんな。だが、剛剣の極意は圧倒。それを思い知らせてやろう」


 マサカドが片方の剣を鞘へ収めた。そして残った一振りの剣を両手で握りしめる。すると、二人は周囲の空気がぐっと重くなるのを感じた。近づいただけで切り裂かれてしまうような猛烈な殺気だ。

 マサカドはそのまま上段の構えをとる。そして、真っ直ぐに空を斬った。二人が咄嗟に横へ跳ね飛ぶ。次の瞬間、地面が破砕音を巻き起こしながらばっくりと割れた。

 ブケファロスがその一撃に青ざめていると、マサカドは今度は剣を鞘へ収めた。先ほどと同じ居合いの構えだ。今と同じ斬撃が横方向に飛んでくれば、一瞬で真っ二つだ。なんとか阻止しようとブケファロスがリットゥを投擲する。

 ただ、同じ手が何度も通用する相手ではなかった。マサカドは迫るリットゥを視界に収めると、鞘から剣を解き放った。まさに神速の一太刀。リットゥはそれと激しくぶつかり合う。しかし、その衝撃に耐えきることかなわず吹き飛ばされる。なおを勢いの落ちないその斬撃をセイフが力を振り絞った剣でなんとか受け止めた。

 上半身と下半身の別れの時を避けることはできたが、マサカドの一撃は受け止めただけで衝撃が身体の芯まで響くほどの重さがあった。セイフの持つ剣も僅かに亀裂が走っていた。もう一撃貰えば間違いなくへし折れる。


「これが、本物の剛剣。俺の剣はあの人の真似事にもなっていなかったと実感するな」


 セイフが左腕を押さえながら呟く。ダラリと垂れ下がったその腕はどうやら折れているらしかった。力が上手く入らず、左手から剣がこぼれ落ちる。マサカドは一息ついてから剣を中段に構えた。


「今の二太刀を凌いだのは褒めてやる。Aランク冒険者の実力としては申し分ないのだろう。だが、お前の剛剣まがいの剣では儂には勝てん。絶対にな」


 マサカドが強く言い放つ。

 やってみなければ分からない。そう強気に返すこともセイフにはできなかった。自分と同じ二刀流を用いる、圧倒的な強さの『剣帝マルクス』。出会ってすぐに弟子入りを志願し、セイフは師の無双の強さを目指して己を鍛え続けた。師が引退してからも彼は鍛錬を続け、やがてAランク冒険者まで上り詰めた。それは彼にとって自らの強さの証明となり、自分はようやく師も認めてくれる剣士になれたのだと自負した。

 しかし、そのプライドは師によって無残にも打ち砕かれたのだ。彼は努力した。だが、それでもなお自分が目指した者には遠く及ばなかった。セイフは悔しさに歯がみする。

 そこで、セイフの肩が力強く叩かれた。


「なに辛気くさい顔してるんですか。俺の知ってるセイフさんはもっと堂々とした人でしたよ」


 ブケファロスがそう口にするが、セイフは力なく自分の手を見つめる。


「強がってみたところで俺の剣ではあの人には、マサカドさんには勝てない。それが分かってしまったんだ。そこで闇雲に立ち向かえるほど俺も若くない」

「なら、まだ若い俺は立ち向かわないとですね。そこで少し休んでいてください」

「待て!死に急ぐ気か!」


 セイフが制止を呼びかけるも、ブケファロスはリットゥをマサカドと同じく中段に構えた。そしてリットゥに呼びかける。


「いくぞ、アレ頼む」

『相分かった!』


 剣から力強い声が発されると、ブケファロスの身体から黄金色の気が立ち上る。それが実際に存在しているものかは分からないが、セイフの目にはそれが確かに見えた。

 マサカドの顔が油断ならぬものに変わる。


「セイフはあの通りだが、お前は中々見所のある男だな。それがお前の全力というわけか」

「ああ。これで駄目なら、俺に打つ手はない。それでも諦めるつもりはないけどな」


 「そうか」と呟きマサカドが笑うと、彼はブケファロスへ向けて猛然と突進してきた。その気迫に押しきられまいとブケファロスも正面から打って出る。そして互いの剣が激しくぶつかった。両者の剣の力は拮抗しピタリと止まる。


「ほお、儂の剣を止めるか……」

「あんたの腕は片手で両手の力が出せるんだろ?なら両手で握るその剣は二人分のパワーがあるわけだ。だったら、こっちも二人分の力で相手する」

『儂と相棒は一心同体。儂の力はそのまま相棒へと注がれる!』


 ブケファロスの腕に更に力がこもり、マサカドの剣をはじき返した。しかしケルウスは素早く手首をひねり、切り返す。ブケファロスは切り上げでそれと競り合う。そこから激しい剣戟が続いた。剛剣と剛剣のぶつかり合う重い金属音が響き、火花が散る。

 しかし、ブケファロスが次第に押され始めた。ブケファロスがマサカドの剣をはじいてもケルウスはそこからすぐさま構えをとり次々と攻撃をしかけるが、ブケファロスはそれをはじいた剣を引き戻しその攻撃を受けることしが精一杯になったいた。ブケファロスの持つリットゥは片手ではまず扱えない大剣であるが、マサカドの握る剣は比較的細身だ。取り回しやすさに大きな違いがある。加えて、パワーが互角であれど剣術のレベルはケルウスの方が数枚上手であった。

 勝負の行方が見え始めてきたそのとき、ついにブケファロスの剣が大きく跳ね上げられた。彼の腹が露出し、大きな隙ができる。マサカドが剣を水平に構える。そして、速攻の右薙ぎが放たれた。


「させんぞお!」


 その叫び声と共にセイフがブケファロスの前へ転がり込んできた。まだ動く右手の剣でケルウスの攻撃を防ごうとする。マサカドの全力の剣。両手ならまだしも、それを片手で防ぐことなどとうていできない。しかし、ケルウスの一撃は空を斬った。セイフとブケファロスの頭上をマサカドの剣が通り過ぎる。ケルウスは驚きに目を見開いた。


「何!儂の剣が……」

「今のは……いや、ブケファロス!頼んだ!」

「は、はい!」


 ブケファロスが剣に力をこめ、唐竹割りで切り込む。マサカドは咄嗟に防御するが、その勢いのある剣を受けきれない。マサカドは後方へ大きく吹き飛ばされた。セイフは追撃しようとするが、折れた左腕が痛み駆け出せなかった。

 膝をつくセイフをブケファロスが抱え起こす。


「セイフさん、立ち向かえないんじゃなかったんですか?」

「仲間が危機に瀕しているときに動けないほどの腑抜けになった覚えはない。それより……」


 セイフは自分の剣を眺める。亀裂が入っていた刀身は未だ折れていなかった。マサカドの攻撃を受けたのにだ。不思議に思っているとマサカドが服を払いながら立ち上がった。そして、笑った。


「はっはっは……。そうか、人間どうなるか分からんものだ。偶然なのか運命なのか。久々にいい気分だ」

「……何をおっしゃっているのか分かりませんが、あなたが笑っているところを見たのは初めてかもしれません」


 セイフはそう言ってフラフラと剣を構えた。


「ブケファロスさん、大丈夫ですか?結構辛そうだけど……」

「お前が俺の話を聞かずに突っ込むのだから仕方ないだろう。お前の戦いぶりで多少吹っ切れたというのもあるがな。こうなりゃヤケだ。やってやるさ」


 そう話すセイフにブケファロスは笑みを返し、剣を構える。

 ブケファロス一人でマサカドには勝てないのは先の攻防で分かった。なら、ケルウスに勝てる可能性があるかどうかはセイフにかかっている。しかし、そのセイフのダメージは見た目以上に大きそうだった。折れかけの剣では攻撃を受けることもできない以上、一撃でも貰えば戦闘不能だろう。つまり、次の仕合が勝敗を決することになる。

 セイフは、いつか自分が言った言葉を思い出していた。冒険者とは自分だけで何でもできる必要はない。かつての師との戦いで彼はそれを忘れかけていた。自分の実力を師に認めてもらいたいという思いが先行してしまっていた。

 冷静になれていなかった自分を恥じ、セイフはもう一度現状を確認する。今、自分の目の前にいる男は師ではない。敵組織の幹部、ケルウスだ。横で剣を構えている相方と協力して、この男を倒さねばならないのだ。

 セイフは一度大きく深呼吸すると、ブケファロスへささやく。


「相手の攻撃は俺が捌く。お前は攻撃に専念してくれ」

「捌くって言ったって、その剣じゃ……!」

「大丈夫だ」


 セイフの言葉は気強いものだった。先ほどケルウスの攻撃を受け流した剣技。それは、彼が意図せずに用いたものだった。そのような技を習得した覚えも無かった。しかし、その剣にセイフは確かな手答えを感じていた。

 その思いが表れたセイフの表情を見て、ブケファロスも決断した。


「……分かりました。セイフさんを信じますよ。頼みました」


 ブケファロスから再び気が立ち上る。臨戦態勢だ。セイフも剣を握る手に強く力を込める。


「いい顔をしているな、セイフ。やはりお前は儂の弟子には向いていない」


 そう呟き、ケルウスは居合いの構えをとった。その場に束の間の静寂が訪れる。そして、ケルウスの剣の柄を握る手が僅かに動いた。それが始まりの合図になった。全員が一斉に駆け出す。

 ケルウスは素早い踏み込みで二人に肉薄し、必殺の居合い抜きを放つ。しかし、先ほどと同じ事が起きた。ケルウスの一撃はセイフの剣に触れる瞬間、上へと流れたのだ。剣を振りきってしまったケルウスに隙が生まれる。ブケファロスは腹をめがけて突きを放った。上から押さえつけるような一太刀がその軌道をねじ曲げる。余波だけでもかなりの衝撃を生む一撃にセイフはよろめくが、強く地を踏みしめケルウスの頭に向けて剣を薙ぐ。ケルウスは姿勢を低くしてそれをかわした。そのまま強く踏み込み、逆風で二人まとめて断ち切ろうとするが、同じく切り上げを放ったブケファロスの剣とぶつかる。だが、出が早かった分ケルウスの剣の押しが強かった。ブケファロスの剣ははじかれ、彼は後ろに倒れる。マサカドはそのままそこへ斬りかかるが、ブケファロスの前に出たセイフがが手を捻り剣を返すと、ケルウスの太刀が上へ大きく流された。しかし、そこで傷の痛みがセイフを襲う。敵の目の前でセイフは大きな隙を晒すことになった。ケルウスの神速の袈裟がセイフへ振り下ろされる。


「リットゥ!」

『応!』


 ブケファロスが剣を投げ、ケルウスの斬撃を一瞬受け止めさせる。その間にブケファロスは駆け込んで再び剣を手に取り、ケルウスとの鍔迫り合いに持ち込んだ。両者のパワーだけが物を言う状況。そこに一切の余裕は持ち込めない。


「この剛剣の申し子たる儂に挑むとは、身の程を知るのだな!」

「うおっ!」


 ケルウスの剣に更に大きな力が加わる。一切の加減のない、元『剣帝』の全力の剣がブケファロスを圧倒する。しかし、これはブケファロス一人の戦いではない。ブケファロスの背中を飛び越えるようにセイフが跳躍した。その剣はケルウスに鋭く狙いを定めている。そしてセイフの突きがケルウスの頭へ放たれた。

 砕けるような音が響き地面に落ちたのは、剣の切っ先だった。セイフの剣をケルウスは歯で受け止め、噛み砕いたのだ。鬼気迫るケルウスの姿にセイフは僅かな畏怖を覚えるも、この絶好の機会をここで終わらせる気はなかった。セイフは半ばからへし折れた剣を振りかぶり、ケルウスの肩へと突き刺した。深い傷ではなく致命傷にはなり得ない。しかし、ケルウスが一瞬痛みに顔をゆがめたその隙をブケファロスは見逃さなかった。


「ぬおおおおらああっ!」


 ブケファロスは自分の持てる全てを両腕に集約させる。それはケルウスの剣を押し返し、はね飛ばした。ケルウスはすぐに剣を構え直そうとするが、地面に転がったセイフが彼の右半身へしがみつく。ケルウスの脇腹の傷が痛み、構えが遅れる。


「終われええええええ!」


 ブケファロスが剣を真っ直ぐに振り下ろした。ケルウスはセイフを振り払い、何とか防御をするが、構えが甘い。ブケファロスの落雷の如き一太刀はケルウスの剣ごと右腕を切り落とし、彼の胸を大きく切りつけた。


「ぬ、ぐぅああっ!」


 ケルウスは痛みに呻く。しかし、倒れない。ブケファロスが追撃をしかけようとするが、ケルウスに腹を蹴り飛ばされ地面に転がりそれも叶わなかった。

 そしてケルウスは残った左手で鞘に収められたもう一本の剣を逆手で握り、腰を落とした。居合いの構えだ。

 セイフがそれを見て走り出す。ブケファロスが、地面に落ちていたセイフの折れていないもう一本の剣を投げ、セイフはそれを受け取った。


「セイフ!儂の最後の一撃だ!さあ、お前の見つけた剣を見せてみろ!この剣を止めてみろ!」


 マサカドの剣が鞘から抜かれる。そして閃光が走った。迎え撃つセイフの携えた剣がそれとふれあう。しかし、マサカドは剣の持つ硬質な感触を得ることは無かった。感じたのは、全てを包み込むような柔らかな感触。そして次の時にはマサカドの一撃は虚空を裂いていた。マサカドの視界からはセイフの姿も消えていた。マサカドが視線を落とすとそこにセイフの姿があった。今にも折れそうな剣が、マサカドの腹に深く食い込む。不思議なほどに抵抗もなく剣はマサカドの腹を通過し、そして、鮮血が舞った。


「……見事だ」

「ありがとうございます」


 セイフの剣が折れるのと同時に、マサカドはそのまま仰向けに倒れた。セイフも怪我の痛みに呻き、膝をつく。そして、赤く染まっていく師の姿を見つめる。マサカドは、笑っていた。


「セイフ、儂はお前を弟子にとったことを後悔していた。儂は、お前の師になるべきではなかった」

「……それは、どういうことですか」


 思わずセイフは尋ねる。マサカドはそこから胸につっかえていたものをはき出すように話し始めた。


「昔、儂に弟子入りを志願してきた若者がいた。当人は気づいていなかったが、そいつは儂が一目惚れするほどの才を持っていた。儂は勿論弟子にとった。だが、稽古をつけている内に気づいてしまった。そいつの剣の才は剛剣、攻めのための剣のものではなかったのだ。儂が余計な剣を仕込んだせいで、その才が潰れてしまったと儂はひどく後悔したよ。その罪を誤魔化そうとして、その弟子に冷たくあたったこともあったな。全く、最低の師だ」


 マサカドは自嘲ぎみに呟く。そして自分の傷に手を当てた。その手が血で濡れる。


「だが今日、儂は己が潰したと思っていた才によって討ち取られた。救われたような気がしたよ。儂は一人の有望な剣士の人生を奪ってしまったと、ずっと後悔していたからな。実に、晴れやかな気分だ……」


 セイフはその言葉を黙って聞いていた。

 そして、マサカドが話終えてしばらくしてから呟く。


「どうであれ、あなたは俺の師匠でしたよ。あなたの剣を振るう姿が俺の目標でしたから。今の俺がいるのはあなたのおかげです。ありがとうございました」


 その感謝の言葉に返事はなかった。

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