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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
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7 試験は滞りなく進む

 熊から寝床を奪い取った三人。

 洞穴の中を一通り掃除した後、今後の相談を始める。ペトラはしばらく放心状態だったが今は調子を取り戻していた。


「この試験をパスする条件は生き残ることな訳だけども、それについてはなんか心配なさそうね……」

「ああ。楽すぎて裏がありそうなくらいだ」

「そう思うのはアレシャだけだって……。で、食料……はさっきの熊があるからしばらくは心配なさそうね。飲み水……は魔術で出せるんだっけ?……本気で楽勝ね、これ」


 そのまま二人は黙ってしまった。逆に何をすべきなのか分からない。極めて奇異なサバイバルであった。そこにアレシャが口を出す。頭の中でだが。


『じゃあ、魔物の討伐してみたらいいんじゃない?たしか倒した種類と数でスタートできるランクが変わるんだったよね?』

「そういやそうだったな。ランクというのは高い方がいいのだろう?魔物の討伐を中心にしてみるのもアリかもな。私もペトラも高めのランクから始められれば色々いいことがあるんじゃないのか?」

「魔物の討伐ねえ……」


 ダレイオスの提案をペトラは吟味する。だが、あまり乗り気な表情では無かった。


「確かにそれ以外することはないけど、自分から探して狩りに行くのはやめておきましょう。あくまで試験のクリアを最優先。ね?」

「そうだな、わかった。じゃあ、今後の方針は……適当ってことでいいか?」

「……そうね。もうそんな感じでいいわ」


 そんな感じで話し合いは終わった。それでいいのか。だが、そんなでも試験がクリアできそうなのだから仕方ない。

 

 気がつくと日がすでに傾き始めていた。これからの行動は危険であるということでダレイオスたちは野営の準備を始めた。

 ダレイオスは魔法陣を使わず、魔術で火を熾す。魔術の発動は魔法陣を展開して行うのが基本だ。それは古代魔術も現代魔術も変わらない。だが、陣を省いて魔術を使うことも可能だ。魔法陣は魔術の発動過程を整理するためのものなので、それを全て頭の中でやってしまえば陣など必要ないのだ。ただ、その難易度は高く、技術やコツ、知識や経験が必要となる。腕のいい魔術師なら当然のように使える技術だが、一冒険者志望ができるような代物ではない。

 魔法陣を使わず熊肉を焼くダレイオスの姿を見てペトラは驚きをみせるも、「まあアレシャなら当然か」と一人納得して、特に気にしなくなった。


 辺りが暗くなる頃、洞穴は快適な空間に変貌していた。

 ダレイオスの操る火魔術で夜間も快適な温度が保たれ、ダレイオスの操る水魔術で新鮮な飲み水が用意され、ダレイオスの操る土魔術でボコボコだった洞穴が綺麗にならされた。恐ろしいことに下手な住まいよりも居心地がいい。

 ペトラはその光景に曖昧な笑顔を浮かべる。


「うわあ。サバイバルの定義が揺らぐわね、これ」

「ふははは!私にかかればこんなものだ!だが、これだけではないぞ?」


 不思議そうな顔をするペトラを連れてダレイオスは洞穴の奥へと向かう。

 そこにあったのは、ダレイオスの魔術を駆使して作り上げた、風呂だった。


「うわ!お風呂だ!あなた、ホントになんでもできるのね!」

『風呂、ねえ。下心がないといいんだけど……』

「さ、さあ、さっさと入ってしまおう!温度調節は私がずっと横について行うから心配するなよ!」

『やっぱ下心あるじゃん!逃げてペトラー!』


 しかし、アレシャの声がペトラには届くことはない。ペトラは喜び勇んで衣服を脱ぎ捨て湯船に飛び込んだ。哀れペトラ。

 だが、ダレイオスも割と大人しいものだった。実は下心などなかったのか。いや、ペトラのエルフ特有のスレンダーな体型が巨乳派のダレイオスの趣味に合わなかっただけである。哀れペトラ。

 ちなみに、アレシャはダレイオスに見られることは特に気にしなくなった。気にしていては今後一切風呂には入れなくなる。諦めたともいう。


 風呂と食事を済ませ、ペトラはそのまま眠りにつく。その間、ダレイオスが不寝番をする。野営の基本である。ダレイオスとアレシャは見張りをしながらも、ある実験を行っていた。今、表に出ていない人格であるアレシャは眠ることができるのか、ということを確かめる実験である。昨夜にもこの実験のチャンスはあったのだが、アレシャが試験前夜で緊張して寝付けそうになかったため、見送りになっていたのだ。

 ずばりその結果は、できた。ダレイオスが不寝番をし始めて少しすると、頭の中でアレシャが静かに寝息を立て始めた。睡眠は人間の三大欲求の一つであると言われる。魂レベルで染みついているものであるとういうことなのかもしれない。それならダレイオスの性欲も仕方ないものなのかもしれない。仕方の無いことなのだろうか。

 そんなわけで、アレシャは二人に不寝番を任せ一晩ぐっすりと眠ることとなった。ずるくなんかない。実験なのだから。


 翌朝、サバイバル中の朝風呂なんて贅沢なものを堪能した後、二人は洞穴の外の探索に向かった。

 洞穴の入り口はダレイオスの土魔術で一旦封鎖してある。留守にしても安心だ。熊肉は相当な量があり、魔術で保存が利いているので洞穴にこもっていても問題ないのだが、情報収集は必要だ。やはり他の受験者の動向というのは気になる。二人は拠点の場所だけ見失わないようにしつつ森をうろうろしていた。


「ずいぶんのどかね。ここらは昨日の熊の縄張りだったみたいだから魔物も動物もいないみたいだわ」

「魔物がいなきゃポイント稼ぎもできんな……。もう少し探索したら帰るか……」

『ん、あれって人じゃない?』


 アレシャが見つけたのは二十歳ぐらいの四人組の男たちだった。同じ試験の受験者だろう。

 向こうも二人に気づいたようだ。こちらへ向かって歩いてくる。そして剣を携えた男が声をかけてきた。


「よお、お嬢さんたちも受験者だろう?どうだい、調子は。こんな森の中じゃ結構苦労してるんじゃないの?」

「え、はい……」


 洞穴ハウスで快適ライフを過ごしているなんて言えなかった。


「俺たちはここら辺の森で夜を明かしたんだが、魔物に襲われちまってよお。ゴブリン五匹にオーク一匹だぜ?さすがに苦労したよ」

「それは……大変でしたね」


 Cランクの巨熊を一瞬でぶっ飛ばしたなんて言えなかった。


「そうそう、大変だったんだよ……。でさ、もしよかったら一緒に行動しない?ほら、人数が多い方がお互い心強いしさ」


 ほらきた、とペトラは思った。男だけのパーティが花を求めるのは当然である。しかもこの男たちは全員ゴリゴリの戦士職だ。戦士職には見えない少女たちをパーティに引き込めれば色々と後が楽なのだろう。

 して、彼女たちの答えは、


「せっかくのお誘いですが、お断りします。あたしたちは大人数での行動に慣れていないんで、少人数の方が動きやすいんです」


 悩むような素振りもなかった。バッサリである。男たちが何か言う前にペトラはさっさとその場を立ち去った。

 ダレイオスはナンパに失敗した男たちに同じ男として同情を禁じ得ず、そっとペトラに声をかける。


「えらくバッサリ断ったな……。確かに頼りなさそうだったが、もう少し考えても……」

「別に頼りなさそうだからって断ったわけじゃないわよ。あの人たちには、あまり良くない精霊が憑いていたから断ったのよ」


 精霊という言葉にダレイオスが首をかしげると、アレシャが『ああ!』と声を上げる。


『それ、本で読んだことある!エルフは物心ついたときから精霊が見ることができるんだって!ホントだったんだ……!』

「精霊……。それが判断基準なのか」

「そ。精霊って人と同じで心優しい子もいるけど、そうじゃないやつもいるのよ。別に悪さをするってわけじゃないんだけどね。で、精霊は自分と同じような心を持つ人についてく習性があるから、エルフは昔から精霊を見て人柄を判断してるのよ」


 そこまで話を聞いてアレシャは一つ思いつき、ダレイオスに提案する。


『ダレイオスさん!じゃあじゃあ私にはどんな精霊が憑いてるのかな!聞いてみてよ!聞いて!』

「わかったから騒ぐな……。あー、じゃあ私にはどんな精霊が憑いてるんだ?」


 ダレイオスが少し面倒くさそうにそう尋ねると、ペトラは聞いてくると思ったという顔をしてからアレシャの身体を観察する。


「……えっとね。なんか強そうなのとか、優しそうなのとか、勇敢そうなのとか、狡猾そうなのとか、臆病そうなのとか、執念深そうなのとか、……エロそうなのとか、色々憑いてるわね。まあそんなに悪いやつじゃないわよ。もし悪いのが憑いてたら、あたしはアレシャと一緒に行動しようと思わないもの」

「それはどうも。しかし聞こえが良くないやつもいるんだが……。執念深いとか悪いやつじゃないのか?」

「そりゃ、人なら誰しもそういった部分はあるわよ。あたしたちエルフが指標にしてるのは、憑いてる善い精霊と悪い精霊の数の割合だから」

「勇敢さと臆病さが両立してる時点で矛盾している気がするが……。ああ、そうか、私の魂にも精霊がよってきているのかもしれないな。つまり私は強くて勇敢で優しい人間だということだな」

『ちょっと!マイナスイメージの精霊は全部わたし由来ってこと!?エロいのって絶対ダレイオスさんに寄ってきたやつじゃん!』


 壮絶な独り言。しかも言っている意味がよく分からない。だが、これは気にするだけ無駄だとペトラは短い間に学んでいた。ホントにこの少女は大丈夫なのかと不安になったが、精霊は嘘をつかないことを彼女は知っている。

 それに、アレシャと一緒にいることに楽しさも感じていた。大変なことも色々ありそうだが、冒険者には常に苦労がつき纏うものだ。今のうちから苦労を味わっておくくらいが丁度いいのかもしれない。そう思ってペトラは自分に憑いている精霊を見やる。

 精霊は言語を持たない。だが、ペトラの思いをくみ取ってくれたのか、精霊はにっこりと笑って頷いた。

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